生きていく私

今年も一日、一日、一歩ずつ歩いていきます

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お待たせしました、「1Q84」の感想をアップします。
ブック3を読んでの総括です。
ネタバレも含みますので、これから読むからそれはイヤという方は、後で読んでね。
 
 
さて、ブック3を読む前に、改めてブック1とブック2を読み返してから臨んだブック3。
私は村上春樹を読むのは初めてではないのですが、それほど読みこなしているというほどでもない。
ただ、作品の中にセックスが登場するのは、結構頻繁ではある。
この作品の中でも、リトル・ピープルと呼ばれているものの存在が、何を意味しているのか、
それを考えるというのは愚考なのかと迷ってしまう。
作品全体の主人公は、天吾という男性と青豆という女性、この孤独で肉親の愛を知らない二人が、
ラストでは結ばれるというハッピーエンド。
しかしそこにたどり着くまでの、彼らのはかり知れない苦労と孤独、
それでいてきちんと自分で生活を築いていける自立心と自己統制能力。
一方は宗教一家に育ち、休みの日に親の入信勧誘に同行させられて、同じ宗教の中で集団生活をして、
着るものは全て他の信者からのお下がりであり、学校で給食前に声を出してお祈りをしなければならない少女。
もう一方はNHKの集金に休みの日はやはり同行させられて、
そういう姿を友だちに見られるのがひどくイヤで、父と二人で親の愛情などは感じずに育った少年。
 
どちらも設定としては、自分の能力が高かったために、親と離別しても自活していくことが
可能だった。
同じような境遇であることを意識し合っていた二人が、小学生の時に初めて女の子が男の子の手を握り、
じっと見詰め合ったこと、それだけを思い出に、それから会わなくなった二人。
でも、二人ともそのことを覚えていて、お互いにお互いを必要としていた。
 
ここのところだけ考えると、究極のロマンチックなラブストーリーとも取れる。
しかし、おもに青豆側の描写には、ロマンチックとは程遠い、ハードボイルドとも取れる彼女自身の、
一種破滅的な、それでも自分の信じることをやり遂げるストイックさとカッコよさが際立っている。
天吾はそれに比べると、こちらの方が、物語の中心にいるかのように、「ふかえり」という
不思議な女の子と出会い、その子の書いた小説をリライトすることによって、
業界に旋風を巻き起こすという設定。
この二人が交互に登場するブック1とブック2は、それゆえにひどくひき付けられた。
それを統合するはずのブック3だったのだが・・・・
 
う〜ん、この作品に限らず、村上春樹は他の作品でもセックスについて、その行為や意味するところについて、
象徴的といったらいいのか、なにかを表現したいのか、しかしそれをはっきりとは提示しない。
リトル・ピープルが出現するところに、その声を聞くためには、マザとドウタが必要、
空気さなぎを作ってそこから出てくるのがドウタ。
パシヴァとレシヴァ(知覚する者と声を聴く者)。
そこらへんのところが、正直に言えば、結局なんだったんだろう?と思う。
リトル・ピープルは善でも悪でもない、というが、声を聴くために空気さなぎを作り、
マザとドウタという巫女役の少女が必要、という設定あたりから、どう考えても、邪悪な方へ考えてしまう。
はっきりとは書かれていないが、声を聴くためには初潮前の少女との性交が必要で、
その結果、その少女の子宮は破壊されてしまう。
う〜ん・・・こういう設定、なんのために必要なの?
もしかしたら、ここを理解するには、なにか私が読んでいない文献などが必要なのかとも思う。
 
ここを思い切って削除し、青豆と天吾だけに的を絞っても、やはりブック1と2で書かれていた多くの謎、
あるいは布石だと思われていた部分は、3で解明されたとは言い難い。
解明するつもりはなかったのかもしれないけど。
結局天吾の父親のNHK集金に対する執念とはなに?天吾が覚えている母親の記憶はなに?
唯一感情移入できるのが青豆だ。
青豆が自殺するためにピストルを口の中に突っ込んだところで終わったブック2。
そこで終わったことで、多くの読者はブック3への期待と必然性を感じたと思う。
青豆の行く末を、青豆が幸せになることを、多くの読者は望んだのじゃないかな。
そしてその望みは叶えられた・・・・
 
私はそのラストに満足するというよりも、それまで孤独の中でひとり凛として生きてきた青豆に、
賞賛と共感を覚えていたので、急にハッピーエンドになってしまったラストで、ひとり取り残されてしまった。
 
青豆と天吾は本当に孤独だったけれども、結局出会えたし、ふたりで「1Q84」から「1984」へと
戻れたこと、青豆のお腹の中には天吾の子どもが宿っていること、
本当に同じだけの量で、重さで、お互いを求め合っていた二人が結ばれたというラスト。
急に淋しくなってしまいましたね、私は。
現実には、そんなことは起こらないから。
 
