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気が付いたら、ブログ更新が3週間以上も滞っていました。
フェイスブックのほうには投稿しているのですが…。
※「荒木優子」で検索してもらえると、わかります。
とりあえず、日記代わりに、7月前半のいろいろをUPしておきます。
●7月1日
福島原発被災地・葛尾村と浪江町への定期的な給餌活動。
待ちに待った、新しい車がやってきました!
4WD、AT、PW、PS 付き。
走行1000キロ以下、平成30年式のほぼ、新古車です。
2017年12月に、12年半、21万キロ乗ったホンダ・バモスホビオが逝き、
乗り継いだ、オンボロサンバーも、1年半3万キロ乗ったところで、いよいよ終わりました。
5月末、千葉・流山の実家から戻る途中、国道4号線の茨城県古河市付近でエンジンがストップ。3度目で進むのをあきらめて近くのガソリンスタンドに避難。
任意保険でレンタカー&レッカーも付いていたので、お願いました。
とても暑い日で、車には大荷物と犬のユキも乗っていたので、どうしようかと思いましたが、保険ですべて賄えて、ホっ。 任意保険、初めて使ったかも。
※レッカーは30万円分まで、レンタカーは15日間まで保険でOK。
あいおいニッセイですが、迅速で丁寧でした。
●7月2日〜6日
けんいちの白内障手術に付き添って郡山の眼科まで送迎の日々。
●7月6日(土)
我が天栄村にある英国村「ブリティッシュ・ヒルズ」のふれあいデーへ。
役場から無料送迎バスで行けるし、会場では地ビールが飲み放題! おつまみも無料! 入場料もこの日は無料! 太っ腹です。
●7月7日(日)
裏磐梯・雄国沼へ。天気はいまいちですが、ニッコウキスゲが満開でした。
●7月10日(水)
裏那須・流石山登山。
この山は花が多いので、毎年、この時期に登っています。
昨年もまったく同じ日に登っていました。
福島・中通りは曇り〜小雨だったのに、会津側に位置するので、青空が広がっていました。それにしても、今年の梅雨は雨続きです。
▲太平洋側(左)は雲の中。日本海側(右)は晴天
●7月12日(金)
原発被災地・葛尾村と浪江町へ定期的な給餌活動
●7月13(土)〜15日(月)
那須のペンション「ひみつ基地」でアルバイト。
ゴールデンウイーク以来なので2ケ月以上ぶり。
▲元・我が家の保護猫・ヨン様も猫スタッフとして頑張って働いています。
というわけで、梅雨ですが、それなりにいろいろ活動しています。
ブータンの記事を書き終わってから、ブログ引っ越しを予定しています。
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日記
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いきなりですが、4月26日(金)、東京・新宿スポーツセンターで開催される、
「地平線会議」報告会にパネリストとして参加します。
「地平線会議」とは、冒険的活動をしている人たちのネットワークで、
今まで、何度か旅の報告や福島の話をさせていただいています。
2015年には「地平線会議」主催の福島原発被災地ツアーで
案内人の一人として参加もさせていただいています。
今回の報告会は、「平成の30年を女性の視点で総括する」ということで
私のほか、「野宿野郎」編集長のかとうちあきちゃん、染色家の中畑朋子さんの3人。それぞれの平成を振り返っての対談形式のようです。
うーん、何を話していいのか、まだわかってません。
私の平成は、旅に始まり、旅三昧でした。
昭和天皇が崩御した日、私はバイクで都内を走りながら(当時は都内の実家に居候しながら駆け出しライターとして、あちこちの編集部やプロダクションを行き来していました)、「来年、次の旅に出るんだ!」と心に決めました。
そのときは、オーストラリアを9ケ月かけてバイクで旅して帰国して半年経った頃で、ヤマケイのバイトを経てフリーランスとなり、バタバタと忙しい日々を過ごしていました。次の旅のことなど考える余裕がなかったのでしたが、平成の始まりとともに、再び旅をする決心がついたのでした。
私が再び旅に出よう、と決めた平成元年(1989年)、東欧革命が勃発。
ベルりンの壁が崩れ、ドミノ倒しのように東欧各国の革命が起こり、
最後は独裁政権だったルーマニアで、チェウセスク大統領夫妻の処刑という、ドラスティックな事件で終結したのでした。
その一連のできごとをTVで見ながら、漠然とヨーロッパから北アフリカをバイクでツーリングしよう、と思っていた私は、次の旅の目的地を、東欧に決めたのです。
