おじさんの白馬日誌

大自然とのふれあいを楽しんでいます

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落合監督

 13日、巨人がヤクルトに完敗し、自力優勝が消えた。
 それでも、首位・阪神、2位・中日との差はほとんどない。優勝の行方は混沌としている。これからの ペナントレースの終盤の結果に選手もファンも一喜一憂することになる。
 
 しかし、残り10試合を切ると、あとは修羅場での勝ち方を体験しているチームが強い。就任後、3年 間で2回のリーグ優勝を果たしている落合博満監督の手腕とチーム全体の信頼感がある中日がやや有  利、と思うのだが…。

 落合監督を初めて見、取材したのは彼がロッテの現役選手時代だった。軟らかな手首の返しを使い、バ ットでボールを運んでいくような打法は、ただ反発力で打つ他の打者とは明らかに違った。閑古鳥の鳴 く川崎球場で、唯一の楽しみといえば、彼の打撃を見ることだったといっても過言ではない。

 1986年、彼は3度目の三冠王に輝いた。直後、信子夫人からこんな話を聞いた。
 「梅雨時に、バットの置いてあるガレージから1時間以上経っても出てこなかったんです。心配しての ぞいたら、バットを耳に近づけ、手でたたきながらバットの音を1本1本聞いている主人の姿があっ  た」
 
 何十本もあるバットの乾燥具合を自分の耳で確かめていたのだろう。彼にしかわからない微妙な音が、 その日使うバットを決めていたことになる。
 
 今では、イチローがバットやグラブやスパイクを大切にしていることは知られている。一流選手は皆、 道具に愛着を持っているし、大事にする。しかし、乾燥剤やバットケースが今ほど整っていなかった時 代に、乾燥具合の音で「きょう一番いいバット」を判断した選手はいなかったのではないだろうか。
 
 練習態度や話しぶりからは想像ができないほど、彼は野球に対しては神経質でもあった。そして、その 中から自分の打撃理論を開眼させた。自分というものを良く知り抜いていたからこそ、スランプに陥っ てもすぐに立ち直ることができた。

 だから、彼のモットーとする「俺流」には、自らがプロ野球選手として築いてきた実績の裏づけがあ  る。

 2003年秋。中日の監督を引き受けたときに、だれはばからずこう言った。「補強なんていらない。 いまある戦力で優勝するよ」と。03年に大差で優勝した阪神、大補強を進めている巨人などの戦力か らして「俺流の広言」と思った人は多かったことだろう。ただ、私はやってくれるのでは、と密かに思 っていた。

 結果は思った通りだった。監督1年目で見事に約束を果たした。そして、昨年もペナントレースを制し たのだ。
 
 この間に確固たる戦力を築き、今また優勝争いをしている。別にひいきチームがあるわけではないが、 政界も相撲界も何もかもがすさんでいる世の中にあって、落合博満という「有言実行」の男になぜか期 待してしまう。 

朋ちゃん、おめでとう

 スピードスケートの岡崎朋美さんが婚約!
 そのニュースを知ったとき、驚きと嬉しさとちょっぴりの寂しさが交錯しました。
 
 「スケートが恋人」とついこの間まで言っていたのだからやはり驚きです。
 「このままでは年を取るばかりだし」と不安を口にしていただけに
 結婚する相手が見つかったというのは、嬉しい限りです。

 そして寂しさ…。
 岡崎選手のスケーティングを高校時代から見てきました。
 監督に叱られ、懸命になって練習をしていた姿を思い出します。

 もう35歳。
 といっても、私の中ではまだまだ20台前半のようなイメージが残っています。
 「トモ、がんばれよ」という気持ちは今でも変わりません。
 
 だから、大げさに言えば、自分の娘が結婚する感じがしてちょっぴり寂しいんです。

 これまではどんな困難も一人で乗り越えてきました。
 長野五輪での銅メダルは人一倍の精進の結果でした。
 30歳で出場したソルトレーク五輪では、腰の手術をしながらがんばっていました。
 
 トリノ五輪で惜しくも4位に終わった後、
 「最後の直線で、力がはいらなくなってしまった。
 そういうことって、一年に1度あるかないかのことなんです」と明かしてくれました。
 それでも、日本選手の中では最高のタイムでした。

 マイペースで、常に明るく振舞う岡崎選手。
 もちろんスピードスケートが大好きで、
 当たり前のように38歳で迎える2010年バンクーバー五輪を狙っています。
 
 ただし、体は若いころのようにいうことをきいてくれません。
 「引退」というのは簡単だけど、
 常に前向きの気持ちと負けたくないという姿勢だけが今の岡崎選手を支えています。
 
 そんなときの婚約です。
 今度は、二人三脚で臨めるはずです。
 野球を大学までやっていた彼なので、スポーツ心は通じると思います。

 何よりも強い味方を得た岡崎選手に
 心から「おめでとう」です!!

