関東甲信越 古バスの思ひ出

次の廃バス見聞録はとうぶん先です。

横浜市営の古バス

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閑話休題。
本日、印刷会社から 『信州古バス・・・』 の校正出力が届きますので、その前に。
 
イメージ 1
 
ヤフオクで入手したハードカバーの豪華装丁本。昭和63年11月に横浜市交通局が発行した記念誌です。これが定価3000円とはお安い。もちろん今回の入手価格はそれを大きく上回っておりますが、ネット上で古本屋を当たっても、どこもそんな具合のようです。
ちなみに落札してみたら出品者は存じ上げた方。しかも当ガレージから車をお買い上げの方で、世の中つくづく狭いなぁ、と。
 
 
 
イメージ 2
少し内容をご紹介しましょう。
リアエンジン車が導入され始めた頃、運転を誤って電柱に激突した様子(昭和28年)。
事故写真も、30年以上経過していれば時効ということで掲載されるのでしょうね。当時、こんな中破クラスの事故車をどのように修理したのか興味津々です。
 
 
イメージ 3
よく知っているバス達も・・・
どこぞの信州古バスの本のように「予燃焼室式が云々、バルブを増やして云々」といったクドイ解説はありません。的確かつ適切、分かりやすい内容です。
 
私にとって、身近にありすぎて写真をあまり撮らなかった横浜市営、そして相鉄…
身近なのに追いかけまくった東急との差は何だったかといえば、車両耐用年数のわずか2年の差。
その2年の差が、カメラぶら提げて駆けずり回った時期に、UD2サイクルや3枚ルーバーのMRが残っていたかどうかの分かれ道になりました。私にとっての「古バス」とは、昭和48年以前のバスを指すようです。このあたりは皆さん各々異なる基準をお持ちと思います。
 
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イメージ 4
 
おまけ(私が撮ったもの)・・・
平成元年、横浜博覧会を控え、今まさに全廃されようとしている非冷房車の最後の活躍。広告板も外され、カウントダウンに入ったところです。
ちなみに、横浜市営バスではMP117ではなくMP107を導入していました。都営バスもそうでしたが、公営交通が直噴エンジンを避けたのは、本当に環境問題のためだけだったのでしょうかね。いろいろと考えてしまいます。
 
 

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紛失していたと思ったネガが出てきました。
プリントは残っていたのですが、当時はけっこう多かった「絹目」印画紙で、スキャンをするとザラザラが出てしまうのでした。
 
今回はネガからきれいに・・・ と言いたいところですが、バス撮影を始めたばかりの頃で、AEもレンズもイマイチなリコー製コンパクトカメラで撮ったため、駅ビルを照らす夕日で、どアンダー、しかも周辺光量不足。
ならばと、デジタル時代のお手軽補正術で、トリミングしつつムリヤリ明るくしてみた日常風景です。時間帯からして学校帰りに撮ったのでしょうね。
 
イメージ 1
MP107K、前ドアが通しガラスで比較的末期の旧呉羽スタイル。
この個体に近いナンバーで “お試し冷房車” があったのですが、
この写真ではクーラーが載っているか分かりませんね。
一応、色付きガラスのようではあります。
 
 
イメージ 2
ボディは新しくなれども、中身は予燃焼室式のMP107K。
塗り直した直後なのか、ピカピカです。
 
 
イメージ 3
41系統のいすゞBU古参車と、東急の綱島行き。
どちらも中山駅では少数民族に属するバスでした。
 
東急の社番は判読できませんが、ナンバー58-51で都内からの移籍車。
ちなみに58-50ならNI 1255・4R105改でしたよ。惜しい!

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Ryoさんからご提供いただいた写真の続きです。これが謎解きでした。強烈です。
前置きは省略、まずは写真をご覧下さい。
 
イメージ 1
この写真をいきなり見せられたら、私は滝頭か磯子の光景と思うでしょう。昭和45年度車の4R95+富士重工13R、そしてU20Hが並びます。
まず4Rというだけで興奮してしまうのですが、方向幕は「41 緑車庫」。何度読んでもミドリシャコ。
つまり、緑車庫には三菱ふそう車だけでなく、日産ディーゼル車もあったのです。
 
思い起こせば昭和63年夏、MR410が緑車庫&川和派出所から消えて、新車が入りました。当たり前のようにMP218K(まだ呉羽製だったなぁ)が納車されたのですが、分所である川和派出所には突然U32K+富士重工5Eが・・・
 
ある日、学校前のバス停に「東急みたいな市営」の新車がやってきました。こここ、これはどーいうことだ!?
回りの連中が何食わぬ顔して乗り込んでいるのを見て「こいつら何にも気付かないのか?勉強しすぎで頭オカシくなってんのとちゃうか?」と本気で思いました。その年のU32Kは1台だけではなく、川和ではMPと半々くらいの台数で導入されたと思います。
 
