POETOGRAPHY

螢 映池 写真集ブログ: 謹賀新年 2012年が良い一年となりますように

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ただいま

五月の目標である『唄』を一曲作った。なんとかできた、と言うのと、あんな目標をブログで掲げるんじゃなかったと、言うのが今の正直な気持ちである。結論から言うと、駄作だと思う。いろんなコードをひねくり回して、山崎まさよしの『あじさい』みたいなトーンの曲を作りたかったのだが、思いつくメロディーはそれらからは遠く、複雑なコードでは(実力不足か)結局サビの部分まで持っていくことができなかった。

でも、一曲は作り上げた。

このブログで目標を掲げた以上、発表しないのは卑怯だと思うので、恥ずかしいけれど発表する。

ただ、その曲を発表する前に、書いておきたいことがあるので今しばらく待ってもらいたい。昔、洋楽のLPを買うと、ジャケットの中にライナーノーツが書かれてあったのを覚えておられるだろうか? 日本語訳した歌詞の裏側に渋谷陽一とか伊藤政則とか湯川れい子とかが、そのアルバムの解説とか時代背景とかミュージシャンの近況とか、評論めいたものを書いていたのを、読んだ記憶はないだろうか? 

だからこれを<言い訳>とか思わずに、ライナーノーツだと思って読んでくれれば幸いである。

先ず、曲の構成。

この曲は前述した通り『あじさい』のちょっとアンニュイで脆いトーンを目指していたのだが、結局はCから始まる(レット・イット・ビー)コードになってしまった。しかも、ストロークで……。もちろん(レット・イット・ビー)コードで作られた名曲は多いし、それはそれで悪いことではないんだけれど、全然アンニュイでも脆くもなく、どこか変に明るい。これは僕としては反省点である。逆に言うと、このコード進行から抜けられない自分がが悔しい。ただ負け惜しみと言ってはなんだが、カポを1フレットに嵌めて、キーはD♭にした……。

次に、録音。

録音は僕のMacについているガレージバンドと言うソフトを使い、内蔵マイクで音を拾った。このソフト、今までちゃんと使ったことはなかったけれど凄く面白い。きっときちんと機材を揃えてライン録りできれば使えるんだろうと思う。ドラムは打ち込みのR&B系、テンポは95、ギターが二本、アコギとエレキ。エレキはアンプを通していないのでシャラーン、シャラーン(ソリッドボディだから)をそのまま使っている。ボーカルは2つ。一つは内蔵マイクで拾った声をそのまま使い、もう一つのボーカルにはポップ系のエコーをかけてある。なぜボーカルを重ねたのかと言うと(ハモリではない)、自分の歌声が貧弱で聞くに堪えなかったからだ。ボーカルを重ねるとそこを隠すことができて、サビではうまく盛り上げることだってできる。僕はこれを良い意味でコブクロ効果、悪い意味でジャニーズ効果と呼んでいる。

次に、媒体。

ブログで発表するにあたりどれが一番簡単かを考え、発表の場にyoutubeを借りることにした。これは動画である。だからこの曲をyoutubeにアップするために(カラオケみたいに)歌詞が出てくる動画を作った。もちろんこれにも効果はある。歌詞を読みながら聞いていると、歌の下手さがわかりにくいということ。

以上。

僕は一応、手の内を見せたつもりでいる。僕が狙った効果でどれだけこの曲の欠点がゴマかせられているのかわからないけど、『ただいま』という曲はここに生まれ、ここから一歩を踏み出していく。一歩だけで終わろうと構わない。恥さらしでもしょうがない。こういう風にしか生まれることができずに世界に放り出されたのだから、可哀想とは言え、責任はすべて僕にある。だから少し声を聞かせて欲しい。『ただいま』について、あなたがどう思うのか。ブログへのコメントでも、youtubeへのコメントでも、率直で人間的な意見を聞かせてもらえば嬉しく思う。

