もうすぐ2周年です。

この稚拙なプログを開始したのが2017年6月14日でした。
あと二ヶ月余り後のアニバサリーディまで、結論を待とうかとも思いました。
ただ、もともと盛況でもなく、どちらかというと、私個人の勝手な放言、特に自分では悩ましいことばかりを書きなぐるささやかな場所でした。
だれに迷惑かけるわけじゃなし、と居直って好きなだけ書かせていただいたこと、さぞやお見苦しい言葉の数々だっただろう、と反省するばかりです。

本日をもってヤフーブログ「ぽこのブログ」に新しく記述を加えるのはおしまいにします。
ヤフー社の方針でそのうち、消え行く運命ですが、このまま放置させてください。
みなさまからお寄せくださったコメントはコピーだけはいたしました。それ以外は全て自動的に消失することになりますが、自分の書いたものは恥ずかしいのでちょうどいい機会だったと胸をなでおろしています。

私ぽこの名前で、みなさまのところにお邪魔して楽しくつながりをいただいた喜びはそのままにしたいです。従いまして、随時、みなさまご自身のブログには寄せていただきたいとわがままですがお願いいたします。

なお、ぽこのつぶやき様のものは、
以下のところにぼつぼつ書いていこうと思っています。
本日初めて、陋屋の小さな庭の椿の写真を取り入れてみました。画像の処理ができなくて、めちゃ大きい画像になりました。


がその場所です。
ご紹介するまでもない相変わらずの稚拙の上塗りです。
ここでどこまで生存表明できますか、
文字通り最終章のぽこがおります。

ではみなさま、今までありがとうございました。
いつまでも、忘れません。
みなさまの穏やかなお健やかな日々を祈ってやみません。

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駄菓子屋

今晩は。
風は冷たいものの、陽射しは強く、いよいよ春本番となりそうです。
ニュースのあとそのまま、ぼんやりテレビを見続けると、どこか見たことのある町の佇まい。解説を聞いて、
そうそう、今は市町村合併で、当市になってしまったものの、私が奉職してた20年前は、独立した町だった。授業の合間に生徒会費の出費のために、町の中心部の銀行へ出向いたところ、ひっそりネコの子一匹いない静けさ、旧街道だったいうダウンタウンは、間口が20メートルくらいの家がずっと続く。恐らく立派な商家だったのだろうな、と思いを巡らして職場を離れた束の間の息抜きをしたものだ。
テレビは、ますますさびれたその当たりをカメラがすすむ。そして、とある民家改造のお店、駄菓子屋に入った。
大人とこどもの空間・・・中学時代の同級生たち4人、アラフィフの男性たちが自分たちで資金を出し合い、仕事の支障にならない時間のみ営業の駄菓子屋を作った。思わぬコミュニケーションがそこにでき、今では、地域の見守り、いえ、教育?係りの役割を果たしているというそんな話。
昭和の、それも真ん中くらいまでの遺物となっている駄菓子屋、ちびまる子ちゃんの中ではみつや?だったっけ、そんなような名前のが確かに出てきていた。
あの時代は、どんな存在だったのだろう。
私は、生涯に一度だけ、次兄の貯金箱を壊して中のお金を全部つかんで、駄菓子屋に豪遊したことがあった。
母に、どろぼうは、私のこどもじゃない、と言われ、それから2,3ヶ月、私は緘黙症(自分からは言葉を発せられない一時的失語症)に陥った。若かった母は自分を悔やんで、母と私一緒に精神科にかかったことがあったらしい。私が4歳くらいのころだ。そのころの母は30歳をちょっと出たくらいで、上に小学生の二人の男児がいたが、とにかく真面目な人だった。
駄菓子屋がどんなところだったか、以後も知らない。母がいつでも連れて行ってあげる、と言ってくれたらしいが、何かトラウマみたいな場所になったようだ。

それから半世紀どころかもっと。。。
母の遺伝なのか、私には、行かない(行けないともいえる)場所がいくつもある。
百円ショップ、しま〇ら、ゆに〇ろ、牛どんのお店、ファミレス、そういったところ。スーパーマーケットも得意ではない。この3年間ほどに数回行ったかどうか。。。
どうやって入っていったらいいのか、勇気が要る。

損はしてきたかもしれないけれど、不利益を被った記憶はないし、不自由もなかった。でもこの先、生きている間に、上記のところへ、絶対踏破したい。
男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり と土佐日記にはあった。
さしずめ、人が入るしま〇ら といふところへ、私も入らんとするなり、の心境だ。
そうそうゆに〇ろは、新大阪駅の中のに、ムスコと一緒に入った。あそこならいけそうだけど、それでは、私のはじめてのおつかいにあらず。

化石のように動かず、息だけしているように思われますか?
クルマに乗れるうえに、上記のお店は市内、何か所でもあります。
スタバとコメダは行けます。

あともうひとつ、スーパー銭湯とやらにも行ってみたい。

駄菓子屋はムスコには早くから洗礼を受けさせました。
ただし、祖父(私の父)の同行でした。母がいい顔をしませんでしたが、、(笑)

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11月11日って???

