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スクラップ置場 日曜日の朝なのに、スクラップ置場には警備の老人がいた。ちょうど路地が途切れた所で、彼は椅子を出して座っていた。僕は手前で車を止め、車から降りて警備員にカメラを見せた。 写真を撮るのは構わない、と彼は言った。驚いてはいたが、しだいに自分の警備しているスクラップ置場が写真に撮られるのは、まんざらでもないという様子になった。老人は椅子から立ち上がり、シャッターを切っている僕に近づいてきた。 スクラップ置場は、いつも通るハイウェイから見えた。日によって積み方が変わり、一番上の車の形や色が違った。うんと山が小さくなっている日があったり、時にはいっそう高くなったりした。毎朝それらを目にしていると、それらはその日の隠されたメッセージのようにさえ思われてきた。 僕はいつしか、それらを写真に納めなければならないと思うようになった。 撮影日を日曜にしたのには理由がある。先ず、そこは休業のはずだから、誰もいないだろうという推測。それと別れた妻のところへ、娘を迎えにいくのが昼過ぎだという時間的な理由。 どうして日曜日なのにここに居るんだ? 僕は近づいてきた警備員に尋ねた。 そりゃあ、悪い奴らがたくさんいるからさ、と、老人は当然のことのように答えた。悪い奴らには、日曜も何も関係ないんだよ。 よく晴れた日曜日の朝。家族がパジャマのままキッチンに集まって、少し遅い、いつもよりたっぷりとした朝食をとる光景。卵を焼いたいい匂い。香ばしいかりかりのトースト。よく熟れたトマト。室温で柔らかくなったバター。しゃきっとしたレタス。 ファインダーには廃車の山と、積まれたスクラップの固まりが映っている。僕はそれらにピントを合わせ、シャッターを切っている。隣には警備の老人がいて、嬉しそうに僕を見ている。今日の一番上の車は、白のトヨタ。その下に黄色のクライスラー。赤のムスタング。緑色のシボレー。 日曜日の朝のスクラップ置場。 何も悪いことの起こりそうにない平和な時間。そこで、束の間に僕は写真を撮り、これまでもこれからも老人はその場所を悪い奴らから守っている。問題はいつも山積みだ。そしてもちろん、それらは解決されない。いつまでも可能な限り、下から上へと積み重ねられていく。 いつまでか? 積み上げたものはいつか崩れる。平和で幸せそうな日曜日の朝だって。 フィルムが終わり、それが巻き戻されると僕は老人に礼を言い、娘を迎えにいくために車に乗る。カメラを鞄にしまい、車をUターンさせてもと来た道に走らせる。バックミラーには警備員の顔が映っている。彼はまた椅子に腰掛け、僕をじっと見ている。視線が重なる。僕は急かされるようにアクセルを踏んだ。 今でも、ハイウェイからはスクラップ置場が見える。ただそれらはもう隠されたメッセージではない。老人が今日もそこにいるのだと、僕は感じる。心の奥で……。それは目に見えない大きな掌のようになって、廃車の山と、僕とを支えてくれている。 |
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いつもの静かな文章。ユーモアと孤独。過去の作品を少しずつ見ていきます。ゆっくりと。
2009/4/16(木) 午後 1:35 [ machi ]