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エヴォラから125kひた走りテージョ川のほとりに立つ110mのクリスト・レイが両手を広げて
迎えてくれた。
真っ赤な鉄橋の4月25日橋は夕時のラッシュアワー
2278mもある吊り橋を渡りきる頃対岸のリスボンの町が・・・さすが首都ですね。
VIPグランド・リスボアのテルに着いたのは18時
再び19時半に集合、ファドディナーショウのお店に・・・
ファドの始まる前に食事を済ませた方が良いと言っていたが・・・・
スープが出て来たきり後が続かなかった。
ほどなく黒い衣装をまとい黒いショールを肩に恰幅の良い女性とギターを抱えた男性2人
歌い始めた。
波止場の女性が船出した男に寄せる思いを切々と歌ううたとか下町で生まれた民衆の音楽
とか言われている。(民謡?演歌?シャンソン?)
二人の女性の哀愁を込めた語りかけるような嘆くような歌が終ると少し間があって食事が
出てきた
ステーキ・・・・・らしい。
次に男性が黒いマントを羽織って・・・コインブラで聞いたコインブラ大学の大学生が女性への
恋心を朗々歌いあげた。
可なり年を取った大学生だったけど、見事だった。
その後は民族舞踊?小学生っぽい男の子を含む6人の男女ペアーになったり離れたり
楽しげな踊りだった。
会場は照明を落として暗い。カメラの調子もいまいちだったので写真は撮らなかった。
デザートのプリンが出て
22時ホテルに戻った。
6月18日(水)
7時朝食・・・昨夜のディナーとは打って変わって食欲のでる料理
左側の焦げ目のあるのがエッグタルト(パステル・デ・ナタ)これは有名で
それぞれ作り手の違いがあって美味しい
果物も沢山カットされているし
最後の日だからお菓子パンも食べましょう
今日が最終日、ゆっくり味わって朝食を戴きました。
8時30分
まず、サン・ペドロ・アルカンタラ展望台で街を一望します
上の方はテージョ川です。四角いのがベレンの搭かな?
後ろはサン・ジョルジョ城
リスボン市内をバスで巡った。
リスボンはポルトガルの首都人口55万人
7つの丘と呼ばれる、高低差が大きい坂道の街。
道が二階建てになっている感じ道にエレベーターがあったり
ありゃ〜旗の陰になってしまったわ。
ケーブルカーがあったり勿論地下鉄も・・・
バスもある。・・・バスは普通のバスこれはバス停素敵でしょう。
テージョ川の畔に立つ世界遺産ベレンの搭。
マヌエル1世が1515年〜1520年に作った行き交う船の監視と河口を守る要塞、
のちに船の通関手続きを行う税関や灯台の役割も果たした。
マヌエル様式のテラスを持つこの搭を司馬遼太郎氏はテージョ川の貴婦人と表現したと言う。
搭の一番下は潮流により海水が入り込む水牢、その上は火薬庫、その上は窓に向かって
大砲が並ぶ砲台になっている。
テラス部分に航海の無事を祈った聖母マリアの像が置かれている。
二階は国王の間バルコニーからテージョ川が見渡せる。
三階は謁見の間、
四回は礼拝堂。
高さ35mある。
発見のモニュメント
1960年エンリケ航海王子の500回忌を記念して作られた。
帆船をモチーフに先頭に立つのはエンリケ航海王子、ほかにヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、
天文学者や宣教師、船乗り、地理学者などこの時代に活躍した人が彫られている。
52mの屋上に上がると4月25日橋や対岸のクリスト・レイを眺められる。
発見のモニュメント前の広場には大理石で世界地図のモザイクが書かれており
各地の発見年号が記されている
(1541年はポルトガル船が豊後に漂着した年、種子島に来航したのは1543年)
アフリカは1400年代だった
4月25日橋と右端にクリスト・レイ(リオデジャネイロのキリスト像を模写した)
北側には世界遺産ジェロニモ修道院が見える
バス停で面白い車を見た。
カババス…水陸両用ですって。
世界遺産ジェロニモス修道院
15世紀ポルトガルは先陣を切って外洋に乗り出した。
海洋王国の基礎を築いたのがエンリケ航海王子。
アフリカ西海岸の探検やインド航路の開拓、天文台や航海学校の建設、航海者の養成、
コンパスの改良、帆船の開発などをした。王子の夢は38年経った1498年ヴァスコ・ダ・ガマ
のインド航路開拓で結実した。
ヨーロッパ最大の貿易国になり莫大な富でマヌエル1世がエンリケ航海王子とヴァスコ・ダ・ガマの偉業をたたえて建造したのがジェロニモス修道院
1502〜1551年に完成二人はここに葬られている。
内陣・・右にマヌエル1世と王妃マリア、左に息子のジョアン3世と王妃のカタリナが眠っている
中庭・・・55m四方の回廊一階はボイタックスが作り彼の死後2階はカスティーリョが作た。
一階のアズレージョ・・・黄色が綺麗に使われている
二階聖歌隊席の一番前にあるキリスト像
回廊の二階、マヌエル様式の最高傑作と言われる彫刻
美しく楽しい彫刻群に魅せられた。
二階の部屋にあった歴史をたどった展示表
ゴルバチョフ氏、マンデラ氏そして1989年のベルリンの壁崩壊、たどっていたら
陽がくれそうで仕方なく引き上げた
ジェロニモス修道院を後に
リスボン空港に向かう
つづく
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