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床屋には老人が一人、客用の椅子に座りテレビを見ていた。僕が入ると老人は立ち上がり、椅子の腰掛け部分をポンポンと叩き、僕に席を譲ってくれた。椅子は鏡を背にしたままだった。 「コーヒーは飲むかね」と老人が訊ねた。 「いや、いらない」と僕は断った。 老人はそれに対して何も言わず、しばらくコーヒーメーカーを見つめてから、僕の方に向き直った。僕はその間、コーヒーをいつどのような格好で飲むことを期待されていたのか考えていた。 「さて」と老人が言った。「どのように切ろうか」 薄々感ずいてはいたが、彼がその床屋らしかった。彼はずいぶん年寄りに見えた。髪は真っ白く、腰も少し曲がっていた。もし彼が勤め人ならとっくに定年している歳だ。 「全体にワンインチ刈ってくれ」と僕は老人に言った。これは床屋に来る前から考えていた台詞だった。彼を見て、特に変えたものではない。 床屋はゆっくりと頷いて、僕の頭部を分厚い老眼鏡の奥から眺めていた。棚の上のテレビにはスポーツ専門のチャンネルが映っている。テレビを見るのは久しぶりな気がした。僕は老人が僕の頭を見つめている間、そこに流れるいろいろなスポーツのハイライト映像を見ていた。 床屋はようやく思い立ったようにして僕の首の周りに髪除けのシートを被せた。ものすごくゆっくりとした動作だったが、手慣れているという感じで、不安になる要素など感じさせなかった。どちらにせよ、一度この椅子に座ったからには、不安などどうでもいいことなのだ。床屋は電動式のバリカンの先の部分を付け替え、スイッチを入れた。 バリカンの音がうるさくなり、テレビの音は聞こえなくなった。椅子は依然として同じ向きにあり、僕と老人は鏡に背を向け、壁と棚の上のテレビに向き合っていた。老人はとてもゆっくりと、僕の髪をすその方から刈っていった。僕に僕自身の姿は見えなかった。それに僕の後ろ髪を刈っている老人の姿さえ見なかった。頭を前に倒したせいで、今度はキャビネットの上の古いコーヒーメーカーが視界に入った。あのとき、コーヒーを飲めばよかったかな、と一瞬思った。バリカンが耳に近づき、首から這い上がってくるブーンという音がいっそうやかましくなった。 この国に来て以来、散髪は妻がしてくれていた。やっと見つけた仕事上、髪を短くしなくてはならなくなり、床屋の役をそのとき妻が快く引き受けてくれたのだ。手先が器用だと思ったことはなかったけれど、散髪は割と上手にしてくれていた。髪が伸びてきて、僕が散髪を頼むと、彼女はキッチンに椅子を持ってきて、僕をその上に座らせた。 妊娠しても、子供が生まれても、妻は散髪を続けてくれていた。ただ、時間がずれるようになった。赤ん坊が生まれて、僕達の時間が赤ん坊を中心に交代で動くようになり、僕の仕事用の散髪はさして重要なことではなくなってきていたのだ。頼むのもだんだん億劫になった。僕の頼みを、妻は上の空で聞くようになった。そんなことが何度かあった。 僕は妻に黙って床屋に行くことにした。考えてみれば、妻の国に来てから、僕は自分一人で物事を処理したことがないように思えた。今の仕事だって相談して決めた。とりあえず、という条件で。金はどこからも降ってはこない。 赤ん坊と妻が昼寝をしている間に、僕は家を出て床屋に入った。 「あんた日本人かね」と老人が耳元で聞いた。 「そうだ」と僕は答えた。 「前にも何人かの日本人の髪を刈ったことがある。知ってるかい。日本人の髪は硬いんだ」 「知らない」と僕は言った。 「日本人の髪を刈るにはちょっとしたコツがいる。ぎりぎりを見極めること。これが難しいんだよ。だってそうだろう。ちょっと刈りすぎると、髪の毛がぴんと立ってしまう。ハリネズミみたいにね」 そう言うと老人は僕の視野までゆっくりと動いてきて、頭が爆発するような仕草をした。 「こんなのは、誰だっていやなもんさ」 テレビではちょうどボクシングの試合が始まっていた。ラスベガスかどこかで行われている様子で、そこには金を賭けている人達が大勢集まっていた。一人は南米系、あるいは東洋人とも見れる容姿で、もう一人はいかにもアメリカ人というような風貌で、相手より若く、体中に入れ墨をしていた。