陽射しがやわらかくなりました。もう2月は明日で終ります。
3月1日は今の奉職先の卒業式です。卒業生7クラスのうち、2クラスは1年時に、べつの2クラスが2年時に週2時間のコミュニケーション英語の科目で出講しました。晴れの日のかれらを遠目に見てお祝いの気持ちだけおくりたい、と思います。
夜は、恒例の直会があります。この何年も参加したことがないのですが、今年は、同じ講師仲間の方々から、直会の2次会を拙宅で、という案が出て、ホテルの1次会で参集することにしました。これから正規採用になって教壇に立つ人、長らくの経験を生かして退職後も熱心に教鞭をふるう人、など、この1年間、講師室で、お世話になった面々です。
明くる2日のお昼から、今度は、雛祭を拙宅でいたします。日本語は、ゴメン、と、ありがとう、など必須単語いくつかだけ会得の中米の小さい国からのお客さまを加えて、いい年をした数名の友人とで、ゆるやかな午後を過ごす予定です。
家人に言われました。
雛祭の説明を英語で用意しておくように。
そしてもうひとつは、
奇数月の月日同じ日は何かしかの祝い事の日。
1月1日 3月3日 5月5日 7月7日 9月9日
なるほどそうです。
で、11月11日は何の祝いの日なんだ?と家人がのたまう。

確かにこの日も何かの記念日とか複数の答えがネット上で見つかりました。
ただ、日本古来の曰くのある行事が見つかりません。

お雛さまの由来などは、ぶっつけ本番でてきとーに言うことにして⇒不適切な説明になるのは明らかです さてさて11月11日は???

もし、このささやかなブログをご覧になって、助け船をくださる方がいらしたら、と一縷の望みを託して、投稿します。
よろしくお願いします。

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It is believed that if people put away Hina Ningyo too late, the girl will get married late in the future.
簡単な英文です。お雛さまをすぐに片付ける理由⇒婚期が遅くなる
これを書いていて失笑しました。
私の時代はそうでした。私は大学を出た翌年の結婚でしたから、まあ遅くはなかったのですが、25歳は一つのハードルでしたね、当時は。
さて、よそ様のを転用をさせてください。


私の七段飾りのお雛さまは、文字通り昭和30年ころと紹介されている御殿づくりのとほぼ同じです。御殿にはお内裏様だけなので、二段目は三人官女、以下、五人囃子、随身、仕丁で五段目まで人がうまります。六段目、七段目は牛車やお重、そして、火鉢や箪笥や、針箱、お茶の道具、ミニチュアの世界です。
亡き父の墨の字でお雛さまの座る台の裏に「左大臣」「官女」など書かれています。
12月年末に生まれた私のために、奔走して2か月後には、買いそろえたという娘めろめろの若い父の息遣いまで届きます。
お雛さまは実家に置いて嫁いできました。私に女の子ができたら、父は孫のために今度はもっと品のいいのを、とはりきっていましたが、男児誕生のときに、兜と共に、私のお雛さまも届けてくれました。小さい孫が喜ぶように、と数年間、飾りにきてくれました。
それからずっと、我が家のどこかに息を潜めていたお雛さまを、今年は家人が段を組み、御殿を組み立てて、日の目を浴びさせてくれました。
私も女の子のはしくれです。
少しは華やいだ気持ちで3日におしまいするまで、楽しみたいと思います。

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食習慣って、、、

こんにちは。
大根が美味しいです。果物では、はるみちゃん。
2か月以上前に沢山のお野菜が到来し、久しぶりに旧交を温めたことをここにも書いたと、調べたら、、、https://blogs.yahoo.co.jp/poco_a_poco_2017/41174208.html
この記事から遡って、数個だけ前に、すぐに見つかりました。
ここのところ、更新することが少なかったのを、今更ながら反省します。

私は特にベジタリアンでも何でもないですが、野菜は好きです。
ボイル野菜(つまり煮たり、茹でたりしたもの)とついでにドライ野菜(シイタケ、切り干し大根、乾燥ずいき、乾燥ナスなど)もちろん、揚げ物(かきあげ、精進揚げ、油揚げなど)も。前回の「ひろうず」でもそのこだわりを記したかもしれません。
海の幸、になりますと、白身魚(ヒラメ、鯛、イカ)は三日に二回は、お刺身で。この季節はたらが近海でよくとれ、捨てるとこなしの魚として重宝されますが、私は煮魚は、作るのが苦手で、あまり親しみがありません。したがって鍋物にお魚(たら、ふぐかになど)を入れたことがありません。鍋物は専ら湯豆腐か、野菜たっぷりの牛肉のすきやき、のみです。ぶりしゃぶは当地では結構人気のメニューですが、食指は動きません。ぶりは照り焼き、大根おろしを半本分くらいつけて。お刺身も好みません。
そして海の幸の中で最も私の身近にあるのが、羅臼昆布。これは、安価ではありません。肉厚のが一枚3000円から5000円します。私は月に二枚は羅臼昆布を食べます。ふろふき大根や、湯豆腐のお鍋の最初に入れる羅臼昆布は食べませんが、それ以外は、昆布を食べます。はさみで切って生で毎日。

血液さらさら、と若い時はだれよりも悪玉コレステロールが少ないのを自慢していた私でした。中性脂肪の値も異常に少なかった。
いつの間にか代謝が下がり、ついでに生活悪習慣(食事時間の不規則、睡眠時間過小など)も影響したのか、どんどんメタボ症候群にはまっていって現在に至ります。
一方、家人は、といいますと、若い時から仕事最優先、週に四日は午前様、3泊5日のイギリス出張が年中あり、月に4回は上海出張などの年月を過ごし、生活悪習慣の先陣を切るも、いつも痩身で、体形的には今でも若いです。
それがここに至って、悪行のつけ、ともいえましょうか、あちこち、不具合を指摘されるようになりました。
家人は、大のお肉と揚げ物好きです。それらを用意するのは簡単なので、つい、数年前まで、私は家人と違うメニュー(時間も違うので)を用意していました。
主婦としての手抜かりだったと、今になって、出家したいほどの(笑)慙愧の念を抱いています。

遅きに失した感も否めませんが、私の食生活を今後は二人の食卓に積極的に取り入れていくことにしましょうか。。。

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