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 昭和38年に放映されたNHKの大河ドラマ第1回目の作品であり、「安政の大獄」を断行し、「桜田門外の変」で暗殺された幕末の大 老・井伊直弼を描いた本、これが当時中学生で、日本史の授業で習ったばかりの私の記憶である。
 井伊直弼を尾上松緑、長野主膳を佐田啓二、村山たか女を淡島千景が演じた大河ドラマを、日曜夜の8時30分から、両親は楽しみにして見ていた。私もむちを打つ音を使った印象的な主題曲は今でもはっきりと覚えている。
 今回40年以上たって読み直してみて、上巻は井伊直弼と、長野主 膳・村山たか女との出会い等を中心に書かれたものであり、あってもなくてもいいような気もする退屈なもの。下巻だけでは成り立たないかなとも思うが、上下巻に分ける必要もないような感じは否めない。本当に退屈な上巻だった。
 聡明さを早くから示したが、風流に生きる姿から「ちゃかぽん  (茶・歌・鼓)」とあだ名され、第13代藩主・井伊直中の14男として生まれ、庶子であることから、みずからを花の咲くことのない埋もれ木にたとえ、埋木舎(うもれぎのや)で世捨て人のように暮らしていた直弼が、彦根藩第15代藩主となり、安政5年(1858年)には江戸幕府の大老になる。
 上下巻を通じて思うことは、井伊直弼がこれほどまでにひどい殺され方をしなければならない理由は一つもないということ。
 鎖国か開国か、これほど重大な選択のとき、直弼の選択に異を挟む者たちがいるのは当然、そして賛成する者たちがいるのも当然。しかし、首を落とし、転がる首を刀の先へ刺し貫いて天にかかげ「可か、可か」と雀躍するなど言語道断。水戸藩士17名と薩摩藩士の1名、特に薩摩藩士の有村次左衛門の所業に非常な嫌悪感とともに強い憤りを感じた。
 とかく独裁者として語られる直弼だが、果たして本当にそうなの か。私の学生時代に学んだ記憶でも、さして独裁性が強かったという記憶はないが、決していい書かれ方、言われ方はしていないような気がするが、どちらかというと悪人タイプの評価が圧倒的である。
 舟橋聖一が井伊直弼の視点から書いたこの本を読む限りにおいて、独裁性は全く認められない。
 しかし、襲撃を指揮した水戸藩士・関鉄之助の視点から吉村昭が書いた「桜田門外ノ変」では、直弼による水戸藩への弾圧が比較的強く書かれている。視点によって解釈、書き方が全く違うのも、読んでいておもしろい。
 1860年3月24日、井伊直弼の「花の生涯」は雪の桜田門外で終わった。
 その2年後、長野主膳の「花の生涯」も斬首という形で彦根で終わった。
 出家し妙寿尼と名乗り、直弼を、主膳を弔った村山たか女も1876年(明治9年)、その「花の生涯」に幕を閉じた。

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 この元祖変態小説、読んでいて、いらいらし、手玉にとられているのに、早く気がつけよ譲治、などと思ったりした。
 愚かな男、馬鹿なやつ、何が耽美派だ、何がナオミズムだ、ばかばかしい、そんなことを思い、もう絶対に読むまいと思いながら、もう何回読んだことだろう。
 谷崎潤一郎という小説家が、現在もなお文豪として君臨できるの も、この『痴人の愛』があるからだろうと、つくづくと思う。
 人づき合いが悪く、28歳まで異性と交際したことがない男など、今の社会にはたくさんいる。でも、まだ世の中を何も知らない年ごろの娘を手元に引き取って、妻として恥ずかしくない教育と作法を身につけさせてやり、いい時期にお互いが好きあっていたら夫婦になる、などと考えるのは、明らかに異常。少なくとも、私の周りの「女のいない男たち」の中にはいない。何より、そんなことのできるだけの収入がある男はそれほどいない。
 河合譲治というやつ、この作品の中でも男女を問わず大人と思われる人間とは、ろくな会話もできていない。要するに、幼稚な、成人女性とは会話さえもできない精神的に未発達な男なのだろう。だからこそ、こんなろくでもない考えを持ったのだと思う。
 現在でも、たまに少女監禁の事件が報道されると、この作品を必ず思い出す。洋の東西を問わず似たような事件が起きるのも、譲治みたいな男がいるんだなと気づく。
 ナオミのモデルは、当時の谷崎の妻であった千代の妹・小林せい子らしいが、よくそんな身近な人間のことを書けたものだなと思う。谷崎自身、河合譲治になりたかったのではないかと思う。
 ばかばかしいと思いながら、ついつい夢中になって読んでしまう変な本である。

