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新潟県柏崎市・長岡市などで震度6強、津波注意報は解除 |

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新潟県柏崎市・長岡市などで震度6強、津波注意報は解除 |
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ブロック塀倒壊相次ぐ、「宮城沖」の教訓生きず |
<竜巻>一瞬にして廃虚に変わった 北海道佐呂間町 最大幅100メートル、長さ800メートルにわたって家屋は倒壊し、電柱は一斉に倒れ、地域は一瞬にして廃虚に変わった――。北海道佐呂間町若佐で7日午後発生し、9人の命を奪った竜巻と見られる突風災害。夜になってもやまない雨の中、56人が町営体育施設に避難した。一方、亡くなった小助川亮一さんはこの日が33回目の誕生日。遺体安置所となった町の施設には突然の悲報に遺族が続々と駆け付け、涙にくれた。大自然の猛威に、住民らはなすすべなく、ぼうぜんと立ちつくした。 土砂を巻き上げて真っ黒になった竜巻は佐呂間町若佐にある新佐呂間トンネル工事事務所兼宿舎の「新佐呂間トンネルJV工事事務所」の南西約300メートル付近で発生。市街地を南西方向から北東へと約800メートルにわたって破壊を続けた。進路途中にあった住宅は屋根がはがされてだらりと垂れ下がり、窓や壁が散乱。太いコンクリートの電柱7本が根元付近からなぎ倒され、12本が傾き、道路をふさいだ。 工事を請け負った鹿島によると、工事事務所兼宿舎の「新佐呂間トンネルJV工事事務所」と、作業員宿舎の計2棟のいずれも2階部分が吹き飛ばされ、崩壊した。同じ敷地内にあったもう1棟の宿舎は無事だった。現場では約60人が従事し、交代制を取っていた。30人ほどが常時現場に出て、残りの作業員はプレハブの中に休んでいることが多かった。 死者が出た事務所1階にいた土門泰江さん(42)は「机やロッカーなどがぶつかり合って頭の上を飛ばされていった。すごい金属音がして、この世のものとも思えなかった。突然壁が自分の方に倒れてきて、物と一緒に体が飛ばされた」と恐怖を語った。 土門さんによると、事務所は1階が執務室と食堂、2階には宿舎兼用の個室13室と会議室がある。この日は午後1時から20人近くが会議室で定例の打ち合わせを実施。20分ほどで打ち合わせは終わり、何人かは下りてきたが、死亡した9人のうち8人は2階に残っていたという。 土門さんと一緒にいた事務員の山本桐さん(35)も、渦巻く円筒状の竜巻を見たといい「竜巻はおそらく1分もない、数十秒ほどの間のことだったと思う」と震えていた。 隣の宿舎で寝ていた調理サービス業、杉本彰さん(63)は「雷の音とひどい揺れで目がさめた。窓を開けると、幅2メートルほどの渡り廊下でつながっているはずの隣の宿舎がなくなっていた」。杉本さんによると、隣の宿舎で働いていた人たちは、数メートル飛ばされ、血を流してぐったりしていたという。がれきの下から自力ではい出して来る人も。「こんな経験は2度としたくない」と話していた。 宿舎から約50メートル南西に住む同町の無職、杉山トモエさん(74)は自宅にいた。激しい雨が突然窓を打ちつけ、強い風でガタガタと家全体が揺れたため、驚いて外を見ると、10メートルほど東から黒い竜巻がぐるぐると回りながら向かって来た。次の瞬間、庭にいた飼い猫が竜巻で数メートルの高さまで舞い上げられた。 車で同町を移動中に竜巻を目撃した北見市の建設機械リース会社員、久保木光弘さん(52)は「車はがたがたと揺れ、吹き飛ばされないかと不安になった。目の前に、電柱が倒れこんできた。夢中で携帯電話のカメラで撮影した」と恐怖を語った。 ◇駆けつけた遺族たち、悲しみの対面 9人の遺体は当初、現場に近い若佐コミュニティセンターに運ばれたが、同センター自体が停電となったため、永代町の町民センターに安置。悲報を聞いて駆けつけた遺族たちが、悲しみの対面に臨んだ。 遺体が安置された集会室では、午後8時半すぎに道警の検視が終了。続いて遺族たちが、ひつぎの並ぶ同室内へと入った。遺族たちの中には、すでに目を真っ赤にはらした人や、道警職員に両脇を支えられてようやく歩く人も。やがて、扉の向こうから「いやー」「うわー」と絶叫に近い泣き声が響き渡った。 亡くなった北見市若葉の佐藤義人さん(29)は昨年長男が生まれたばかり。佐藤さんが勤める岸組(佐呂間町)常務の星保行さん(56)は「本当にまじめな男でした。残念でたまりません」と嘆いた。 佐藤さんは専門学校を卒業後に入社。技術主任として、毎日、工事に出向き、測量業務などを行っていた。7日は事務所で開かれた会議に出席していたという。 打ち合わせ中に竜巻に巻き込まれて死亡した同町の畠沢清美さん(40)の自宅では、電話に出た留守番の女性が「何も聞いていないので分からない」と、突然の事態に戸惑った様子だった。 33歳の誕生日に亡くなった小助川亮一さんが勤める帯広市の宮坂建設工業では、宇佐美恭広常務が「今まで天災で亡くなった社員はおらず、竜巻など考えられない」とショックを隠しきれない様子だった。同社によると、7日午後1時35分ごろ、小助川さんと現場で勤務していた同社の須田隆志さん(34)から同社に「宿舎が全壊した。小助川が行方不明」と連絡があった。 小助川さんは池田町出身で、工業専門学校を卒業した94年に同社に入社。新佐呂間トンネルの工事では、須田さんとともに共同企業体(JV)に出向し、工事に携わっていた。 小助川さんは妻ひとみさん(31)と1男2女の5人家族で、近くマイホームが完成する予定だった。 2人が死亡した鹿島札幌支店(札幌市中央区)には、7日午後2時ごろに事故の連絡が入った。その後、職員7人が現地に向け、出発。残った職員は連絡や問い合わせなどの対応に追われた。 鹿島は午後5時から東京都港区の本社で会見。網倉和仁専務が「建物の強度は問題なかったはずだが、想定していない竜巻にあった。亡くなった方には心より追悼申し上げる」と語った。 (毎日新聞) - 11月8日1時28分更新 |
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