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螢 映池 写真集ブログ: 謹賀新年 2012年が良い一年となりますように

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miniature vancouver page7

メトロバンクーバーの西側に位置するリッチモンド市には、旧市街が存在する。まだ、陸路より海路の方が進んでいたころ、当時の州都ニュー・ウエストミンスター市からは定期的に汽船が運航されていた。その発着場所がリッチモンド市の旧市街、ルル島の最南端に位置する漁業の街、スティーブストンである。だから今回のこのページは、

ミニチュア・バンクーバー、リッチモンド市、旧市街編(ステーィブストン)とさせてもらう。

話が多少前後するが、リッチモンド市は何を隠そう《大阪ベイエリア》にあたる。こう聞くと、とてもかっこよく聞こえるが、それでいい。此花区とか大正区とかだと、ぶっちゃけ過ぎていけない。リッチモンド市はその位置と、土地の成り立ち、歴史、また発展の様子から鑑みて、《大阪ベイエリア》という、とても気の利いた、かっこいい名前を授かるに値すると考える。

で、今回のステーィブストンは《大阪ベイエリア》大阪市住之江区になる。やっぱり。

僕は前に、フレーザー河を大和川に例えた。その通り、リッチモンド市も大阪市住之江区も河は違えど、同じく流された土砂の堆積からできた土地である。住之江区はその昔、澄みの江であり、大和川の付け替え工事の後、堆積した土砂を使い新田として埋め立てられてできた陸地なのである。それら埋め立てた土地が時代とともに広がり発展して今の《大阪ベイエリア》につながる。

ステーィブストンの桟橋。漁師が船を泊め、魚を直接売るときもある。

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スティーブストンは日本人と縁の深い街である。最初に来たのは和歌山県出身の漁師で、工野儀兵衛、1887年のことらしい。彼がフレーザー河を上ってくる鮭の大群に驚いて、仲間を日本からたくさんよび、その後、他の土地からもたくさんの日本の漁師達が集まってきたのだ。男達は漁に出て、日本から呼び寄せた女達は缶詰工場で働き、彼らはしだいに日系人コミュニティーを形成していく。

1941年12月7日 真珠湾攻撃

これを機にして、不幸にも日系人は差別され、迫害を受けることになる。敵国の、日独伊同盟国の、ドイツ系カナダ人やイタリア系カナダ人とは一線を画され、おそらくは黄色人種だという理由から差別を受け、白色カナダ人の反日世論は頂点に達し、カナダ政府はついにブリティッシュ・コロンビア州の全日系人を海岸線から100マイル(160km)以遠に隔離、収容することにする。その数22000人。そのうち、カナダ市民権を持つもの、17000人。政府はそれだけでなく、全てのこれら日系人の資産を押収し、強制的に処分する。

初めてですが、ここで歴史的記録写真を掲載します。ファイルが小さいのであしからず。

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上は一瞬にして失われた資産。スティーブストンで、押収、処分された日系人の漁船、1337隻。

戦争が終り、日系人は組織を作り、戦時中の不当な仕打ちに対し抗議し続け、ようやく1988年にカナダ首相は議会で公式に謝罪し、補償を行う。

この間に、強制隔離された場所から、スティーブストンに帰ってきた人はどれくらいいたのか?

下は、スティーブストンの桟橋。その2。桟橋に泊るホエールウォッチングのボート。

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あなたは、どれくらいの割合だと思いますか? 全ての資産を失った人間が、生まれた故郷でもない場所に、わざわざ戻ってくる割合は?

その答えは、三分の一。

この割合が多いのか少ないのか、僕には判断しかねる。ただこのことを考えた時に、僕の脳裏に鮮やかに浮かび上がるのは、河に戻ってくる勇敢な鮭の姿だ。疲れ果て、全身傷だらけになってでも、ひたすら河を上ってくる鮭。ひょっとしたら、彼ら、戻ってきた漁師達とか、そんな日系人達も同じことを考えていたのかも知れない。ふと、そんな風に思う。

歴史記録写真以外、FUJICA ST605N にて撮影。(Camera書庫参照)ILFORD DELTA100、 D76 1:1で現像。

リッチモンド市、新市街編は、また今度……

Absence page 8

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初代のプーチーは 満月の夜に逃げ出した
真夏の 暑い 満月の夜
遅く帰ってきた僕は 熱気に我を忘れ
すべての窓と扉を 開け放してしまったのだ

プーチーがその時すでに
カゴの外にいたことを知らずに

プーチーは 上手くあの階段を上れたろうか?

真夏の 暑い 満月の夜
想像するのは きっととても 素敵なことだ

はたして どこまでプーチーは行ったのか?