どうも、ありがとう。

2010年五月 螢 映池

RICHMOND OLYMPIC OVAL

五輪の書【空の巻】

今回は『五輪の書』最終巻の空。

空色のきれいなリッチモンド・オリンピック・オーバルという建物。大会期間中はスピードスケートの会場として使用された。

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2008年12月12日に正式にオープンされ、五輪本番を控え、試験運転のような形でこれまで数回大会を催してきた。フレーザー川(お馴染みの)に面しており、川の向こう側にはバンクーバーの空の玄関、バンクーバー国際空港がある。だからバンクーバーに空からやって来る人達(窓側に座っている)の着陸前の目には、この建物の変わった屋根が嫌でも見えるらしい。何も、嫌がらなくてもいいじゃないか。それは卑猥なものではなく(どんなものでも卑猥に見えるのはあなたのせいです)、先住民達の描く美しいアオサギの翼の形なのだから。

ご存知のように、カナダ人は先住民と自然をとても大切にする。それは素晴らしいと思うのだが、僕にはどこかそれが便宜的で、言い訳がましく、時に小賢しく思えるときがある。ここを抑えておけば後で困らないという政治的な配慮とでも言うのか、この先住民と自然に対する基本的超低姿勢が、逆の見方をすると、僕にはカナダ建国以来背負わされている<呪い>のように思えるときがある。アメリカと同様、カナダは先住民から土地を奪った。ただアメリカ人と違うのは、カナダ人はいつまでもうだつの上がらない居候のように振る舞い、大家(イギリスおよび先住民)の機嫌を損なわないようにすることで、世間(世界、アメリカ)の顔色を窺っているように思われる。それが、無害ないい奴と思われたいためなのか、それとも無垢で純情な本心なのか、京にいる源義経のような立場になったことのない僕には、今だはっきりとわからない。

それはともかく、

「五輪の書』空の巻は兵法の本質としての<空>について書かれてある(らしい)。<空>とは何か。未読だけれど、調べました。

宮本武蔵 書。
もちろん空はなきなり。あるところを知りてなきところ知る。是則(これすなわち)空也(くうなり)。

ここから容易に連想されるのは、般若心経の有名な一説、色即是空、空即是色であると思われる。『空』とは無きものであり、同時に在る。禅とか瞑想とかの『空』。無我の境地。おそらく武蔵の言う『空』の心も、その一つかと想像できるが、ここではあまり形而上的にならず、禅問答のようなことはあえて避けて通りたい。ならば、何か?

ならば、『0』(ゼロ)

これなら感覚的にわかりやすい。『0』は、僕達が子供の頃から知っている数の概念であり、その記号である。何もない状態。所持金が0円なら、財布は空っぽであり、この財布がいわゆる『空』ってやつだ。何も難しくはない。全部ありったけの金を使いきってしまえば(借金してはいけませんよ)今日から君も『空』の境地を体験できるのだ。そしてこの記号の『0』。この形、スピードスケートの400mトラックに似ているではないか? もともと、オーバルと言う言葉は長円形を意味し、陸上競技場やクリケットスタジアムを指す名称として使用されてきた。

くるっと一周して、
リッチモンド・オリンピック・オーバルに話を戻す。

オーバル(省略しました)は、LEEDという組織が基準とする、環境に優しく、エコな建物だけに認められる銀ランクを授かっている。オリンピックとは違い銀は上から3番め(プラチナ、金、銀と続く)になるが、その特徴として、雨水の再利用と暖房効果が上げられる。暖房は氷を作る時に発生する熱を使用し、雨水はアオサギの翼の形をした屋根から溜められ、会場内のトイレの水洗に使われ、余った水(使用した水ではありません)は、会場の外にある人口の池に注がれる仕組みになっている。で、この池の上には赤い金属でできた網が掛けられ、環境アートの一部となっている。(上の写真の右端に少し見えます)アーティストはJanet Echelman。網はsky lantern(空の提灯)と名付けられ、池と網を含む庭はWater Sky Garden(訳すまでもないですね)と呼ばれています。以上はウィキペディアを参照。ちなみに、オーバルは海抜0m。