さらに翌年度にはU33K+富士重工7Eが納車されました。その一部は具合の悪そうなAT車でした。
当時は「緑車庫管内にUD車が走るなんて、初めてのことだなぁ」としか思っていなかったのですが、のちのち伝え聞いたウワサでは、過去にはそうでもなかったと。
その裏付けは取れませんでしたが、緑車庫から程近い住宅街の中に、倉庫として4R104(94?)があったのを訝しく感じていました。
 
・・・で、20数年が経過して、この写真です。やっぱり、いたんです。
イメージ 2
実に素敵な組み合わせですね。呉羽丸オデコと富士重工ナナメ面。
白飯3杯イケルどころかこの味で数ヶ月は暮らして行けそうです。当時は全国どこでも見られた光景ではありますが、緑車庫というところが○。
MR410はシングルナンバーの昭和44年度車。4R95は局番0-47xxで45年度車。
古臭いと思っていた13Rボディも呉羽と並ぶと近代的に見えます。この前年の導入分では、富士重工製もバス窓だったはずです。
 
イメージ 3
横浜市営バスは、古い年代には青帯が少し濃い色だったのですが、写真からは判断が付きません。耐用年数の間に一度くらいは塗り直されると思うのですが、どこの工場で行われていたのでしょう。
側部方向幕の字体も、なんだか違うようです。Bピラーの縦長ウインカーは、前部五角形ウインカーの場合に必ずセットで装着されます。ドアの上に確認ミラーがありますね。
 
さて、モンダイは後方にチラリ写りこんだ隠れキャラです。
 
 
 
イメージ 4
じゃじゃーん! やっぱりいたのか・・・ 北村ボディの市営4R!!! これが謎解き・裏付けの第二弾です。
 
小学校低学年か幼稚園の頃、遠足で野毛山動物園に行きました。歩道に整列させられていた時だと思います。
「ギーン」と、池上の爺ちゃん家で聞くような、甲高いエンジン音が聞こえました。「あっ、東急の音だ」と思いましたが、見慣れた市営バスでした。
その時の記憶は極めて鮮明で、間違いなくノッペリした北村の顔でしたが、確固たる証拠もなく時が過ぎ、ようやく答に辿りつきました。
 
Ryo さんによると、北村は昭和46年度車だけだったそうです。
相鉄でも北村は46年度のBA30だけだったはずですから、この年は北村製作所にやり手の営業マンがいたとか、市電廃止の頃だったので台数が多くて少し振り分けたとか、理由があるのでしょうね。
 
翌年47年度には4RではなくPR105が導入されたとの資料があるそうで、この北村4R(95か105)が市営バス最後の2サイクルエンジン車だったのかと思います。
 
イメージ 5
たしかに存在した、北村UDと緑車庫の光景・・・か。
 
 

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自分がこんなブログを開設しているものですから、他人様の撮った写真も気になって・・・ということではありません。
ただひたすらに良き時代のバス写真が見たくて、日々検索を繰り返しています。あの頃は、あの場所はどうだったのだろう、と。
あるいは、さまざまな断片的な事象を掛け合わせると、車両や路線について知られざる事実があぶりだされて来ることも醍醐味です。やめられまへんな。
 
そんな果て無き欲望を、東急バスの分野で満たして下さったのが、Always Tokyubusの管理人さんで、「東急バスギャラリー別館」を見たときには、それはもう感涙に咽び泣いたのです。
http://shibu72.exblog.jp/ 昭和38年から年度ごとに体系的にまとめられた貴重な写真が満載です。
しまいには「ワシのも載っけて!」と写真をドカドカと送りつけ、ついに「ポンコツ屋さまご提供」などというカテゴリーまで設定して頂く始末・・・ いやはや。
 
ところが、いくら検索しても、目ぼしい写真にヒットしづらいのが、我らが横浜市営バスなのでした。そういった意味では、東急バスや松本電鉄などは、趣味のバスとして一定の支持層があるようです(昔じゃありえないよ!)。
 
そんなある日、ひょんなことからやり取りをさせていただくようになったRyoさんが「こんなのがお好きなんでしょう?」とzipファイルを送ってくれました。
ご本人は「小学生が110フィルムで撮ったのだからアレです」くらいのご謙遜をなさるのですが、中身は超弩級であるとともに多くの疑問を解く鍵となり、過去の記憶に裏づけが取れました。本当にありがとうございます。
 
ということで、本日ここに感動のお裾分け(第一弾)をいたします。
この時代にハマっていた方は懐かしがって頂き、ギリギリ間に合わなかった私のようなタイプは悶絶して頂き、若い世代の方は歴史の勉強としてご閲覧を願います。 興味の無い方は・・・もう晩飯にでもしてください。
 
