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世田谷区 奥澤神社

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ここ奥澤神社は東急線自由が丘駅から歩いて10分ほどのところにあります。自由が丘は東京都目黒区ですが奥澤は世田谷区奥沢となります。世田谷一帯を統治していた吉良氏の家臣、大平出羽守が室町時代に奥沢城を築城する際に八幡宮を勧請し建立したのがその起源でした。世田谷郷東部の鎮守となったのです。
 
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鳥居に飾られている厄除け大蛇の注連縄は前年に拝殿に祀られていました。

江戸時代中期の宝暦年間(1751〜1764)に、ここ奥沢に疫病が流行したときのお話です。村の名主の夢枕に八幡大神が現れてこう告げました。藁で作った大蛇を村人に担がせて村内を巡行させなさい、と。名主は村人にさっそくこの話を伝えると藁で大蛇を作り村中を担いで巡行しました。すると忽ちに疫病が治まったということです。
 
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秋の大祭の9月第2土曜日に行われる伝統行事の「厄除の大蛇お練り」はこのようないい伝えに由来します。現在でも福島県の農家から新藁を調達し毎年9月の第1日曜日に氏子が集まって大蛇を奉製します。藁をきつく編みこんだ大蛇は長さ10m、重さは100kgをゆうに超えます。大きな顔にはまん丸の目と鼻と8本のひげが付けられます。8本のひげは奥澤が8丁目まで在るからだと思います。
 
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万民の厄除開運を願うようになったという祭り「厄除の大蛇お練り」です。写真は世田谷区広報からお借りしました。毎年9月の第2土曜日に大蛇は十数人の氏子によって担がれ奥澤1丁目から8丁目までおよそ3kmを「わっしょい、わっしょい」という掛け声に合わせ時には蛇行しながら午前中2時間半かかって練り歩きます。このお練りは世田谷区の無形民俗文化財に指定されています。詰め掛けた観客には大蛇を作った残り藁が1年の厄除けとしてふるまわれます。
 
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奥澤神社の元町の神輿だけが大蛇の神輿で先頭を飾ります。奥澤のとある町の神輿を数年間担いでいましたが8基の神輿の渡御は結構壮観です。
 
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雨乞いの儀式はあったのでしょうか。神々の降臨する磐と思われる囲いの向こうに建つのは神楽殿。奥澤は呑川の下流地域からみると呑川支流の丑川=九品仏川流域が奥深い沢地であったことから、区別されて奥澤と呼ばれたようです。
 
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「八幡小学校」発祥の地の石碑があります。境内にあった寺子屋は明治12年(1879)に八幡小学校となりました。
 
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青面金剛は神仏混合時代の名残です。お地蔵さんはおいでになるし、南無大師…の碑も。洞窟の祠には弁財天女が祀られています。奥澤神社はまた雨乞いの神社でもありました。大蛇と弁財天女はどちらも水の神様です。
 
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社殿には良質の尾州桧材が使用されています。室町期の建築様式が採用されている美しい神社です。
 
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落ち着いたたたずまいの社務所ではユーモラスな厄除け大蛇の絵馬が人気です。
 
初詣にも何度か訪れました。自由が丘で仕事の打合せの合間のほんの30分の参詣でしたが久々に訪れたので懐かしさがこみ上げてきました。
 
 
勤行
 
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正福寺の仏は寛延2年(1749)銘が入っていました。白髭さんに詣でました。
 
今朝の勤行…家では、不思議なことばかりです。合掌。
 
 

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