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 村上海賊総大将としての意地を通した武吉に、城山三郎が捧げた鎮魂歌、
   目を上げれば海
   運に任せて自在の海
   ああ、人の世は海
この、なんとも言えない3行の詩に、達観した人生を見た気がした。特にサブタイトルにもなっている「目を上げれば海」に込められた武吉の苦悩を含めた全ての思い、あきらめの中の光・希望、その他もろもろのものを感じる。
 4年ほど前に作った当社ホームページでThe Undefeated という単語を使った。ヘミングウェイの『敗れざる男』ではなく、「不屈なる者」という意味で使った。今回、武吉にこの「不屈なる者」を感じ た。
 規律と鍛錬で組織を守り、海に生きる男としての意地を通した武吉が、もう少し時代の流れを読めればどうだったろう。「運に任せて自在の海」に身をゆだねることはできなかったのか。などと思ったりもしたが、海あっての武吉に、それはできなかっただろう。
 海賊として一生を終わりたかったのか。それができると思っていたのか。そうではないだろうが、子孫に継承される、されないは別として、誰にも支配されない自分たちの海で、一生を終わりたかったことは確かだと思う。
 村上武吉に対する城山三郎の畏敬と哀惜の念がたっぷりと込めら れ、それがしっかりと伝わった終わり方も、実にいい。
 信長という不世出の天才武将につかえ、天下人となった秀吉と、瀬戸内を池ではなく、海として守りたいという武吉を、比べて見るのは酷な話である。
 『村上海賊の娘』を読んでから1年後、久しぶりにこの『秀吉と武吉』を読み返してみて、視点の置き方の違いはあれ、私はやはり、作者の武吉に対する思いを強く感じるこちらの方が好きである。

   目を上げれば海
   運に任せて自在の海
   ああ、人の世は海

 「目を上げれば海」、私にとって、年齢の節目ごとに読み継ぐべき本である。


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 人間の人生において、特に京都大好き人間である私にとって、この結城信吉のようにはいかなくても、少しの間でもいいから、そう秋から冬にかけてとか、冬から春にかけてとか、とにかく2つか3つの季節をまたぐ、そのくらいの間でもいいから京都に暮らしてみたくなった。
人生の後半戦に入り、あんなこともあったな、こんなこともあったなと振り返るのもいいし、今まで出会ったいろんな人たちを思い出してみたくもなったし、年相応の喜怒哀楽を感じてみたい、そんな思いにさせてくれた、本当にしみじみとした味わいのある小説だった。
「大根炊きの味」 「嵯峨野悲雨」 「包丁姉妹」 「金閣寺の雪」等々、短編を積み重ねていくオムニバス形式をとっている点では、山本周五郎の『青べか物語』と似ている。
 川口松太郎自身と重なる初老の作家「私」は、岡崎の路地の奥まったところにある旅館に仕事場を持っている。その旅館の女主人・田村志麻女はかつての祇園の名妓であり、都をどりの大スターだった。
 そんな志麻女と「私」は、脂の抜けた親しい付き合いをし、二人で京都の寺を訪ねたり、祇園祭に出かけたりする。これだけでも、まるで大人のお伽噺のようである。
 祇園の名妓「つる菊」が、嵯峨野の奥に世捨て人のように引き込んでゆく一遍は哀切きわまりない。
 「貧乏したら京都に行くことに昔から決めている」などはおもしろいし、「一文なしの貧乏人でも、歴史と古美術に興味を持てば、一生でも退屈しない材料を、山のように抱えているのが京都だ」というのも至言ではあるが、「私」と志麻女のような暮らしは、相当お金のかかるような気もする。
 いずれにしても、夢のまた夢の話ではあるが、このような小説も、私の年齢には実にいい。
 残念なことに、この本は現在は購入することは相当に難しそうである。私は本の整理をしている時に偶然に見つけることができたが、ネットでどうかな・・・

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 左手の人差し指で「注解」を押さえ、本文中のアスタリスクが出てくると該当ページの「注解」を見る。こんなことをしながら本を読むのは本当に久しぶりだった。
とにかく漱石の圧倒的な教養から繰り出される漢語の波に、「注解」なしでは理解できなかった。この時代の文体や旧仮名遣いに慣れていないこともあるが、非常に読みにくい本だった。
「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈 だ、兎角に人の世は住みにくい」から「非人情」を求め、山間いの温泉で、出戻り女の那美の顔に「憐れ」を見出し、これだと思い回収する画工。結局、人間的な側面を求めていたのかとも思う。
「テーマも主題も何もない。こじつければ嘘になる。兎角に感想文は書きにくい」、そう思わされた小説だった。
言葉だけで織り上げられた『草枕』は、最晩年の漱石がつぶやいた「則天去私」の端緒となったものなのか、それとも既に到達し、画工同様回収していたのか、私にはわからない。
しかし「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ、兎角に人の世は住みにくい」は、昔も今もそのとおり、それ以外にはない。
漱石という偉大な小説家、評論家、英文学者、思想家は、この『草枕』で何を言いたかったのか。イギリス留学で味わった人種的なコンプレックスは、ロンドン滞在日記の中に「往来に向ふから背の低き妙なきたない奴が来たと思へば我姿の鏡にうつりしなり、我々の黄なるは当地に来て始めて成程と合点するなり」と書かれている。
そんなことを考えると『草枕』における漢語の波は、西洋文化に対する痛烈な批判と同時に東洋の芸術や文化との対比をしているのかとも思った。
いずれにしても、出だしにすべてが凝縮されているといってもいいような奇妙な小説であると同時に、分析的なものの見方に反発を覚えながらも情景が浮かぶという不思議な小説である。のめり込んで読んだ時間の非常に少ない本であるにもかかわらず、強烈な印象を残した本であった。

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