その日に感じたこと心に響いた事&めも

元始女性は太陽であった。この言葉がだーい好き

旅ールーマニア・ブルガリア

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さてルーマニア・ブルガリアの旅行を振り返ってみる

費用
JTB(保険料込)・・・・・・・・・@184000×2=¥368,000
JRチャージ・・・・・・・・・・・・・・・・@5000×2= ¥10,000
自宅にあった€・・・・・・・・・・・・・75×¥140= ¥10,500( ユーロをレイ&レバーに変えた)
カード払い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ¥3,000
--------------------------------------------------------
                                                     合計¥391,000.

一人約20万円で5泊8日
オプションが一つもなかったし全食事つきだったので経費が掛からなかった。
物価が安かった。
EUに加盟しているがユーロは使えないの持っていたユーロを現地通貨に換金
ルーマニア通貨=レイ   1レイ  =¥40
ブルガリア通貨=レバー  1レバー=¥70
お土産はたべる物しか買わなかった。

ROMはルーマニア製品
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チョコレート菓子
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ローズジュレ=身体に擦り込んでマサージ後お湯で流す
薔薇水=乾燥しているとき肌にひと吹き
ピンクのローズソルト=お風呂に入れる

下の薔薇の模様=バラ油入りハンドクリーム
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とても安くゆけた  




歩いた歩数  
ルーマニアブルガリアへ 22:20カタール航空でドーハ乗り換え
      9日  (火)   5043歩 自宅から成田空港
     10日  (水)   8450歩 ブカレスト空港〜ブラン〜ブラショフ  ブラショフ泊
     11日  (木)  14480歩 ブラショフ〜ピエルダン〜ショギショアラ〜サスキス〜
                       ブラショフ                  ブラショフ泊
     12日  (金)   7816歩 ブラショフ〜ブカレスト→国境越えブルガリア・ルセ
                       〜イワノボ〜アルバナシ         アルバナシ泊
     13日  (土)   8255歩 アルバナシ〜カザンルク〜プロブディフ〜ソフィア
                                               ソフィア 泊
     14日  (日)   9124歩 ソフィア〜ボヤナ地区〜ソフィア〜リラ〜ソフィア 
                                               ソフィア 泊
     15日  (月)   8401歩 ソフィア〜コプレシティツア〜ブカレスト空港〜ドーハ
     16日  (火)   6298歩 ドーハ〜成田〜自宅
             −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                67,867歩・・・観光地で一日平均9,421歩


訪れた世界遺産
☆ ピエルダン要塞教会(ルーマニア)
   トランシルベニア地方にザクセン人が移住してきて作った街と教会
   教会は3重の堅固な城壁に囲まれて戦闘になったときは住民は此処に逃げ込み生活
   できるようになっている。教会は後期ゴシック建築でドイツ色が強い。
   大切なものをしまう部屋の鍵がすごく成功に頑丈にできている。

☆ ショギショアラ歴史地区(ルーマニア)
   12世紀にザクセン人を入植させた事から出来た町。ギルド組合があり町を統率していた。
   山上教会があり屋根つきの階段がある(冬でも175段の上り下りが楽なように)上には
   ドイツ語名学校が今でもある。
   からくり時計が町の中心にある。

☆ サスキズ村の要塞教会(ルーマニア)
   時計塔がショギショアラと同じ人の設計。
   教会の内部は白い漆喰で清楚な感じ屋根裏にも大きな空間があり秘密の部屋から
   登れる。すごく広く外も下も見える。戦闘のときは此処に避難したのかしら。

☆ イワノボ岩窟教会 (ブルガリア)
   岸壁に作られた12世紀〜17世紀に修行僧たちが生活していた。
   岩に書かれたフレスコ画が天所と壁面に描かれている。

☆ トラキア人の墳墓 (ブルガリア)
   第二次世界大戦中に偶然発見された。
   紀元前4〜3世紀頃住んでいて当時のフレスコ画が残されている(レプリカ)
   ブルガリアの先住民

