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映画大使100回記念に無声映画が上映されることになった。
上映後合わせて立食パーティーもある。かいひ¥500、
2月9日午後1時半開場
イオンシネマ8番ホール
椿姫
アレクサンドル・デユマ・フィス(小デユマ)が1848年に実際の体験に基づき書いた
長編小説。彼自身による戯曲も書かれている。
映画やオペラにもなっている有名な作品である。1921年のアメリカ作品。1924年(大正13年)に日本公開されている。
監督/レイ・C・スモールウッド 主演/アラ・ナジモヴァ(Alla Nazimova/1879〜
1945)、(ロシアの女優さんがアメリカに来たそうです)ルドルフ・ヴァレンティノ(Rudolph Valentino/1895〜1926満31歳没
物語 19世紀中頃のパリ。夜の社交界に生き、月の25日間は「白い椿」を身につけ、残り5日間の生理期間には「赤い椿」を身に付けるたため人々から『椿姫』と呼ばれていた高級娼婦マルグリット・ゴーティエの前に現れた田舎青年、アルマン・デユヴァル との純愛物語。
あるマンの純なこころにひかれ社交界から身を引いて田舎町でひっそり暮らすが
息子のよからぬ噂を聞いたアルマンの父親がルマグリットに息子と別れるように告げた。
マルグリットはアルマンの家族や将来を思って身を引く。
そうとは知らぬアルマンは・・・・。
弁士は「ハルキ」さん
スクリーンの前左横に席がありスクリーンを見ながら台本を見ながらの熱演でした。
其々の声をかえ、まるで何人も人がいるみたい。
ドラマの間にセリフが所々で映し出された。
音楽はクラッシクがずーっと流れていました。
とても心地よい音色で想像力がいやがうえにも掻き立てられます。
終了後ハルキさんの講演がありエジソンがキネマトスコープを発明。
これは一人用で箱状の物をのぞいてみたそうです。
その後ルミエール兄弟が1895年にシネマトグラフを作り今と同じスクリーンに映し
大勢で同時に見れるようになった。
でも音楽も字幕も入っていなかった。
日本では独特の発展のし方で活動弁士が誕生したそうです。
日本には話芸があって講談や落語、人形浄瑠璃などがあり活動(無声映画)にも
説明があった方が良いと言う感じで広がって行った
ストーリーは決まっていてもセリフなどは弁士が考えるので弁士によりかなり
違った他印象になる事もあるそうです。
ハルキさんは川越の映画館で年3回くらい上映しているそうです。
七色の声と歯切れの良い語り口は「よ〜日本一―!」と言いたくなる位スカッと
しています。
オフイス・アゲインをご主人と設立して活動しています。
是非一度覗いてみてください
↓
椿姫のさわり
100年も前のものとは思えない新鮮さを感じました。
見ごたえもあり楽しかったです。
ハルキさんの講演もありこれぞ映画大使の得難い経験になりました。
100回分の映画と大師の映像が映し出され懐かしかったです。
ありがとうございました。
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