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経営学

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「生産システム」

 イントロダクション

 日本企業の競争力の源泉のひとつとして高い生産効率が指摘されることがよくあります。特にかつての大量生産システムの考え方とはまったく逆の多品種少量生産を可能にさせたトヨタ生産システムについてはよく取り上げられます。また、最近では分業で製品を組み立てていくのではなく、一人の人が最初から最後まで責任を持って製品を組み立てていく生産方式が採用されるようになっている業界もあります。

 歴史的にみると、生産の考え方や具体的な方法は大きく変遷しているようです。また生産という機能は製品の競争力を決定付けるひとつの大きな要因でもあります。

 

取引コスト


 系列現象を説明するひとつの理論が取引コスト理論です。ロナルド・コースによってコンセプトが構築され、経済学的にはオリバー・ウィリアムソンによって精緻化された理論です。財・サービスの取引行動に伴って、たとえば情報収集にかかるコストや危険負担に起因するコストなど取引参加者が負担しなければならない費用を取引コストといいます。この取引コストは市場と組織のどちらを選択するかの基準となります。市場取引よりも組織内取引のほうがコストが低くなる場合には、取引形態として市場ではなく組織が選択されるというわけです。 ?

 市場で取引を行う場合、その取引コストが高くなるか低くなるかは、主に取引される財・サービス、場、参加主体、のそれぞれの特性によります。取引される財・サービスが非常に複雑な場合にはいろいろと情報を集めたり、必要以上に慎重になって時間がかかるなどさまざまな原因で取引コストは高くなります。たとえばマンションを買う時とボールペンを買うときの状況を比較してください。ボールペンはコンビニでなんの下調べもせずに比較的簡単に購入します。しかしマンションを買うときには施工業者はどこの会社か、周りの物件と比べて価格は高くないか、管理はしっかりとなされているのか、入居している人はどのような人か、などなどさまざまな要因を考えてから購入の意思決定を行います。それだけ取引コストは高くなります。 ?

 また人間は「馬鹿」な部分もありますから、あらゆることに合理的に行動できるわけではありません。これは制限された合理性といいます。つまり取引に参加する経済主体は一般に制限された合理性しか発揮することができませんから、最適な取引が行われない可能性があります。もっと探せばいい物件が出てきたかもしれないのに、3〜4件くらいしか下見をせずに買ってしまって、あとでチラシを見て、「あぁ、こっちのほうがよかったなぁ」と後悔することは決して少なくありません。もしくはスーパーで安売りしているシャンプーを見て、そのお店で買った後、違うドラッグストアの店舗の前で同じ商品がさらに安い値段で売られていて、悔しい思いをしたということはありませんか。いずれにしても人間は時には非合理的な行動をしますから、それだけ取引コストは高くなります。

 さらに取引相手が人をだますような行動、足元を見るような行動(このような行動は取引コスト理論ではoppotunism=機会主義的行動と言われます)をとる場合にはさらに取引コストが高くなります。何らかの事情で今月末までに借金を返済しなければならず、なんとしてもお金を借りたいと言ってきたら、皆さんはどういう行動をとりますか。困っているから貸してあげようと思うでしょう。そのときの金利はどう設定しますか。相手がかわいそうだから市場金利よりも安い金利を設定すると考える人もいるでしょうが、自分が貸さなければ相手は誰からも借りられないという状況では、自分の利益を最大にしようと考えると高い金利を吹っかけるでしょう。これは相手の足元を見た行動(機会主義的行動)です。本来ならもっと低い金利で借りることができるのに、貸し手の機会主義的行動によって取引コストは高くなるわけです。

 市場における取引参加者が非常に多く、完全競争の状態の場合には取引コストはほとんどかかりません。しかし市場参加者が少なくなり例えば寡占の状態になると、自分の意思決定が相手の意思決定に大きな影響を及ぼすことになるため、取引参加者が相互に戦略的な行動をとるなどのために取引コストは非常に高くなります。そのうち市場における取引コストが許容範囲を超えてしまうと、市場取引をやめて組織内取引にしようという決定になります。 ?

