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6月14日午後2時20分
世界遺産リラの僧院に着いた。
僧院の正面・・・背後に山を城壁のように背負い僧院とは思えない近代的なデザイン。
赤と白の横縞アーチのような回廊は北アフリカのイスラム教のデザインみたい。
でもここのほうが強烈な印象
左側・・・下の部分はシンプル
すみずみまで行き届いた見事な建築。
まっすぐ正面入り口に進んだ
極く色彩の華やかな宗教画・・・ともかく華やか。
回廊の天井も、聖書にちなんだお話、悪魔や天使、化け物が戦っている
穏やかなものもある
地獄絵だろうか・・・薄気味悪い恐ろしい絵もある
天使と右のほうは悪魔
教会の中はカメラ禁止です。
14世紀にできた塔地震も戦火も免れた。
回廊
見事なデザインですよね〜
赤ちゃんを連れて見学に来る人も・・・。
ここから裏の山へトレッキングに行けます。
お土産に蜂蜜が売られていました。
家族連れたくさん来ていますね。
水飲み場の横でサクランボを売っていました。可愛いおばあちゃん。
リラ修道院はブルガリア正教の総本山
リラ修道院の名前の元になった修道士イヴァン・リルスキーは教会の腐敗に
絶望し、この深い森の中に隠遁して
修行に励んだという。(10世紀)
「正しく生きたい」という思いがこの修道院を切り拓いた。
神の声を聴くまで精進した彼のもとへ修道士たちが慕ってやってきた。
小さな僧院が建てられリラ僧院と名付けた
ブルガリア人はロシアと同じスラヴ系で、公用語であるブルガリア語は
ロシア語と同じキリル文字を使用する。
9世紀にキリスト教が国教化したが、14世紀にオスマン帝国に支配されると
イスラム教が広まった
キリスト教の信仰は制限され、修道院も一部破壊されるが、
その後なんとか存続が認められた。
ブルガリア人たちの心のよりどころとなった。
18〜19世紀、オスマン帝国はロシアとの戦争に敗れると
たちまち世の中は乱れ僧院も襲撃を受け壊滅状態になった。
14世紀、敵の襲撃を想定した要塞のような修道院が完成した。
これが現在のリラ修道院だ。
リラ修道院を取り囲む僧院には修道士たちが寝起きした300以上の
小部屋があり、
キッチンや図書館、礼拝堂なども備えていた
図書館や歴史博物館もある
周りの自然も取り込んでトレッキングコースもある。
約一時間じっくり見て回った。
宗教が違っても受け入れる寛容さがあったと言う事が心を和ませた。
北アフリカや、中東、スペインなども教会の建築様式の中にキリスト教イスラム教が
交ざっているところが結構ある。
さらに独自の文化が相まってこんな素敵な僧院が出来たのだろう。
リラの僧院===リラの花を想像していたがこの個性あふれる僧院は長く思い出に残る。
そろそろお腹もすいてきた最後の晩餐はなんだろう。
ジョブスカサラダ・・・チーズがたくさんかかっていた。
ケバプチェ…ひき肉の炭火焼き(しょっぱかった)トマトソースをつけて食べる。
ココア…これが滑らかでおいしかった。
プリン・・・あま〜〜い!
今日は珍しく午後9時にはホテルに着きそう。
デラックスホテルです洗面所もゆったり、もう明日は帰国です。
ゆっくりお風呂に入って寝ます
お休みなさーい。
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