想像する
カラスの襲撃の中を突き進んでいるところ
リスの家族の養子になり木の上で眠っているところ

想像する
ネズミ達と船倉に隠れて 今は香港にいるところ
時々戻ってきて寝室の窓から中を覗いているところ

僕と彼女は 想像して 話し合う
真夏の 暑い 満月の夜について

プーチーは今 お腹が空いていないだろうか?


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minolta X-570

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こんにちわ。ちょっと劇画チックな、Minolta X-570です。
発売は1983年4月。
原産国名(日本名)は、X-500と言います。

よろしくお願いします。

私の姉は、XシリーズのフラッグシップであるXー700で、私の妹は、1985年に発売されて、一眼レフカメラに革命を起こす、かの有名な、ミノルタα7000です。

ちなみに私には異母姉妹のミノルタX−600がいます。

この複雑なミノルタ家において、なぜ私が生まれたのか考えるのが、今までの私の人生のほとんどでした。
X−700という、完成された姉がいるのに、なぜ、私が両親から(特に父方から)生を授かったのか。何かそこには、大切な意味が在ったのか……
それに、私の生まれた二年後に、ミノルタ家はα7000を産み、この世の繁栄を築くのです。なら、なおさら、なぜ私がこの世にいるのか……

私の今までの25年間は、このことを知るための時間でした。私は来る日も来る日も、いろいろとネットで調べ、恥ずかしながら、少しずつ自分のアイデンティティーを形成してきたのです。

私は、誇るべきミノルタX系を引き継いだ最後のものです。明るく見やすいファインダー。滑らかな巻き上げレバー。ただ、X−700よりもっとマニュアルな(しつこい)使い方を私に要求してくださる方のために、そんな殿方に、私は奉仕するために生まれたのです。

それと、手探りの使者。スパイ。企業のおとり……
後に、まったく今までの系列とは違う、α系の血筋である、α−7000姫を世に送り出していいものかどうか、ミノルタ家は迷っていたのだと思います。ですから、私は試験的に市場にさらされ、おそらくは予想と希望通り、あまり売れませんでした。

私はそれを不幸だとは思っていません。むしろ、ミノルタ家に貢献できた、優秀で美しいX−700姉様の持っているほとんどすべての長所を受け継いだ、こだわりのマニュアル機であることに感謝しているくらいでいるのです。

私の生まれた1983年にはこんなことがありました。

4月15日 東京ディズニーランド開園
5月 KINKS 『STATE OF CONFUSION』発表
6月 POLICE 『SYNCHRONICITY』発表
7月15日 任天堂 ファミコン発売
8月 Billy Joel 『AN INNOCENT MAN』発表
9月1日 大韓航空機事件
11月 ポール・マッカートニー『パイプス・オブ・ピース』発表
12月 The Rolling Stones 『Under Cover』発表
12月 Van Halen 『1984』発表

前年の1982年に、マイケル・ジャクソンは『スリラー』で、何とグラミー賞の8部門をかっさらっていきました。

もちろんマイケルはロックではありません。しかし、それはきっと音楽シーンにおいて、他のアーティスト達に、自分達の《これから》の方向を考えさせることになったと思います。

ここで、私は自分の生まれた1983年を『兆し』の年だと名付けます。

メタリカ 1stアルバム『Kill Them All』発表
レッド・ホット・チリペッパーズ結成

私は時代の波の切っ先に、遅れたマニュアルの存在として、我が身を屋根の上の風見鶏のように晒し、自分自身の時代の終りと真っ向から対決しました。その時は夢中でした。しかし、数年後に、学んだことがあります。
 
コケコッコー。受け入れるのです。『兆し』を。それはとても勇気のいることですけれど。

この先、時代はオートフォーカスに変わり、ロックは多様化とともに発展していきます。遅れてはならない。けれど、忘れてはならないことがある。

私のアイデンティティー。

皆さん。最後まで聞いて頂き、ありがとうございました。
最後に、ミノルタ家、並びに遅れて親族になったコニカ家の崩壊をとても悲しく思っておられる皆様と共に、1分間黙祷したいと思います。

2008年10月9日 その時あなたのいる場所で、正午より1分間。

黙祷。

miniature vancouver page 6

僕達は、いつもニュー・ウエストミンスター市を中心にしている。それはとても正しい見方である。なぜなら今、優勢のバンクーバー市を中心に据えてしまうと、どこをどうしても周りの市に適切な役割が与えられず、なおかつ、地理的にも矛盾が生じるからである。僕は今、このささやかな書庫を、ささやかなニュー・ウエストミンスター市から始められたことを幸運に思っている。始めたときは、そんなに先のことまで考えてなかった。言ってみれば、偶然だったのかも知れない。しかし、ニュー・ウエストミンスター市を天王寺と例えた瞬間、全ての歯車が噛み合い、僕達のページは、前に動き始めた。
ちょうど『黒潮号』が、阪和電気鉄道の路線を走り始めたときのように。