 組織内取引においてはお互いに利害の衝突がないために、機会主義的な行動は取られることはあまり考えられません。また市場価格ではなく社内移転価格というあらかじめ決められた価格で取引が行われるので、取引される財・サービスが複雑なものであっても、価格付けに困ることはありません。これらの理由により組織内取引のほうが市場取引よりも取引コストが低くなることは大いにありえます。ただ、組織内部で業務をうまく結びつけることができなかったり、事業部間で甘えが発生して例えば取引相手である別の事業部が「まぁ、同じ会社だから許してよ」という一言で高くて品質の悪い製品を別の事業部に納入してしまうことが許されるような状況になった場合には、組織内取引においても取引コストが高くなります。また組織内部の仕事になると、その仕事が固定化し、維持・拡大していこうとする傾向がどうしてもでてきます。たとえば陳腐化した技術に固執するようになったり、非効率的な部門を縮小・撤退することに対して当該部門に所属する従業員から大きな抵抗が生まれたりします。企業規模が大きくなると官僚主義的な要素が組織内部で無視できないようになることもありえます。これらは組織内取引コストを高くします。 ?

 ではどのようにすれば上記のような市場における取引コストを低くすることができるでしょうか。キーワードのひとつは信頼です。たとえばマンションを買う時に自分が信頼している営業マンから買う場合はそれほどいろいろな情報を収集して決定するということはしないかもしれません。信頼している営業マンであれば自分に対して機会主義的な行動はとらないものです。「こういった物件を買おうと思っているんだけれどもどう思いますか」と営業マンに質問してみると、もしかしたら「今後、金利が下がると思われるのでマンションを購入するのはもう少し待ったほうがいいですよ」とか「あの物件よりもこちらの物件のほうがいいと思います」などの情報を言ってくれるかもしれません。いずれにしても信頼関係が結ばれていると、取引コストを下げることが可能のようです。 ?

 この信頼関係を構築するためには1回だけ取引を行っただけでは信頼関係を築くことはできません。やはり長期にわたって繰り返し繰り返し取引を行って、どの取引においてもお互いに満足するような結果に終わってはじめて相互の信頼関係ができてきます。長期継続的な取引関係が構築され維持されることによって、取引している企業間に信頼関係が生まれてきます(信頼できない会社と長期にわたって取引を行うことは現実的にはないでしょう)。

 あとは甘えがないことです。たとえば営業マンと購入者Aさんとの間で信頼関係が築かれているといっても、やはり売り手と買い手の関係であることは間違いないわけです。したがってもし営業マンが甘えてしまってAさんの利害に反するような行動をとった場合には、Aさんは二度とその営業マンと取引をしなくなり、別の営業マンと付き合うようになる可能性があります。信頼関係が築かれているものの同時に両者の間に甘えはない、そのような場合に取引コストは低くなるわけです。 ?

 このように考えると、系列取引は自動車メーカーと部品メーカー間で信頼関係が築かれている一方で、部品メーカーは自動車メーカーに甘えることなく企業活動を行っている(もしくは自動車メーカーは部品メーカーを甘やかさないような仕組みを構築している)、という構造を作り上げています。系列は市場取引の特徴と組織内取引の特徴を両者あわせ持っているようですが、市場ナの取引コストだけではなく組織内での取引コストをも大幅に削減する状況を構築しており、非常に大きな経済合理性を達成していると考えることができるでしょう。

系列の経済合理性

 一般的に言うと、経済学では参入退出がなく長期継続的な取引関係が形成されていると、競争がないので「たるむ」という状況に陥りやすいと考えます。しかし日本の自動車産業の場合は少し事情が異なっているようです。一般に自動車メーカーは複数の部品メーカーに同じ部品を発注し、一つの部品メーカーに他の部品を生産する技術を持たせるようにしています。そうすることで自動車メーカーは、ある部品メーカーが品質の悪い部品を納入するようになると、すぐに他の部品メーカーに納入させるような体制を確立しているわけです。そのため部品メーカーは品質の悪い部品を親会社に納入しているとすぐに取引を停止されてしまうことになるので、「たるんだ」経営を行うことはありません。 ?