ファイナル・ラップ

オリンピック期間中、カナダ人は大いにはしゃぎ、大いに楽しんだ。始まるまでは売れてなかったチーム・カナダのジャケット等も始まってからは飛ぶように売れた。ふだん楽しみの少ないところだから、このはしゃぎぶりは凄まじく、特に最終日に男子ホッケーがアメリカに勝ったときは、気を失わんばかりの狂気の沙汰であった。カナダは最終コーナーから一気にラストスパートを駆け、全身全霊でゴールに飛び込んだ。次の日、街はしんとしていた。わかっていたことだけど、終わったのだという悲しみが街に充満して、それが騒ぎすぎたツケとなって返ってきた。すっからかん。すっぴんぴん。燃え尽きた後の一種の放心状態。その心の空虚さをカナダ人達(特にバンクーバーの人達)は、オリンピック・ブルーと呼んだ。

下は、川の向こう側にあるバンクーバー国際空港内の土産物店。少し前の写真だから、現在、在庫があるかないかは不明。ださいロゴだと思うけど、毎日見ていたので慣れてしまった。帰国する日本選手団もこの前を通ったのだろうか?

いや、待てよ。
まだ終わっちゃいねえぜ。
パラリンピックがあるじゃないか。

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【空の巻】はここで終了。によって、『五輪の書』はひとまず完となる。この先、バンクーバーの建物を巡る話として続けていこうかとも思うが、おのおのがた、どう思われる?

GM PLACE

五輪の書 【風の巻】

GMプレース、並びに、ロブソン・スクエア。

宮本武蔵の五輪書【風の巻】は(まだ未読である)、他の流派について書かれているらしい。昔風とか、今風とか、それぞれの家風などのことで、ここで言う『風』というのは、気圧の合間を吹き荒れる気流ではなく、言ってみれば、広島風(ひろしまふう)のお好み焼き。バンクーバーで広島風お好み焼きを見かけたことはまだないが、日本風のホットドッグならある。その中でも、今一番人気なのがマオドッグ。もちろん浅田真央選手を応援する意味で作られたそうである。

では、カナダ風とはどういったものか。閉会式を観られた方はお解りかと思うが、はっきり言って何もない。だから大自然を見せて、どうだと言うしかなく、これではカナダ人の自慢にはなり得ない。なぜなら、本来カナダ人とは移民の寄せ集めであるからだ。でも一つだけこの国民の愛国心になり得るものがある。

アイスホッケー

この氷上のスポーツはカナダで生まれた。それ以前にも陸上でスティックを用い、ボールをゴールに入れる遊びはあったようだが、これを氷の上でスケートを履いて行い、新しくルールを制定して新聞に発表し、モントリオールで大会を開いたのがアイスホッケーの起源とされている。だからホッケー(カナダ人はわざわざアイスを言わない)はカナダの誇る国技であり、寄せ集めのカナダ人をまとめるアイデンティティーとして広く信仰されている。

暗雲立ちこめる、ゼネラル・モーターズ・プレース(略してGMプレース)

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1995年、今までバンクーバーホッケーの聖地であったパシフィック・コロシアム(今回のフィギアスケートの会場)を引き継ぐ形で、NHLのバンクーバー・カナックスと、当時あったNBAのバンクーバー・グリズリーズ(もうありません)の本拠地として建てられた。もちろん今回GMはスポンサーにならず(なれず)、看板を五輪の幕で隠され、大会中はカナダ・ホッケー・プレースと改称されて使われている。日本風に言うと、両国国技館。

