関東甲信越 古バスの思ひ出

次の廃バス見聞録はとうぶん先です。

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昨日は東急バス公式ツイッターに新羽車4R104の画像が上がっていたので、今日1月5日は新羽車4R105改の三面写真などをワタクシめが。そして撮影日は昭和63年の1月5日だったりします。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3
いやいや、三面写真を撮るなら左側だろ!! と思うのですが、中学1年生の作品ゆえ。
ちなみにキュリアス誌の場合、三面写真は右側からで正解。もちろんバスでなく四駆の話です。
ちなみに私は、バスマニアがよく使う「公式側」「非公式側」の言葉が馴染めなくて、使いません。公式写真が左斜め前からだからそう言うのかな。

この日の新羽営業所訪問ではビッグサプライズがありました。それは過去記事で触れているので省略します。
気さくな助役さん(かな?)とダンディな運転士さん(2枚目の左端に写っている)には、30年経っても感謝の気持ちが薄れません。

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本年もよろしくお願いいたします🙇

新羽営業所といえば弦巻界隈では見かけないボディーの車が沢山いるのと、
左奥の廃車が濃ゆい思い出として残っています。
この頃は関東にいなかったこともあって東急から興味が離れていましたが、
弦巻にいた量産大窓の4R95・105を始め都内から転属してきた車が多かった
ようですね。
本稿掲載の1255も新製時は駒沢でしたよね。

私も昭和40年代後半にデジカメがあったら良かったのにと思う一人です。

2018/1/8(月) 午前 11:29 [ みすてぃー ] 返信する

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> みすてぃーさん 本年もよろしくお願いいたします。昭和末期の新羽は確かに、江戸から流れてきたMR410なども出番がないのに沢山並んでいたり、廃車置場があったり、地方のバス会社テイストがあったと思います。実際、港北ニュータウンなんて一帯もようやく開拓が終わったくらいだったと思います。
そうそう、デカ窓ナナメ顔の4R95、今になって「会いたかったバス」の筆頭です。池上に数台でもいてくれたら、小学生の頃に会えていたかなと。
1255は(青葉台にいた1254なんてのも)元駒沢車ですね。これらは池上に蒲13で来ていたかもしれません。デジカメが〜〜〜。

2018/1/8(月) 午後 4:34 [ ポンコツ屋 ] 返信する

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>1255は元駒沢車ですね。これらは池上に蒲13で来ていたかもしれません。

かもしれませんねぇ。
私が駒沢で撮った1255は[恵33]の板を挿してます。

古バスは顔は同じでもお尻が別物というパターンが多いですが、書籍では殆ど顔だけですよね。
ポンコツ屋さんはちゃんとお尻の画像も多く残されていることを感心するとともにありがたく拝見しています。

2018/1/9(火) 午前 0:58 [ みすてぃー ] 返信する

懐かしいです。
フロントの窓が大きいのが好きで、蟹ヶ谷の山道を、爆音を響かせて走ってた音が忘れられないです。

2018/4/21(土) 午後 2:44 [ 撮り鐵ぴょんちゃん ] 返信する

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> 撮り鐵ぴょんちゃんさん とくに後年のU31Kの大きくなった窓よりもさらにデカ窓で、遠くから走ってくる様子はガラス板が迫ってくるようでした。見なくてもわかる音、いまはそんな自動車ってないですね。ましてやバスは。

2018/4/21(土) 午後 3:47 [ ポンコツ屋 ] 返信する

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