☆ ボヤナ教会 (ブルガリア)
   ボヤナ教会は10世紀後半から11世紀初頭、13世紀半ば、19世紀半ばの3段階に
   分けて建てられたレンガの積み方を見るとよくわかる。
   とても小さくて10人位しか入れない。フレスコ画がたくさんある。

☆ リラの僧院 (ブルガリア)
   修道院の歴史は、最初の隠遁者としてリラ山中で断食と祈祷の生涯をおくった聖イワン
   (ヨアンとも)・リルスキーが修行した所、フレリョの塔は14世のもの。
   現在のリラの僧院は19世紀に作られた。
   精神的にブルガリア正教のの中心だった。
   中は撮影禁止だが外側の壁と天井に色鮮やかなフレスコ画が描かれている。



感想
ブルガリアは
薔薇の国とイメージ、バラが咲き見れているのかなと思っていたら
良質なバラ油の生産世界一という。
精油工場を見学した。そこにはたくさんの観賞用のバラが咲き乱れていた。
バラ油を取る為にピンクの小ぶりなバラ「ダマスクローズ」を開発した。
バラ油はブルガリアの金と呼ばれ世界の7〜8割をこの薔薇の谷で生産している。
1000gのバラ油を取るのに3.5tのバラの花びらが必要これもびっくり!
朝4時ころから摘みだして日が昇る前に終える太陽に当たると香りが飛んでしまうから。
バラ祭りが6月の第一日曜日に行われるというが参加するのはそれ用のツアーでないと
無理らしい。
衣装が可愛くて写真で見るとぜひ見たくなる。
色々なイベントもあり薔薇の女王も選ばれるとか・・・。

ルーマニアもブルガリアも町の中に広場やベンチが多く子供連れやお年寄りが楽しげに
談笑していたのが印象的。
ベンチを置くことで休みたいときにすぐ利用できる。
そこから話の花がさきコミュニケーションがとりやすいのではないかしら。

中形犬の野良犬が多かった。でもみんなけだるそうだった。

ホテルは別としてレストランやガソリンスタンド、お店などもトイレが少ない。
1〜2個しか無いのには驚いた、これは日本を見習ってほしい。
(でも日本ほどトイレを充実させている国ってあるのかな〜と思う。)
これでは観光国にはなれない。

もっとも観光国になる積りもないかもしれない。
紀元前のもの14〜5世紀のものがたくさんあるのだからもっと観光に力を入れると経済が
活性化するかも。
ルーマニア・ブルガリア共にEUに加盟したがユーロは使えない。
経済が追い付かないらしい。
まあギリシャみたいになるよりは地道にやったほうが良いと思う。



ルーマニアはラテン民族ビーチが好きだとか・・・
ブルガリアはスラヴ系民族、言葉の違いにもびっくり隣同士なのにまるで違う。
ブルガリアはロシヤとのつながりが深く同じキリル文字を使う。
裏返ったアルファベットみたいで字面を見てもわからない。

それと「「はい」で首を横に振り、「いいえ」で首を縦に振る。」えっーーーー。
うそー!本当?って感じ。
今その習慣を直そうという話が出ているそうです。


ブルガリアの教育
小学校・・・4年
中学校・・・4年
高校・・・・・4年
以上公費ーーー9月15日入学式。5月末卒業式
大学・・・・・3年  私費    留学先は…英国・ドイツ・ノルウエーが多い
                   留学生は・・・ギリシャ・トルコ が多い。
夏休みは3か月くらいある。
近視が増えている。
読書量が減っている。

結婚しても席を入れない人が多い、ゆえに47%の子が未婚女性の子供

地震は少ないが2012年にマグニチュード5.8のがあった。

ワインは美味しいものが多い。
地方によっては各家庭で植えていてる自家製ワイン。

ヨーグルトやチーズに山羊や水牛がある。
養蜂家が多く蜂蜜がいろいろある。菜の花・アカシア・菩提樹・松などがある。
麦畑ひまわり畑が多かった。
水田があるのにびっくりした。
まだ地方では馬車が結構使われている(荷物を運ぶのに)一般道を走っている。
ドライブインなるものはないガソリンスタンドにコンビニみたいなものを併設。



思い出したものだけ書いてみた。



  


