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終戦の日

71年目ですね。
 
先々週、福島町の小学校を資料館にした「チロッタ」にやっと行くことができました。
 
ここは旧「白符小中学校」です。
 
廃校になる前、廃校後、そして資料館になったあと、何度も訪れています。
 
今回やっと開館に遭遇し中に入ることができた次第です。
 
 
 
「スリッパに履き替えてからご覧下さい」の看板。
 
「こんにちは〜!」の呼びかけにも反応なし。
 
助手と顔を見合わせスリッパに履き替えて見学させていただきました。
 
展示物は近隣の住民から寄贈されたという生活用品が多いです。
 
ボランティアでやっていらっしゃる館長さんは今日も展示室の改造で大忙し。
 
体育館の方からラジオ放送が聞こえ、急いで行って挨拶をしました。
 
なんだかまるで「ハーメルン」という映画のようです。
 
 
 
「ここにあるものなんてお金になるもんなんてな〜んもないんだ」
 
なんて仰っていましたけど、私にとってはお宝の山でした。
 
お札の展示コーナーで戦前と戦後の紙幣の印刷が「大日本帝国」から「日本国」になっていたのが気になり質問をすると、戦争の話を沢山してくださいました。
 
館長さんは小学校1年生で終戦を迎えたそうです。
 
奉安殿の話や爆弾三銃士の話などいろいろなことをお伺いしました。
 
 
 
私の曽祖父は日清・日露戦争で従軍記者をやっていました。
 
私の祖父は海軍で東シナ海にいました。
 
二人共無事に帰ってきたからこそ今の自分がある。
 
 
 
で、話を戻します。
 
 
これを書いてしまうと反論も多いと思いますが、あえて書かせてもらいます。
 
広島と長崎に原爆を落としたアメリカは罪人だと思います、否めません。
 
しかしもっともっと罪人だと思うのは日本人の上官たちです。
 
アメリカは降伏しなければ原爆を落とすと再三に渡って通告していたのです。
 
 
街にビラを撒き、原爆の恐ろしさを伝えていたのです。
 
 
もっと早く降伏していれば、あんな悲劇は起こらなかったはずです。
 
もっと言うと、終戦後にロシアに北方領土を取られ、何千という日本人がシベリア抑留で殺されることもなかったはずです。
 
しかしそれも結果論であって、降伏していたら明らかに日本は植民地になっていたと思うし(結局は占領下になったわけだし)、なんとも言えません。
 
もう戦争の記憶を持つ人たちも少なくなってきています。
 
想像で語るのは容易い。
しかしそれでは意味がないのです。
 
私は私の調査でもう手が一杯で更に戦争にまで手を出すほどの余裕は皆無です。
 
 
もし少しでも興味を持たれた方に是非行って欲しいのは、「真実を洗い出す」ことです。
 
人間は嘘を吐く動物です。
 
物的証拠、聞き取り調査で、何が本当かを突き止めて、亡くなった方の無念を晴らしてください。
 
 
中国の尖閣諸島問題、北朝鮮のミサイル、戦争はまたいつ起こるかわかりません。
 
 
・・・うまくまとまらないけれど、平和が当たり前ではないのです。
 
 

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