地球のしずく

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甚行寺 金川砂子
 
「甚行寺」 神奈川宿歴史の道
 
甚行寺は、真色山と号し、浄土真宗高田派に属す。明暦2年(1656)第1世意円上人が本山専修寺の第14世を招いて、この寺を草創したと伝えられている。開港当時、本堂は土蔵造りであったが、改造を加えてフランス公使館に充てられたといわれている。大正12年の関東大震災には全ての建物を倒壊焼失し、さらに昭和20年の横浜大空襲にも再度全焼した。その後、昭和46年に本堂・客殿を鉄筋コンクリート造で再建し、現在に至っている。
 
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「甚行寺」 新編武蔵風土記稿
 
西北の側にあり。浄土真宗・伊勢国一身田・専修寺の末山にて真色山と号せり。本山14世堯秀開基せり。本尊阿弥陀長一尺五寸立像なり。恵心僧都の作と云。客殿は五間に六間半。寺宝。祖師木像一体。親鸞三十八歳の時の自作なり。太子影像一幅。七高僧影像一幅。開山画像一幅。稲荷社、門を入て右にあり。小祠なり。
 
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普門寺 金川砂子
 
「普門寺」 神奈川宿歴史の道
 
普門寺は、洲崎山と号し、真言宗智山派に属す。山号の洲崎は洲崎大神の別当寺であったことにより起こった。また、寺号の普門は洲崎大神の本地仏である観世音菩薩を安置したことより、観世音菩薩が多くの人々に救いの門を開いているとの意味である普門とされたと伝えられている。江戸後期には、本堂・客殿・不動堂などの建物を持ち、開港当時はイギリス士官の宿舎に充てられた。
 
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「普門寺」 新編武蔵風土記稿
 
同並にあり。新義真言宗宿の内金蔵院末。洲崎山と号す。開山鎮海文治三年九月十二日寂す。本尊大日坐像にして八寸許。又洲崎明神の本地佛の観音あり。今はそこねて首ばかり残れり。前立の像長八寸許なるをも安ぜり。客殿七間に五間半南向なり。不動堂、門を入て右の方にあり。三間四方不動は坐像にして長九寸許。
 
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洲崎大神 江戸名所図会
 
「洲崎大神」 神奈川宿歴史の道
 
洲崎大神は、建久2年(1191)、源頼朝が安房国(現、千葉県)一宮の安房神社の霊を移して祀ったことに始まると伝えられている。「江戸名所図会」の様子は、今も石鳥居や周囲の地形に偲ぶことができる。神社前から海に向かって延びる参道が、第一京浜に突き当たるあたり。そこが、かつての船着場である。横浜が開港されると、この船着場は開港場と神奈川宿とを結ぶ渡船場となり、付近には宮ノ下河岸渡船場と呼ばれる海陸の警護に当たる陣屋も造られた。
 
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「洲崎明神社・神奈川宿京の町」 新編武蔵風土記稿
 
海道の西北の側にて社地は山の上なり。社は1間半四方、拝殿四間半に二間、前に石階ありて、その下に石の鳥居をたつ。海道をさつこと十三間余。当社はこの邊の鎮守にて甚古き社なり。勧請の年暦は詳ならざれど、応永年中の鐘の銘あり。これその證なり。されど今此社には鐘も傳へざれど、他の書にのする所を以て左に出せり。例祭は年々六月二十五日より二十七日まで行はる。神主を吉田出羽と云、社の右の方に住めり。別当は普門寺なり。
 
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「表忠碑・支那事変陣歿者銘碑・神奈川区第二次大戦陣歿者碑」 案内板
 
「表忠碑」日清戦争陣歿者三名、日露戦争陣歿者二十一名、「支那事変陣歿者銘碑」百二十名、「神奈川区第二次大戦陣歿者」一千三百五十七名。
 
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(案内板)
昭和四十一年四月三日合同慰霊祭を執行し、其の御霊は洲崎神社に奉安しております。奉参会。
 
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「権現山合戦の跡」 案内板
 
永正7年(1510)、北條早雲が、当時の関東の支配者上杉氏の家臣上田蔵人を味方にしてここに砦を築かせた。上杉朝良ら二万の大軍が砦を囲み合戦が十日間も行われたという。その結果、上田勢が敗れた古戦場跡である。また、安政年間のお台場造りなどの埋め立て用土に山が削られて低くなった。
昭和54年5月 神奈川区役所 
 
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昨日は、PPG湘南平塚による空中撮影の日でした。早朝、三崎口へと向かいました。しかし、悪天候のため、中止の報が入ったのが午前七時過ぎ、横浜からすでに京急に乗車していました。上大岡から引き返し、東神奈川で降り、仲木戸まで早朝の巡礼をしました。横浜から東横線で自由が丘、大井町線二子玉川駅でチョウタリのスレス君に遭いました。二子新地で別れ、高津駅に着いたのが10時過ぎ、高津警察署で免許の住所変更をして、家に戻ったのが11時前。時間は有効に使いました。
 
一日に感謝します。合掌。
 
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一般社団法人 東北と陸前高田復興応援団
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\¤\᡼\¸ 4 釜神職人の宮城・松島散策 
遊水地帯に集落を形成し貧しかった農村村落での先人達の生活は、水害や天災との闘いの連続であった。悲惨だった先人達の生活の中で竈神様はいつも身近にあって「居」を共にし家族を見守り、励まし人々の心の支えとなっていた、今も人々は畏敬の念をもって『カマガミさま』と呼んでいる。先人達の心に深く根ざしていた「竈神信仰」は生活の闘いの歴史であり、天災や圧政に立ち向かう不僥不屈の精神をあの忿怒の面相に代えて象徴化しているようにも思われる。
                          ―豊里町の竈神さま(豊里地区地域文化振興協議会)より
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右下は、私、地球のしずく、の窯神様です。
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