おじさんの白馬日誌

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亀田家に資格停止も?

 先日のWBC世界フライ級タイトルマッチで反則行為を犯した亀田大毅サイドに
 日本ボクシングコミッション(JBC)が厳しい処分を科す、という。

 本来なら、試合直後に検討して欲しい問題だったが
 他のスポーツ団体、例えば日本相撲協会の甘さに比べたら早い対応ともいえる。

 それにしても、大毅のリング上での行為は何度見ても腹が立つ。
 クリンチからの押し倒しならまだ我慢できるとしても
 相手を持ち上げてから倒すというのはレスリングかK1の世界の技。
 こんなことが許されるわけがない。

 前回のブログにも書いたが、解説者もJBCもこれまで亀田寄りだった。
 だから、彼らからはその場での怒りが伝わってこなかった。
 今回もJBCへの抗議電話が殺到してようやく重い腰を上げたようだ。
 本来なら、世論が高まる前に、毅然とした態度をとるべきなのに…。

 亀田家に対しては「資格停止」も含めて処分が決められる。
 ボクシングファンがすっきりした気持ちになれるような決断をして欲しいと思う。

 ただし、JBCが15日の倫理委員会で決定するにしても
 ひとつ注意しなければならないことがある。
 それは、大毅の父親が
 「反則行為は、故意ではない。大毅の若さ、精神的な未熟さがでた結果」
 と言っているような“反省”めいた言葉にごまかされないことだ。

 私は、決して亀田家が憎いのではない。
 スポーツを愛する一人として、選手である前に人間であって欲しいと願っている。

 
 


 
 

 ボクシングのWBC世界フライ級タイトルマッチで、
 33歳の王者・内藤大助が挑戦者の亀田大毅に判定勝ちした。
 瞬間、自分のことのように嬉しかった。
 内藤がいじめを乗り越えての苦労人だからではなく、
 言いたい放題の大毅(というより亀田家)をさらに助長させてはいけないと思っていたからだ。

 内藤はかなりのプレッシャーがあったというが、
 観客席からの「内藤コール」にも励まされ、実力を存分に発揮した。
 それに対して、大毅はなんだ!
 勝てないと見るや、内藤の体をわざと押し倒したりして、まるでK1のよう。
 最終の12ラウンドには、「反則」と判断されて3ポイントの減点になるほどだった。

 これには、見ていて腹が立った。
 しかも、内藤が勝ったというコールがされたあと、
 相手をたたえることもなく、父親と3兄弟はリングを後にした。
 スポーツマンシップはどこへ行ったのか?

 腹が立ったのはそれだけではない。
 テレビ解説者の元世界チャンピオンが大毅の行動について何も言わなかった。
 確かに殴り合いの世界であり、相手にこびへつらうことはない。
 しかし、ボクシングというスポーツである以上ルールがある。
 
 減点されたからといって、リング上でとった大毅の態度は許されるものではない。
 元チャンピオンも、こぶし一つで頂点に立ったのではないのか?
 そして、今でもボクシングを愛しているはずだ。
 だったら、キチッと叱るところは叱らなければいけない。
 「まだ若いのだから、負けてもっと強くなりますよ。楽しみです」
 なんて言葉、冗談じゃない。

 相撲の世界がおかしくなったのは、ものごとを全て大目に見てきたからだ。
 もしボクシング界が亀田家に注意することもなくことを進めたら
 何年か先には神聖なスポーツではなくなってしまう。

 今回のタイトルマッチは、内藤が勝ったことをのぞけば
 本当に後味の悪いものだった。

涙の家族愛

 久々にさわやかな涙を見た。
 
 3日行われたプロ野球の2007年高校生ドラフト会議。
 ヤクルトが指名権を獲得した佐藤由規投手(仙台育英)の頬をいく筋もの涙が落ちた。

 入団する球団が地元・楽天でなく、ヤクルトだったから、というわけではない。
 会見で「ご両親に何と伝えたいですか?」という質問に対してだった。

 「野球を始めたのは、兄から勧められたのがきっかけだった…」
 こらえきれず、もう、目頭を押さえ始めた。
 「野球は好きでなかったが、今は野球をやっててよかったと思っている」。
 子供のころからの思い出がよぎったのだろう。

 そして、あふれ出る涙をグッとこらえるように、こう言った。
 「両親の支えがあったからここまでこれた」と。

 途切れ途切れであっても、その言葉は、確かに感動的だった。
 テレビを見ながら、私自身も胸が熱くなった。
 家族への思いというものを素直に表現した佐藤君の純粋さに打たれたのかもしれない。

 こんな時、高校野球をずっと見続け、詩に書きとどめた阿久悠さんなら何と書いただろう。
 阿久さんの足元にも及ばないが、つい書きたくなった。

  野球少年の涙は MAX157キロの直球ではなかった
  頬を伝う水滴は 右に曲がり 左に落ちた
  一滴一滴は家族との思い出
  君にしか流せない涙がそこにあった

  男は人前で涙を見せるものではない と教えられてきた
  だから 昔の男は泣かないように努めた
  苦しさや厳しさ、悲しさには耐えられたし
  どんなときでも 絶対に泣くものかと自分に言い聞かせていた

  それでも 我慢できない時があった
  母親や父親 兄弟 家族のことになると無性に涙が出てきた
  こればかりは どうにも止めようがない
  愛情に包まれた過去の出来事が 涙腺をONにする

