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螢 映池 写真集ブログ: 謹賀新年 2012年が良い一年となりますように

Absence

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Absence page 6

イメージ 1

君が 知らないと仮定して 
僕は 本当の君を映す 鏡になるよ
吹く風に 降る雨に 輝く夕日に 
それにドアの上に灯る 小さな明かりにも
君が家にいることを知らせるために

暗い夜が 君の中にそっとしのび込み
君のいびつに歪んだ心が見られたと
思えるような そんな時
僕は見せてあげるよ 君の前で
君には見えない 本当の君自身の姿を

君の美しさに 君が気づいていないこと
それを僕が理解するのは困難だけれど 
本当に君が知らないなら 
もう怖がらなくてすむように 君の瞳にも
君の暗闇を探る指先にも 僕にはなれる

君の鏡に…
僕は見せてあげるよ 君の前で
君には見えない 本当の君自身の姿を

“I’ll be your mirror” by Velvet Underground & Nico


イメージ 2

Absence page 5

イメージ 1

Blueberry

 ピクニックに行きたかった、らしい。
 ブルーベリーを持って。
 僕はその日別れた妻の所に娘を迎えに行き、ピクニックだか何かに誘ったのだ。
 娘はどこにも行きたがらなかった。
 そうこうしているうちに時間がきて、僕は仕事に向かった。
 それから何日か雨が続いた。

 僕はその日のことをあまりよく覚えていなかった。
 「ブルーベリーを置いて行ったのよ」と娘が言った。「ドアの外に」
 そう言われてやっと、いくつかの情景を思いだした。
 たしか、スーパーの袋に入れたまま置いて行った。
 持って帰ってもしかたがなかったのだろう。
 それに、仕事へ行く途中だった。

 「怒ってたの?」と娘が訊ねる。
 もう何年も前のことだから、僕には「わからない」
 「濡れてたの、気がついたときには。それで…」
 例えば、僕が娘に何か欲しいものを買ってやる。
 彼女の願い(友達の家に遊びに行きたい、とか)を聞いてあげる。
 そういった時、彼女はふとこの話を口にする。

 「あのときはピクニックに行かなくて、ごめんね」

 彼女が三歳か四歳の頃の、雨に濡れたブルーベリーの話。
 僕はそのつど、その日のことを思い浮かべる。
 あるいは想像する。
 置き去られたブルーベリー、そして、僕の車が遠ざかって行く後ろ姿。 
 それは、その頃まだ僕が運転していた八十五年のトヨタ・ターセルだ。 
 僕は懐かしいターセルが小さくかすんでしまうまで見送る。
  
 それらはもう、過ぎ去ったことなのだ。

 「もういいよ。忘れたら?」と僕は娘に言う。
 「怒ってなんかいないし、ずっとムカシのことなんだから」
 いつか、彼女は本当に忘れてしまうかもしれない、と僕は思う。
 これまでのことも、今のことも、これからのことも。
 それは僕にとって寂しいことに違いないが、娘はまだ八歳なのだ。
 どうして嬉しいときに彼女は、こんな話を思いだすのだろう?
 
 「このことは、僕が代わりに覚えておくから」
 「どうして?」
 「それが僕の一番大切な仕事だからさ。何よりも大切な」

 娘はよくわからないという様子で、しばらく考えている。
 その考えている顔。また成長している。これもしっかり覚えておこう。
 僕の一番大切な仕事。
 「君はとても優しくて、いい子だ」
 「本当に、そう思う?」
 「もちろん。百パーセント。完璧に」
 ようやく、彼女はにっこり笑う。どこにも翳りのない無邪気な笑顔。
 それでいい。
 彼女は今、幸せであるべきなのだ。一分の隙もなく。隅から隅まで。

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Absence page 4

イメージ 1

できることなら 良い報せだけをもたらす、メッセンジャーになりたい。
なれるものなら、シボレー・カマロの車体を照らす、満月になりたい。

できることなら、あなたが委ねる、ペダル・ブレーキになりたい。
なれるものなら、あなたを決して傷つけない『言葉』になりたい。

もしも、願いが叶うなら、
あなたがボリュームを上げる時の、ラジオから流れる歌になりたい。

“Wish List” by Pearl Jam

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Absence page 3

床屋 

どこかにとびきり
腕のいい床屋はいないものか
こちらの思いをてきぱきと
整えてくれる
床屋はどこかにいないものか

剃刀を研ぐ音を聞きながら
微睡んだり
耳を巡る鋏の冷たさや
口を覆う蒸しタオルの熱さに
時間も忘れて寛げる
腕のいい床屋はいないものか

朝剃ったひげが
ざらざらと不満げに
伸びはじめている夜
僕はそんな床屋を夢見る

軽いウェーブをあてたり
すっきり裾を刈り込んだり
内側と外側を重さや形に応じて
揃えてくれる指先を
僕は僕の鏡の中に探すのだ

椅子から立ち上がる時
やさしく背中を払われて
送り出してもらえたら
たとえ床屋の顔が
そこに映っていなくても

僕達はみんな
腕のいい床屋を捜している

       
(1998年12月)

