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河野広道博士のこと。

河野広道博士(1905年1月17日 - 1963年7月12日)戦前は昆虫分類学を学び、研究していました。
 
北海道生まれ、北海道育ち。
 
日本版ファーブルと私はどうしても形容してしまうのだけれど、河野博士は「ファーブルは偉大な童話作家である、すなわち、昆虫の営みを愛情をもって叙情的に綴っていたに過ぎない」と言っていますが、私にとって博士の「夢の雪虫」は実に叙情的であると思うわけです。
 
北海道帝国大学で昆虫学を学び、動乱の時代において、ファシズムと蟻を同一視した論文で監獄に入っていたこともあります。
 
戦後は考古学を学び、アイヌ文化などを調査し、最後は坐骨神経痛で亡くなった方です。
 
私の最も敬愛すべき「人間」です。
 
彼が存在したからこそ、私は昆虫学の道に進んだわけです。
 
そう、夢の雪虫。
 
北海道では雪の降る前兆として昔から親しまれている昆虫です。
 
河野博士はユキムシの生態について研究していた折り、投獄され、釈放された時には実験圃場の博士のユキムシ達は寄生木と共に枯れ果てている様を見て大変嘆きます。
 
当時高校生だった私はNHKで放映された「夢の雪虫」というドキュメンタリー番組を見て、「農学部へ行こう、昆虫を学ぼう」と決意したのでした。
 
 
 
さて、この間退官された私の恩師は河野博士の孫弟子にあたります。
 
ということは私は「ひ孫弟子」ということになるのですが・・・・もうそうなってしまったら、全く関係ないのでは?というのは少し違っていて・・・・やはり、物の捉え方の根本は河野博士にあるのです。
 
博士が愛した言葉・・・墓碑銘にもなっていますが、
 
「無限より来りて、無限に還る」
 
これは河野博士のオリジナルです。
 
私の解釈では、生命は常に無限の彼方から発生し、その寿命を全うしてまた無限の彼方へと還ってゆく・・・生態系の・・・自然の中に生まれた命が次の命につながっていて、自分はたまたま人間という形でこの世の一つの時間を生きたに過ぎない・・・ということなのだと思っています。
 
ユキムシ・・・・本名「トドノネオオワタムシ」はアブラムシの一種であり、トドマツの害虫でもあります。
 
しかし、河野博士の弟子たちは「害虫」という呼び名は人間の勝手な解釈であって、ただ、それらが、その命を精一杯全うしているに過ぎない・・・ということなのです。
 
この世に益虫も害虫も存在しない、というわけです。
 
 
 
博士が昆虫学から考古学へ・・・・有機質から無機質へと変貌を遂げていった過程は私にはわかりませんが、人間への失望と、人間への好奇心がそのような形になってのではないかと憶測ですが思っています。
 
 
さてさて、今日はどうして河野博士の話題が出てきたのかというと、我が家のブドウガイ水槽に異変が起きたからなのです。
 
 
 
・・・・・私の愛すべきブドウガイ達が、次々と卵を産み、死んで行くのです。
 
 
去年の夏、車の転がる事故を共に過ごし、水槽の中でそのたくましい生命力を発揮し、感銘をうけた私は吹雪の中樽川埠頭へアオサを採りに行き、毎日毎日観察の日々でしたが、ある日突然動かなくなり、やがて貝殻だけを残して泡と消えてしまうのです・・・。
 
 
論文を調べたところ、ブドウガイの生態は一年周期だそうです・・・・・アオサを食べ十分に成熟したブドウガイは、文字通り子孫を残して無限の彼方へと消えてしまうのです。
 
昆虫は切ない、けれど、貝もまた切ないのだと・・・これは人間目線ですが・・・思ってしまいます。
 
今朝も樽川埠頭へアオサを採りにいきました・・・・出社前に。
 
帰宅しアオサを投入した所、生き残ったブドウガイ達は本当においしそうに食べています(これもまた人間目線か)。
 
 
 
 
・・・・私が自分のチカラで知り得た観察日記を次回報告したいと思います・・・。
 
 
 
 

ブドウガイの卵でした

昨日水槽を覗いたら、卵塊が二つあって、ブドウガイの卵、認定です。
 
・・・というのも、また卵を産むかも知れないから巻貝を他の水槽に移したので、今はブドウガイしか入っていないのです。
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
赤い丸で囲った部分が卵塊で、青い丸がブドウガイです。
 
前回は分けて失敗してしまったので、今回は別に水槽を立ち上げました。
 
ただ、卵の大きさからすると、生まれてくる貝は1mm以下なので、ろ過器に吸い込まれてしまう可能性があります。
 
あとは、やはり成体よりより綺麗な水を好むようです。
 
今は親の水槽に一緒に入れてありますが、もう少し今後の展開を考えてみます。
 
 

