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螢 映池 写真集ブログ: 謹賀新年 2012年が良い一年となりますように

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miniature vancouver page 12

久しぶりのミニチュア・バンクーバー。
今回の場所は、ホワイト・ロックと言う名前の小さな市。以前に書いた広大なサーレー市の一部をひっそりと間借りしているようにも見えるのだが、ここが喉元というか、サーレーの下顎というか何というか……また、例のゾウの横顔マップを見て頂きたい。(赤い部分です)

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ホワイト・ロックは、バンクーバー島との入り海であるジョージア海峡に面し、その遠浅の美しく広い砂浜で有名である。1913年にBC州のバンクーバーからアメリカのワシントン州シアトルまで続く鉄道の駅が、ホワイト・ロックに設けられると、その砂浜を目当てにバンクーバーやニュー・ウエストミンスターから多くの避暑客が訪れるようになった。同時期に開業し始めた複数の製材所の影響もあり、街はにわかに賑わいを見せるようになっていく。

1950年代になり、サーレー市の都市計画から孤立させられていると感じるようになったホワイト・ロック地区(この頃はサーレー市の一部)は、州政府から特別な補償を受け、57年に正式に市として発足する。そのようないきさつで、この喉元というか、気をつけないと二重顎になりかねない微妙な場所に、ホワイト・ロックと言う名前の小さな市が誕生したのである。

書いていて思い出したのだが、昔、僕の友人が『豚晴』で豚カツを食べて、衣の固さに『上顎をやられた』と言っていたが。これは余談……しかも下顎……

450メートルある、ホワイト・ロックの桟橋。ちなみにビーチの長さは2.5キロもある。

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Minolta HI-MATIC 7Sにて撮影。 Ilford Delta 100使用。 D76 1:1で現像。

さて、ホワイト・ロックという名前。原住民の言い伝えによると、昔々、若い海の神がバンクーバー島のカウチン族の姫と恋に堕ち、結婚を誓ったが許されず、失意と怒りのなかで、この海の向こうで姫と新しい部族を作ろうと白い岩をジョージア海峡の向こうに投げたと伝えられている。海の神が希望を託して投げた、白い岩のたどり着いた場所がこのホワイト・ロックという浜辺らしい。ここで海の神とカウチン族の姫は新しい生活を始める予定だった。証拠に、その白い巨岩は実在する。高さ4メートル、重さ488トンの白い岩は今でもホワイト・ロックの砂浜にあって、記念写真を撮られたり、鳥に糞を落とされたり、卑猥なラクガキをされたりしている。

(地理学的に言うと、氷河期の終りに沿岸の山から運ばれてきて、氷が溶けビーチに残ったと説明されている。実際、白い花崗岩であると言われているが、今はラクガキを消すために定期的に白いペンキを塗られており、みょーに白い。)

南海電車に乗り、サーレー市ではなく、堺市に向かうと石津川という川にあたる。ここはまだ堺市西区だが、それは些細なこと。古代の神々の話から、現在の行政区画に従い、定規で線が引けるものであろうか。過去のホワイト・ロックがサーレーに含まれていたように、多少の含みを許して頂きたい。

さて、ホワイト・ロック市は南海本線石津川駅より南に、諏訪ノ森駅、浜寺公園駅、羽衣駅、高石駅の周辺にあたり、ビーチは、夏目漱石の『行人』にも出てくる有名な浜寺公園とする。古くから白砂青松の景勝地として和歌に詠まれ、多くの貴人歌人達が遊覧に訪れた浜寺は、大久保利通の下手な歌の助けを借りて、明治6年に日本最古の公園と指定され、それ以降も関西の避暑客を集めている。ここらはさして珍しくもない。さて、では白い岩の符合はいかに?

ここで僕達は高石駅から引き返して石津川駅に戻る。(ちなみにこの間にある諏訪ノ森駅と浜寺公園駅の駅舎は登録有形文化財に登録されている。どちらも阪神間モダニズムの雰囲気を残しており、特に浜寺公園駅は日本銀行とか大阪市中央公会堂とかを手がけた辰野金吾と言う人が設計したものらしい)この石津川駅のやや南、石津川のすぐ北側に石津太神社がある。この辺りは昔浜であったらしく、イザナギ、イザナミの生んだヒルコが流れ着いた場所とされる。

ヒルコとは『古事記』にある国産みの際、イザナギとイザナミとの間に生まれた最初の神である。しかし、子作りの際に女神であるイザナミから声をかけた事が原因で不具の子に生まれたため、葦の舟に入れられオノゴロ島から流されてしまう。漂着したヒルコは携えていた五色の神石を、今の石津太神社の鳥居の前あたりに置いたと言われる。五色の石を置いた場所を『石津』といい、五色の石は埋められて、封をするように大きな石(岩)が今でも置かれている。ちなみに石津太神社は戎宮であり、ヒルコ→蛭子→エビス→戎を祀っている。

五色の石の色が何色であったのかは知らない。封をしてある岩は写真で見る限り、(行ったことはございません)神社にある普通の石の色(グレー)であるが、カナダの神が投げた岩と、日本の神の流した石が辿り着いた場所の符合(この場合ホワイト・ロック市と石津ー高石間)は何と興味深いではないか?

晴れて、ホワイト・ロックは大阪の地図の上に重なり合う。

よし。

下が、証拠の白い岩。家族が記念撮影をしています。

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Minolta HI-MATIC 7Sにて撮影。 Ilford Delta 100使用。 D76 1:1で現像。

『豚晴』の関係者の方、僕の友人の昔の発言に気を悪くされたらすいません。

『やめとけ。上顎やられるぞ』とも、よっぽど腹が立ったのか、彼は顔をしかめて僕に余計な世話までやいてくれましたが……。

2010年 5月

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4月1日から2週間、日本に子供と二人で帰った。前に帰った時から3年半ぶりになる。27で日本を出てかれこれ15年になるが、今回の帰省がなぜか一番思い出深い。もちろん歳を取ったせいもあるだろう。僕も両親も子供も友人も、世界がまんべんなく歳を取ったせいで、物事の見え方はずいぶん変わってくる。新しくなった部分、変わっていない部分がどれも新鮮で、忘れていたことをたくさん思い出させてもらえた。上手く説明できないけれど、今回は《しみじみ》いいなと思った。

カナダに戻って、僕は愛用するギターの弦を張り替えた。18の時に買ったフェンダーのテレキャスター。21の時に買ったタカミネのエレアコ。この15年間一度も張り替えていなかった弦を新調し、ハモニカホルダーも、カポタストも、新しいピックも3つ揃えた。これが現在の僕の心境。《しみじみ》が、何度か転がっていくうちにこうなったのだろう。Like a Rolling Stone。よし、これから毎月このブログに『目標』を掲げてみようか。写真集ブログだけれど、いいじゃないか。

5月の目標は『唄』を一曲作る。

2010年 5月

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