 このように、部品メーカーと自動車メーカーが1対1の関係ではないので、自動車メーカーは強気に出られます。2002年1月17日付の日経産業新聞1面に「部品メーカーの反乱」と題する記事がありました。その記事の内容は「フォード自動車が名もない部品メーカに脅かされている」というものでおおむね次のようなものです。フォード傘下のランドローバーは、その主力車種である「ディスカバリー」のシャシーをUPFトンプソンという売上高が48億円あまりの会社だけから調達している、このUPFトンプソンの経営が悪化し、3500万ポンド(約67億円)の資金援助をフォードが行わないと、ディスカバリー用シャシーの供給をやめてしまうという条件を突きつけた、フォード側は資金援助を容易には行いたくない一方で、4800億円を投入してランドローバーの生産台数を引き上げる計画をしており、シャシー供給停止による人気車種の生産中止は避けたいというかんがえもある、大体そのような内容です。 ?

 部品メーカーと自動車メーカーとの間に1対1関係(いわゆる双方独占)が形成されると、自動車メーカーにとっては部品メーカーに対する交渉力を失ってしまいますから、2〜3社という複数の部品メーカーと取引を行い、1社がだめでも代わりの部品メーカーからすぐに調達できる体制を整えているという日本の自動車メーカーがとっている系列取引は、ある意味では実にうまく設計されていることになります。(参考までに、経済学では(乱暴に言うと)競争する企業数が多いほどいいという議論をしますが、競争する企業数が少なくても潜在的参入者の脅威を確保している限り、経済学の言う完全競争の状態と同じような経済的厚生が達成されるという議論があります。これはContestable Market理論といわれるもので、まさに上記の事例を説明する理論です。) ?

 また、日本の自動車部品の取引の場合、親企業は製品開発のために必要な部品の改良や変更に協力したりA下請けの技術水準を上げる努力をする、さらに親企業も部品に関する技術情報を一部持っており、親企業が納入先を選別したり部品メーカーに技術開発の方向性についての示唆を行うなど、部品メーカーである売り手と自動車メーカーという買い手との間で協力関係が生じています。 ?

 つまり取引先である部品メーカーの数は少ないですが、部品メーカー間では潜在的な企業間競争が確保されているので、陳腐化した技術に固執するなどの安定した関係から発生する現象も避けられています。企業間の競争が確保されているという意味では、市場のメカニズムが存在するといえます。垂直統合を行って部品メーカーを自動車メーカーの内部組織にしてしまうと、企業内では競争メカニズムが働きにくくなるので価格の低下や品質の向上が妨げられる可能性が出てきます。それと同時に部品生産のセクションの努力やその成果が直接的な形でそのセクションの人々の所得に結びつきにくくなりますから、努力する誘因が小さくなります。しかし部品の生産がひとつの独立した会社で行われる場合、他の企業との競争にさらされると同時に、成果をあげただけのリターンを享受することができます。これはモティベーションを高める効果があるでしょう。言い換えると、ある組織の内部での取引を行うことによって発生すると思われるデメリットを排除し、市場で取引することによって発生するメリットを享受できるような仕組みになっています。 ?

 それと同時に、市場取引を行うことによって発生するデメリットはできるだけ少なくなるような仕組みにもなっています。たとえば、品質の確保や供給の安定性を確保することは市場取引ではそれほど容易ではありませんが、系列取引では技術的なサポートを行うことによって自動車メーカーは品質の高い部品を安定して調達することができます。長期的な取引関係を構築することによって、相手を出し抜くような行動は報復を恐れてとらなくなるでしょう。つまりお互いに信頼関係を築き上げ、いわゆる取引コストを低くすることができます。日本企業の系列取引ではこのような組織内取引および市場取引によるメリットを享受すると同時にデメリットを回避することができそうです。だからこそ長年にわたって系列取引が続けられているのでしょう。何かの現象が長期間にわたって続いているということは何らかの経済合理性がきちんとある、ということです。

系列取引とは

 日本的経営の特徴はいくつか挙げられますが、その中のひとつに「系列」があります。特によく取り上げられるのが、日本の自動車産業でしょう。系列については、1980年代の日米構造協議では「日本的だ」とか「公平な競争を阻害する」と非難を浴びていました。たとえば日本の自動車産業での親会社と部品メーカーを例に取ると、ある一つの部品について買い手は自動車メーカー1社、部品納入メーカーは2〜3社であり、完全な市場取引のように多くの部品メーカーが自動車メーカーに対して競争価格で部品を納入しているわけではない(ように見えます)。さらに自動車部品産業では取引への参入退出はそれほど自由ではなく、基本的には長期固定的な取引関係が形成されています。これも参入・退出が自由であることが最も社会的な厚生が高くなると言う完全競争の考え方と全く逆の発想です。このようにある企業を中心に形成されている長期継続的な取引関係を系列取引と言います。 ?