6月15日(月)
ソフィア17時45分発 QR226便、定刻より10分早く飛び立った
4時間35分でドーハ着の予定
3列3列の席で窓側だった。
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緑も多い
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雲がきれい
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雲を見ていると色々な思い出が・・・
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あ〜あもう終わってしまった。
現実に押し戻されて食事
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窓側だとやっぱりトイレに行きにくい。
つい我慢、でも4時間半は無理1回行った。
22時ドハー到着
乗り換え時間3時間
自由時間だがCの10の搭乗口でくつろぐ。
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イスラム系のおばさんがやってきた。
成田?と聞いた。
そうですよと席を進めた。
しばらくしたら50代くらいの男性が来てチェンジ、チェンジ 5.
そこにいる人みんなに言ってくれた。
みんな一斉に立ち上がってC−5のほうへ歩いて行った。
もちろんさっきのおばさんも一緒に。

少し落ち着いたので時刻とゲートの確認に行った。
あれっ?成田行きがない。
いくら良く注意してみてもない?????

夫に報告、ないなんて事があるのかな〜。
夫が確かめに行った。

ちょうど変わったときらしく出ていたよ、Cの22だって。
え〜また変わったの?
そうらしいな。
で、また皆さんも移動。
この時間になると大移動だ。ぞろぞろ、ぞろぞろおばちゃんも一緒にね。
添乗員も来て人数の確認、来ていない人を探していた。


定刻の午前1時50分出発。
チケットがうまく取れなかった人の調整をしてくれた。
私たちは通路側縦に連なった席だった。
それを見てHさんが添乗員にアドバイス
「ポチャさん夫婦縦並びですよ〜やっぱり二人並んだほうが良いのでは」
夫は遠慮していいですよ二人とも通路側ですから。
でも10時間も乗っているのだから隣のほうが良いでしょう。
私の隣が空いていますから二人並べます、お一人は通路側になるので代りますよ
と言ってくださった。

食事はドーハで積み込んだのだから期待できない。
オリエンタルサラダ、鳥胸肉のマリネ シャスールソース添え、揚げ豆腐とフクロ茸
オイスターソース添え、ブラックフォレストケーキ。
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熱いコーヒーもいただきました。


食べ終われば……真夜中ですもの眠いですよね。
3席続きだったので夫は窓側に移動、私は2つの席を続けて横になった。
でもふと来るとき聞いた事件を思い出した

その事件とは
後ろのほうの席はガラガラだったので横になって寝ていたら・・・・・

あっつーい  

いきなり熱いものが腰のあたりにかかり飛び起きた!
なんとスッチーさん同士がぶつかって熱いコヒーをこぼした。
あわてて拭いたり冷やしたり、ビジネス席に連れて行かれ洋服を脱いで患部を冷やした
そうです。
それで乗り換えのとき救急車で空港内の病院に連れて行かれ処置をしてくれた。
大事には至らなかったがともか くビックリ! 、吃驚! びっくり! 

挙句の果てに救急病院でおっぱなされ一人でCの10番へ来るのは心細かった



行きの乗り換えのとき何か問題になっていた人が彼女だった。
そういえば車いすがあった。
気分が悪くなったのかと思ったら大事件だったのね。

あの時添乗員にCの10番に来るのか何処で待っているのかと聞かれ途方に暮れている
ご主人に「連絡が悪い」と文句を言っていた。
だったら旦那様が文句言われる筋合いじゃあないわね、スっチーさんと添乗員がきちんと
連絡を取り合ってサポートするのが当たり前よね。

おっとりしたご主人と陽気な奥様は楽しい旅でたくさんの話をした
(カタール航空のコーヒーは他社より熱く、しかも美味しいかった)


そんな事件を思い出し、顔を通路に向けてコーヒーでもこぼされたら・・・
想像すると恐ろしくなる。
が、眠さには勝てず眠りについた。

あと1時間くらいで成田に着く。

食事は
チキンソーセージとスクランブルエッグ、ロースとポテトとミニトマト、リンゴとレーズンのパンケーキ、フルーツヨーグルト
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外は明るく現地時間17時55分定刻に成田到着。
イスラム系のおばさんモロッコ出身で今日は青山のホテルに泊まるそうです。
ショクラン(ありがと)と言っていました。
もちろん私もショクランと言って手を振り別れました。
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長い渡り廊下みたいなのが出来て歩きやすい
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ルーマニアもブルガリアも晴天続きずーっと34度カンカン照りだったが東京は寒かった。

