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お友達の女性が40歳手前(たぶん?) にして、待望の赤ちゃんを授かり、
そのベビーシャワーに呼ばれた。出産は来月だそう。
このお友達はまだ結婚はしていない。でも、相手の男性とはもう十年以上の付き合いである。
色々な問題を乗り越え、この子を授かった。
その過程を知ってるだけに、私はこの神様からの贈り物の素晴らしさに万歳したい気分!
神様は、頑張る女性をいつも見逃さない。そして、乗り越えなきゃならない課題を与えながら、
その人をしっかり成長させてくださる。そんな気がした。
そして、この出産を決意した彼女をこれからもずっと応援したい。
しかし、妊婦って、強くて美しい。
いいなあ〜って思ってしまった。
私も実は、前回の妊娠が続いていれば、本当に同時期に出産となっていたんだけど、
同じように高齢の妊娠でも、うまく行ってる人をみると、
まだ頑張れるかも〜? と励まされる。
でも、彼女と同時期に妊婦だったら、もっともっとよかったのになあ。
私にはきっとまだまだ彼女のようなすべてを乗り越える強さがなくて、
自分の中にある欲も深くて、
いかんのだな、、とつくづく感じた。
これから、もっともっと人間的に成長していかなくちゃいけない。
そんなふうに考えさせられた。
でも、こんなふうに神様から、「よくやった。頑張ったよ。」というような贈り物を受けてる人をみると、私も頑張れば、いつか、そんな贈り物がひょっこりと届くかもしれない! と思える。
そんな素敵な天からの贈り物を見せてもらえた私も幸せだ。
彼女はミュージシャンなんだけど、ミュージシャンのベビーシャワーでは、
大きなお腹にギターを乗せて、子供も大人も一緒になって、
歌を歌ったりするシャワーで、
とても、いい雰囲気だった。
私は、アメリカ人のこういう表向きだけじゃない心からの暖かさが
本当にいいなあって思う。
日本も義理でプレゼントとか渡したりするのはやめて、こういうふうにしたらいいのに、
といつも思う。小さいプレゼントもあり、大きなものもあり、
それも人それぞれ。本人は何もお返しとか気にしない。
本当に祝いたいという気持ちで溢れてる。
終わった時、
「Thank you for coming.」(来てくれてありがとう。)と言った彼女に、一人の女性が
「Thank you for being pregnant!」(妊娠してくれてありがとう。) と言っていた。
ああ、それそれ、私もそういう気持ちなの。
そう思った。
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素敵な人
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海外に住む日本人に出会う機会が多いということは それだけで人生の刺激になると、つくづく思う。
私の住む町は小さな田舎の町だが、ほんの40-50分もドライブして、山を超えると、今いる州とは違う州になり、そして、まったく違う雰囲気の町に着く。
その町には、アーティストがたくさん住んでいる。
町にもアートがたくさん溢れ、歩く人々も、なんだか変わっている感じの人が多いところだ。
私は、時々この町に行くのだが、いつ行っても、
面白い町だなあと思う。
きれいな山に囲まれ、いいところだが、住みたいかというと、また別な問題なんだけど。
でも、この町にはなんだか人生を再考したくなる刺激がある。
そんな町に陶芸家として暮らす日本人の方に出会った。
今までの私は陶芸家さんというものには実はあまりよいイメージを持っていなかった。
なんか不必要に頑固とか、凡人とかけ離れた才能を持つ、理解しがたい人たちというイメージ。
(すみません、陶芸家の方々。。。)
この方はまったくそのイメージとは違い、とても気さくでフレンドリーな方だった。
そして、彼のその作品も彼の人格をよく表していて、なんだか温かいイメージ。
日本と西欧が見事に混じり合う雰囲気も彼がその両方に対して、心を開いている感じがよく反映されているなあと思えた。
私は日本人だけに心を開く日本人や、アメリカ人にだけ心を許していて日本人と交流してない日本人が苦手だ。アメリカでやっている芸術家はこのどちらかに属するようにイメージしていたけど、
彼は本当に私にも、他のお客できているアメリカ人にもどちらにも態度がまったく同じだったし、
とてもフレンドリーだったのだ。
それで、作品にも彼自体にもとても興味を持ってしまった。
彼のギャラリーには、ここがギャラリー? と思うほどの人が集まっていた。
それも日本人、アメリカ人だけでなく、なんだかフランスの家族とかもいたりして、
なんともインターナショナル。
実は彼の奥さんはアメリカ人のパティシエで
なんとお菓子なども売られている。それを飲み物と一緒に彼の焼いたお皿で頂くこともできる。
そして、この日は一緒に行ったお友達が彼の知り合いということもあり、
ケーキとコーヒーをただで頂いてしまった。
こちらがそのケーキだが、なんとこちらも西欧と東欧の融合、抹茶のケーキだ。
この方のお話で特にびっくりしたのが、
彼が陶芸を始めたのは、42歳だったということ。
それまで、色々他の仕事( 全部芸術関連) をしていて、なんとなく、手応えを感じていなかったそうで、
陶芸はそこから脱出するためのメディテーションで始めれられて、始めたその日にこの仕事が自分の生涯のお仕事だと感じられたのだそう!