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イメージ 1
もー駄目です。2-2914号、昭和47年度車MR410。
方向幕の字体も古臭い!!!
となりに見える5-2464号(乗ったなぁ)なんて新型に見えます。
神奈川県内のバスは市営バスに限らず、昭和47年まではこの五角形ウインカーです。
世間一般の「ゲンコツウインカー時代」と「一色カタマリウインカー時代」の車両は、
神奈川県内では皆、このウインカーを装着していました。
相鉄、神奈中、江ノ電がそうでした。京急はどうだったか…?
東急は新羽や青葉台に車庫があっても「東京のバス」ですから無関係でした。
 
そんな五角形ウインカー採用の理由は分かりませんが、
神奈川バス協会で決め事がされたのかと思っています。
この疑問は、今でも解けていません。
 
 
イメージ 2
雨上がりのシングルナンバー、びっくりしてアゴが外れそうです。
9-28xx号、昭和44年度車。古い呉羽特有の段つきバンパーです。
リアはもう、グリルの高さが目いっぱいではなくなっているかな?
しばしばモノクロで背景に写りこんでいるのを歴史の冊子などで見かけますが、
バスをメイン被写体としてカラーで撮ったものは価値が違います。
6DB1の重低音がズビズビと響いてきそうではありませんか!
 
イメージ 3
3-2919号車。このあたりになると記憶が鮮明になってきますが、
私が写真を撮り始める前に廃車となってしまいました。
呉羽のバス窓としてはほぼ末期の昭和48年度車です。
あれれ?MR410じゃなくてMR470??緑車庫に長いのがいたなんて。
 
イメージ 4
モンダイの一枚です。
なんとこの時期、緑車庫に日産ディーゼル車がいたようです。
3-4818号車、昭和48年度車なのに、縁取りのあるフロントフェンダーだし、
4RやPRではなくてU20H(U20Lではなさそう)です。時代を先取りしていますね。
なんとも驚くような、でも4Rじゃなくて安心したような…
90系統の幕が出ていますから、青葉台で東急のU20Hと並んだかもしれません。
左にチラリ見えているのも、やっぱり初期のU20H。
 
イメージ 5
こちらのU20Hは昭和49年度車。まだメッキバンパーです。
この存在を知らなかったのは、年代からしておかしな話ですが、
たまたま私の乗る路線に来なかっただけかもしれません。
おっかしいなぁ・・・
「23系統でU20H」 凄く違和感があります。
 
 
Ryoさんの秘蔵写真、第二弾もあります。
 
 
 
 

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◆昭和63年撮影◆
イメージ 1
 
 
◆きのう撮影◆
イメージ 2
 
ほぼ同じ画角で撮ってみました。
昭和の写真では50年度車MR410が広告を外されて「お迎えを待っている」状態。
昨日の写真では、やけに車高が高く見えるCNG車に「お迎えが来ちゃった」直後のようです。
 
思うところがありまして、コインパーキングに車を停め、バス停に。
時刻表を見ると36系統も39系統も、昔のまま走っているようです。
 
・・・ということで、出庫してきたピカピカなふそう車が
36系統横浜駅西口行きだったので、乗ってみることにしました。
 
24年前は、運賃が160円から180円に上がる過渡期だったか、そんな感じ。
今は210円で、大して上がっていません。なんとリーズナブル!!
私の近所から富士急バス乗って御殿場駅まで行ったら、1000円近く取られます。
高いから乗らない、客が少ないから高くなる・・・ってこともあるのでしょうか?
自家用車頼みの生活も、あまり良いとは思えなくなっています。
 
バスはAT車でした。市営バスのAT車で思い出すのは、試験的に
導入された平成元年の新車のU33Kで、途中で壊れたり
シフトショックが大きかったり回転数ばかり上がって走りづらそうだなと思ったり、
お客からしてもロクなもんではないイメージでしたが、
現代のATはスムーズなのですね。
 
そして市営バスの運転手さんが「発車します」「ありがとうございました」
と、アナウンスしていることも新鮮でした。
“パンチパーマにグラサン、ドスの効いたウンチャン” は、おられないようで・・・
 
 
 
特に用事があって西口に行ったのではないので、そのまま帰ってきました。
帰りは39系統、今でいうところの「幕車」で、新型のエアロスター。
でも、もう古参車なんですね、きっと最後の乗車になると思います。
イメージ 3
青いアクリル板を通して逆文字が見える。
この当たり前の眺めすら、過去のものになるようです。
先行車は白山高校行きの、たぶん廃車寸前の7E、CNG車です。
 
夢中だった頃に喩えれば、MR410の車窓からU20Hを眺める感じでしょう。
 
・・・で、次の市営バスのネタが凄いんですわ、うしし。
 
 
 

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