ニュー・ウエストミンスター市の名前はイギリスのヴィクトリア女王により命名された。その川を挟んだ向かい側の土地をカナダ人はちょうどイギリス本土と同じように、サーレー市と名付けた。地理的な符号である。サーモンの遡るフレーザー川が、ロンドンの中心を流れるテムズ川に置き換えられたのである。

それならば、僕はフレーザー川を大和川に置き換えよう。

天王寺からJR西日本(阪和線で)大和川を越えたところがサーレー市であり、そこは、大阪府堺市である。

この阪和線はもともと、阪和電気鉄道のものが南海電鉄になり、JR(国鉄)になった、いわく付きの路線である。だからか何かは知らぬが、我々大阪人(市内の大阪人)は、大和川を越える時にそれとなく襟を正してしまう。これが仁徳天皇陵に対する畏れなのか、かつてはイエズス会の宣教師に『東洋のヴェニス』と呼ばれた街に対する畏れなのかはわからない。でも、ちょっと気を引き締める必要があるのだ。そこは、境(さかい)であり、耳を澄ませれば、異国的なビートがどこからともなく聞こえてくるからだ。そんな、阪和線の堺市駅周辺がここ。

サーレー市 セントラル・シティー

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『サーレー』を一言で例えると『インド』である。『インド』はサーレー市の代名詞であり、時には形容詞であり、スパイスの利いた副詞である。

元々、アジア移民の多いメトロ・バンクーバーでは、人種の住み分けがよく見られる。まだここでは取り上げていないが、リッチモンド市などは本当に中国人ばっかりである。いやあ、人の多いこと多いこと、中国とインドの人口調査を海外移民を含めてすれば、いったい何億人になるのだろうか……?

話を元に戻そう。とにかく、サーレーはインド的でインド風なプチ・インドな街である。サブウェイ、マクドナルド、ピザハット、スターバックス、シェル・ガスステーション、とにかく至る所にインド人がいて、それも、ばりばりのインド人で、頭にターバンをグルグル巻いている。ほんと、タイガー・ジェットシンがニセモノに思えるくらいに。
「奥さん、困りますねえ。インドの使い方が少ないんじゃないですか、最近」なんて、村上春樹のインド屋さんに苦情を言われる心配などまったくないくらいに。

話が元に戻っていない。

インド人のことはひとまずここで、すべて忘れてください。

ここから先のことはインド人とは関係ありません。

それに、堺市民にも。(いや、そう言うと、これまでの話が何だったのかってことになりますが…)

諸君。
ここまで書いて、突然、僕は責任を感じたので、敢えて言う。もし、あなたがバンクーバーに旅行に来て、サーレーのセントラルシティー周辺を訪れることがあれば、注意してほしい。ここは、安全だとは言えない。セントラルシティーには駅があり、連絡の大きなバス停もあるけれど、ここは最も危険な場所だと地元で言われ、恐れられている。ここはタフでマッチョな場所だ。ドラッグ中毒や薬売りのチンピラがうろついていて、異様な雰囲気がしている。淀んだガスのような危険な臭い。だから、夜間は特に注意すること。もちろん、これは、サーレー市に限ったことではないけれど。

今、改めて、僕達は襟元を正す。腹に力を入れ、『はっ』と、気合いを入れ直す。前を見る。僕達はサムライなのだ。たとえ、堺の刀鍛冶の打った日本刀を腰に差していなくても。そこには、何かあるはずだ。

僕達の誇り。

サーレー市はバンクーバーの大和川(フレーザー川)を越えた、大阪府堺市にあたる。
 
堺 さかい 栄 境 界

サーレー市は、メトロ・バンクーバーの最南端の市の一つ。言わば、もうこれ以上、僕達は南には行けない。(でないと、和歌山県がアメリカになってしまう)
僕達は一度大きく深呼吸する。目を閉じ、自分の立っている足下に意識を集中し、目を開ける。

今日はこの辺で……

サーレー・セントラル・バス・ステーション

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Absence page 7

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祈るのよ と彼女は言った
2匹めの 死んだプーチーのために

何を と僕は子供にたずねた 
どうやって 祈るのか

彼女はすでに目を閉じ
小さな手を合わせていた

思い出すのよ と彼女は言った
プーチーの素敵なところ すべて

『祈るのよ』

それなら

できるかも知れない

僕は、彼女の隣に並び
空っぽのカゴの前にひざまずいた


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