そんなお話を聞いて、まだまだ私の人生もこれからだなあ!? と思えた。
まだ私も人生の修正が効く年なのかもしれない。
これから何か新しいことを始めることもできるのかもしれない。
そんな元気をこの方のお話から頂いた。
貴重な体験だった。
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今日はあるお友達とランチ、お茶をして、一日を過ごした。
ちょっと遠くから来ている人だけど、実は昔、私が離婚するだのしないだのという時期に、 色々と相談していた方だ。近くの人には話せないことがたくさんあって、それで、この関係のないところに居る遠くのお友達で、同じような経験をしている彼女に相談していたのだ。彼女には本当に色々な励ましや、アドバイスをもらっていた。 彼女は色々なことを乗り越えてきた人なのだ。 普通ではありえないようなことをたくさん。そして、とても強くなった人。だから、私にいつも的確なアドバイスをくれた。 だが、今その彼女に不幸が訪れている。 彼女と話し、また当時自分が経験してきた色々な辛かったことを思い出した。 そして、今彼女は同じようなことを経験しているようなので、 その辛さが痛いほど私には分かる。彼女の欲しい言葉も、私に言って欲しくない言葉も。そして、今するべきことも。乗り越えるには、まだ時間がかかるだろうことも。 でも、以前にも辛いことをたくさん経験している彼女だけに、 「この辛い時期が本当は大切な時期。」と言う。本当に、その通り。そうやって、私たちは成長する。だから、辛いけれど、じっくり時間をかけて解決することは無駄じゃないのだ。その時間があるからこそ、私たちは幸福になれる。 そんな話をずっとしていた。 私のお友達でも、こんな経験をじっくりとお互い噛み締めあって話せる人は少ない。だから、貴重だなあと思う。今日は元気になってもらいたいなと思って、会ったけど、また自分のことを振り返ってみて、今自分がするべきことがまた改めて分かったような気がした。 彼女に、後で「今日は会えてとてもよかった。また話したい。」とメールしてみたら、 彼女もまた、楽しかった、あなたは特別な人よ、本当に、、と返してくれた。 それを読んで、「そんなことを言ってくれるあなたが本当に特別な人だ。。」としみじみ思った。 |
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昨日は知り合いの女性に会いに行ってきた。 この方はなんと93歳!顔はとてもそんな風に見えないでしょう? 今旦那様と一緒にリタイアメントホーム(退職した方が入る施設)で暮らしている。 旦那様とはとても仲が良い。 いつも一緒。本当につがいの鳥のようなご夫婦だ。ご主人はいつも隣に寄り添っている。 この方は日系二世の女性なのだが、日本語と英語のバイリンガル。93歳でちょっと軽い認知症が始まり、それでご主人とここに入ることを決断されたのだが、でも、日本語はしっかり覚えている。 私のことは、実はあまり覚えていないので、先生をしてることは覚えていても、どこから来たのかとか はちょっと他の方とごちゃごちゃになってしまうらしく、バンクーバーから来た方よ、と他のおばあちゃんに紹介されてしまったりもした。でも、自分がそういう状態だとは知っているので、間違えると、 「ごめんなさい。頭が時々ごちゃごちゃになっちゃうのよ。ふふ。」と笑って言う。 その言い方がとてもかわいくて、もう抱きしめたくなってしまうほど。 この愛嬌のある性格で、88才のお誕生日会には本当にたくさんの人が訪れたものだ。 教会で日曜学校の教師も長年努めていて、そして、日本人会のパーティーなども企画していた方なので、大変顔が広いのだ。 このリタイアメントホームにもひっきりなしに訪問者が来るそう。 