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大相撲史上最多32回の優勝を誇る元横綱大鵬の納谷幸喜(なや・こうき)氏(日刊スポーツ評論家)が19日、東京都内の病院で死去した。
日本相撲協会の発表によると、死因は心室頻拍。72歳だった。
1956年(昭31)9月に初土俵を踏み、61年秋場所の優勝で第48代横綱に昇進。ライバル柏戸とともに「柏鵬時代」を築き、71年5月に引退するまで、歴代最多32回の優勝を重ねた。
77年に脳梗塞で倒れてからは、リハビリが続き、近年は入退院を繰り返していた。
( 2013年1月19日 読売新聞より)
「巨人・大鵬・玉子焼き」
昭和の一時代を築いた大鵬さんは子供たちの憧れでした。
ご冥福をお祈り申し上げます。
( ̄▽ ̄
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激動の昭和40年代
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1969年(昭和44年)12月23日
大阪万博の開幕まであと80日
会場では巨大なパビリオンが次々と完成し、見物客も集まっていた。
万博の目玉「動く歩道」もほぼ完成し、あとは電源を入れるだけという。
日本館のコンパニオンは可愛いミニスカートのユニホーム姿で、痴漢撃退の護身術の訓練に取り組んでいた。また、会場の雰囲気を和らげようと、女性警備員は可愛いユニホームの仮縫いに、親しまれるメイクの研究に、余念がない。
岡本太郎さん作の「太陽の塔」も日差しを受けて輝き、モノレール試験運転を繰り返すなど、最後の仕上げが急ピッチで進められていた。 あの日の大阪。
眩しい夏の日差しに、キラキラと映えるパビリオン。
アメリカ館の月の石。
リコー館の幻想の星空、デジタル宇宙空間。
日本館も、ソ連館も、みんな輝いていた。
そこには世界が、日本の未来があった。
誰もが夢を見ていた。
世界がこれで一つになると。
( ̄▽ ̄
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時あたかも昭和大不況ーー
1965年(昭和40年)12月14日、浅草橋大鷲神社の三の酉、神社側は最後のチャンスとばかりに賽銭箱を拡張したが、続く不景気のせいか、飛んでくるのは一円玉や五円玉ばかり。
それでも、落ちている小銭を拾い集めようと、皆体をぶつけ合っての争奪戦。
大混雑の境内は阿鼻叫喚、さながら修羅場のようになる。
この事態にあたり、警官も監視カメラを設置し、実力行使に出るという一幕もあった。
名物の「福を掻き集める熊手」も、売れるのは「ちりとりサイズ」の小物ばかり。威勢のいい呼子の声も虚しく響き、景気付けの拍手の音も湿りがちになっていく。参拝者の袖を引いての必死の呼び込みも功を奏せず、賑わいの割に寂しい三の酉となった。
(懐かしの毎日ニュースより)
そんな時代もありましたね。
高度成長期さなかの昭和40年不況、1969年歳末選挙、いざなぎ景気、そして日本は70年安保へと突き進んでいきます。なんだか、今の時代と似ていますね。
( ̄▽ ̄
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