  ごく自然に とめどなく流した涙は幸せの証し
  君がどれだけ家族に支えられ 愛にはぐくまれてきたかは
  君の涙がすべて物語っている
  家族への大きな恩返しを 君は晴れ舞台で見せたのだ

  次は過去にではなく 未来に涙を見つけよう
  君の右腕でチームを日本一に導いた時
  君は泣き 歓喜の涙に包まれることだろう
  

プロ野球 清原選手

今、清原選手はどうしているのだろう。
まだ、プロ野球界にしがみつき、一軍復帰を目指して練習を積んでいるのだろうか。

それにしても、と思う。
前回まで、落合選手、イチロー選手の野球の「センス」について書いた。一流になるためには、「己を知り、己を磨く」ことがいかに大切かを記した。それを極めることによって、初めてその選手なりの「センス」が生まれてくる。

その意味でいうと、清原選手に「センス」はない、と思っている。恵まれた体力と天性の野球小僧であったことは確かで、高校時代のスラッガーぶりは記憶に鮮明に残っている。プロ野球に入っても常に本塁打王、打点王を狙える位置にいた。とにかく、すごい打者だった。

ただ、残念なことに自分を知ることに努めなかった。プロ野球に入ってから、生まれ持った才能だけでプレーしていたように思う。
だから、本塁打王、打点王を取れる位置にいても、最後は自分を見失い、タイトルを一度も取ることがなかった。なぜ打てるのか、なぜ打てなくなくなるのか、という自分の打撃理論があれば、プレッシャーもはねのけられたであろうに、と考えると残念でならない。

プロの世界というのは、土壇場になればなるほど「心技体」が求められる。技術と体力があっても、「心」がついていかなかったら負ける。自分に対する探究心、平常心、野球に対する執着心、相手を読む心…。清原選手には、それが足りなかった。

西武に入団したころから何年も清原選手を見てきた。ヤンキースで活躍する松井選手と同じような素質が備わっていたことは間違いない。しかし、月日が二人の差を広げていった。「心」を磨いた松井選手は何度も本塁打王に輝き、大リーグでも力を出し切っている。それに比べて、と思うのだ。

まだ若さがあり、こわもてで勝負できるうちは「スラッガー」としてもてはやされた。なのに、年齢とともに才能がしぼみ始めたとき、ただの「番長」に成り下がっていた。今でも野球界にいたいというのは、華やかな野球の世界にあこがれているだけなのではないだろうか。

桑田投手ほどの探究心があったら、清原選手は無冠の帝王ではなく、球史に燦然と輝く名選手になっていた、と今でも思っている。

落合監督2

1985年ごろのことだったと思う。
 当時、ロッテの主砲として活躍していた落合選手(現中日監督)が、鹿児島の鴨池球場で春のキャンプに臨んでいた。といっても、いかにも彼らしいマイペースの調整。2月1日からのキャンプに顔を出したものの、ゆったりとした練習内容は他の選手と明らかに違っていた。すでに35歳のベテランのみが知る長いペナントレースを戦うための調整方法でもあった。

 そんな落合選手が、初めてフリー打撃をする日が来た。三冠王選手が今季初めてバットを振るというのだから、取材陣も元プロ野球選手の解説者も注目した。
 球団としても、看板打者の扱いに気を遣っていた。少しでも近くで写真を撮ってもらおうと、カメラマンのために、本塁と一塁を結ぶ線上あたりに特別にネットを張った。右打者の落合選手のタイミング、表情を撮るには絶好のポジションだ。バッティングゲージの後ろからは、ネット越しに見るペン記者たちが1球1球をチェックしながら、メモを取っていた。

 何球目だったろうか。カメラマンのシャッターを切る音が続く中、落合選手が空振りをした。打撃投手の投げる球に勢いがあるわけではない。グラウンドには「んッ」という空気が流れた。フリー打撃のときにボール球を見逃すことはあっても、空振りというのはほとんどないからだ。

 当然、練習後に記者が質問した。「あのときの空振りはどうして?」と。

 落合選手は何もなかったようにこう答えた。
 「今の自分の調子や投手のボールの速さ、コースを考えたら、打った球はカメラマンの構えているところしか行かないよ。もし、あのまま打ってカメラマンに怪我でもさせたら大変だからね」。

 ウーン、やはりすごいと感心させられた。自分の状態やバットの出る角度、ボールのコースや速さを瞬時に計算できるからこそ成せる業。いや、彼の中での体感が、当たり前の反応を見せただけかもしれない。

 イチローが何試合か安打が出なかったときに、焦ることもなく言ったことある。「その間の全ての球を考えると、投手が素晴らしい球を投げてきて全く打てないということがあった。これは打てなくても仕方ない。でも、残りは自分のバッティングミス。ミスが分かっているから、これを克服していけばそんなに心配はない」と。平然と答えるイチローに、全盛時の落合選手の姿が重なった。

 一流選手というのは、どこか違う。それは「己を知る」ということから始まるような気がする。ただ来たボールを打つだけの練習なら、普通の選手で終わってしまう。

 みんな実力があってプロ野球の選手になった。体力、技術は持っている。しかし、何がもっと自分を高める選手に仕上げていくのか。それは、自分を知ってさらに磨く知力があるかどうかだろう。
「センス」というものは、後からついてくるものだと落合選手に教えられた気がした。

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