私が東欧に出発したのは、1990年7月。
西ドイツでバイクを買い、そのまま東欧を2ケ月ほど旅しました。
バイクを買えるという情報も、東欧の旅情報もまったくなく、我ながらよく行ったと今更ながら思います。
その東欧の旅は、某ラジオ番組のレポーター(公募で5名選ばれたうちの1人、30万円支給)として番組に電話をしたり出演したりしたほか、週刊誌や月刊誌でも記事として書かせていただきました。
その後、いろいろと行きまして、面倒なので、以下のプロフィール&行動歴にまとめたものがあります。※海外ツーリングフェスタ出展のときに作ったもの。
当日は、旅そのものの話ではなく、平成の間にどう変わったのか、という内容になるようです。三者三様なので、司会の長野亮之介さんの采配が大変だなあ、と思います。
▲1997年からかかわっている、「ツーリングマップル」の話もできればいいな。 近年はスマホナビだけで旅するライダー&チャリダーも多く、
そもそも「ツーリングマップル」の存在を知らない人も増えているので、
PRしとかないと!
というわけで、お暇な方は、どうぞ。
場所:新宿スポーツセンター2階
時間:18時30分〜21時
入場料:500円
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すっかり、このブログを放置してスミマセン。
気が付いたら3週間以上が経っていました。
その間にもいろいろあって、台湾ツーリング、コンサート、地平線会議40周年祭り、蔵王旅行、福島第一原発視察ツアーetc. Facebookでは備忘録として投稿しているので、「荒木(滝野沢)優子」で検索していただけると、見つかるかと。
とはいえ、Facebookは過去の記録をたどるのに面倒なので、こちらにも書いておこうと思います。
まず、10月11日(木)に開催された、バイオリニスト岸倫仔さん率いる
「Nyan−PEACE」のチャリティコンサートの報告を。
平日の昼、夜と2回の開催でしたが、昼間から予想以上に大勢のお客さんが来てくださいました。
▲呼びかけ人の岸倫仔さんです。チャリティコンサートは今回で6回目
▲Nyan−PEACEのメンバー。バイオリニストだけで4人も!
ピアノ、チェロ、ドラム、また、ここに映っていないけれど、ソプラノ、司会兼朗読(芝居)と9人ものプロの方々が、無償でやってくださっているんです。
震災から7年半も経っているのに、本当にありがたいことです。
右のスクリーンは、第二部で使用。
私が提供した福島の画像を映し出しました。
画像には客席からも読めるようにコメントを入れました。
かなりの枚数を紹介させてもらいました。
私が書いた雑誌の記事などをもとに、倫仔さんが脚本を書いてくれて、
一人芝居で福島のこと、私のレスキュー活動のことを
上手に表現してくださいました。
震災後、私が残された犬猫のレスキュー活動を始めた経緯や、
当時の福島の状況、動物シェルターのことなどなど、
画像の順番も倫仔さんが考えてくださいました。
▲私たち「かつらお動物見守り隊」の活動もわかりやすく伝えられたと思います。
▲福島の美しい景色もたくさん映し出してくれました。
原発事故や震災被災地のイメージが先行しますが、
福島は本来、とってもいいところなんです。
今まで、写真展や講演などで伝えてきましたが、
音楽と朗読(一人芝居)という形だと、
もっとうまく伝わるんだな、と思いました。
倫仔さん、すごい。
私は舞台裏でプロジェクターを操作していましたが、
ちょっと失敗してしまった箇所もあり、申し訳ない。 ▲倫仔さんと、ダンサーはわれらが「かつらお動物見守り隊」の
「たぬき隊員」ことMarikoさん。
プロのベリーダンサーなんです。
上の写真で白い防護服を着て給餌しているのが、Marikoさんです。
▲前回のコンサートから一緒に参加しているそうです。
▲左が司会&朗読の影山晃子さん、真ん中がソプラノの青木寛子さん。
素晴らしい歌声を披露してくださいました。
▲物販コーナーも充実。左がMarikoさんのお友達のミチルさん。
手作りアクセサリーやクッキーを販売、売り上げの一部を寄付してくださいました。
ありがとうございます。右は我らがTOKU隊員。
東日本大震災後、TOKU隊員が里親探しを手伝った猫の里親さんが、
岸倫仔さん。その縁でずっと応援してくださっています。
そのほかのグッズも、すべて手作り品でMarikoさんの故郷・秋田の友人や、
給餌にも同行してくれている福島のK.Mさんが提供してくださいました。
チャリティグッズの売り上げだけで、6万円以上!