 ちょっとしたデータを紹介しましょう。ダイムラークライスラー社は連結売上高が2000年12月期1624億ユーロですから、おおよそ16兆円くらいの売上高です。従業員は約38万人です。これに対してトヨタ自動車は2001年3月期連結売上高は13兆円、従業員数は約21万5千人です。売上高はそれほど変わらないのに、従業員数を比較すると、ダイムラークライスラー社はトヨタ自動車の1.8倍もいます。この違いはさまざまな角度から説明できますが、ひとつはダイムラークライスラー社が部品メーカーなどをグループ参加に抱えているのに対して、トヨタ自動車は連結対象とならないような資本関係の薄い会社と長期継続的な取引を行って、実質的にはグループ内部に抱えている状況と同じような効果を享受しているからだ、という説明がされることがあります。

経済学における企業の理論


 企業に関する理論的な研究は経営学だけではなく経済学でも行われています。しかし、伝統的なミクロ経済学のテキストに書かれている「企業の理論」という章を読んでも、ほとんど企業のことはわからないといっても過言ではありません。というのは、企業のサイズはどのようにして決まるのか、たとえば従業員の長期雇用など企業活動のあるインプットがなぜ特定企業と長期に結びついているのか、など企業の内部で発生している現象にかかわる疑問には答えず、費用関数や生産関数を対象に、最適化方法を機械的に適用するテクニックのはなしにすぎなかったからです。 ?

 しかしノーベル経済学賞を受賞したロナルド・コースが「The Nature of the Firm」という論文を出して、経済学においても企業に関する理論が展開されることになります。この論文では、なぜ市場経済のなかで企業が存在するのかを問題にし、“権限などに基づく組織的調整”をつかったほうが“価格による調整メカニズム”をつかうよりも資源配分の費用を節約することができる時、企業が存在すると論じました。たとえば従業員が長期にわたって企業と関係を結んでいるのは、企業が必要になった時点でいちいち人材を市場から調達するよりもある程度の期間にわたって雇用契約を結んでいるほうが企業にとってはコストが安くなるからである、と説明します。企業の内部で発生している現象を経済学の考え方で説明できるような理論をコースが展開し始めたわけです。

 現在、理論経済学者の中で広く使われている企業理論の一つがエージェンシー理論とよばれるものです。たとえば医者と患者、依頼人と弁護士、もしくは野球の年俸を決定する際に選手は代理人を通じて交渉を行うなど、一人の人間が自分が本来行うべき行為を、自分に代わって他の人に依頼するという契約関係が世の中には数多く見られます。このような場合、二人の人間の間にはエージェンシー関係が存在すると表現し、依頼する側をプリンシパル、依頼される側(代理人)をエージェントといいます。 ?

 エージェンシー理論では、企業は経営者と従業員との間で結ばれた雇用に関する「契約の束」であると考えます。ただ契約関係で結ばれているとしても、業務を委託される側である従業員が業務を依頼する側である経営者の意向に必ずしも従うとは限りません。そのため、たとえば従業員がサボらないように監視を行ったり、一生懸命働くように働いた成果にしたがってボーナスを出すなどのインセンティブ(誘因)を与えるなどの方法を経営者は考えるでしょう。経営者は自分の効用が最大になるようにするために、従業員のインセンティブをどのように設計するのかを考えるなど、エージェンシー理論を活用すると、経済学の考え方で企業の内部現象をいろいろと説明できるようになります。 ?

 経営学の話を行うときに経済学の理論が出てくることは非常に奇異に感じるかもしれません。しかし、日本的経営の象徴のひとつと言われる「系列」はコースの理論を、そして企業のガバナンスやメインバンクなどの現象はエージェンシー理論などをつかって説明されます。そして、これらの理論は会社法にまで影響を及ぼしています。

 


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