で、今回もう一点の写真の場所が、ダウンタウンの心臓部、最も人が集まるロブソン・スクエアである。

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僕はこのところ週に一度ここに来ているが、未だかつてバンクーバーでこれだけの人間の集まりを見たことがない。どこに行ってもラインアップ。僕みたいに待つのが嫌な奴はどこにも入れず、ただせかせかとひたすら歩き回るしかない。まあ、これも性に合っている。カナダ人はのんびりしているから(ヒマだから)わりと平気でニコニコしている。僕だってしかめ面をしてメンチ切りながら歩いているわけではないけれど、そうニコニコもしていられず、首からペンタックスの645、右肩にニコン・クールピックス5700、左肩にニコンF801を掛け、被写体を探して歩いている。そうするといろんな人から声をかけられる。それだけカメラがあれば十分か?とか、何だそのでかいのは?(ペンタックス645)とか、そんな時、たずねてきたマスコミ系の兄ちゃんとかに、こいつは20年前のペンタックスだと答えると気が清々したりする。妙に感心されたり、意気投合したりする。ちなみに、この格好は『地獄の黙示録』のデニス・ホッパーを参考にしている。もっとがちゃがちゃぶら下げた方がいいのかもしれないけれど、このような姿で僕がカメラを構えていると被写体が何であれ、わりと周囲が遠慮してくれる。怖いのか? まさかそんな? きっとみんな『地獄の黙示録』のデニス・ホッパーが好きなのさ。

余談が過ぎた。

この文章を書いているのは3月1日。閉会式の一日後である。本当は昨日書きたかったけれど書けなかった。(仕事から帰って、閉会式の録画を見ていた為……当たり前のことだけど、カナダかアメリカの放送局の映像しか見られないため、日本選手はほとんど映らなかった)

前述した通り、カナダには大自然とホッケー以外何もない。

だから、あんな閉会式になった。

きっと、他の国の人達、特に年配の人達には、面白くも何ともなかったはずだ。先ずは開会式の失敗をネタにした自虐的なギャグから始まり、始めから最後まで内輪ネタのようなカナダ人しか解らない笑いしか取れなかった。本当に世界を楽しませたいのか? その後の、中途半端なライブ・コンサート。我が師、ニール・ヤングをあそこで見られたのは嬉しかったけれど、他のミュージシャンの選曲がどれも悪い。しかもロビー・ロバートソンがいない。Tragically Hip もOur Lady Peaceも、世界では最も有名なはずのセリーヌ・ディオン(個人的にはどっちでもよかったが)も出ず。で、突然終わり。

責任者出てこい。

もちろんこれは14年前に大阪から移民した一人の日本男子の意見である。

生粋と思い込んでいるカナダ人達は大いに楽しんだと思う。そしてきっとカナダ人達は、他国の人達も楽しんだと疑わない。知らぬが仏。カナダ最高。これがカナダ風。この楽観、ポジティブな感情が一体どこから来るのか。このいじらしいカナダ人へそれを書くのは酷すぎる。

話を元に戻そう。

閉会式の前に男子ホッケーの決勝があったのをみなさんは覚えておられるであろうか?決勝戦はアメリカ対カナダであった。これは、野球やサッカーでの日韓戦に相当する。だから、わりと負けたりする(日本がカナダとして)。僕も何となく負けそうに思っていたのだけれど、カナダは勝った。しかも、22歳にしてすでにカナダの英雄であるシドニー・クロスビーが決めた。この瞬間はすでに伝説になった。

開催国の追い風と言うのはあるのだろう。

政府は暴走を危惧し、午後2時に酒屋を閉店させた。恥ずかしながらカナダ風。

僕は小雨降る暖冬のロブソン・スクエアに咲く2月28日の桜を眺めている。ホッケーで金メダル(男女とも)が穫れたことで、バンクーバーオリンピックの筋書きは、最高の終わり方になった。カナダ人唯一のプライドは損なわれることなく、愛国心は絶頂に達した。狂い咲きとはこのことか。14年も住んでいると、愛国心ではないけれど、腐れ縁的な愛着を覚えるものだ。よかったよかった。そして、つい、ぼやきたくもなる。

あの、ビーバーはやめとけよ……って。

馬鹿者! 責任者出てこい。

ロブソン・スクエアにあるアートギャラリー前の桜。(2010年2月25日撮影)
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CANADA PLACE