応援の数も圧倒的にその若い白人の方が多かった。中継のテレビカメラも、好んでその様子を映している。より多くの人の望む結果なのだろう。その試合が始まると、老人はボクシングを気にかけながら僕の髪を刈るようになった。 僕は年上の、東洋人的な男を応援していた。特別な理由は何もない。ただまだ若造の入れ墨に勝たれるのが嫌な気分だったのだ。僕の応援していた男はなかなか上手く立ち回っていた。相手の大仰なパンチをかわし、的確なジャブで間を取り、カウンターを狙っていた。 「なかなかやるな」と老人は独り言のように言った。 それが、南米か東洋から来たボクサーに対してであることは明らかだった。なぜなら、その男が相手にきれいなカウンターのフックを決めた後だったからだ。 「そうだね」と僕も言った。「あいつが勝てばいいのに」 「それは、どうしてだい?」と老人が僕に訊ねた。 老人はさっきから僕の前髪を刈り始めていた。刈り取られていく前髪がぱらぱらと目の前を落ちていき、そのうちの何本かが顔にかかってむず痒かった。 「アウェーだからさ」と僕は答えた。 「なるほど」と老人は言い、僕の前髪を調べるために顔を近づけた。そしてセコンドのトレーナーがするように僕の顔をタオルで拭い、髪の毛を取り払ってくれた。 「家族はいるのか」と老人が僕に訊ねた。 目を開くと、老人が目の前に腰を屈めて立っている。 「ああ、妻とまだ赤ん坊の娘がいる」 僕はその簡単な問いかけに、慎重に答えた。 「そうかね」と老人は老眼鏡を掛け直し、目を細めた。 「あんたはお父さんってことだ」 四ラウンドめに入ると、入れ墨ががむしゃらに突進して、やたらめったらパンチを放った。コーナーに追いつめて連打を浴びせる。年上のボクサーはそれを耐えて何度もクリンチで逃れていた。僕にはその度に場内のブーイングが想像できた。若造はだんだんと焦りを見せ、悲愴な顔になりつつあった。もっと早く簡単に倒せると思っていたのに。俺はもっと強かったはずなのに。時折、十発に一度くらいカウンターを食らうと、若造は、目を覚ませというように、激しく小刻みに首を横に振った。 結局、試合は五ラウンドまで続き、判定となった。 床屋もバリカンのスイッチを切り、一緒に結果を待っていた。考えてみると床屋は一度も鋏を使わなかった。それがこの国の床屋のやり方なのか、彼の流儀なのかはわからなかった。もしかすると、彼の指はもう使い物にならなかったのかもしれない。昔ほどには。どちらにせよ、それは済んだのだ。僕は初めて外国の床屋に来て、一度もまだ自分の姿を見ていなかった。 バリカンの音が止んだせいで、棚の上のテレビからは場内アナウンスが聞こていた。勝者は若い白人の入れ墨男だった。おおかたの予想通り。しかし思ったほど、その白人は大騒ぎせず、勝利を噛み締めるようにして、胸の前で十字を切った。悪くはなかった。彼の顔は試練に耐えた敬虔なクリスチャンのように見えた。彼は最後までノックアウトできなかった年上の外国人ボクサーに歩み寄り、健闘を称え合った。 老人は箒を持ってきて、床に落ちた僕の髪を一カ所にまとめていた。切り取られた僕の髪は僕とはまったく関係のないもののように見えた。僕はそのゆっくりとした作業が終わるのを待ってから、立ち上がった。 僕は振り返って、ずっと僕と老人の背後にあった鏡を見た。それは期待していた以上で、最悪のまだ少し手前にあった。きっと床屋はぎりぎりを見極めてくれたのだ。幾分、僕は年老いて見えた。この国に来て、すでに二年が経っていた。それは仕方のないことなのだ。僕は自分が次の段階に差しかかっているのを認めた。床屋の鏡の中に。僕はしかるべき料金を床屋に払い、礼の印に手を差し出した。 老人は僕の手を握り返すと、今まで僕が座っていた客用の椅子にまた腰掛けて微笑んだ。 「賭けてたら、負けてたよ、あんた」 僕は黙って頷いた。 「いいさ。ここに来たのも賭けみたいなもんだったんだから」 妻と娘はもうじき昼寝から目覚めるころだろう。夕暮れの景色は昼の光に洗われた後で、美しく見えた。僕はポケットの中の小銭を確かめて、腕時計を見た。 まだ、少し残っている。 そうだ、今からコーヒーでも飲みに行こうと僕は思った。 |