コンサートに来てくださっているだけでもご支援になっているのに、
みなさん、ありがとうございます。
寄付もたくさん集まったようです。 ▲みちるさん製作のアクセサリー。
なんだか、とりとめもない報告になりましたが、
おかげさまで大好評でした。
倫仔さん、Nyan−PEACEのみなさん、来場されたみなさん、
ご支援品で協力してくださった方々、スタッフとしてお手伝いしてくださったみなさん、
ありがとうございました。
今回のチャリティコンサートには来られなかったけれど、寄付だけでも! という殊勝な方がいらっしゃるかもしれませんので、一応、寄付先をお知らせしておきます。
お心を寄せて頂けたら少額でもありがたくお預かりしてしっかりと届けます。
尚、千円以上のご寄付を頂いた方にはこのブログでの10月31日の寄付報告にてお名前やイニシャルなどご希望の載せ方でお名前載せさせていただきますm(_ _)mよろしくお願いします。 振込先口座 ゆうちょ銀行 記号10130 番号40623641 ニャンピース 他金融機関からお振込の場合 以下の内容をご指定ください 店名 ゼロイチハチ 店番 018 普通預金 口座番号 4062364 |
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フェイスブックでは投稿しているのですが、
こちらのブログではなかなかUPできません。
6月もいろいろ行っています。
記録のため、ダイジェストで。地名は県名がないところは福島県。
※6月4日までツーリングマップルの取材に出ていたのを書き忘れましたので、
追記しました。
実走取材でした。今回は自前のカブをサンバーに載せ、
滋賀、京都、鳥取、岡山、兵庫あたりを走ってきました。
▲6月7日、セロー復活。鏡石町にて
▲6月9日、久しぶりに林道ツーリング。黒沢林道から布引高原へ。
布引高原で熊を目撃!
▲6月12日、鮫川村で小富士山登山&一宮めぐり。ユキも一緒
▲6月14日、原発被災地の葛尾村と浪江町へ給餌。
浪江町・赤間さんシェルターの第二犬舎にて ▲6月17日(日)、GW以来の、ペンション「ひみつ基地」のアルバイト。
我が家の保護猫からここの看板猫になった、ヨン様も元気でした。
▲6月18日(火)、帝釈山と田代山へ。オサバグサの群生が見事。 帰りに高清水自然公園でヒメサユリも鑑賞
▲6月19日、鳥見山公園(鏡石町)のアヤメを鑑賞
(亀屋万年閣)
▲6月20日〜21日、小野川温泉(山形県)「亀屋万年閣」にて、
「ねこ温泉いぬ温泉」の写真展準備。
「亀屋万年閣」泊。
▲6月23日(土)、東京武藏小金井。 冒険者のネットワーク「地平線会議」関係で、
イラストレーター長野亮之介夫人、淳子さんの通夜に参列。
享年59歳。盲腸の癌が発覚して1年半。
健康的な方だったのに、すっかり痩せて別人のようでした。
▲6月24日(日)、叔父の納骨に立ち会いました。@横浜久保山墓地
▲6月25日(月)、羽田空港で沖縄から来たワンコを預かり、
福島まで搬送を請け負いました。
沖縄のコンビニに入ったところを、追い出そうとした従業員を噛んでしまって
保健所で殺処分寸前でした。
それを引き出してくれる方々と、預かってくれる人がいて、
その間の搬送を私がお手伝いしました。
▲この子が、噛傷犬として殺処分されるところを救い出された、朱鳥(あすか)くん。
推定2歳の男の子。噛んでしまったのは怖かったからでしょう。
おとなしくて人なれもしている、いい子でした。
現在は、福島県本宮市の預かりさん宅にいます。
里親さん、募集中です。
(蔵王のお釜)
(熊野岳のコマクサ)
(月山はまだ雪がいっぱい。スキーヤーもいました)
(高山植物のお花畑が素晴らしい! これはハクサンイチゲ)
▲6月30日〜7月1日、蔵王(宮城・山形県)と月山(山形県)へ。
6月30日は上山町(山形県)でホタル祭り見学&上山城駐車場で車中泊。
