|
取引コスト
系列現象を説明するひとつの理論が取引コスト理論です。ロナルド・コースによってコンセプトが構築され、経済学的にはオリバー・ウィリアムソンによって精緻化された理論です。財・サービスの取引行動に伴って、たとえば情報収集にかかるコストや危険負担に起因するコストなど取引参加者が負担しなければならない費用を取引コストといいます。この取引コストは市場と組織のどちらを選択するかの基準となります。市場取引よりも組織内取引のほうがコストが低くなる場合には、取引形態として市場ではなく組織が選択されるというわけです。 ?
市場で取引を行う場合、その取引コストが高くなるか低くなるかは、主に取引される財・サービス、場、参加主体、のそれぞれの特性によります。取引される財・サービスが非常に複雑な場合にはいろいろと情報を集めたり、必要以上に慎重になって時間がかかるなどさまざまな原因で取引コストは高くなります。たとえばマンションを買う時とボールペンを買うときの状況を比較してください。ボールペンはコンビニでなんの下調べもせずに比較的簡単に購入します。しかしマンションを買うときには施工業者はどこの会社か、周りの物件と比べて価格は高くないか、管理はしっかりとなされているのか、入居している人はどのような人か、などなどさまざまな要因を考えてから購入の意思決定を行います。それだけ取引コストは高くなります。 ?
また人間は「馬鹿」な部分もありますから、あらゆることに合理的に行動できるわけではありません。これは制限された合理性といいます。つまり取引に参加する経済主体は一般に制限された合理性しか発揮することができませんから、最適な取引が行われない可能性があります。もっと探せばいい物件が出てきたかもしれないのに、3〜4件くらいしか下見をせずに買ってしまって、あとでチラシを見て、「あぁ、こっちのほうがよかったなぁ」と後悔することは決して少なくありません。もしくはスーパーで安売りしているシャンプーを見て、そのお店で買った後、違うドラッグストアの店舗の前で同じ商品がさらに安い値段で売られていて、悔しい思いをしたということはありませんか。いずれにしても人間は時には非合理的な行動をしますから、それだけ取引コストは高くなります。
さらに取引相手が人をだますような行動、足元を見るような行動(このような行動は取引コスト理論ではoppotunism=機会主義的行動と言われます)をとる場合にはさらに取引コストが高くなります。何らかの事情で今月末までに借金を返済しなければならず、なんとしてもお金を借りたいと言ってきたら、皆さんはどういう行動をとりますか。困っているから貸してあげようと思うでしょう。そのときの金利はどう設定しますか。相手がかわいそうだから市場金利よりも安い金利を設定すると考える人もいるでしょうが、自分が貸さなければ相手は誰からも借りられないという状況では、自分の利益を最大にしようと考えると高い金利を吹っかけるでしょう。これは相手の足元を見た行動(機会主義的行動)です。本来ならもっと低い金利で借りることができるのに、貸し手の機会主義的行動によって取引コストは高くなるわけです。
市場における取引参加者が非常に多く、完全競争の状態の場合には取引コストはほとんどかかりません。しかし市場参加者が少なくなり例えば寡占の状態になると、自分の意思決定が相手の意思決定に大きな影響を及ぼすことになるため、取引参加者が相互に戦略的な行動をとるなどのために取引コストは非常に高くなります。そのうち市場における取引コストが許容範囲を超えてしまうと、市場取引をやめて組織内取引にしようという決定になります。 ?
組織内取引においてはお互いに利害の衝突がないために、機会主義的な行動は取られることはあまり考えられません。また市場価格ではなく社内移転価格というあらかじめ決められた価格で取引が行われるので、取引される財・サービスが複雑なものであっても、価格付けに困ることはありません。これらの理由により組織内取引のほうが市場取引よりも取引コストが低くなることは大いにありえます。ただ、組織内部で業務をうまく結びつけることができなかったり、事業部間で甘えが発生して例えば取引相手である別の事業部が「まぁ、同じ会社だから許してよ」という一言で高くて品質の悪い製品を別の事業部に納入してしまうことが許されるような状況になった場合には、組織内取引においても取引コストが高くなります。また組織内部の仕事になると、その仕事が固定化し、維持・拡大していこうとする傾向がどうしてもでてきます。たとえば陳腐化した技術に固執するようになったり、非効率的な部門を縮小・撤退することに対して当該部門に所属する従業員から大きな抵抗が生まれたりします。企業規模が大きくなると官僚主義的な要素が組織内部で無視できないようになることもありえます。これらは組織内取引コストを高くします。 ?
ではどのようにすれば上記のような市場における取引コストを低くすることができるでしょうか。キーワードのひとつは信頼です。たとえばマンションを買う時に自分が信頼している営業マンから買う場合はそれほどいろいろな情報を収集して決定するということはしないかもしれません。信頼している営業マンであれば自分に対して機会主義的な行動はとらないものです。「こういった物件を買おうと思っているんだけれどもどう思いますか」と営業マンに質問してみると、もしかしたら「今後、金利が下がると思われるのでマンションを購入するのはもう少し待ったほうがいいですよ」とか「あの物件よりもこちらの物件のほうがいいと思います」などの情報を言ってくれるかもしれません。いずれにしても信頼関係が結ばれていると、取引コストを下げることが可能のようです。 ?
この信頼関係を構築するためには1回だけ取引を行っただけでは信頼関係を築くことはできません。やはり長期にわたって繰り返し繰り返し取引を行って、どの取引においてもお互いに満足するような結果に終わってはじめて相互の信頼関係ができてきます。長期継続的な取引関係が構築され維持されることによって、取引している企業間に信頼関係が生まれてきます(信頼できない会社と長期にわたって取引を行うことは現実的にはないでしょう)。
あとは甘えがないことです。たとえば営業マンと購入者Aさんとの間で信頼関係が築かれているといっても、やはり売り手と買い手の関係であることは間違いないわけです。したがってもし営業マンが甘えてしまってAさんの利害に反するような行動をとった場合には、Aさんは二度とその営業マンと取引をしなくなり、別の営業マンと付き合うようになる可能性があります。信頼関係が築かれているものの同時に両者の間に甘えはない、そのような場合に取引コストは低くなるわけです。 ?
このように考えると、系列取引は自動車メーカーと部品メーカー間で信頼関係が築かれている一方で、部品メーカーは自動車メーカーに甘えることなく企業活動を行っている(もしくは自動車メーカーは部品メーカーを甘やかさないような仕組みを構築している)、という構造を作り上げています。系列は市場取引の特徴と組織内取引の特徴を両者あわせ持っているようですが、市場ナの取引コストだけではなく組織内での取引コストをも大幅に削減する状況を構築しており、非常に大きな経済合理性を達成していると考えることができるでしょう。
|