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時々こんなことがある。 深夜、ワインを飲みながらebayを覗いていると、ずっと前から心の隅でほんのりと気になっていた彼女、いや、カメラが目の前をふっと通り過ぎる。どうせ高嶺の花だとか、とんでもなく遠い所の話だと諦めながらも、追いかけてよく見ると、それがわりと近所で、まだ誰にも声をかけられていなかったりする。ずっと昔の美少女……憧れの朝倉南。どうせ自分には縁がないと思っていた彼女、いや、カメラが、そんな夜には自分の声に振り向いてくれそうな気がして、僕は叫ぶ。先の見えない暗闇に向かって、消え入りそうな自分の存在を確認するかのように、僕はキーボードを叩く。極めてebay的に、あさくらみなみをebay標準語のUSドルに変換する。 明け方、傷ついたKonica Auto S3は僕のもとにやってきた。 (Konica Auto S3、日本での名は、Konica C35 FD) 1973年。 1月 ブルース・スプリングステーンが『アズベリーパークからの挨拶』でデビュー。 3月 ピンク・フロイド『狂気』発表。 レッド・ツェッペリン『聖なる館』発表 5月 マイク・オールドフィールド『チューブラー・ベルズ』発表 7月13日 クイーンが『戦慄の王女』でデビュー 10月6日 第四次中東戦争勃発。 オイルショックでトイレットペーパーや洗剤の買い占めが起こる 11月 ウィングス『バンド・オン・ザ・ラン』発表。 ザ・フー『四重人格』発表。 コニカという会社はカメラに愛称を付けるのが好きらしい。コニカC35シリーズは基本的に『じゃ〜に〜コニカ』初心者向けが『気楽なじゃ〜に〜』、これに内蔵ストロボのついたのが『ぴっかりコニカ』時代が進んでオートフォーカス機能がつくと『じゃすぴんコニカ』 中でも、C35シリーズの最高機種である、かつての美少女、永遠の姫である僕のAuto S3嬢は、その性能の高さを誇り『すご腕じゃ〜に〜』と呼ばれている。 シャッター速度優先EE。バルブ、1/8秒から1/500秒。距離計連動。フラッシュマチック機構。当時としては画期的な日中シンクロ機構。レンズはヘキサノン38㎜1.8。絞り羽だって一眼レフなみの六角形。当時の最先端を凝縮した、まさにコンパクトカメラの女王。 クイーン。 デビュー当時、クイーンはあまりいい評価をされなかった。フレディー・マーキュリー曰く、録音は一年前に済ませてあり、レコード会社が発表した時点ではすでに時代遅れになっていた、と言う。それで、クイーン?鵺に続きブレイクするわけだが、当時、本国で酷評されたデビューアルバムだって、今聴いてもそんなに古臭い感じを僕は受けない。当時の最先端の詰め合わせと言えば、悪く聞こえるかも知れないが、いかにもブリティッシュロックという気品を随所に見せる、若くても懐の深さを予感させる好アルバムである。 ピンク・フロイド的なプログレッシグ・ロックの色。 レッド・ツェッペリンのハードロックなグルーブ。 ザ・フーのロック・オペラの要素。 ウィングスのメドレー形式と英国的な格調あるハーモニー。 オールドフィールドのオカルトのサントラにどこか通じるステージ・パフォーマンス。 1973年にクイーンは生まれ、1991年11月24日、世界的なカリスマ・ボーカリストであるフレディー・マーキュリーはこの世を去った。 以後もクイーンは解散することなく、ブライアン・メイとロジャー・テイラーがクイーン名義で活動を続けている。 God save the Queen 傷だらけのローラ、いや、Konica Auto S3は今、僕の鞄の中でぐっすり眠っている。僕は彼女を、いや、カメラを、そっとしている。できるだけ、がさごそしないよう気をつけて、充分の休養が取れるように案じている。それがかつての女王に対する、最低限の礼儀だと僕は思っている。もちろん、来たるべき時には写真を撮ってもらう。それまで、僕はじっと想像している。僕は傷口にそっと触れる。気づかれないよう、傷口にほんの軽くキスをする。そして、かつての美しかった姿を想い出そうとしている。 時々こんなことがある。 じゃ〜に〜。
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