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前日の大町行や帰路の大門峠越えなど、道中は信州バス追っ掛けを全開でやってしまいましたので題材は山ほどあります。

でもやっぱり、本題から入りましょう、感動の新鮮なうちに。この目的がなければ、今回の信州行はなかった訳ですから。

2週間経っても終わっていない気がする信州バスまつりの締め。それは車齢29年になる上田バスH-897のラストランです。
同社で車両の引退を告知して、さよなら運用をもって引退という試みは初めてではないかと。
バスマニアの言う、いわゆる「ネタ車」以上の何かを持った車なのは確かです。ただひっそり廃車になるのが路線車らしい幕引きとはいえ、なんせ信州最古参、上田最後の赤帯、そうは問屋が卸さない。

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(2015年2月撮影)

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(2014年9月撮影)

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(名車N-907の車内からH-897を捉えるなんて、いま考えたらすごく贅沢!!)

このバスには、きちんと乗ったり撮ったりしたつもりです。なので「ラストランは、まあいいか」なんて話を仲間内でしていた訳ですが、考えてみたら「はじめまして、さようなら」ではなく、日頃興味を持っていた車だからこそ最後の運行に立ち会わなければと・・・3日前になって乗車予約の電話をしてしまいました。

当日は11:00上田駅発・真田行きの続行便として運行され、参加人数が多かった場合には往路か復路のいずれかは定期便に乗って下さいとのこと。




10:34、案の定、早めのご登場。
今日のために用意されたバスマスクを掛け、同社のベテラン勢が何人も乗り込んでいます。今までもマニアの注目を集めた車ですが、なにしろ最後の晴れ舞台。
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撮る側も緊張します。冷静に冷静に、リベンジはないぞ・・・と。
聞くところによれば、上田バスの皆さんも車庫で記念写真を撮ったりされていたそう。


颯爽と滑り込んできたH-897は、普段と同じようにロータリー中央の待機位置に着けます・・・が、ライト点灯、ドア閉め、上田バス幕の「撮影スタイル」は、明らかに非日常な感じ。

改めて眺めると、周囲のバスからすれば随分と古めかしくなってしまいました。
スケルトン車が主流になってきた頃にも轟音を響かせ続けた、2サイクルのナナメUDと似たオーラを発しています。
ちょうどあの時期に、東急の目黒に配置された新車だったんだよなぁ。まだ歴史は1周目なのです。

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すでに乗車希望者や撮りバスマニアが集まっていて、シャッターの嵐。
隣のH-015は、図らずもすごい数のレンズに狙われることになりました。


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他のバスを待っているご婦人方も
「今日は何かあるの?」
「あのバス、さよならって書いてあるわよ」
などと、写真を撮っている人に尋ねたりしています。

「もう見かけないバスだわねぇ」
「どこ行きなの?」
なんて声も。

鉄ちゃんの存在が浸透したからか、人が集まってバスを撮っていても訝しがられたりしなかったのは幸いです。
上田バスの方が何名ものりばにおられたのも、公式的な印象で良かったのかもしれません。


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本日ハンドルを握られるベテラン氏も、出発前の一枚を撮影されています。


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いよいよ出発です。

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最後の真田幕。
むか〜しの流れだと、大型車=真田/傍陽方面、中型車=丸子/別所方面の印象が強いのですが、今はバラバラです。なので上田バスを代表する路線である真田線は、ラストランを飾るのにふさわしい。

幸か不幸か、集まった人数は狙ったかのようにH-897の座席が埋まるくらい。つまり往路も復路もH-897に乗れます。見送りの方々に手を振られながら出発。


貸切ではないので「このバスは、真田行きです」と、通常のアナウンスが流れます。でも整理券を取ると・・・

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始発なのに89番、そう来たか!! この整理券は記念に持って帰って下さいとのこと。
記念乗車券は、まだ買えるようです。


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車内ではH-897のエピソードが披露されました。
「古いのに乗り心地が良い」という声がある・・・たしかに同じ板バネでもドタバタな足もあれば、しなやかな足もある。H-897のしなやかさは、同型式車全てに共通することなのか、この個体のヘタリ・なじみを経て熟成されたものなのか。
バスもトラックも四駆も、リーフリジッド車ならあり得る話。で、この車はしなやか系ということなのです。
他にも、屋根のメンテでドカドカと登ってもへこまない、エンジンパワーが落ちてきて菅平に行くのが厳しくなってきた、などなど。




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なんともスムーズなドライビングで真田に到着。11:50の出発時刻まで20分間の撮影タイムです。
事前に周知徹底されていたとはいえ、道路等から危険な撮り方をする人はおらず、終始なごやかなムード。

