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ものすご〜く久しぶりですね、ここの書庫。
先日見たフェリーニの『道』。
当たり前ですが、とても主観的な感想を書きます。
アンソニー・クイン→ザンパノにしか見えない。
ジュリエッタ・マシーナ→ジェルソミーナにしか見えない。
というくらいこの2人(というか、この2人の登場シーンが圧倒的に多いのですが)がハマリ役。
とくにジュリエッタ・マシーナのメイクをしていなくても、ピエロのように、笑っているのか泣いているのか分からない顔、これがいい。
物語はとっても有名ですが、
貧しい旅芸人・ザンパノに、ジェルソミーナは実の母に売られてしまう。
「この人と行けば、ごはんも食べられるし、色んな所に行けるよ」
頭は足りないけれど、芸は覚えたジェルソミーナを連れて、ザンパノは各地を旅しながら、大道芸を見せ、収入を得て生きていくのだけれど、ジェルソミーナはひどい扱いを受け続ける(性のはけ口にもされてしまう)。
逃げようとしたこともあったけれど、「たとえ小石にも存在する意味はある」と言われたジェルソミーナは、
「私がいなくなったら、あんたはひとりぼっちだよ」
とザンパノから離れない。
しかし、ある日、眠ったジェルソミーナを置いて、ザンパノは一人旅立ってしまう。
数年後、自分が捨てた女の死を知ったザンパノは、夜の海辺で激しく慟哭。
―Fine.
ジェルソミーナがザンパノに対して抱いていた思いが、恋なのか、憐憫なのか分からないけれど、
ほとんど観音様レベルな愛情。
そして、同時に、「あちゃ〜、こういう映画見ると、
騙されても裏切られてもついて行くのが女の道」って
勘違いしちゃう男がいそうだな〜〜、と思った。
残念ながら、こう思っている女の人も多い。
実際、遠藤周作の『おバカさん』で、「あれこそ女のお手本」というようなセリフも出てきた。
(言ったのはもちろん男のキャラクターだった)
でも私は声を大にして言いたい。
こういうことを言うと、冷たい愛を知らない女と言われるかもしれないけれど、
愛の返ってこない人を愛さないで。
ジェルソミーナは分からないけれど、現実の世界で、冷たい男から離れられない女の人って、
実はその人を愛していると思い込んでいるだけで、実は自分が一人になるのが怖い、とか一度愛した相手が「間違った相手」だと認めたくない、ということが多い。
そして、男性には自分の「力」を試すために、女性にわざと冷たくするようなパワー・ゲームは
とてもつまらないものだと気がついて欲しい。
かわいそうになるけれど、男性の方が「パワー・ゲーム」にとりつかれやすく、
勉強、仕事、お金、お酒、ギャンブル、恋愛…何かの競争に「勝った」ら、男らしい、優れている
と思ってしまう人がけっこういる。
これは共依存になってしまっている。
そして、
人間は、自分が捨てたものに捨てれらる。
本当にみじめだったのは、ザンパノだった。
でも「あぁ、自分が女を愛していたということを、女の死の後に知ったのね」的な、
ありがちな映画の感想ではない。
ジェルソミーナは何を考えているのか、最後まで私たちにハッキリ教えてくれない。
あの「顔」のせいだと思う。
そして、ジュリエッタ・マシーナの顔を得て、やはりこのフェリーニの『道』は生きたように思った。
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お久しぶりです〜‘‘
元気にもどりました。応援コメ、ありがとう御座いました〜♪
『恋に見返りを求め、愛には見返りを期待しない。』
と、なにかで読んだことが。。。。
2011/5/28(土) 午前 11:17
お疲れさまでした^^!
それもよく言われますね。
何が「愛」なのか、何が「見返り」なのか、が私には定義付けできませんが。
2011/5/29(日) 午後 0:54
わたしのことを言われてるようでーーおもわず小声でーースイマセンーーでした。
2012/7/18(水) 午前 7:19 [ Kiyoshiroo ]