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これに参加せねば一年が始まらない気がする、J30系の新年集会。
今回は30周年ということで大きな催しが・・・ということはありません。例年どおり集まって話しをする文字どおりのMeetingでして、あちこちの皆さんに「今年もよろしくお願いします」と挨拶をするのですが、年に一度しかお会いできない方も多いので「良いお年を」の挨拶を兼ねていたりします。でも、それで良いんです。

思えばキュリアス創刊準備期間中に、小嶋商会さんはじめ何人かの方に「赤木さんも来なよ!」とお声がけいただき、おそるおそるFJ56Vを乗り付けたのが最初の参加でした。そして数年後にはJ38オーナーになっていました。

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当たり前ですが、Vol.1でのリポートの冒頭は「20周年」でした。この号にクラブ創設の経緯なども書いてしまったので、今回同じことを書くのもなぁと頭をひねりつつVol.15用の草稿が完成。
試走記事などはじっくり寝かせてから、リポート類は記憶が鮮明なうちに・・・というふうに考えています。

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やっぱり美しいなぁ。

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枯れ方も美しく。

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これを見て話題は「キリンさんが好きです、ゾウさんはもっと好きです」のCMに転じて、松本引越センターはもう倒産したのだとか運輸業界の話に。この集まりは、あまり四駆の話にならないこともまた魅力です。

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どうしてもミリタリーテイストを感じてしまうドクロ面よりも「ゼッペキナナメ」とも呼べるお尻が好きです。それから、無機質なボンネットと不釣り合いな、つじつま合わせの曲線で紡がれたカウルも。

正式にはバスケットウェイブと呼びましたか、それはリヤボディ全体を形容する場合に使う言葉ですね。

あまりに個人的感想すぎて本には書きませんけれど、J30系の魅力の半分は見た目、3割がボンネットバス気分に浸れる運転感覚、残りが手頃なサイズとか、アナログっぷりとか、修理のしやすさとか、走りの良さになるんだと思います。
アストロンが・・・4DR5が・・・なんて論議は、あまり意味をなさないのかもしれません。つくづく解説記事には向かない車です。

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四駆イベントにワンコの存在は重要。でも我が家のラテン系ワンコは凍死の恐れがあるので連れてこられませんので、よそ様のワンコと戯れます。

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向かって右は会場の最古参車。車台番号二桁の初期J36です。音を聞きたかったなぁ。

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私は「これは直系子孫だから」と、L049GV(通称・本誌営業車)で参加。もちろんワンメイクを尊重して場外に駐車します。

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事務所に戻ると、ああ、オラも本栖湖行きたがったっす。とJ38に文句を言われます。今年は売り飛ばすとか言わないから勘弁しちょくれ。
こいつはジープの爺さんと思っていましたが、風間さんの論説によればおばさんキャラになりますから、性別がわかりません。

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今回はページを節約せず、参加したJ30系全部を載せられたら良いなと思って、撮影した画像から車番を書き出して漏れのないようチェックしています。
参加車両74台のうちJ30系はJ36が6台、J38が5台、J37が16台・・・合っていますかね。今までになくきちんと撮影しましたので、極端に早く帰られた方以外は大丈夫とは思います。




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創刊から10年

最新刊で少しそういうことに触れれば良かったのに、出してから気付いたのですよね。もう10年経ったのか……と。
最初は3号くらい出せれば充分と思っていました。社内でもそんな雰囲気だったみたいですし。

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特にVol.4あたりまでの “初期型キュリアス” は、ずいぶん前に作った気がします。読み直すと、こんなこと書いたっけな?と思ったりも。
そして、次のVol.5以降が “現行型” の流れに近くなってきた “中期型” なのだと分かるのです。より意欲が湧いてきたのも、実はVol.5からでした。

皆さんが心配して下さる売れ具合については、流通方法が何度か変わってきた中で、特にVol.5から7まで落ち込んでいました。書籍販社のメディアパルさんを通じて配本を始めたVol.8から盛り返し、最新刊は創刊以来もっとも多くの方に読んでいただけました。やや上向きの低空飛行ということで、高所恐怖症の私にはちょうど良いのです。