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短い時間にいろんなエッセンスが詰め込まれています。参加して本当に良かった。


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定期便の新型エルガミオと並べようということになりました。両車には29年もの開きがある。

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菅平行きの新型エアロスターも到着。この眺めも二度と撮れません。



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今日ばかりは真田駅のプラットホームの遺構どころではないみたいです。みんなバスから離れません。

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まもなく出発時刻。次のバス停まで歩いて、最後の走りを迎え討ちしようという猛者も。


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真田自治センターで2分調整。ここは記念乗車券の撮影ポイントでもあり、その写真の撮影者は先出の小林氏だそうです。思わずあと2枚、車内で券を購入してしまいました。
貸切ツアーではないので「上 田 駅」の表示がとてもリアルに感じられます。これぞ路線バス。

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ベテラン乗務員氏が車検証を回覧して下さいました。「持って帰っちゃダメですよ」

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「走行距離計表示値56,800km」となっています。2年前のバスまつりのときに窓ガラスに掲出された車検証では97万kmだったと記憶しています。ということは大台突破。
「NOx処理装置付」の表記は、東急時代の旧NOx法対応のため。現行のNOx・PM適合はさらに厳しい数値をクリアする必要があります。でも排ガス専門業者の技術は進みました。予算を投じれば不可能ではありません。東急バスへの里帰りも可能だな〜とか無茶を書いてみます。



雨が降り出しましたが、沿道や遠くのあぜ道からカメラを構えている人の姿が見られます。
形式写真ではなく、風景とともにあるバスの姿は美しい・・・と本気で思っています。
そして雨や雪の中を行く路線バスは、より頼もしく映ります。


私も外から撮りたい気持ち半分ながら、乗車して正解でした。とはいえ上田市街の渋滞を見越して、ひとつ手前で降りて歩道から撮影するかどうか、最後まで悩んだんですけどね。
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この渋滞なら、松尾町から歩いて撮れたなぁ。
いやいや、最後のアナウンス「次は上田駅前、終点でございます」を聞かないと。

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皆が思い思いの感想とお礼を述べて下車し、ついに別れのときが。

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軽快に加速して車庫に・・・あれれ、そっちの車線は、まさか!?

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なんと再び待機位置に着け、駅前幕回し大会が始まりました。すごいファンサービス。
いっそこのまま菅平高原まで走っちゃって下さい!!

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リクエストに応えてもう一周、幕を回します。

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そうしている間にもJRバスや千曲バスが出入りする。なるほど、やっぱり信州バスまつりの延長戦だったんだ。


今度こそ別れの時。
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長年働いた上田駅のロータリーを出るH-897。
赤帯で高床でナローなトレッドで、二つ目の角ばった小柄なバスを、上田駅で見ることはもうありません。

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個人の車なら無理を押してでも30年40年と走らせ続けることはできるでしょう。
でもこれは本物の路線バス、安全確実に走り続けねばならない公共交通機関。天寿を全うしたどころか、塩田平の名物となりました。
長年保守管理を続け、素晴らしい最後を演出してくださった関係者の皆さんに感謝申し上げます。




話は変わりまして、上田周辺にレインボーRJが現れたのは、この車が最初ではないかと思います。いや、川中島バスにはあったな、下半過行きでよく見ました。

千曲バスの路線車としては何十年ぶりかの日野車で、当時は上田交通も三菱とUDしか入れていませんでした。
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撮影は89年3月。
あれれ?H-897は東急バスで89年6月登録。二つ目と四つ目は併売していたのか?いまいちRJ系の変遷を理解していません。
この千曲バス1643号は、屋根やフェンダー形状も後年のスタイルです。後期型というか二代目というか。









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おそらく、全国的に見ても平成元年製造の左右1灯の日野RJは少数派だと思われます。 削除

2018/9/30(日) 午後 9:17 [ イーチコ ] 返信する

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> イーチコさん 平成元年製造車だと、大半は4灯ライトの新型ボディということですか。帝国〜日野の時代にも同時期でバス窓とサッシ窓が混在していたり、富士13Rボディも新旧ゴッチャの時期があったりでバスというのは「ここでスパッとモデルチェンジ」でない例は多くありそうですが、東急が旧式ボディで導入したのは意図的なのでしょうか。おかげでH-897はより一層珍重されることになったわけですが。

2灯ライトで屋根の厚いRJ、小学生の頃に五反田駅の高架から道路を眺めたら走ってきて「なんとヘンテコなバスだ」と驚いたことが印象に残っています。S57~58年頃だったか。

2018/10/1(月) 午前 8:49 [ ポンコツ屋 ] 返信する

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