私はきっと寂しいだろうと思って、訪問しているのだけど、 「忙しすぎて、片付けができないのよ。」と言うのだ。そんな方って他にいるだろうか???と思う。 でも、どうして訪問者がひっきりなしに来るのか、彼女を見ていると、よ〜く分かる。 私はここを訪問して二回目だけど、彼女はいつも訪問している私が本当にスキップして帰りたいような幸せな気持ちにさせてくれるのだ。それは、このなんとも言えない笑顔とかわいいしぐさ、そして、いつも感謝の言葉をたくさんたくさんシャワーのように発してくれるその性格だ。 この日、私はきんぴらごぼうを作って差し入れしたのだけど、 夜、留守番電話を聞いたら、「本当においしゅうございました。ありがとうね。」とメッセージが入っていた。よく私の名前と番号をしっかり覚えてくれたなあと思う。 そのきんぴらごぼうも渡した時に「あら〜。美味しそう。後でゆっくり頂きますね。でも、ちょっとつまみぐい、つまみぐい。ああ、おいしい。」と言っていたのが、もうかわいいのなんのって!!! こういうことで、彼女は訪問者が絶えないのだろう。 私もいつかこんな素敵なかわいくて皆に愛されるおばあちゃんになりたいものだと心の底から思ったわけです。 なんかいい日でした。 |
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実家の父が地元の新聞にいつの間にか投稿して載った記事がメールで送られてきた。
よく父は新聞に日々思うことなどを投稿しているらしい。祖母も生前よくそんなことをしていたらしく、祖母が亡くなってから、それがまとめられて一冊の本になっているが、私もそんなことをする機会があればしたいと思いつつ、このブログを書いているから、血筋だなあとは思う。 さて、この度載った記事はこちら。ファン限定記事にしようかなと思うぐらい、プライバシーが載っちゃっているけど、、、新聞にも載っていることだし、いいかと思って、ちょっとここに公開してみようかと思う。(問題になりそうだったら、後でファンだけに公開に変更するとして。。。) アメリカ人のいいところ、しっかりと書いてくれているから、読んでみてください。皆様! 生活雑記より 娘とアメリカの義母 この夏アメリカに住む娘が現地で2度目の結婚をした。婿はアメリカ人である。娘の友人が司祭をつとめ、披露宴も自宅でというささやかな規模であった・・・らしい。というのも、父親の私は事情があり参列できなかったのだが、出席した妻の話では、式場の飾りも新しい婿の父親の手によるものだったという。驚くべきは、そこにアメリカ人で別れた前夫の両親が参列したことであった。 娘は前夫の心変わりで別れる事になったのだが、義母はそんな息子をなじる一方で、ずっと娘を見守っていてくれた。娘も前夫の目の届かない範囲で行き来はしていたようだ。その結果が、息子の思惑を顧みず、独自に今回の式に祝福を寄せてくれることになったらしい。・・・そうある話ではない。 このほど、その義母から私の元に娘の結婚式のアルバムが届いた。参加できなかった私への贈り物だという。手作りというが本格的体裁であった。加えて、そこには娘の新しい婿を讃え、自分の息子以上に婿の幸せも願っていると書き添えてあった。涙がでるほどありがたい文面であり、嬉しい一言であった。 これほどまでに配慮できるのは、彼女自身が辿ったこれまでの体験あってのことだと思う。しかし私は、これを個人の特異な事としてでなく、あるべき人の姿として捉えたい。これにより、娘の異国生活がどれほど安らいだかを思わずにはいられないし、アメリカという国の懐の深さを思うからだ。 今私は、娘が出会った陽気で細やかなアメリカ人を通うして彼の国をイメージしている。同じ体験はあろうはずもないが、私自身のこれからの出会いの中でこのことは活かさねばと思う。 |