ウサギ島

こんな記事を見つけました。
 
広島県にあるウサギだらけの楽園・大久野島(別名うさぎ島)がさらにパワーアップ! カフェやホテルがウサギ感満載に
 
なぜここがウサギだらけの島になってしまったのか?その歴史は語られていませんね。
 
元々は「毒ガス島」と呼ばれていて、戦争の遺構がある場所です(ちなみに正式名称は大久野島)。
 
ここでは第二次世界大戦中、毒ガスの工場があり、ウサギは実験用検体でした。
 
終戦を迎え、人のいなくなったこの島で、残された「生き残り」が繁殖を重ねた結果なのです。
 
 
 
イメージ 1
 
ウサギ好きには堪らない光景なのですが、そちらは後付けで、負の遺産が残るこの島にいつか行ってみたいと思っているのでした。
 
 
可愛いだけじゃなく、なぜそうなったのか?も考えて欲しい所です。
 
 

今朝の樽川埠頭

今朝は寒かったですねぇ・・・・。
 
早番でしたが、樽川埠頭へアオサを採りに行きました(最近はAM7時前でも明るくなってきた)。
 
アナアキアオサ、ですが、夏に大繁殖して、冬は身を縮めて越冬体制に入ります。
 
ブドウガイやウニ達の主食なので、週に一度は採りに行かねばなりません。
 
波が荒い時は避けて(前回死ぬ目に遭った)できるだけ波の穏やかな日・・・を待っていたら、食べるものがなくてみんな弱ってしまいました。
 
やっと今朝樽川埠頭へ行きましたが、今時期は何も釣れないのでしょう、釣り人は年明けから一度も見たことはありません。
 
去年の秋から埠頭に一台のワゴン車が止ったまま、雪の中なのですが、車の中には何が入っているのでしょうか?
 
・・・と毎度気になりつつ、アオサを採りに行きます。
 
海には水蒸気が漂っています(所謂湯気)・・・つまり氷点下だという事ですね。
 
皮膚に切りつけるように風が顔に痛いです。
 
ここは海まで護岸されていて、階段状になっている・・・・のですが、今は一面の雪原です・・・。
 
ズボォ!と股の下まで埋まって身動きとれませんで・・・・ものすごく時間をかけてやっと海にたどり着きましたが、肝心のアオサがないのです(館長が採り尽くしたので・・・)。
 
うん、アオサは春になれば元に戻るからいいとして・・・そこから海岸沿いに滑りながら歩きます。
 
ゴム手を履いているのに、海水は氷水で、帽子を被っていかなかったので耳がちぎれそうでした。
 
ジップロックの中に大体入れ終えて、車に戻るまでがまた大変。
 
 
・・・・・・帰りはもっとひどかったです・・・・・。
 
芯まで冷えて会社着。
 
 
仕事は平常通り、帰りに歯医者に行き、ハイテク技術に感心したのですが、その話題は後で。
 
 
さて、寒アオサ。
 
この海藻は冷蔵庫では日持ちせず、凍らせると細胞壁が破壊されて腐りやすく、なんとも大変な代物です。
 
しかし肉厚で美味しいらしく、ブドウガイ達には大好評・・・。
 
一斉に水槽の石の隙間などから出てきてむしり取って食べます・・・・ぱっと見た目には歯があるようには思えませんのでどうやら一匹解剖せねばならないかもしれません。
 
群がって食べる姿は本当に愛らしいですが・・・・。
 
殺さずに済む方法を検討中です。
 
 
野生のブドウガイ達はこの時期どんな生活史を送っているのでしょうか・・・・・。
 
夏の繁殖期以外は深海に潜むようなのですが。
 
 
さて、こうやって採ってきた寒アオサには何かしらの卵が付着しているらしく、毎度毎度、クラゲやらイソメやら、調べなければわからないような面妖な生物たちが水槽の中に増えています。
 
 
我が家の水槽は大賑わいです。
 
それらをじっと見ているだけで時が過ぎてしまいます。
 
今年はなんだかとても寒かったりえ?というような高温が続いたりして、来シーズンがどうなるか不安ですが・・・・しかしやっぱり春が待ち遠しいですね・・・・あとひと月超えれば・・・・・春に向けて季節も変ってくるでしょう。
 
 
・・・・・・・・それまではやはり樽川埠頭通いが続きそうです・・・・。
 
車の転倒事故も一緒に乗り越えた可愛いブドウガイ達のためです・・・・頑張ります・・・・。
 
コウノ様、鍵コメントでご連絡お願いします。
 
白老と北海道博物館のプロジェクト関係のテレビ、金曜日見ました。
 
東京オリンピックまでに完成させるとのことですね。
 
広く浅くしか齧っていませんが、私でお役に立てることができれば、と、思っております。
 
連絡ください、よろしくお願い致します。
 
 

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