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ヱログそもそも何か今知りましたが(Comment参照)、子供から大人までブログを検索
する時代となるのならば、「アクセスランキング」も検索の一種と考え、
ランキングに表示される基準は個人が選択できるのが良い、おもう。
また、無差別な「アクセスランキング」というものを出す意味はあまりない、
とも思う。このランキングはあくまでも、そのブログを訪問した数を表すわけで、
投票、或は、平均して出せる視聴率などと比べある記事・情報の良さ・質に対する
「一般」市民の判断が反映されているとはおもえない。
お固く考えるのなら情報の優劣をつけるためにあるわけではないのであるのなら、
各個人個人が情報を引き出しやすくするために、ランキングの基準をある程度選択
出来るシステムが望ましいんじゃないかな。
でも、「ランキング」が大切なのは「ランキング」を作ることによって、もっともっと、
ブログ活動という、能動的な情報交換の一種を活発化させ、お互い理解しあいやすくすること
なのかもしれない。そういういみでは、現在「ランキング」は、なんかこのカタカナ表記だと、
「順位づけ」にくらべおちゃらけた雰囲気を感じるけど、それがたいせつなんじゃないかな。
やっぱり、「遊びゴコロ」を感じさせるのが、新しいもの定着させるのにも、人生にも必要だから。
↓の中国の問題も含め「遊びゴコロ」、もっとpolitically correctに考えると「余裕」、space,
、を持つと(『海辺のカフカ』でてくるウツロな人?に気を付けられると)、
より良い結末を迎えるのかな。
最後の最後に、語るのは真剣に、真摯に語らないといけないよね。
そして、間違ってるかもしれない、ウツロなのかもしれないとおもいつつ、
言い続けらるる人、行動つづけられる人
これが出来る人は稀有だとおもう。僕にはなかなか出来ない。
物事を良い・悪いにかかわらず変えてみるには情熱が必要だから。
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