地球のしずく

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さてタクシーで大井町に向かおうとしましたが、恒川さんが伊藤博文が撃たれた時の弾丸を最近テレビで見たというのです。私が話した伊藤博文の墓地の話に興味を持っていたので、それではと思い行先を西大井駅に変更してもらいました。JR横須賀線西大井駅で降ろしてもらい、私は徒歩で数分のところにある伊藤博文の墓地へと案内しました。入口には上部に灯篭の付いた立派な門柱と、「上がり藤」の紋のついた鉄扉があり、左側に「大勲位伊藤博文公墓所」と刻まれた石碑があります。
 
恒川さんがインターフォン越しに、ぜひお参りしたいと伝えると、女性が出てきて門を開けてくれました。10分ほどで外出するので、それまでにお参りしてくださいとのことで、写真の許可も下さいました。 
 
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博文の父、林十蔵は長州藩水井武兵衛の養子となりましたが、水井武兵衛が安政元年(1854)に周防国の足軽伊藤弥右衛門の養子となり、伊藤直右衛門と改名したため、林十蔵、博文父子も伊藤を名乗り足軽となりました。博文9歳の時でした。
 
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安政4年(1857)2月、江戸湾警備のため相模国に派遣され、上司の来原良蔵の紹介で吉田松陰松下村塾に入門しました。伊藤は身分が低いため当初外で立ち聞きしながら勉学に励みました。松陰は伊藤を人と人との調和を図る周旋の能力があると高く評価しています。
 
松蔭が安政の大獄で斬首された際、桂小五郎の手附として江戸詰めしていた伊藤は、師の遺骸を引き取ることになりました。その後、同門の久坂玄瑞・高杉晋作・桂小五郎・井上聞多=馨らと倒幕運動に加わりました。文久2年(1862)には公武合体論を主張する長井雅楽の暗殺を画策し、品川御殿山のイギリス公使館焼き討ちに参加し、山尾庸三とともに塙次郎と加藤甲次郎を暗殺するなど、尊王攘夷の志士として活動しました。
 
イギリス公使館焼き討ち http://blogs.yahoo.co.jp/pokochino6324/64237582.html
 
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維新後は薩長の藩閥政権内で力を伸ばし、岩倉使節団の副使、参議兼工部卿、初代兵庫県知事を務め、大日本帝国憲法の起草の中心となりました。そして初代、第5代、第7代、第10代と4度にわたる内閣総理大臣、加えて初代枢密院議長、初代貴族院議長、韓国統監府初代統監を歴任したのです。内政では、立憲政友会を結成し初代総裁となり、外交では日清戦争に対処しました。
 
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明治42年10月26日、満州のハルピン駅頭においてロシア蔵相ココフツォーフとともにロシア守備兵を検閲するために、随員を従えて兵士の前を通過したとき、韓国人安重根に狙撃されました。弾は、右上脾及び右肘関節から胸部に二発、腹に一発命中しており、狙撃されて30分後に絶命しました。遺体は特別列車で大連へ、大連からは軍艦秋津洲で日本に運ばれました。そして11月4日に日比谷公園で盛大な国葬が営まれました。享年69歳でした。
 
恒川さんいわく、このときの弾丸が政友会館に飾られているのをテレビ放映したらしいのです。
 
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左手の祠には長男が祀られ、右手の墓には梅子夫人が眠っています。初め、第二次伊藤内閣の内相野村靖の妹すみ子と結婚しましたが離婚し、下関の馬関芸者の小梅を夫人に迎え、花柳界の人気高揚に力を貸しました。小梅=梅子夫人は内助の功にすぐれ、賢夫人と呼ばれました。伊藤の霊を弔うために梅子夫人は髪を切ることになりました。ところが鋏を入れる役を買った井上馨が大粒の涙を流して、手を震わせ、なかなか切ることができません。周囲の人々は皆もらい泣きしたといいます。
 
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地名変更で、現在は西大井5・6丁目となっていますが、この辺りには伊藤町という地名がありました。大井伊藤町は晩年を大井の地で過ごし、没後この地へ埋葬された伊藤博文に由来して付けられた地名でした。平成19年(2007)に開校された小・中一貫校の品川区立小中一貫校伊藤学園、品川区立伊藤学園中学校にその名が残っています。
 
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前身の中学は中学校舎建設予定だった大井伊藤町には建設されなかったものの伊藤中学という校名は残り学校章も伊藤家の家紋と同じ「上がり藤」となりました。昭和25年(1950)年4月10日には伊藤博文公墓所より門柱と門扉の寄贈を受け、それを正門としたのでした。
 
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常夜燈の門柱の裏側に貴族院議員有志と刻まれていました。有意義のある10分間でした。民家の呼び鈴を押し、女性に、お礼をいうと、おじいちゃんの代から墓守をしているとおっしゃっていました。
 
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震災の跡も生々しい墓所から、2階に新幹線、1階に横須賀線という線路伝いに大井町線下神明駅へと歩きました。恒川さんは疲れたようでしたが、今日の巡礼に満足していました。
 
 
勤行
 
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暑さには義父と酌み交わす冷酒、これが一番ですね。義母の薔薇の作品が替っていました。白髭さん、お神酒を奉納します。合掌。
 
 
クレージードッティー http://krazy-dotty.blogspot.com/
釜神職人の宮城・松島散策 http://blogs.yahoo.co.jp/kamadokami_device
昭和のプロレスラー・木村健悟 http://ameblo.jp/kengo4312/

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初めまして。去る1月15日に山口県光市にある伊藤博文の生家、伊藤公資料館と旧伊藤博文邸を見に行き、私のブログに載せるとお宅のブログの紹介を受け取りました。立派なお墓があるのですね。

2012/1/19(木) 午前 10:12 [ Kunchan ] 返信する

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訪問コメントありがとうございます。
返事が遅れてごめんなさい。
西大井という不便なところに偶然発見しました。
そして、三度の訪問となったのです。

2012/1/24(火) 午後 11:09 [ pok**hino*324 ] 返信する

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