absence page2

イメージ 1

 床屋には老人が一人、客用の椅子に座りテレビを見ていた。僕が入ると老人は立ち上がり、椅子の腰掛け部分をポンポンと叩き、僕に席を譲ってくれた。椅子は鏡を背にしたままだった。
 「コーヒーは飲むかね」と老人が訊ねた。
 「いや、いらない」と僕は断った。
 老人はそれに対して何も言わず、しばらくコーヒーメーカーを見つめてから、僕の方に向き直った。僕はその間、コーヒーをいつどのような格好で飲むことを期待されていたのか考えていた。
 「さて」と老人が言った。「どのように切ろうか」
 薄々感ずいてはいたが、彼がその床屋らしかった。彼はずいぶん年寄りに見えた。髪は真っ白く、腰も少し曲がっていた。もし彼が勤め人ならとっくに定年している歳だ。
 
 「全体にワンインチ刈ってくれ」と僕は老人に言った。これは床屋に来る前から考えていた台詞だった。彼を見て、特に変えたものではない。
 床屋はゆっくりと頷いて、僕の頭部を分厚い老眼鏡の奥から眺めていた。棚の上のテレビにはスポーツ専門のチャンネルが映っている。テレビを見るのは久しぶりな気がした。僕は老人が僕の頭を見つめている間、そこに流れるいろいろなスポーツのハイライト映像を見ていた。
 床屋はようやく思い立ったようにして僕の首の周りに髪除けのシートを被せた。ものすごくゆっくりとした動作だったが、手慣れているという感じで、不安になる要素など感じさせなかった。どちらにせよ、一度この椅子に座ったからには、不安などどうでもいいことなのだ。床屋は電動式のバリカンの先の部分を付け替え、スイッチを入れた。

 バリカンの音がうるさくなり、テレビの音は聞こえなくなった。椅子は依然として同じ向きにあり、僕と老人は鏡に背を向け、壁と棚の上のテレビに向き合っていた。老人はとてもゆっくりと、僕の髪をすその方から刈っていった。僕に僕自身の姿は見えなかった。それに僕の後ろ髪を刈っている老人の姿さえ見なかった。頭を前に倒したせいで、今度はキャビネットの上の古いコーヒーメーカーが視界に入った。あのとき、コーヒーを飲めばよかったかな、と一瞬思った。バリカンが耳に近づき、首から這い上がってくるブーンという音がいっそうやかましくなった。

 この国に来て以来、散髪は妻がしてくれていた。やっと見つけた仕事上、髪を短くしなくてはならなくなり、床屋の役をそのとき妻が快く引き受けてくれたのだ。手先が器用だと思ったことはなかったけれど、散髪は割と上手にしてくれていた。髪が伸びてきて、僕が散髪を頼むと、彼女はキッチンに椅子を持ってきて、僕をその上に座らせた。
 妊娠しても、子供が生まれても、妻は散髪を続けてくれていた。ただ、時間がずれるようになった。赤ん坊が生まれて、僕達の時間が赤ん坊を中心に交代で動くようになり、僕の仕事用の散髪はさして重要なことではなくなってきていたのだ。頼むのもだんだん億劫になった。僕の頼みを、妻は上の空で聞くようになった。そんなことが何度かあった。

 僕は妻に黙って床屋に行くことにした。考えてみれば、妻の国に来てから、僕は自分一人で物事を処理したことがないように思えた。今の仕事だって相談して決めた。とりあえず、という条件で。金はどこからも降ってはこない。
 赤ん坊と妻が昼寝をしている間に、僕は家を出て床屋に入った。

 「あんた日本人かね」と老人が耳元で聞いた。
 「そうだ」と僕は答えた。
 「前にも何人かの日本人の髪を刈ったことがある。知ってるかい。日本人の髪は硬いんだ」
 「知らない」と僕は言った。
 「日本人の髪を刈るにはちょっとしたコツがいる。ぎりぎりを見極めること。これが難しいんだよ。だってそうだろう。ちょっと刈りすぎると、髪の毛がぴんと立ってしまう。ハリネズミみたいにね」
 そう言うと老人は僕の視野までゆっくりと動いてきて、頭が爆発するような仕草をした。
 「こんなのは、誰だっていやなもんさ」

