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ペンションの前に座っていたカエル。
手にとっても逃げようとしない。きっとわたしがカエルだった頃のともだち。
ねえ、何を言いにきてくれてたん。
先月半ばころからこっち、松江の父の退院とグループホーム入所、
そこから帰って母のがんの治療再開と緊急手術、
現場でも次々と問題が発生し、自分の身体にも変調がみつかって、
なんだか落ち込むことばかり起きていたような気がしていました。
でも、なんとかやってこれたのは、
どれも一歩づつ進んでいるってことなんだよね。
特に父をホームに入所させたことが、なんだか親を棄てたような気がして、
とても辛かったのです。
でも2週間たって、父も落ち着いて、明るく暮らしているようです。
近くに住んでよく顔を出してくれる従姉妹も、しょっちゅう電話をもらっていたのが、
この間は「そんなに頻繁にこなくていいよ」と言われてがっかりしたとか。
わたしが父の日に送ったお菓子も、みんなで分けて食べちゃったらしいです。
届いたよーって電話もなかったけど、様子はスタッフのかたに聞いて安心しました。
もう一人暮らしは無理なんだから湯布院においでよ、
わたしとこっちのおじいちゃんおばあちゃんと一緒にみんなで暮らそうよって、
何度も何度もさそったけど、父はやっぱり松江がいいと言っていました。
世話好きでこまめな父が、あきらかに病院より活き活きしているのをみて、
これで良かったんだと、すこし思えるようになりました。
お勝手に慣れてきたら、料理好きな父はなにか作るかもしれません。
こちらの母は一年掛りで6回の入院治療を終えて、いったんは家に帰っていました。
そのあとの検査でまだ残っているがんが見つかり、
わたしが松江から帰る直前に7回目の抗がん治療に入ったのです。
すぐに片足がパンパンに腫れて、様子がおかしかったので病院に連れて行くと、
大きな血栓がみつかり、その場で手術になりました。
トム親父にも宮崎の弟にも連絡が間に合わないくらいの緊急手術だったのです。
血栓が動いて心臓や脳に行ったら即・・という危険もあったそうで、
なんとか間に合って一命を取り留めた母は、
きっと強い運と寿命を持っているのに違いありません。
現場では震災の影響で建材や設備器具が入らず、工事が止まってしまい、
お客さまや業者さんにも大変なご迷惑ご心配をおかけしました。
トム親父は社長として、わたしには想像できないほどの
苦悩や葛藤があったと思います。
でも、トム親父は立ち止まらずに現場に通い、お客さまと打ち合わせをし、
ブログを書き、少林寺を教えに道場に行き、
やるべきことを淡々と続けていました。
そんなトム親父の大きな背中を頼もしく眺めています。
いま、すべてが少しづつ動き始めています。
「この大地も実は動いている。動かないものなんて無いんだよ」
って言ってくれた友達がいました。
そうだね。湯布院は今日洪水警報出ていたけど、もう雨も止んで、
今は静かな闇にカエルたちの楽しそうな鳴き声だけが聞こえています。
きっとあしたは虹が出るでしょう。
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ご両親のこと心配ですね
そして震災の影響の材料の不足などで
全国の業者の方々の苦悩
そんな中トム親父さんもポリーおばさんも
みんな前に向いて歩いておられます
そんな姿に感動です\(~o~)/ポチ☆
2011/6/20(月) 午前 4:17 [ ドメニカーナ ]
0:50内緒さま ありがとうございます。もう大丈夫です。
結局そういうことですね。
2011/6/20(月) 午前 9:21 [ ポリーおばさん藤野史子 ]
ドメニカーナさん、ポチありがとうございます。
そう、みんなで前を向いて。それしかないですね。
日本全体が元気にならないとね。頑張りましょう。
2011/6/20(月) 午前 9:24 [ ポリーおばさん藤野史子 ]
あれから、そんな大変なことがあったんですね_(._.)_
しばらくブログも更新なかったから、トムさんの方が大変なのかな?って思ってました。
トムさんもポリーさんも、今はご自分んのお体のことも大事にして、明日を信じて頑張りましょうね。
おかあさんのご容態、落ち着いたら、またお会いしましょうね!
2011/6/20(月) 午後 1:35 [ まつえ健康院 ]
まつえ健康院さん、ありがとうございます。
なにかあるときはいっぺんにあるものですね。
でも、だんだん落ち着いてきました。
父もホームで穏やかに暮らしている様子で、安心しました。
また松江に行くときは連絡します。
2011/6/22(水) 午前 10:00 [ ポリーおばさん藤野史子 ]