家に着いたのは21時を回っていた。

無事に8日間旅を終え帰宅できました。

家じゅう風を通し仏様に報告して・・・・・・・やっぱり我が家は良いですね。







6月15日(月)
今日が最終日少し早起きしてお庭を散歩してみる。
このホテル黒川記章氏が設計したホテル庭園も素晴らしいと聞いている。
(ケビンスキ ほてるソグラフスキ・・・今はマリネーラ ソフィア)

最上階のラウンジからの眺望も素晴らしいとか(38階だったかな〜)
改装中で閉まっていたがのぞかせてもらった。
市の中心部から離れているが四方を見ることができた。
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なぜか富士山に桜の大きな写真が・・・
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一階のフロアにはポルシェが・・・
ここに初めて来たときは男性がピアノを生演奏していた
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バーの横の扉から外に出てみると
ハクチョウや黒鳥カモなどが餌をついばんでいた
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クジャクの雌がいぶかしげに振り返る
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木の枝の白いクジャクと青いクジャクの雄が止まっていた。
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池に張り出したラウンジも日本風
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もちろん池も日本風、柳に石灯籠素敵でした。
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池から見えるあそこはなんでしょう、丸い屋根はバーのようです。
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室内プールです、その向こうにスポーツジムもあるようです。
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プールから見える庭はくつろいでディナーをいただくようにセッティング
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今は白いクジャクのメスが散歩していました。
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この池にはカモや亀、鯉が泳いでいた。

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さあ朝食に行きましょう
さすがにたくさんの種類がありました。
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ゆっくり食べて8時15分荷物をまとめて出発です。

旅の記念にブルガリアのガイドマリアさんと運転手デェセリンと写真を撮りました。
バスもとても綺麗で運転も丁寧、マリアさんの情熱的パワーが楽しい旅にしてくれました。
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さあ、コプリフシティツアへ向けて出発!

大型ショッピングセンターでしょうか右端にカルフールが見えます。
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朝の通勤風景です、バスを待つ人たち。
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鉄道沿いに走っています。
車がびっしりですお巡りさんがまんなかに立って捌いています。
建物はアパアートです。
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路面電車と車とアパート、午前8時半頃です。
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郊外の駅はのんびり
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線路から離れてしばらく走るとコプリフシティツア村に到着です。

首都ソフィアから90㎞、周囲を山に囲まれた標高1060mにあります。
14世紀にオスマン朝の侵入で土地を追われた人達が山奥に隠れ住んだのが始まりです。
18世紀には商業が盛んになり19世紀には経済的に潤った人が豪華な邸宅を立てバロック様式と民族復興様式が入り交ざった洗練された屋敷を建てました。
今でも使われている、そのうち7件ほど見学できる。



煙突に可愛い屋根があるわ
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立派な木の門扉
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塀の小窓がいっぱいあったので何かと思って聞いたらお店(ショウウインド)だった
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豪華な塀が続く
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胸像のある家にお邪魔する
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なかは撮影禁止
木造で床に座って歓談する部屋がありテーブルで歓談する部屋もある日本で言う
和洋折衷、織物で飾られ温かみがある。
オンドルもあった。部屋自体はこじんまりしている。
ベランダに大砲があった。

さっき上ってきた道を下ります。
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ホテルもあり避暑地として利用されている
手作りの品物がいっぱいのお土産屋さん。何処かで見た事のある様なものが結構多かった。
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品の良いおじいちゃま。
何か話しかけてきたがブルガリア語って全くわからない。
きっとどこからって来ているのと聞いているのだろうと思ってフローム ジャパーンとかジャパニーズと答えた。
解ったか解らないか???