そして結局、未だに「1Q84」を消化しきれていない私なのです。
今日、この本を読み上げた。
最初、書店で手に取った時には、東野圭吾の新作という点と、
そのとき私が苦しんでいた姉と病院との問題についてテーマが似ていたので、買ったのだ。
医療ミスについて、あったのかなかったのか、というテーマの裏に、
実はもう少し広いテーマが掲げてあった。
 
主人公の研修医の女性は、実父が昔受けた手術で亡くなった点にわだかまりを持っていた。
そして現在はそのときの執刀医であった教授のもとで研修を受けていて、
しかも実の母はその教授と再婚する予定という、とても複雑な環境のもとにいる。
 
彼女自身、実父の手術の際の医療ミスを疑う心を捨てきれない。
 
そして病院に向けた脅迫状、今までの医療ミスを公表しないと病院を破壊するという脅迫状。
しかしそれは表向きの理由で、実はその病院で手術を受ける予定の、
大会社の車の社長を狙ったものだったのだ。
犯人は昔車の欠陥によって事故を起こしたことにより、道が渋滞して救急車の搬送が間に合わずに
死んだ恋人の復讐だった。
これだけ聞くと、多少突拍子も無いことなのだが、車の欠陥による事故の補償については、
会社としては充分な補償を行い、被害者も納得していた過去がある。
が、しかしたまたまその元恋人は、トップは知らなかったと言い通した車の製造過程での欠陥について、
結局は車の生産台数を増やすために、必要なチェックを怠ったことをトップも知っていた、ということを
知ってしまい、復讐心を燃やしたのだ。
 
車という走る凶器を製造する場合における、人の命を預かるという使命を投げ出し、
生産台数増加による、収入増を優先させた社長。
それに対する復讐だったのだ。
 
いっぽう、医療ミスについては、結局はっきりしたことがわからないまま、
研修医は自分の義父になるかもしれない教授の執刀助手を努める。
そして犯人の思惑どおり、手術途中で停電、自家発電もストップさせられてしまい、手術は窮地に陥る。
しかしその緊急事態の中でも、教授は冷静かつ最後まで望みを捨てずに、
なんとか残されたバッテリーなどを駆使して手術を続ける。
その姿を見て、研修医は悟る。
以下、本文の抜粋による
 
 
医師とは無力な存在なのだ。神ではないのだ。人間の命をコントロールすることなどできない。
できるのは、自分の持っている能力をすべてぶつけることだけだ。
医療ミスとは、その能力の不足から生じる。
能力のある者が、わざとそれを発揮しない、ということはありえない。そんなことはできないのだ。
道徳だけの問題ではない。全力を尽くすか、何もしないか、その二つのことしか医師にはできない。
 
 
ここのくだりを読んだとき、思わず涙があふれた。
医師であるということもまた、自分の使命をせいいっぱいぶつけることでしかない。
しかしその結果は、とても厳しいものである。
私たちはやはり、医師という職業を選び、それを行う人たちを尊敬し、信頼し、必要な休暇と報酬を得るように
それが可能な社会にもどさなければならないと強く感じた。
 
読み終わったとき私は、少しだけ救われた気持ちがし、少しだけ元気が出たのだ。
 

 東野圭吾「さまよう刃」の原作を昨日の夜から一気に読み上げました。

 ホントはツアー途中の飛行機内で読む予定だったのですが・・・

 最近は、なぜだかこういう内容がハードなものも読みたい気持ちになっています。

 以前は小説の中くらいは温かい、幸せな気持ちになるものを読みたいと思った時期もあったんですけど

 これを映画化したら、かなり強烈というか、厳しい気がしましたね〜。

 文字だけでもかなりつらかったですから。

 内容については・・・(この先はネタバレが嫌な方は読まないでくださいね)