 テレビではちょうどボクシングの試合が始まっていた。ラスベガスかどこかで行われている様子で、そこには金を賭けている人達が大勢集まっていた。一人は南米系、あるいは東洋人とも見れる容姿で、もう一人はいかにもアメリカ人というような風貌で、相手より若く、体中に入れ墨をしていた。応援の数も圧倒的にその若い白人の方が多かった。中継のテレビカメラも、好んでその様子を映している。より多くの人の望む結果なのだろう。その試合が始まると、老人はボクシングを気にかけながら僕の髪を刈るようになった。
 僕は年上の、東洋人的な男を応援していた。特別な理由は何もない。ただまだ若造の入れ墨に勝たれるのが嫌な気分だったのだ。僕の応援していた男はなかなか上手く立ち回っていた。相手の大仰なパンチをかわし、的確なジャブで間を取り、カウンターを狙っていた。
 
 「なかなかやるな」と老人は独り言のように言った。
 それが、南米か東洋から来たボクサーに対してであることは明らかだった。なぜなら、その男が相手にきれいなカウンターのフックを決めた後だったからだ。
 「そうだね」と僕も言った。「あいつが勝てばいいのに」
 「それは、どうしてだい?」と老人が僕に訊ねた。
 老人はさっきから僕の前髪を刈り始めていた。刈り取られていく前髪がぱらぱらと目の前を落ちていき、そのうちの何本かが顔にかかってむず痒かった。
 「アウェーだからさ」と僕は答えた。
 「なるほど」と老人は言い、僕の前髪を調べるために顔を近づけた。そしてセコンドのトレーナーがするように僕の顔をタオルで拭い、髪の毛を取り払ってくれた。
 「家族はいるのか」と老人が僕に訊ねた。
 目を開くと、老人が目の前に腰を屈めて立っている。
 「ああ、妻とまだ赤ん坊の娘がいる」
 僕はその簡単な問いかけに、慎重に答えた。
 「そうかね」と老人は老眼鏡を掛け直し、目を細めた。
 「あんたはお父さんってことだ」
 
 四ラウンドめに入ると、入れ墨ががむしゃらに突進して、やたらめったらパンチを放った。コーナーに追いつめて連打を浴びせる。年上のボクサーはそれを耐えて何度もクリンチで逃れていた。僕にはその度に場内のブーイングが想像できた。若造はだんだんと焦りを見せ、悲愴な顔になりつつあった。もっと早く簡単に倒せると思っていたのに。俺はもっと強かったはずなのに。時折、十発に一度くらいカウンターを食らうと、若造は、目を覚ませというように、激しく小刻みに首を横に振った。
 
 結局、試合は五ラウンドまで続き、判定となった。
 床屋もバリカンのスイッチを切り、一緒に結果を待っていた。考えてみると床屋は一度も鋏を使わなかった。それがこの国の床屋のやり方なのか、彼の流儀なのかはわからなかった。もしかすると、彼の指はもう使い物にならなかったのかもしれない。昔ほどには。どちらにせよ、それは済んだのだ。僕は初めて外国の床屋に来て、一度もまだ自分の姿を見ていなかった。
 バリカンの音が止んだせいで、棚の上のテレビからは場内アナウンスが聞こていた。勝者は若い白人の入れ墨男だった。おおかたの予想通り。しかし思ったほど、その白人は大騒ぎせず、勝利を噛み締めるようにして、胸の前で十字を切った。悪くはなかった。彼の顔は試練に耐えた敬虔なクリスチャンのように見えた。彼は最後までノックアウトできなかった年上の外国人ボクサーに歩み寄り、健闘を称え合った。
 
 老人は箒を持ってきて、床に落ちた僕の髪を一カ所にまとめていた。切り取られた僕の髪は僕とはまったく関係のないもののように見えた。僕はそのゆっくりとした作業が終わるのを待ってから、立ち上がった。
 
 僕は振り返って、ずっと僕と老人の背後にあった鏡を見た。それは期待していた以上で、最悪のまだ少し手前にあった。きっと床屋はぎりぎりを見極めてくれたのだ。幾分、僕は年老いて見えた。この国に来て、すでに二年が経っていた。それは仕方のないことなのだ。僕は自分が次の段階に差しかかっているのを認めた。床屋の鏡の中に。僕はしかるべき料金を床屋に払い、礼の印に手を差し出した。
 老人は僕の手を握り返すと、今まで僕が座っていた客用の椅子にまた腰掛けて微笑んだ。
 「賭けてたら、負けてたよ、あんた」
  僕は黙って頷いた。
 「いいさ。ここに来たのも賭けみたいなもんだったんだから」

 妻と娘はもうじき昼寝から目覚めるころだろう。夕暮れの景色は昼の光に洗われた後で、美しく見えた。僕はポケットの中の小銭を確かめて、腕時計を見た。
 まだ、少し残っている。
 そうだ、今からコーヒーでも飲みに行こうと僕は思った。

イメージ 2

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