Vol.8までは絶版となって久しく、再販や電子化の要望も届きます。
しかし再販は製本コストの面から不可能。電子化は気乗りしない。紙にインクで刷ってこそ、商業誌の皮を被った誇り高き同人誌なのだと、変な理屈でご了承願っております。誤記が永遠に残ってしまう緊張感とともに。



そんなこんなでアーカイブ版の制作も考えましたが、ちと時期尚早。そもそも、短期間で作れるものじゃなさそう。
でも、未練ある過去記事を再びお目に掛けたい気もしておりまして、そうなると「あの車はいま」という都合の良いコーナーがあるじゃないですか。
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Vol.2で岩本さんがいうところの「神々しさのオーラに包まれた」思いがする記事に、あれこれ手を加えながら手打ちで書き起こす作業は、精神を統一して写経の心持ち・・・ってこともないか。

取材車両を取り巻く状況も、10年経てば変わってきます。すでにこの世のものではなくなった個体もあるでしょう。

と、10年経ったんだな〜という話と、冬季のKE31予燃焼室式エンジンのごとき年頭スロースタートの報告でした。



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昭和94年のお正月は家でのんびり。帰省などと言ってニンゲンだらけで他のイヌのいる実家等へ出かけたら、やっと体調が良くなってきた当家の老朽ワンコロが再び故障しそうですから、無用な遠出は避けます。

ちなみに年末は30日まで店を開けていましたが、誰も来ませんでした。なのに大掃除がまったくだ。

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富士山も雲の中じゃんか!日の出も見えないじゃんか!!眠いんだよバッキャーロー!!!
・・・と言っているワンコロ。

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箱根の山々に、雰囲気だけ味わう初日の出。

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元日の始発バス。これをバスみくじと呼びます。直6エルガなので中吉。


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1日の夜に見る夢を初夢とするならば、珍しく自動車の夢を見ました。夢の中の私は、この富士重の獅子丸をブイブイ吹かしながら走っていたのです。
今年はパジェロかサファリが欲しいなぁと、漠然と思っていたのになぁ。



翌2日、午後に天候が急変。すごい勢いで雪が降り始め、数時間で観光客トラップのできあがり。
後日聞いたところによると、局所的なスポット降雪だったそうで、もっと上の方は晴れていたんだとか。
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観光客どころかV8エルガも急な下りでトラップに捕まり、路上チェーン装着に手こずる。
でもきっかけを作ったのは、道の真ん中で動けなくなった夏タイヤのメーワク極まりない乗用車群だったようです。


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通りすがりの白須君も参戦。一発でアヒルちゃんをロックして、自分の出動現場へと積載車を駆って登って行きました。

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どうしようもない乗用車群を手押しで排除して、ソロリソロリとバスを通過させます。ここは見た目より急な下り。なかなかスリリングです。
この先もスタックだらけで詰まってるんだろうなぁ。経路遵守のバスは例のバイパスにエスケープできません。イエティ〜三島駅で3時間コースと思われました。

まあ、毎冬のことです。これでもチェーン規制反対とか言うんでしょうかね? 富士山麓の規制対象路線は138号籠坂峠だけのようですが、469号も規制対象にして欲しいもんです。
ゴミステーションに生ゴミを捨てに行く途中で遭遇した、エキサイティングな場面でした。

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これは今朝の通勤路。今のところニリンクドウシャの能力で不都合は出ていないのが、ある意味悔しい。


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今シーズンの私のお履物は、ヤフオクにて日産純正ホイール付き11000円で落札のブリザック。
社外マルチ8穴付きは沢山出ていても、このPCD114.3の純正が欲しかったんです。
人生初のFF車は心許なく、トヨタ純正ラダーチェーンも積載。YD22DDが故障しなければ、おそらく万全でしょう。


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せっかくの雪。冷凍みかんを製造・・・歯が痛いので普通のみかんが良いと判明。そして−5℃くらいでは、シャリシャリするまでは行かない。



休み後半は、年末に入手した薪を容赦なく燃やしてTシャツ一丁の室温を保ち、アマゾンプライムで映画を観まくります。本当は寅さんリレーをするはずだったのに、正月を前にして無料視聴枠ではなくなってしまいました。

ところで、どういうわけか昨年後半あたりから酒を一滴も飲めなくなりました。良いことではあります。

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昭和64年の7日間に起きた実話をもとに描いた『ロクヨン』の前編/後編を一気に。これは引き込まれた!!




