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Ladies and Gentlemen. お元気ですか? 以前、この『mini van』の書庫ページ6で、僕はメトロバンクーバーの中心を流れるフレイザー川を大和川に置き換えた。サーレー市を取り上げたときのことだ。もう一年も前になる。覚えていますか?サーレー市は、堺市でした。 その大和川の南側で、サーレー市の東側が今回の舞台。 お待たせいたしました。ラングレー市、およびそれを囲むラングレー郡です。 ダウンタウン・ラングレー(ラングレー市) Pentax PC35にて撮影。Ilford Delta100使用。 D76 1:1にて現像。 フレイザー川の南側の地形をよく見ると、ちょうど左を向いたゾウの頭に似ている。まだここで取り上げていないが(地区の皆様、お待たせしています)デルタ地区がゾウの鼻部分、サーレー市が顔、そしてこのラングレー郡がゾウの大きな耳に見えるのだ。本当に良く似ている。あなたイタリアが長靴に見えますよね。まあ、それと大体同じくらい…… BC州の中でも歴史は古く1827年にハドソン・ベイ会社が毛皮の貿易地点として開発し、1858年にはその川の上流で金が見つかり、ゴールドラッシュに集まる人々の宿場町として栄え、BC州の生誕地とまで宣言された由緒ある土地なのである。しかしゴールドラッシュが終り、ニュー・ウエストミンスターが州都に選ばれるとしだいに落ち目となり、ラングレーは、いつしか農業中心の田舎町となっていく。 で、当時、町の中心だったダウンタウンが街灯の設備の供給を訴えたのだが、ラングレー郡にはこれができず、逆にダウンタウンが郡から独立したような格好で、そこだけが市となり(人口密度などの条件)、未だにその周りの広大な土地は郡のままである。 ちょうど『耳』と『耳の穴』のような関係とでも言えば、あなたにわかってもらえるだろうか。 【OSAKA】 天王寺から歩道橋を渡ると阿倍野橋駅がある。阿倍野橋から僕達は近畿日本鉄道(通称きんてつ)の南大阪線に乗る。メトロバンクーバーの片田舎、ラングレー市を含むラングレー郡は、きんてつ南大阪線、道明寺線、長野線の沿線、いわゆる片田舎(じゃなかった)南河内地区に当てはまる。 (きんてつ道明寺駅から古市駅区間)ラングレー市。 Pentax PC35にて撮影。Ilford Delta100使用。 D76 1:1にて現像。 慶長20年(1615年)5月6日。後藤又兵衛率いる豊臣軍先鋒は小松山に登り、陣を整える。大阪夏の陣。対するは、江戸幕府軍。この日は濃霧のため真田幸村率いる後隊の到着が著しく遅れ、孤軍奮闘の又兵衛らは遂に伊達政宗らに小松山を包囲されてしまう。激しい銃撃戦の末、後藤又兵衛は腰を撃たれ歩行不能となり自刃。遅れて到着した真田幸村が激戦の末、伊達軍を押し込むも、大阪城からの退却命令により、退却。真田軍は殿軍(しんがり)を務めた。 道明寺の戦い。 この激戦地となった小松山、道明寺付近。先述した藤井寺市道明寺駅から又兵衛の墓のある柏原市、羽曳野市古市駅辺りが、ラングレー郡の中に位置するラングレー市に相当する。 近年、ラングレーにはぶどう農家が増え、ワイン作地として有名になりつつある。大阪府柏原市、羽曳野市も然り。ワイン農家が増え、醸造所ができ、『河内ワイン』等で少しずつ有名になりつつある。この符号を『こじつけ』と呼ぶか『偶然』と呼ぶか、はたまた『mini van』の『キセキ』と呼ぶかはあなた次第。 あなた次第で、明日が今日よりも好きになれるかも…… それでは、特別大サービス。 ゾウの耳の穴(赤い部分) |
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2009年10月19日
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