鉄のカーテンの初日はルールどおりに動かない社会に疲れました。
ゆったりと朝食をとり元気が出ました。
ヴァイキング形式です。パン、チーズ、ヨーグルト、ドライフルーツ、野菜等豊富
それに朝からプチケーキなどお菓子も沢山出ていました。
早速車の波に飲み込まれ渋滞を味わう。
片側が5車線それがいっぱい、もちろん反対側も同じ。
町はうっすらけぶっているようでした。
朝もやではなく湿原の泥炭がけぶっているのだということで常時この状態だそうです。
30分ほどで見たものは。。。。
なんともいえぬカラフルな色使い、ヨーロッパ的ではない葱坊主型のドームに度肝を抜
かれました。
建設を依頼したイワン皇帝はあまりの美しさに二度とこのような美しい建物が出来ない
よう建築家の目玉をくりぬいてしまった。という言い伝えは有名。
ワシリー聖堂の反対がわにあるのは赤い城壁、クレムリン。
ロシアの政治の中枢の代名詞だと思っていた。
クレムリン=城壁・・・なんですって、だからモスクワの他にもクレムリンはある。
クレムリンの壁に沿って目をやると人が出入りしているところがレーニン廟
その後ろに見える丸いドームは元老院プーチンさんが仕事をするところ。
旗が立っているので今日は執務しているそうです。
赤い塀の向こう側はクレムリンの中です。
ワシリ聖堂の横に立ち赤の広場を見渡すと正面に見える。
クレムリンの対面にたつこの荘厳な建物はかっての国営百貨店「グム」
昔はは日用品が沢山売られていたが自由経済になったら・・・ブランド品の店ばかり。
観光客目当てで一般の市民には手が出ない唯一手を出せるものは通路で売っている
アイスクリーム。一個50ルーブル(150円)
ワシリー聖堂、クレムリン、歴史博物館、グム百貨店に囲まれた広い石畳の広場が
「赤の広場」
社会主義の広場だから赤の広場と思っていた。
誰だってそう思っているわよねぇー、世界中が思っているんじゃあない。
所が全然違っていた。(@_@  えっ!うそー!
古代スラブ語で「あかい」は「うつくしい」という言葉だったので『美しい広場』
イコール『赤い広場』もう17世紀にはこのように呼ばれていた。
社会主義になったのは19世紀の初めですものね。
思い込みって・・・・・・・ねぇ〜。
最もメーデーと革命記念日の年2回パレードがおこなわれていたので赤の広場といえば
ソ連の象徴というイメージが浮かぶのは致し方ない。
赤は・・美しい。
美しい広場としてイタリアのサンマルコ広場などと肩を並べているとか。。。
歴史博物館の横にあるヴァスクレセンスキー門の前にははロシア全道路の基点となる
地点があり其処にたって願い事をしながらコインを後ろ向きに投げると願い事がかなう
と言われている。(イタリアトレビの泉地上バージョン)
観光客がひっきりなしに投げてる割にはコインが落ちていない。
ジプシーのおばあさんが拾い集めていた。ヾ(@°▽°@)ノあはは
この次はクレムリンの中に入ってみますね。
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