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連続ドラマ『死の臓器』。舞台は富士の樹海から始まります。なかなか良かった!!




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こういうのも観ちゃいますよ。舞台は諏訪周辺。
茅野駅東口がやたらと出てきて、来るはずのないJRの高速バスで登場人物が行き来したりします。




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真打のはずが、なんとも緊張感のない展開で途中で挫けそうに。話としても連合赤軍は蚊帳の外で、警察庁vs長野県警の仲の悪さを描きたかったのか、よくわかりませんでした。豪華俳優陣なのに。
劇用車も興醒め。警察車両がヘンテコなオーバーフェンダーにルーフキャリヤのBJ41Vとか、W40シビリアンにシングルナンバーとか。

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白田組は白竜組として描かれ、白田さん役(兄弟ではなく1名での登場でしたが)が椎名桔平というのは渋かった。
ローレンのクレーンを持って来られるはずもないので、代役のこれだけは凄い選択だなと。
以前、白田さんが言われていた「しばらく置いていた劇用のクレーン」はこれのことだったのか・・・。

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藤井氏の写真集『重量物の白田組』から、本物のローレン。事件後に解体されたそうです。
奥に見えるジープは尾灯レンズの天地が短い、ごく初期のJ30ではないですか。



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『時をかける少女』の2010年、仲里依紗バージョン。
名作・原田知世版を観ていないのに、その続編設定の作品を観てしまいましょう。
主人公は1972年4月を1974年2月と間違ってタイムリープ、そこで出会った涼太と・・・。

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ちょっと胸騒ぎのする伏線。

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飲み込みかけた白菜漬けを噴き出しそうになった場面。
新宿バスターミナルに見立てたのは高崎音楽センターで、草軽RCの3両縦列はCG合成だそうです。


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ファンタジー系かと思って見始めたら胸キュン系でした。伏線の意味が判明するクライマックスでは別の意味で胸キュンになってしまった。
1974年にRC701PもHUワンロマもないですが、この場合は良いんです。

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「どんなに残酷なことであっても歴史を変えてはいけないんだ」

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1974年の設定となると、右の5RA106が生きていたら、どハマりでした。実際に登場したのは左のRCです。

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なーんだ、生きてたじゃないか!



休み中にご注文いただいた書籍は、本日一気に発送します。中古車の仕入れは当分なさそう。











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2018年も、読者の皆様、情報や知恵をお貸しくださった皆様、中古車を購入された皆様をはじめ、お相手してくれた方々には大変お世話になりました。

あと4ヶ月で元号が変わるなんて、通学でスケルトン第一世代車のお世話になり、免許を取るなり平成クロカンブームを経験した我々世代にも感慨深い年になりそうです。
流れに乗って前進あるのみ、なんてこともなく永遠の昭和に逆戻り……でもいいかな〜。


平成31年、○●元年もよろしくお願い申し上げます。
無事故でお正月を。










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年末遠征の目的は、キュリアスVol.15向けに御歳三十になる老猫L049GVの撮影ドライブと、いつ出るかわからない廃バス見聞録4の題材集めでした。

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恐ろしく快調な高速走行を終え、本誌寄稿者S氏と、バス研究家 “岩手その頃” 御大と、小淵沢駅で合流。八ヶ岳の玄関口に似合う車だなぁ。



取材中の諸々は省き、いきなり本題から。
と言っても、キュリアスとも廃バス見聞録とも関係ない、個人的(同行者含め)な趣味嗜好に由来する寄り道のつもりだったのに、今回のメインディッシュと相成りました。


まずはこの写真をご覧ください。
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昭和63年秋に撮影した川上村営バス651号、昭和59年式HT223A(村営なので白ナンバーです)。

撮影地は村内ではなく、だいぶ離れた佐久市中込の商店街。つまり路線運用ではなく、短距離貸切だったようで、図らずも捉えたショットでした。
この中学時代の一枚が、オトナになって大きな意味を持つことになろうとは。