 未成年者の犯罪に対する更正と保護中心の現状の法律と、

 被害者とその遺族(家族)に対する被害感情とのせめぎあいというもの。

 少年法というものも、年齢を下げたほうがいいのではという議論があったかと思いますが。

 私は年齢だけにとらわれずに、事件そのものの残虐性や常習性などから更正の可能性をもっと厳しく

 考えた方がいいのではと思わされました。

 もし更正と保護という観念を維持継続させていくとしたら、数年の少年院での刑期では足りないと

 思われます。また少年院での刑期中の内容についても、もっと検討したり吟味したりしなくては

 いけないのではないでしょうか。

 ただ規則正しい生活をさせて、多少の労働をさせるだけでは足りないのだと思います。

 更正のプログラムが無いのが問題で、自分で自己反省させるにはグループ内で討議をするとか、

 自分自身を成長させるには、福祉施設等でのボランティア労働を長時間させるとか、

 アメリカなどで効果を上げた更正プログラムでは、犬の飼育というのもありましたっけ。

 捨て犬などを育ててしつけるというプログラムですが、効果はあったようです。

 未成年の犯罪者には、親から適切な愛情やしつけを受けて来なかったという例が多いので、

 それを自らが親として犬を育てて躾ける間に、愛情を感じたり覚えていくというものでした。

 更正させるには、数年、少年院にいるよりは、その犯した犯罪の程度によって、その後の観察保護

 期間を10年、あるいはそれ以上延ばす方が効果があるのではないでしょうか。

 それと、被害者に対して何の情報も与えないというのは、被害者の感情をないがしろにし過ぎです。

 相手が未成年であるという理由で、どういう状況で、どういう経緯で犯罪が行われたのか、

 それすらも分からずに、伝えずに済ませるということが、本当に良いことなのかどうか。

 犯人が成年であれば、実名も公表されて、事件の経緯も知らされるわけですから、この差を埋める

 ためには、未成年であっても、事件の経緯や詳細については遺族には伝えられるべきではと思います。

 小説に出てきた、未成年の中で犯罪を犯す者も、被害者でさえも、通常の年齢に即した精神的成長が

 なく、あまりに無知で何も分からず何も出来ないくせに、それすらも分からず、面倒なことや、

 大変なことから自分を遠ざけて自分を甘やかしている姿に、唖然とさせられます。

 こうしたことが何を原因としているのか、もちろん最初に考えられるのは親のしつけや教育の足りなさ

 ですけれども、段々とその親さえも、代変わりして、そもそも常識のない若者たちが妊娠して子育てを

 することを思うときに、暗澹とした気持ちになるのです。

 負の連鎖を断ち切るのは大変なことでしょう。親から正常な愛情や適切なしつけを受けずに育てられた

 子どもの更正は、並大抵のことではないのでしょう。

 かといって、犯罪の原因を、育てた親のせいにだけしていたら、きりが無いのかもしれません。

 親だけが育児をするのではなく、近所の人や周りの人たちも一緒にしつけをしていくというのは

 今の時代では理想主義に過ぎないのでしょうね。

 親だけに育児の責任を置かないとすれば、逆に親が持つ育児の権利も少なくする代わりに、

 親の質による不良化を防ぐような体制・・・なんてことを考えていくと、いくぶん社会主義的な傾向に

 なっていきますね。

 それでも、これから人口が減り、老人が増えていく日本の将来を思うときに、子どもは親だけのもの

 ではなく、社会全体の宝、という考え方が出てきているのも事実です。

 老人介護の問題と同様に、またそれ以上に、若者の健全な教育と成長というのは、これからは、

 「道徳」のお題目では済まされない、切実で重要な問題になっていくと思います。

 最近、ネットでチェックしたら、面白いということで定番の本がまた何冊か紹介されていたので。

 日曜に図書館で借りてきました。

 ありがたいことに、新刊ではないので、文庫でありました。

 いま読んでいる本はジェフリー・アーチャーの「大統領に知らせますか?」です。

 この作品は図書館に行ったら、新版もあって、舞台を現代に移して書き直したというヤツと、

 どっちを借りようか迷ったけれど・・・やっぱり原本から読もうと思って、古い方のを借りてきました。

 ストーリーとは直接関係ないような、やっぱり関係あるような・・・

 でもまぁ、古典からの引用なので、ちょっと心に残ったので、それを紹介します。


 シェイクスピア作『ジュリアス・シーザー』より
臆病者は現実の死を迎えるまでに何度でも死ぬが、
勇者はただ一度しか死を経験しない。
おれはさまざまな不思議を耳にしてきたが、
死を恐れる人の気持ちほど不可解なものはない。
死はいわば必然の帰結、いつかはかならず訪れるとわかっているだろうに。

「赤い指」東野圭吾

 ハイ、読み終わりました、またまた東野圭吾ですぅ。

 本屋で迷いましたぁ、なんだっけ?「さまよう刃」も読みたいけど・・・・って。

 ちょ〜っと最近は、敢えてキツイ内容の本に食指が伸びる・・・・・ハテ、どういう心境の変化かしらん?

 あ、感想書かなきゃ、えっと、ネタバレしないと書けないので、

 これから読む人はこの先はパスしてくださいねっ!!



 話は・・・・また最初から犯人や犯罪の様子は読者に分かるようになっていて、

 もしかしてこうするかも・・・って想像通りに犯人や犯人家族は動いて・・・・

 でもやっぱり最後の最後にどんでん返し〜っ!!

 そのラスト、私にはズキンッと来ましたよぉ。もう切な過ぎ。

 泣かなかったけどね。

 う〜ん、こんなこと、あっちゃいけないわっと思いました。

 真相を知っていた娘、よく黙ってたなぁ、私だったら兄家族全員を集めて説教しまくり、

 母親をなにがなんでも連れて帰るよっ!!

 可哀想過ぎる・・・・

 でもでも、う〜ん、設定自体には無理はない、普通だったらあり得ない!と怒るとこだけど、

 母親自身が夫の介護をしていた、という布石があるから、納得できるんだなぁ。

 ついでに刑事の過去において、自分の父親が亡くなった母親の服を着て、妻の事を考えるというくだり

 あれ、これどこかのドラマで見た気がする??

 ここだけパクッた?それともドラマ化されたのかなぁ??

 老人の切なさ、それが全面に出てますね。

 それにしても東野圭吾は、昔の赤川次郎みたいに多作な作家ですねぇ。

 どうやったらこれだけの作品が作れるのかしら??不思議〜・・・

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