マリアさんに聞いたら中国人って聞いたんですって。
当たらずとも遠からずえへへ・・・でも通じなかったみたい。
(英語よりロシア語に近いかも)
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ずーと下って小川に沿った広場で子供たちが遊んでいた。
村のメインストリートを歩いた
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えっ?お尋ね者?
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大きな門構えの家に入った
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豪商の家だった
外観からしてただ者ではない。
もちろん和洋折衷中は豪華なかざりもある。

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そろそろお食事、この村で食べる

公園や道端に水飲み場がある
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横にある六角形の囲いはトランポリン…子供が遊んでいる。そばで親が見ています。
こんな風景があちこちで見られるのは嬉しいですね。

ブルガリアはとってもベンチが多いの。
こんなにベンチが多い国はないわね、きっと優しいのでしょう。
年よりも安心して疲れたらすぐ休めますもの。
日本も真似して欲しい事です。

くぐり戸を入ったら…薪が整然と積まれていた。
ここでお食事。12時少し前です。
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鶏肉のスープ
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レモネードを頼んでみました
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ジャガイモとひき肉のキッシュ
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ブルーベリーのクレープ
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あとは一路空港へ
村の様子を目に収めておきましょう
今でも馬車が活躍しています
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レンガ積みの家、古いものをそのまま使っている。
なんだか壊れそうね。
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ソフィアに入ると超近代的・・・・ガラス作りでしょうか、反射しています。
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ソフィア空港です
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午後3時空港到着。
あっという間の1週間でした。

                             つ づ く・・・・・・  







































6月14日午後2時20分

世界遺産リラの僧院に着いた。

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門をくぐると・・・息をのむような素敵な建物
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僧院の正面・・・背後に山を城壁のように背負い僧院とは思えない近代的なデザイン。
赤と白の横縞アーチのような回廊は北アフリカのイスラム教のデザインみたい。
でもここのほうが強烈な印象
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左側・・・下の部分はシンプル
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すみずみまで行き届いた見事な建築。
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まっすぐ正面入り口に進んだ
極く色彩の華やかな宗教画・・・ともかく華やか。
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回廊の天井も、聖書にちなんだお話、悪魔や天使、化け物が戦っている
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穏やかなものもある
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地獄絵だろうか・・・薄気味悪い恐ろしい絵もある
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天使と右のほうは悪魔
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教会の中はカメラ禁止です。
14世紀にできた塔地震も戦火も免れた。
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回廊
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見事なデザインですよね〜
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赤ちゃんを連れて見学に来る人も・・・。
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ここから裏の山へトレッキングに行けます。
お土産に蜂蜜が売られていました。
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家族連れたくさん来ていますね。

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水飲み場の横でサクランボを売っていました。可愛いおばあちゃん。
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リラ修道院はブルガリア正教の総本山

リラ修道院の名前の元になった修道士イヴァン・リルスキーは教会の腐敗に
絶望し、この深い森の中に隠遁して
修行に励んだという。(10世紀)
正しく生きたい」という思いがこの修道院を切り拓いた。
神の声を聴くまで精進した彼のもとへ修道士たちが慕ってやってきた。
小さな僧院が建てられリラ僧院と名付けた 

ブルガリア人はロシアと同じスラヴ系で、公用語であるブルガリア語は
ロシア語と同じキリル文字を使用する。

9世紀にキリスト教が国教化したが、14世紀にオスマン帝国に支配されると
イスラム教が広まった

キリスト教の信仰は制限され、修道院も一部破壊されるが、
その後なんとか存続が認められた。

ブルガリア人たちの心のよりどころとなった。
18〜19世紀、オスマン帝国はロシアとの戦争に敗れると
たちまち世の中は乱れ僧院も襲撃を受け壊滅状態になった。

14世紀、敵の襲撃を想定した要塞のような修道院が完成した。
これが現在のリラ修道院だ。

リラ修道院を取り囲む僧院には修道士たちが寝起きした300以上の
小部屋があり、
キッチンや図書館、礼拝堂なども備えていた
図書館や歴史博物館もある
周りの自然も取り込んでトレッキングコースもある。

