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もう、ずいぶん前のことになるけれど、僕達は梅田の地下街で寄り道をした。地下鉄谷町線の東梅田で降り、御堂筋線梅田駅まで行く途中、僕達は阪神百貨店でイカ焼きを買い、阪神電車のホームに続く階段に座り、焼きたてのデラパンを食べた。想い出してくれただろうか? 僕はほんの二枚、君はなんと三枚も食べたよね。 もちろん僕が誘ったのだから、いや、何枚食おうと勝手なのだから、それはいい。大切なのは今回、僕達はこのまま階段を下りて阪神電車に乗ることなのだ。 「いいよ、僕が切符を買ってくるから、君はここで待っていて」 行き先を君に伝えずに、僕は野球観戦、いや、ストレス発散にいく、すでにハイテンションなタイガースファンをかき分け、ぱっとしない電鉄会社のぱっとしない券売機の前に立つ。しかし、何としたことか、君を待たせておいた果実ジューススタンドの前まできて、僕は小銭を使い果たしたことに気がつく。ここの果実ジュースが飲みたかったのに……。ミックスジュースの、ピンクがかった淡いオレンジ色が、ミキサーの中で渦を巻いている。君はいいやつだな、と僕は思い、そう信じる。君は、本当にいいやつだ。 ほどよい甘さとはどういうものか、僕達はそれを改めて確認しながら、人ごみを見つめている。阪神電鉄梅田駅では、景気よく『六甲おろし』が流れている。ついつい歌っていたところを君に見られ、僕は途中で歌を止める。フレー、フレ、フレ、フレーの二番目のフのところ。やばい、ちょっと調子に乗りすぎていたかも。で、さあ、応援の『フレー』ってさあ、いったいどういう意味なの? 僕達はいつものごとく各駅停車に乗り、窓の外を眺めながら将棋の歩(フ)のように進んでいく。野田を過ぎ、尼崎を過ぎ、武庫川、甲子園を過ぎ、西宮、さらに芦屋を過ぎる。ニュー・ウェストミンスター市の北西、その方角に、ツートーンカラーのぱっとしない阪神電車がゴトゴト走っている。行き先は、懐かしの三宮。僕達はよくアルバイトで貯めたお金を握りしめて、三宮まで行ったのだ。 バンクーバー市、ダウンタウン編。 Konica Auto S3で撮影。Kodak T-Max 400使用。 d76 1:1にて現像。 左側に写っているドームがBCプレーススタジアム。2010年、冬季オリンピックの開会式、および閉会式に使用される建物。古いドームである。(オリンピックの開会式、および閉会式が室内って変だよね。バンクーバー・オリンピック……大丈夫かなあ?) ダウンタウン・バンクーバーは阪神電鉄本線三宮駅から元町、そこから神戸高速鉄道東西線で、新開地駅までの範囲である。いわゆる神戸ダウンタウンが、いわゆるバンクーバー・ダウンタウンに当てはまる。 こうべえー、泣いてどうなるのかあー。 二十年前、僕達は三宮駅で下車し、いつも高架下のアメリカ輸入衣料品店を物色して歩いた。アヴィレックスやショットの革ジャン。LLビーンのフィールドコート。リーバイスの501。リーのライダースジャケット。マックレガーのスタジャン。ジッポ、レイバン。レッドウィングのアイリッシュセッター。 当時アメカジに憧れていた僕達は給料をもらうと決まって三宮に行きそれらを買い、大阪に帰った。この頃はまだミナミのアメリカ村より三宮の方が品数や店舗で勝っていたのだと思う。いわゆる専門店的な店が多かった。ジッポの店。革ジャンの店等々。今から思うと、とても高価な買い物だった。もちろん、今でもまだ持っているものだってあるけれど。 神戸。 1995年1月17日の朝のことを僕は今でもよく覚えている。午前5時46分。僕は何故かその数分前(たぶん一分か二分だと思う)に目が覚めた。ふだんの僕にはあり得ないことで、自分でも変に思って窓の外を見た。冬の朝、まだ早朝なのに、ずいぶん明るいなと感じた。その直後、どすんと体が真下に落ちた。僕はとっさに爆弾だと思った。どこかからミサイルでも打ち込まれたのだと思い、畜生、やられたと反射的に思った。日本の主要都市が破壊される光景が目に浮かび、その後、横に大きく揺れ始めてようやく地震だと認識した。それでもまだ関西が震源地だとは想像もせず、揺れている間も日本列島が総崩れになっているような気がして、絶望的な気持ちになった。 当時、僕は大阪府吹田市江坂町三丁目に、彼女と猫と一緒に住んでいた。 記憶は事実と反しているかも知れない。けれどこれが、僕があの日の朝、揺れている数十秒間に感じたことである。 6443人が死んだ。 その後ほどなくして、僕は日本を離れた。だから地震の後の神戸、三宮には行っていない。ただ、日本を発つ前に、芦屋には一度だけ訪れた。地震の半年前まで彼女が住んでいた場所を僕は一人で見に行った。僕には景色が歪んで見えた。彼女の住んでいた場所はなくなっていて、二人で歩いた堤防沿いの空き地には、まだテント式の仮設住宅が建ち並んでいた。 一枚目の写真は、ここの展望台(円盤のある塔)から撮影したもの。 Olympus XAにて撮影。Kodak T-Max 400使用。 d76 1:1にて現像。 バンクーバー市は横浜と姉妹都市である。だから、神戸の従姉妹(いとこ)にあたる。ちなみに神戸市はアメリカのシアトルと姉妹都市で、規模的にはシアトル横浜、バンクーバー神戸の方がお似合いで、釣り合いが取れる。神戸にも中華街(南京町)があり、バンクーバーにも小汚いチャイナタウンがある。三宮、元町周辺はロブソン通り。新開地はどことなくヘイスティング・ストリートの寂れた感じに似ている。 とどのつまり、僕達は新開地の商店街でワンカップ大関を買い、日の暮れた公園のベンチに座りそれを飲み干す。君は安物の酒があまり好きでなく、半分ほどで嫌になり、結局は僕がその残りを、そんなん、めっちゃもったいないから、しょうがないから、飲むことになる。やっぱり、君はいいやつだと僕は思う。 ここまで来ると、ぜんぜんアメカジではなく、ただの酔っぱらいだけれども。 震災の直後、仰木彬監督率いるオリックス・ブルーウェーブは、イチローを中心にペナントレースを争い、リーグ優勝を果たす。これが神戸の人々を勇気づけたことは言うまでもない。僕には、何もできなかった。ただ、記録として書いたものが少しある。今後機会があれば、それを載せようかと思う。 神戸は見事に復興した。空港まで作ってしまった。 だから、最後まで歌わせて欲しい。 フレー、フレ、フレ、フレー。
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2009年06月29日
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