EU出張

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

ナースでこの女性を知らない人は地獄行きです。



フローレンス・ナイチンゲール


イメージ 1


EU出張一カ国目に訪れたイギリスで、ナイチンゲール博物館へ行って来ました。


裕福な家庭に生まれ、高度な教育を受けたにも関わらず、看護の道へと心が傾いた不思議ちゃん。
クリミア戦争時、差別無く負傷者に救護を与えたことは有名です。

収容された病院の負傷者の死亡率が高い理由に衛生面の問題があることを指摘し、そこを改善して救命率をあげたことが知られています。

生涯を看護のために捧げた女性。

まさしくナースの鏡です。

彼女の看護観は未だに私達、看護師の心の中に生き続けています。

看護を見失いかけた時、彼女の生涯を思い起こすことは私達にとって大切な看護の基本を思い出させるきっかけになるはずです。

看護の本髄は人種や国籍を越えた共通のものなんですよね。
EU出張中、訪れたこの場所。

イメージ 1

スイスはジュネーブ、WHOに隣接してこの建物はあります。

海外難民救援に参加したDRからのレクチャー
すごいと思った。
「日本人ナースは仕事が出来ますが、英語が出来ないのが問題です。」
何かが私の中でパチパチとはじけた。

このまま井の中の蛙で終わっていいのか?と思った。

世界を見た時、自分の小ささを痛感した。

日本と言う小さな国の小さな北海道と言う島の小さな病院に働いて自己満足に浸っていた自分。

折角いただいた海外出張という体験を今後に生かして行きたい。

そんな思いがグルグルと渦巻いた。

イメージ 2

それから6年後、私は渡米した。

そして・・・私の新しいチャレンジがまた始まる。

あの時の熱い思いを忘れずにいよう。

やるべきことを見失わなければ私は大丈夫だ。
オランダといえば、見所は色々ありますが、その中の一つに忘れてはならない場所があります。

アンネクランク博物館


イメージ 1


アムステルダムの運河沿いに建つこの建物はナチスドイツを恐れてオランダに移住した際に、隠れ家としてアンネ家族とユダヤ人数名が潜伏生活をしていた場所。(写真:wikipedia)

ここでの暮らしは2年に及んだそうですが、密告により全員が強制収容所に送られました。

この隠れ家で書かれた彼女の日記が彼女の死後、この隠れ家から発見され「アンネの日記」として世界中の人々に読まれています。

フェイクの本棚の向こうには狭い階段があり、階上には小さな部屋がありました。

イメージ 2


8名のユダヤ人が2年間もの間住んでいたとは思えないほど部屋は狭く、息苦しさを感じました。
2年間、この部屋の中で彼らがどんな思いで過ごしていたのかと考えると胸が苦しくなります。(写真:wikipedia)

罪の無い多くのユダヤ人を殺戮の対象にしたナチスドイツ。
アウシュビッツ収容所では、将校の気分で簡単にガス室へ送られた人も多々いたという。

負の歴史を繰り返してはならない。
人が人を武力や権力で制する無意味さを私達は学ばなくてはならない。

人々が差別無く平和な生活が送れるようにと祈るばかりである。

従軍看護婦なんてこの世に存在してはいけないのだ。
オランダはアムステルダム滞在中、社会見学と称して夜の街へ繰り出しました。
その名も・・・

飾り窓


イメージ 1

さて、飾り窓を知らない方達の為に豆知識を・・・
飾り窓はオランダ、アムステルダムにある風俗街の俗称。売春婦が窓越しに客と交渉することから、
売春婦を商品に見立てて飾り窓と呼ばれるようになった。
オランダでは売春が合法的に行われている。
一時期、廃止論が出たが「売春を行う権利がある」との理由から存続が決まった。
売春婦が自主的に売春行為を行っているという建前があるため、売春婦自身が客と交渉を行うシステム
になっており、ポン引きなどの行為は厳しく規制されている。
衛生面はほとんど問題がなく、客には必ずコンドームが装着される。(Wikipediaより)

いわゆる合法で売春をする界隈の事を称して「飾り窓」と呼んでいるそうです。
英語ではRed Light Districtと呼ばれているようです。
何故なら、写真でもお分かりのように、運河の両脇に光輝く赤いライト・・・
ドアサイズの大きさの窓の中は赤いライトがともされ、中には下着姿の女性が立っています。

若くて女優並の綺麗な女性から年配のデブなオバサンまで様々・・・。
気に入った女性がいれば、その場で値段交渉です。

あるドクターが面白半分に交渉しました。(本人はいたって本気だったのかも知れません)
「50ギルダー」
当時の金額で3000円です。

やすっ!!!


カーテンが閉まっている窓は中にお客さんがいらっしゃる合図だそうですよ。

この界隈をぐるりと歩きましたが・・・
観光地化されていることもあってか観光客もた〜くさん歩いておりました。
オランダは決して治安のいい場所ではないので、その当時、若くてウブだった私の手をしっかり握り締めてどこかへ連れて行かれないように歩いてくれた本社のKさん、感謝です。

大人のおもちゃも当然のように売られていまして・・・。
「を〜〜〜っ!!」
と絶叫している私に苦笑されてる婦長、院長達・・・。

しかしですよ・・・

ここでもやっぱり、日本語が・・・

おとなのおもちゃ


il||li _| ̄|○ il||li

日本人っていったい・・・

最後の晩餐を見に行く

出張中に訪れたイタリアで私はレオナルドダヴィンチの世界的に有名なナマの絵画を見に行った。
世界的に有名なこの絵を知らない人はいないでしょうが・・・。
数年前「ダヴィンチコード」でも紹介されたものだ。



最後の晩餐



イメージ 1



ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツイエ修道院の食堂の壁画として描かれたもの。(写真:wikipedia)
1945年から3年がかりで仕上げられたこの絵は食べ物の湿気や湯気、更には湿度の高い気候なども影響して激しい侵食、損傷を受けている。

入場制限があるため、しばし外で並んで待ち、いざ中へ!

中は薄暗く、壁画にライトが当たっている。
壁一面に描かれた「最後の晩餐」は圧巻の一言。
息を呑んだ・・・。

後ろの壁にはキリストが十字架にはりつけられた場面が描かれていた。



謎だらけのこの絵
ダヴィンチはこの絵を通して私達に何を知らせたかったんでしょう・・・。

偉大なる世界的に有名な彼の生の芸術を身近で感じた一瞬でした。


出口の外に、日本語でこの壁画の絵を売っているイタリア人がいたのにはびっくりでした・・・。



興醒めするする瞬間ですよねぇ〜・・・・。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事