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五輪の書 【火の巻】

今回は港町バンクーバーの目印とも言える、5本のマストに帆をかけた、船のような形をした建物 ー カナダ・プレースとその周辺。
建物の中には、会議および展示会場に使用される広間が多数あり、パン・パシフィックホテル、及び、バンクーバー・ワールド・トレード・センターを含み、外には大型のクルーズ船専用のターミナルを備えている。これも86年、万博の際に建てられた。いわゆるエキスポ世代の一つ。今もって現役で頑張っている、言わば黄金世代の小野伸二。万博当時は主将とも言えるカナダ・パビリオンであった。(ドイツ生まれのカナダ人建築家Eberhard Zeidlerにより設計)

オリンピック期間中は、新しく建てられたコンベンションセンター西館(カナダ・プレースは東館になる)と共に、国際放送局として厳重な監視のもと、世界中のメディアの滞在場所となっている。(写真下側に、パラボラアンテナがずらっと並べられているのが見えますか?)それで、この先、西館の西側には首を傾げたくなるような、不細工なオリンピックの聖火台がある。開会式の大詰めで肩すかしのように車でしばらく移動して、ウェイン・グラッツスキーがわざわざ聖火を灯しにいったあの場所。

【火の巻 聖火】

聖火の起源は、古代ギリシア時代にまで遡る。聖火はオリンポス山で太陽を利用して採火され、聖火ランナーによってリレーされ、オリンピック開催地まで届けられる。その儀式はオリンピックの歴史とともに発展したものだが、古代ギリシア人にとって火はプロメテウスが神々の元から盗んできたものと考えられており、神聖なものであった。
(上記はウィキペディアから引用)

これは古代ギリシア人でなくとも、現代を生きる我々にもよくわかるような気がする。火が光源であり熱源であることが神聖であり、エネルギーとしての生命、または文明の起源を象徴するのも経験的、感覚的によく理解できる。

何故か?

なぜなら今を生きる僕達人類が文明の担い手であり、火を宿す器であるからだ。

火は酸素がなくては生きていけない。火を閉じ込めると、やがては自らの排泄物(二酸化炭素)により消されてしまう。僕達は先祖より生命を受け継ぎ、次の世代に渡して燃え尽きる松明であって、自らを鼓舞して騒ぐかがり火でもある。寺や教会で、僕達は蝋燭に火を灯して祈りを捧げ、誕生日には歳の数だけケーキに蝋燭を立てる。いわば聖火リレーは人類の営みの比喩であり、燃え盛っている火はこの世に生きている僕達の生命そのものなのだ。

【火の巻 戦い】

宮本武蔵の五輪書、火の巻は戦いについて書かれている(らしい)。個人対個人、集団対集団の戦いも同じであるとし、戦いにおいての心構えなどが書かれている(らしい)。橋本聖子団長がこれを読んでいるかどうかは別として、オリンピックの戦いはまさに個人と集団を兼ねた戦いであると言える。勝負はほんの一瞬であり、その一瞬に個人個人が全身全霊を注げられるよう鍛錬し、同じ旗印の下で、切ないくらいに命を焦がす。

時は今。

そう感じているのは、カナダ・プレースに陣取る日本メディアも同じであろう。メディアにとって事は一刻を争う。人々は情報を求め、ヒーロー(ヒロイン)を求めている。言い換えれば今の世において、そんな円滑な情報こそが国を治めているのではないのだろうか。

時は今 天が下しる五月哉

これは本能寺を攻め、信長に対し謀反を起こす決心をした明智光秀が詠んだ句である。が、結局、桔梗の旗はその時のヒーローにはなれなかった。明智光秀の娘婿、秀満の娘が乳母に伴われて土佐へ下り、長岡郡植田郷才谷村に土着したのが坂本龍馬の先祖だと言われている。秀満は本能寺の変の二週間後に、光秀の築いた坂本城の天守に火を放って死んだ。聖火は土佐に移り、坂本城の名は残り、桔梗の紋は坂本家に引き継がれ、龍馬は日本のヒーローとなった。 