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約一時間じっくり見て回った。

宗教が違っても受け入れる寛容さがあったと言う事が心を和ませた。

北アフリカや、中東、スペインなども教会の建築様式の中にキリスト教イスラム教が

交ざっているところが結構ある。

さらに独自の文化が相まってこんな素敵な僧院が出来たのだろう。

リラの僧院===リラの花を想像していたがこの個性あふれる僧院は長く思い出に残る。




そろそろお腹もすいてきた最後の晩餐はなんだろう。

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ジョブスカサラダ・・・チーズがたくさんかかっていた。
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ケバプチェ…ひき肉の炭火焼き(しょっぱかった)トマトソースをつけて食べる。
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ココア…これが滑らかでおいしかった。
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プリン・・・あま〜〜い!
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今日は珍しく午後9時にはホテルに着きそう。
デラックスホテルです洗面所もゆったり、もう明日は帰国です。

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ゆっくりお風呂に入って寝ます   
                               お休みなさーい。      






6月14日(日)晴れ
朝日が昇ってきた午前6時50分
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朝食…品数がとても多い。
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8時出発・・・ホテル マリネーラ・ソフィア
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まずソフィア市内を巡って
共産圏時代のアパート(いっぱいあります)
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トラム
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アレクサンドル・ネフスキー大聖堂
20世紀初期に立てられたものであり、 戦争でブルガリアを解放したした20万人のロシア帝国の兵士を称えて建設された。
バルカン半島で最大の正教会の聖堂であり、世界でも第2の規模を持つ。
黄金色のドームを持つ大聖堂は高さ45メートル、鐘楼は高さ50.52メートルに上る。
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無名戦士の墓・・・日本もこうすればよいのにね。
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ライオンが守っていました。(ロシアでは衛兵が交代で24時間守っていました)
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聖ソフィア大聖堂
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聖ニコライ大聖堂
(これもロシアに近いですカラフルでネギ坊主みたい))
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噴水が涼しげで楽しく軽やか
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旧共産党本部・・・すっごい立派な建物です。
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大統領府の衛兵 
(あまりピシッとしていなかったうつむき加減で・・・)
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聖ゲルギオ教会
バルカン半島で最古のキリスト教聖堂であり、4世紀にさかのぼる
聖堂は赤いレンガで作られ、ソフィアで現存する最古の建物とされている。
聖堂のドーム中央にある中世のフレスコ画は
12世紀-14世紀のものである。
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聖ペトカ地下教会
14世紀に立てられたもので、当時の美しいフレスコ画を残している。
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バーニャ・バシ・モスク・・・・イスラム教の教会(トルコ系の人が多い)
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ソフィアの町は四方を山に囲まれた標高550mの所にある。
人口149万人
歴史は古く紀元前4世紀にさかのぼる。ここはアジアとヨーロッパの交錯地点として栄えた
ローマ時代もオスマントルコの時代も・・・。
ここで見られるように色々な宗教がそれぞれ教会を持ち自由に信仰している。
寛容の精神を持ち合わせた心豊かな人たちだ。
ロシアの影響がすごく大きい。

ブルガリア語を使っている。
文字はキリル文字を使いアルファベットとはかなり違う。
ゆえに街中の様子はわかりにくい。
神奈川県の保土ヶ谷と姉妹都市になっている。

少し離れたところに世界遺産のボヤナ教会があるので尋ねてみた
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11世紀から3回にわたって増築された教会でフレスコ画が素晴らしい。
撮影禁止でした。

午後はリラの僧院へゆきます。
130㎞走ります

1時間ほど走ったら雪をかぶった山々が見ました
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コウノトリ発見
コウノトリは生涯パートナーを変えないんですって
そして必ず元の巣に帰ってくる。。
寒くなるとアフリカへ渡るそうです。
もっともポルトガルでは通年住んでいるそうです。
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この街道では毎年みられるそうです。
煙突が使えないですよね〜
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ここでお食事になります
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冷製スープ
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パスタルヴァ(名物ますのムニエル)
大きいです、ポテトの付け合せもおいしかった。
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デザートはなんだか忘れました。

あと3〜40分でリラの僧院に着くそうです。

                   つ づ く・・・・・       






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