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五輪の書 【火の巻】 今回は港町バンクーバーの目印とも言える、5本のマストに帆をかけた、船のような形をした建物 ー カナダ・プレースとその周辺。 建物の中には、会議および展示会場に使用される広間が多数あり、パン・パシフィックホテル、及び、バンクーバー・ワールド・トレード・センターを含み、外には大型のクルーズ船専用のターミナルを備えている。これも86年、万博の際に建てられた。いわゆるエキスポ世代の一つ。今もって現役で頑張っている、言わば黄金世代の小野伸二。万博当時は主将とも言えるカナダ・パビリオンであった。(ドイツ生まれのカナダ人建築家Eberhard Zeidlerにより設計) オリンピック期間中は、新しく建てられたコンベンションセンター西館(カナダ・プレースは東館になる)と共に、国際放送局として厳重な監視のもと、世界中のメディアの滞在場所となっている。(写真下側に、パラボラアンテナがずらっと並べられているのが見えますか?)それで、この先、西館の西側には首を傾げたくなるような、不細工なオリンピックの聖火台がある。開会式の大詰めで肩すかしのように車でしばらく移動して、ウェイン・グラッツスキーがわざわざ聖火を灯しにいったあの場所。 【火の巻 聖火】 聖火の起源は、古代ギリシア時代にまで遡る。聖火はオリンポス山で太陽を利用して採火され、聖火ランナーによってリレーされ、オリンピック開催地まで届けられる。その儀式はオリンピックの歴史とともに発展したものだが、古代ギリシア人にとって火はプロメテウスが神々の元から盗んできたものと考えられており、神聖なものであった。 (上記はウィキペディアから引用) これは古代ギリシア人でなくとも、現代を生きる我々にもよくわかるような気がする。火が光源であり熱源であることが神聖であり、エネルギーとしての生命、または文明の起源を象徴するのも経験的、感覚的によく理解できる。 何故か? なぜなら今を生きる僕達人類が文明の担い手であり、火を宿す器であるからだ。 火は酸素がなくては生きていけない。火を閉じ込めると、やがては自らの排泄物(二酸化炭素)により消されてしまう。僕達は先祖より生命を受け継ぎ、次の世代に渡して燃え尽きる松明であって、自らを鼓舞して騒ぐかがり火でもある。寺や教会で、僕達は蝋燭に火を灯して祈りを捧げ、誕生日には歳の数だけケーキに蝋燭を立てる。いわば聖火リレーは人類の営みの比喩であり、燃え盛っている火はこの世に生きている僕達の生命そのものなのだ。 【火の巻 戦い】 宮本武蔵の五輪書、火の巻は戦いについて書かれている(らしい)。個人対個人、集団対集団の戦いも同じであるとし、戦いにおいての心構えなどが書かれている(らしい)。橋本聖子団長がこれを読んでいるかどうかは別として、オリンピックの戦いはまさに個人と集団を兼ねた戦いであると言える。勝負はほんの一瞬であり、その一瞬に個人個人が全身全霊を注げられるよう鍛錬し、同じ旗印の下で、切ないくらいに命を焦がす。 時は今。 そう感じているのは、カナダ・プレースに陣取る日本メディアも同じであろう。メディアにとって事は一刻を争う。人々は情報を求め、ヒーロー(ヒロイン)を求めている。言い換えれば今の世において、そんな円滑な情報こそが国を治めているのではないのだろうか。 時は今 天が下しる五月哉 これは本能寺を攻め、信長に対し謀反を起こす決心をした明智光秀が詠んだ句である。が、結局、桔梗の旗はその時のヒーローにはなれなかった。明智光秀の娘婿、秀満の娘が乳母に伴われて土佐へ下り、長岡郡植田郷才谷村に土着したのが坂本龍馬の先祖だと言われている。秀満は本能寺の変の二週間後に、光秀の築いた坂本城の天守に火を放って死んだ。聖火は土佐に移り、坂本城の名は残り、桔梗の紋は坂本家に引き継がれ、龍馬は日本のヒーローとなった。 聖火リレー ここで一句。 時は今 火の燃えさかる五輪哉 おそまつ。 |
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大変ご無沙汰しております。ラストの画像素敵ですね。
私も1日も早く画像をUPしたいのですが・・・・。
私も一句、
冬の地で 燃ゆる聖火の 冷淡さ
2010/2/23(火) 午後 8:25 [ Xitian CHENG ]
コメントありがとうございます。
メディアほどではないですが、僕もできるだけオリンピック期間中に記事をアップさせようと思い、僕なりに頑張っています。
今後ともよろしく。
2010/2/24(水) 午前 2:13