聖火リレー

ここで一句。

時は今 火の燃えさかる五輪哉

おそまつ。

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SCIENCE WORLD

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五輪の書【水の巻】

今回は、水辺に浮かんでいるようにも見える球体の建物。およびその入り江と周辺。
前章にも書いた86年バンクーバー万博の時に建てられた。

《エキスポ・センター》

その後、芸術、科学、技術を体験できる場所として再開するため、中を改造して《サイエンス・ワールド》という名前に改称。その後2005年に9百万ドルの寄付と引き換えに命名権を得たTelus/テラスと言う電話会社が《Telusphere》telusとsphere(球の意)を合わせた新しい名前にしたものの、これがまったく受け入れられず、悩み考えた挙げ句の、現在の名前が《テラス・ワールド・オブ・サイエンス》である。カンガエヌイタアゲク……。こうなると戦国時代の下克上大名のように話がややこしくなるので、ここでは皆に最も良く認識されている名前で統一しておく。

《斎藤道三》
 ではなく、
《サイエンス・ワールド》

このサイエンス・ワールドは、オリンピック期間中、次の冬季五輪の開催地であるロシアのソチを紹介するパビリオンとして開かれている。(もういいけど、その間はロシアンハウスと呼ばれるらしい)で、その前の入り江がフォルス・クリークと言う小さな入り江。で、そのまた突きあたりになっている。入り江の向こう側(ぐるっと回って歩いていける)には前回の記事で取り上げた、開閉会式を行うBCプレース(皆様、開会式観ましたか?)があり、反対側にまた歩いて行けば(フェンスで遮られて行けないけれど)オリンピックの選手村がある。

一枚めの写真(クリックにてほんのちょっと拡大)中央から右側にかけて、たくさんの国旗があるところが選手村。

入り江を挟んでのこの3つの位置関係が上手く説明できないのがもどかしい。ひらがなの『つ』が入り江だとして、『つ』の書き出しがBCプレース。『つ』のカーブの中心がサイエンス・ワールド。『つ』の終りのところが選手村と言ったらわかるだろうか。ちなみにこのサイエンス・ワールドの位置は(規模の差こそあれ)黒海に面するロシアのソチ(2014年の開催地)のある所と本当に良く似ている。もし時間があればsochiで地図を検索して調べて頂きたい。その場合、BCプレースはウクライナで、選手村はトルコ。

さて、

宮本武蔵の五輪書【水の巻】には心の持ち方、剣さばき、体さばきが記されている。

二天一流の水を手本とする。

水を手本とするとはどういうことか? おそらく(実は読んだことがないのです)これは、心と体をどのように動かすかということの極意なのだと思う。心と体で二天、それをぴたりと合わせて一流。
体より、心を制するのはとても難しい。感情は時にたぎり、時に溢れ、時に静まり、時に冷え、時に凍る。

今、選手村にいる日本人選手達は各々の部屋の窓から(地図を思い出してください)左手にBCプレース、右手にサイエンス・ワールド、下にフォルス・クリークの水を見ている。それは昼でも夜でもあなたの好きな時間でいい。数日後に試合を控え、緊張と不安、興奮とかプレッシャーとか、僕達には想像できないような、いろいろな気持ちと彼ら彼女らは向き合っている。日の丸が見える。眼下に水が見える。

水は太平洋に流れ日本へ、黒海に佇むソチにまで繋がっている。

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今回、ここまで書いて、僕はこの章を静かに終わらせることに決めた。なぜなら、そこに僕なりの答えを見つけ出すことができないと感じるからだ。そこには答えなどない。まして、ちゃんちゃんというオチもない。そこには流れがあるだけだ。静かに僕はその流れを見つめている。それでいい。

二天一流の水を手本とする。

選手村の日本選手団諸君へ。それからこのブログの読者諸氏よ。とまれ。今から僕の言うことは極意である。

それでいいのだ。


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