関東甲信越 古バスの思ひ出

信州バスまつりの様子は次号キュリアスで!

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流れ的に翌日の分も記しておきますか。『信州古バス見聞録』のダイジェスト。
あの本では地域ごとの構成でした。今回は時系列に沿っています。しつこいようですが、法外なプライスを掲げた中古本ではなく新本をお求めください。在庫はありますので、正規の値段で版元から通販可能です。

遠征2日目、目覚めると眼下に上田駅ロータリー、泊まったのは上田東急インなのでした。
空が明るくなり始め、続々とバスが集まってきます。12月29日ですから通勤通学客は少なく、運休も多いはずですが、当時は賑やかでした。

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あの音が聞こえたら、すぐにカメラの電源ON。始発から2本目の傍陽行きはN-730、これこそ遠征の目的4R95、至高の一台です。
まだ乗ることはぜず、撮影を開始します。いつでも乗れるように録音機材はカバンの中でスタンバイ。

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徒歩で川沿いの車庫を目指します。あれれ?4Rはいないのか。
最近までこの場所に車庫がありましたが、ついに移転。昭和がまた遠くなった・・・と、有り体な言い回しなど。

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5Eの最終年式、N-881、ド新車ですね。世の経済の流れ次第では、このあたりのバスは今でも生きていたかもしれませんが。
それでも東急のUD-7Eが残る上田地区は大好きな場所です。

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N-689だったか。4R82です。最初はUR690かと疑いましたが、やはり4Rでした。RM81Gなどに追われて廃車になったのでしょう。側面やリヤの様子は見聞録の中で。

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とりあえず撮った一枚。当時は無駄なショットのつもりでしたが、いやいやいや。撮って良かったのです。

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上田駅前に戻ると千曲バスの4R95が来ましたので、意気揚々と乗車。乗ってなんぼのUD-2サイクル、死ぬまでにもう一度、あの後部座席で揺られたいものです。本当に素晴らしいのです。ここは終点青木営業所、4Rの密集地帯です。

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そのまま下秋和車庫へ。もちろん4R95に乗って行きました。74号と79号がくたばっているのは、夏の遠征時と同じです。部品用なのでしょうね。

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下秋和車庫全景。今と同じような並び方ですが、向かって左手のスペースがもっと広かったと記憶しています。

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また上田駅へ。なかなかパラダイスな一帯から離脱できません。どうですよ、この眺め。
超アンダーのため、この一枚のみ補正。

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特に綺麗なサウンドがお気に入りだったN-725と、遭遇率の高かったN-730が並ぶ。本には載せなかった写真です。
菅平高原や丸子、別所温泉に走ることはなく、真田と傍陽行きがこれら古豪の主な舞台でした。

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これね、羊の皮を被ったナントヤラのRCです。4Rの添え物としてカメラに収めたつもりでしたが。

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今は上田警察署になっている上田橋駐車場に歩いて行きますと、昭和43年式のBA20が役目を終えようとしていました。一度も乗れませんでした。

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翌30日、一応スキー旅行に来たのですから、仕方なく雪滑りを楽しみますが、湯の丸高原ホテルの窓からは、登ってくるバスが見えたりして気が気じゃない。
悶々とリフトに乗り、注意散漫な滑りをご披露し、結局最終日の31日はU30Hで小諸駅に降り、信越線で上田に舞い戻ることに。

イメージ 14
なぜか再び青木営業所に。撮影目的ではなく、4R95に乗りたかったんでしょうな。この日は写真も少なめです。

上諏訪からスタートして、松本から上田へ。使ったフィルムは36枚×4本に過ぎません。これを大人の行動力で、本気で3~4日間信州を撮り歩いたら、どんな記録が残せたのか。中学生だから純粋にバスを追えたとは言いません。今でも4RやBUが現役なら、邪念なんぞ微塵もなく純粋にバスを追うでしょうからね。






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