28年が経ったある日、仲間から「山荘の送迎用に、初期型ブルリが残っているらしい」との情報がもたらされました。
ナンバーは651で昭和59年式なんだとか・・・ん? 651!? うぉ〜ホントかよ!!!
驚きつつも見に行く機会もなく、ようやく今回のルートに組み込むことができたのです。


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電脳ナビよりも同行者のニンゲンナビを頼りに、思い出の色々ある(キュリアスVol.6 廻り目平の緑パジェロ参照)川上村を進みますと、ご本尊はシラカバのたもとに鎮座していました。
(Photo:Y.Saeki)


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フェンダーこそ塩カル食らっていますが美しいボディ。ああ、ホントにナンバー651じゃないか・・・。

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現代のブルリ2やエルガに発展するスケルトンボディの基本意匠は、ここから始まりました。
なので古臭くは見えませんが、実はとんでもない古豪です。同型式の国内実働車は両手指で数えられる台数でしょう。つまり年式はBJ46や最初期パジェロと一緒なのに、FJ40やJ30より稀少。バスの命は儚いのです。

撮影のお願いをするため山荘の玄関に向かいます。理解を得られにくい趣味ゆえ緊張する場面ですが、ご主人は宿泊客でもない我々に気さくに対応して下さいました。そして驚きの話を伺うことに。

「写真ならどうぞ。このバスもおしまいだから」

「え、廃車になるんですか?」

「もう新しいバスが届いて、車庫から追い出されちゃったんだ。30年近く大事に乗ってきて、沢山お金掛けて直して、全塗装も2回して、輸出や解体は寂しいなぁ。誰かいい人がいたらお願いしたいね」

「じゃあ、里親探しします!」

また出しゃばってしまったと思いつつ、放っちゃおけない651号。



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乗用車的な表現で言うところの「Cピラー」が角ばっているのが、初期型ブルリのチャームポイントでもあります。

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昭和59年製造のプレート。


我こそは!という、気骨ある実働保存家の方がおられましたら、名乗りを上げていただければと。
しかし興味本位で冷やかすのはNGでしょう。乗用車や四駆の骨董車を維持するのとはワケが違います。
保管場所を確保し、車両代よりずっと大きいであろう今後の維持費を常にプールし、情熱をこの車に注げる、大型免許を保持者のどなたか・・・。

★覚悟なき中途半端な問い合わせは施設業務の迷惑になりますので遠慮願います。参考情報くらいなら当方でもお答えできるかも。



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川上村営バスは昭和57年に千曲自動車(現在の千曲バス)から路線移譲され、町村営バスの一つのお手本として有名になりました。
(バス研究会発行:バスメディア41号)


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かつて信州へのバストリップをする愛好家にとって、ある意味バイブルとなったバスジャパンVol.2(昭和61年発行)。
その特集記事の「信濃川バス紀行」の締めに登場するのは650号でした。

つまり、岩根山荘で第二の車生を送る651号には兄弟がいたのです。今はどうしているのでしょうか?海外に渡ったか、もうこの世の自動車ではないか・・・。


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帰路、立ち寄った川上村営バス川端下(かわはけ)車庫。



そして・・・。

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S氏が発見した林の中の生首。当然エンジンはありません。T81のバッジがありましたから、6DC2だったはず。透明感のあるドゥロロロ〜のV6予燃焼室式です。

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これも古い!!と思ったら、もうナンバーが外されていました。働く6x6。

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強風が吹いており体感気温はマイナス10度か。


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本当に氷点下になったので解散。
パジェロの運転は、ほとんどディフェンダーのS氏にお任せしちゃいました。
ローテクとハイテクの2.5Lディーゼルターボ味比べにもなったみたいです。後席の居住性も確認完了。

参加のお二方、たいへんお疲れ様でした。記憶の定かなうちに草稿をこしらえます。本当は今日は大掃除ですが、手に付かんなぁ。



おまけ。
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だいぶ前、ブログにも書いたかな?いや消しちゃったんだか。
超個人的な川上村の胸アツ案件。







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