日本一の選手たちと

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 先週の金曜日、女子ソフトボールの日本のエース・上野投手らが泊まりに来てくれました。
 宇津木麗華監督率いる「ルネサス高崎」の選手たちで、総勢19人。
 若い選手たちは久々に大自然の中でゆったりとした気分に浸っていたようでした。

 「若い選手たちの気分転換をはかりに行きますから」
 先月末、麗華監督から電話がありました。
 聞くと、4月に入った新人はすぐ合宿に入り、その後は練習、試合の日々。
 気分を解放する時間がまったくなかったようです。

 だからなのでしょう。選手たちは到着すると一気にリラックスムード。
 ワイワイガヤガヤで、みんなに笑顔があふれていました。
 こちらも思わずつられて、楽しさに引き込まれました。

 夕方には、私が所属する地元の壮年ソフトボールのメンバーとの交流会を開きました。
 おじさんたちは実際の投手が投げる球を見て、感心しきり。
 捕手の後ろで球筋を見たり、投げ方を教わったり…。
 上野投手や麗華監督と一緒に、照れながら写真も撮っていました。
 
 わずか30分ほどでしたが、おじさんたちは若いエネルギーをもらいました。
 今後の試合に、教わったことが生かせるかどうかはともかく
 なんとなく我々もうまくなったような気にさせられました。

 そして夜はカラオケ。
 若い選手たちの身振り手振りの歌は楽しく、元気いっぱいでした。
 花火もしました。
 グラウンドではたくましく見える選手たちも普通の若い女の子。
 打ち上げ花火にはキャーキャー騒ぎ、綺麗な花火には感動していました。

 次の朝は、岩岳登山道を散歩。
 かなりの急坂を約1時間、当然息切れもせずに歩いていました。
 いい空気を吸いながらの散歩も満足したようでした。

 約1日の滞在でしたが
 選手たちの規律のとれた姿には感心しました。
 玄関の靴の並べ方、スリッパの置き方、物を使った後の片付け…
 リーダーの掛け声一つでパッと集まるすばやさにも、しつけのよさが表れていました。

 夏が過ぎると日本リーグの後半戦が始まります。
 前半を1位で折り返したチームを、おじさんたちもみんなで応援することを約束しました。

裏金問題に思う

 「裏金」「隠ぺい工作」…。嫌な言葉だ。
 西武の裏金問題は、あまりにも空しい出来事だった。
 
 新聞記者時代、西武を担当していた。森監督のころだから、約15年前だ。
 当時、西武は確かに強かった。清原、秋山、石毛ら、日本を代表する選手の集まりだった。
 ただ、その選手たちが入団当時から一流だったかというと、そうではない。
 森監督はいつも言っていた。「選手を育てるのが私の務め」と。
 若い選手を育て上げて、最強軍団を作ったのだ。

 今回、裏金を渡された選手が超一流なのかというと、はなはだ疑問だ。
 確かに素質はあるのだろうが、プロに入ってその素質が開花するかどうかは不明。
 90%以上の選手は、プロで辛酸を嘗め尽くしながら、努力して成長していく。
 「裏金」の必要性がどこにあったのだろう。
 伊東監督をはじめとする「現場」の指導力を信じていないフロントの思いが見え隠れする。

 中日の落合監督が就任直後、「今の戦力で優勝する」と言い放った。
 補強などいらない。選手を育てながら強いチームにする、という信念が表れていた。
 そして、言葉通りリーグ優勝した。
 独特のバッティングフォームの落合もイチローも、
 その能力を見抜く指導者がいたから大打者として多くの記録を残すことができた。
 逆に、巨人は選手を育てることを忘れたから、低迷が続いている。

 要はプロに入ってからの指導者と本人の努力が大事なのであって、
 入団前に選手に金を渡して「入ってもらう」のでは、あまりにもプロとしての意識に欠けている。

 球団の自分勝手なルール違反によって、矢面に立たされた2人の選手。
 間が悪かったというしかない。
 でも、こんなことで能力を閉じこめてしまうことはない。
 野球は力と力で戦う真剣勝負であることを肝に銘じ
 新たな気持ちで本当の野球に取り組んでいって欲しい。 

 
 

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たぬき会

 プロ野球の知将といわれた森祇晶・元西武監督を囲む「たぬき会」というのがあります。
 
 森さんは1986年から9年間、西武の監督を務め
 その間リーグ優勝8度、日本一6度という輝かしい実績を残しました。
 「たぬき会」はそのころの西武担当記者が
 いつまでも森さんと親交を温めあおうと作ったもので
 1年にほぼ1回は開催しています。もう、15年ぐらいになるのではないでしょうか。

 その集まりが26日、都内で開かれました。
 残念ながら、私は所用で出席できず
 現在お住まいのハワイから久々に来日した森さんに会うことはできませんでしたが
 夜、森さんや親しかった記者仲間から電話がありました。

 今年1月9日で70歳の古希を迎えたという森さんの声には張りがありました。
 「6キロもやせたよ。もう、自分で体調管理をしなければね」
 いつも楽しみにしているたぬき会で話が弾んだ後だったのでしょう。
 嬉しそうに話してくれました。
 
 仲間たちも変わるがわる電話口に出てくれました。
 みんなが「元気そうだね」と受話器の向こうから言ってくれましたが、それもそのはず。
 自分でも分かるぐらい、私自身が久しぶりの旧交にハイテンションになっていたのです。
 その上、「今度は白馬でのたぬき会を企画しましょう」。
 最高の喜びに、胸の高ぶりを感じてなりませんでした。

 今、思います。
 私を含めて仲間はみんな、森さんが指揮官として活躍していたころの年齢になりました。
 それぞれが新聞各社で重要な役職についていますが
 さすがに「日本一」とつくまでには至っていません。
 記者時代は野球の奥深さ、本当の面白さを森さんから教わりましたが
 同じ年代になって改めて森さんのすごさを感じているところです。

 同時に、森さんの座右の銘「徐(しず)かに急げ」は
 仲間より一足先に退社し、第二の人生を歩んでいる私へのメッセージだと思っています。
 新米オーナーとして、あわてずに、焦らずに。
 しかし、考えながら、足元をしっかりと固めてやるべきことは急いで。
 時は待ってくれない、と。

 単なる監督と取材記者ではなく、いつまでもこうしていられることに
 「縁」を感じています。

  

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