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シャッター速度優先EE、マニュアル操作可能の距離計連動カメラ。シャッターダイアルは軍艦部にあり、Bから15/30/60/125/250/500となっている。これまた必要最小限。もちろん、ちゃちな電池なんてなくても写真が撮れる。Yeah! 僕のRC君は見ての通り、完全ではない。ロゴの上の穴の開いている部分は以前、セルフタイマーレバーが付いていた。ごめんね。僕がなくしたのだ。 僕はよくeBAYで買い物をしてしまう。いけないとはわかっていても、ついリストを見てしまう。これもまあその成り行きでわが家にやってきたのだが、RC君は僕の家に着いた時、可哀想にファインダーがずれてしまっていた。たぶん郵送の時に乱暴な扱いをされて(こっちの郵便局の奴らはいい加減だから)、中の枠が外れたのだろう。で、ある日の夜、僕は大好きな酒を控えて、思い切って軍艦部を開けてみることにした。 いやいや、もう、大変どころかヘンタイですよ。すっげえ小さいネジとかほっそい針金とかがあって、一度外すと、どこにそれがあったのやら、元の場所にはまらないやら、カーペットに落としてなくすやら、あれあれ…となってきて。まあ、ファインダーのフレームは接着剤で固定し、実働可能にはしましたが、その時の虚脱感がなんとなく尾を引いて、比較的大きかったレバーもその後どこかにいってしまったのです。 けれど、(けれど?)それ以来は潔く、完全マニュアル専用。水銀代用のややこしい電池もなし。古いセコニックの単体露出計を首から下げて(それも面倒なときは当て勘で)シャッターを切っています。巻き上げ感良好。シャッターも(レンズシャッター)ショックなく、音も小さくNice! こんなに小さくて、絞り羽もアヒルのくちばしみたいなのに、シャープでよく写る。特筆すべきは、シャドー部において、グレーの階調がとても豊かで美しい。BANG! 古いカメラほど、白黒フィルムには合っているのです。 レンズはE.ZUIKO/42㎜2.8(Eですから4群5枚。マニア向けの焦点距離)。ただこの頃のズイコー・モノコートレンズは逆光に弱い。ちょっと前の阪神タイガースみたいに弱い。ハイ。どうしようもなく、まるで弱い。発売は1970年。やはりこの年は大きな転換期ですね。RC君は古き良き時代のカメラ。60年代の総決算と言うか、もうこれではやっていけなくなった時代の、カタギのカメラ。そう、時代は変わらなくてはならなかったのです。RC君、ありがとう。PEACE☮ ちなみに1970年の年表。 1月 サイモン&ガーファンクル『明日に架ける橋』大ヒット。日の丸衛星『おやすみ』打ち上げ成功
2月 『イージー・ライダー』日本で公開。 3月 CSN&Y『デジャ・ヴ』発表。大阪で万国博開催。赤軍『よど号』事件。NY株式市場大暴落。 5月 ビートルズ『レット・イット・ビー』発表、解散。 9月 ジミ・ヘンドリックス死亡。 10月 ジャニス・ジョプリン死亡。 11月 三島由紀夫割腹自殺 12月 ジョン・レノン『ジョンの魂』発表。 |
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バンクーバーは一つの市であり(ここではバンクーバー島を除く)、また一つの都市としての総称でもある。だから通常、ブリティッシュ・コロンビア州においての『バンクーバー』は、いくつかの主要な市から成り立っている。例えば、大阪と言って、大阪市だけではなく、堺市とか、寝屋川市とか、八尾市とか、守口市とか、豊能郡とか、そういったものを含んだ(いわゆる『大阪府』という行政的区切りではなく)あくまで住んでいる人達がわかる、意味としての『大阪』と同じだと考えてもらえればいいかな。兵庫県の尼崎市なんて、とっても大阪的ではないか。 ローカルな上に、さらにローカルなのはわかっているけれど、僕にはそれ以上に上手く説明のしようがない。 それで、今回の写真の舞台はニュー・ウェストミンスター。僕がカナダに移民して以来、最も親しくしている街であり、市である。歴史としては最も古く、バンクーバーで最初のダウンタウンだった。