けっこう、あちこち行ってますね。ブログUPがまったく追いつかず。
けんいちと一緒に出掛けているときは、けんいちが、
「ぽこけん」のブログにUPしているので、よろしければ見て下さいね。
最近、花の写真をがんばって撮っているので、なかなかキレイです。
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母の葬儀の話です。
亡くなったのは2月9日、火葬場の関係や友引だったりで、
通夜が14日、告別式が15日になりました。
通夜も葬式も、親族のみで行いました。
本当は、通夜も葬式も一緒にやれる「直葬」にしたかったのですが、
そういうのはやってない、と言われました。
また、仕事関係やいろいろ交友の広かった父のときと違って
友達付き合いがほとんどなかった母なので、
こじんまりにしたつもりですが、葬儀会社はお金を使わせようと
あの手この手で攻めてきます。
何しろ、4年前の父のときに相当使ったので、
またお金を使ってくれるだろう、と踏んだのかと思います。
父のときは葬儀が初めてだったので、葬儀屋の言うなりになってしまったことと、
参列者がかなり多かったので、ものすごい費用がかかってしまったのを反省、
今回はなるべく抑えようと、京都に住む妹を葬儀屋との交渉役に加えました。
(京都は葬儀に関してはずいぶんシンプルになっているらしいので)
それでも、なんだかんだでけっこうな額になってしまいました。
▲たとえば、この棺。白木で5万円+白布が3500円(?)ですが、 「女性の方なら、こちらが一般的です」と、
15万円の白塗りの棺にさせようとススメてきました。
納棺して次の日には火葬しちゃうのに15万円!
祭壇の花も、30万円でしたが、
「それでは棺に入れるときにさみしいですよ」
と60万円コースをススメてきたり。
でも、ごらんのように、30万円でも十分。
っていうか、30万円もするのか!って感じ。
▲これは納棺式の様子。 もうひとつ、日程の関係で、亡くなってから葬儀まで5日間あったので、
その間、「ご遺体マッサージ」をススメてきました。
納棺のときまでご遺体をきれいな状態に保つためらしいです。
※「ご遺体マッサージ」は30万円、だったかな。
父のときはお願いしたけれど、どうせ火葬してしまうし、
来るのは親族だけだから今回はやめようと言っていたのに、
「いえ、それはやっていただかないと…、
その代わり、音響(15万円:葬儀の間、会場に音楽を流すサービス)は
頼まなくていいですから」 ※音響が15万円!!
と押し切られて、結局やることに…。
葬儀までの間、1日1度葬儀屋がやってきて、
ご遺体マッサージとドライアイス交換をしていきました。
戒名も50万円かかったし、なんだかなあと思います。
葬儀屋と坊さんが儲かっているだけのような気も。
こんなふうに考えるのは、私がケチだから?
みなさんは、これが普通だと思いますか??
父のときは、近くに墓地を買って墓石を作って、盛岡のお寺からお墓を移す手続きをしてetc,と、葬儀以外にも大変お金がかかりました。父がそれなりに残してくれたからなんとかなりますが、そうでなかったらとても払えません。
葬儀費用は相当に大きな負担です。
私は、通夜も葬式も不要だし、お墓もいりません。
どこかに散骨してくれればいいです。
誰かがときどきでも、私のことを思い出してくれればそれでいいと思っています。
そこにかけるお金を生きている人に使ったほうが有意義だと思うのです。
もっとシンプルに、お金を掛けずに葬儀って、できないものでしょうか。
結婚式と違って、葬儀は突然やってくるし、慣れていないと葬儀屋の言うなりに
なってしまうので、事前にいろいろ情報を仕入れていたほうがいいですね。
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