が、今では古い街、年寄りの多い、ちょっと時代からずれてしまったまち=町(こちらの漢字の方が似合う)になってしまった。まあ、ぶっちゃけた言い方をすれば、ズボンの吊りバンドやカルチャークラブのように歴史的価値はあっても、現在では見捨てられてしまったような所なのです…… 上の写真がミニチュア偽造したNew WestminsterのPublic Market。(クリックすると拡大します)Olympus 35RC(Cameraの書庫参照)で撮影。Ilford Delta100使用。kodak D-76 1:1で現像。 それでも、何故か僕はいまだにこの町から離れられないでいます。必要最小限(注意:必要最小限のボーイジョージなんて想像しないでください)。実は、とても便利で住みやすい、こじんまりとした町なのです。言うなれば、先ほどの例とは若干ずれますが、大阪で言うと、きっと『天王寺』に当てはまるのでしょう。釣り鐘まんじゅうのような名菓はありませんが、<ニュー・ウェストミンスター>が<新世界>と、その名前と現状に於いてとても良く似ているのは、きっと偶然ではないと僕は確信しています。 何はともあれ、次回に続く…
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オリンパスの特徴を凝縮したようなカメラ。距離計連動。絞り優先で絞りをマニュアルで設定できて、コンパクト。こういうのが所有欲をそそる。 ただ、写りはオリンパスの他の瑞光に負けているかな。割に線が太く、良くも悪くも絵画的な描写になる。 1979年発売 1979年は前年に大ヒットした映画『サタデー・ナイト・フィーバー』のせいで、ディスコブームの年。 また、YMOに代表されるテクノ・ポップ、またはユーロ・ビートらが出始め、割にごちゃごちゃした印象を受ける。大仰で、まだダサイ、ハイテク創成期の混沌とでも呼ぼうか。 クラッシュ『ロンドン・コーリング』発表 ピンク・フロイド『ザ・ウォール』発表 U2がアイルランドでデビューする。 ソニーが初代ウォークマンを発売 NECのPCー8001発売 電電公社(現NTT)が自動車電話サービスを開始 ウォークマン、パソコン、携帯電話… こうして現在に繋がっていくわけです。
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あまりに唐突で申し訳ないが、偽のアオリ写真の書庫を新たに設けることにした。テーマはバンクーバー。バンクーバーとは、北米カナダにある西海岸のしょぼい都市だ。もちろん、しょぼいかどうかは僕の意見、または偏見であるけれど、とにかく、どういうわけか、僕はこの街にもう十年以上暮らしている。 で、アオリ写真。これは本来、View CameraやTilt/Shiftレンズなんかで撮影するものであるのだが、もちろんそんなもの、普通の人は持っていない。(レンズベイビー?うん。僕はそれも持っていない)だから普通の人の僕は、庶民的なカメラとごく普通のレンズで写したありきたりな風景なんかをphotoshopで偽造している。ささやかなのだ。 元々、Tilt/Shiftレンズは建物を歪みなく写すものである。(説明はどこか他のサイトやブログにまかせよう)が、逆にその特性を生かすと、いわゆるユガミを利用すると、風景をミニチュアっぽくみせる写真ができる。これが、その例。 (これは、このブログ唯一のカラー写真である。なぜなら、こういうミニチュアもの、ましてサンプルはカラーの方が雰囲気が出るからだ。ちなみに、場所はバンクーバーではなく、大阪のUSJ) どう、ミニチュアみたいでしょう。 それで、あえて、テーマをバンクーバーにして、モノクロで、偽のアオリ写真をここで紹介してみようというのがこの書庫。そしてここでは、その庶民カメラまたはささやかなレンズをも付記していく。 Miniature Vancouver Page 1/ バンクーバーの海。カナダプレースという建物とその横に停泊している客船。
olympus XA(Cameraの書庫参照)で撮影。kodak T-MAX100 D-76 1:1で現像。 |


