関東甲信越 古バスの思ひ出

信州バスまつりの様子は次号キュリアスで!

北関東の古バス

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水戸デビュー

デビューと書きましたが、よほどの用事がない限りは最初で最後かもしれません。
今回はキュリアス誌の取材があり、仕事を終えてお土産用の各種納豆を買い求めに寄った水戸駅前で撮ったものをご披露。

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水戸インターから駅方面に向かう大通り。
どんなバスがいるのか? そもそも何バスのテリトリーなのか? 皆目見当もつかぬまま移動して、関鉄と茨城交通であることは判明。



バスターミナルは予想の5倍くらいの規模と本数。こりゃー凄い。
次から次へと押し寄せる車両群は、かなりの美味、珍味の類。しかし過去に触れた経験のない地域のバスというのは行き先を見てもピンと来ないし、どう抑えるのか勝手もわからず、気分は盛り上がりません。
でもやっぱり、車両群の陣容が良いので頑張ってしまいます。
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さすがに5E/6Eは壊滅したようですが、とにかく富士重天国の様相を呈しています。新車からあったものなのか、中古車なのか、それすらわかりません。
でも、いすゞ/UD、大型/中型、床の高さ、細かな仕様も各種よりどりみどり。良い眺めです。

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この後ろ姿よ。

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駐車場を探している間に2灯RJを逃したのは不覚でしたが、こんなのもいます。

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お尻の様子が素敵。

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LRもいます。

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いいなぁ〜!

驚いたことに、歩道にはバスマニアが片手以上の人数。一眼レフからスマホ系までバスを追っています。
こうなると気が引けるというかビビってしまって、30分で退散。あとで2灯RJは戻ってきたのかなぁ・・・。
肝心の納豆各種は入手できたので満足です。



そして一昨日、行ったことはないのに、もの凄く懐かしいような気がしてしまう南信州へ。
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ああ、ここだったんだ。30年を隔てたデジャヴ。感無量です。

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そして現生に引き戻される。
南信州は本当に秘境でした。続きは次回と言いたいところですが、この辺からはブログに載せるもんじゃないです。キュリアスVol.13誌上で。



須山までエアロスターが登ってきたの図。
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案外こういう絵柄って水戸でも南信でも見られない。ありがたき地の利でしょう。



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ひっさしぶりにバスブログも更新してみます。でもいい加減、むかし撮ったおネタも尽きつつありますから、歩行者犬猫および牛馬優先の最徐行で参ろうかと思います。そして血迷って古バス見聞録・第二段など作ろうと思い立ちましたら、ブログ記事は一斉に消しちゃおうと思います。
 
 
ベテランバス撮影家の某さんにお声掛けいただき、某誌に高崎駅前でのMR470とRL320の並び写真を提供いたしましたので、同じ昭和63年9月30日に撮った記録から「おけつシリーズ」など。そもそも私の場合、バスの写真はおけつからのものが多いのですよ・・・ 
 
顔が命なのはオデコの丸い呉羽と富士重ナナメ、そして一連の“デカ窓系”で、あとはグラマラスなヒップを追っかける中学生でした。
 
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群馬中央バスのMR470。昭和48年式ですからフロントは丸オデコじゃないですが、リアは素敵な3面ルーバーです。
呉羽の3面ルーバーは年代によって真ん中のルーバー上端が高かったり、3面とも高くてテールランプが網の上にくっついたり、表情もさまざま。初期のリア屋根がまん丸のタイプなんざ卒倒モノですが、私がバスを撮り始めた時期には全国探しても残っていなかったと思います。
 
 
 
 
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上信電鉄のRE100。当時でも勢力弱めの同社でしたが、今ではもっと少ないんだそうです。この日も私が高崎駅前で張り込んでいる間には、RE100が1台やって来ただけでした。昭和52年式、当時としては古くない、ありきたりなバス。
 
 
 
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北村いすゞのBU10。松電で見慣れた姿でしたが、全国的には稀少車の域に入りつつありました。ナンバーからして昭和48年式でしょう。DH100Hのボンヤリしたサウンド、当時は「刺激的でない」と思っていましたが、いま聞いたら涙が出そう・・・ デジタル録音必至、いやハイビジョン撮影でしょう。
 
 
 
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先出のMR470「バイパス経由前橋行き」で前橋へ。この北村君はサッシ窓&フロントデカ窓のBU10です。だいぶ近代的な印象です。
 
その他、東武RE120や観光格下げのRV730(?)、群馬バスPR95のおけつも捉えましたが、過去記事で掲載したと思いますので割愛します。

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続き・・・
 
関東自動車は首都圏のバス会社のように、毎年一定の台数を買って、同じ台数だけ廃車にしているように見えました。よって、一定の割合で古参車が来るのでした。
信州方面で 『昭和40年代にまとめ買いした車両が片付かなくて困ったぞ』 的な、時代錯誤のバスウォッチングを体験してしまったあとでは冷静でいられたのですが、やっぱりこの手の川崎BUはイイなぁ!
 
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これらのBU10は銘板を見ると昭和45年12月製となっていましたが、
ナンバーが連番の日野車から類推して昭和46年の登録と思います。
エンジンはDH100Hですが、この時期は音色が違いますね。
 
 
ちょっと足を延ばして、桜通営業所を覗きに行きました。
ここまで乗ったバスはスンバラシイ車種でしたが、それはまた・・・
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小規模な営業所でしたが、並び方と建物が絵になっています。
撮影許可は恐ろしくアッサリ出ましたから、似たような趣味の人がいたのでしょう。
左のBU10は、この顔になってすぐの48年車で、首都圏で言うところの06Dっぽい方向幕ですね。
 
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RC300とBU10、ともに47年車。
一色ウインカーレンズも、全国的に激減の時代でしたが、
関東自動車には2年分残っていました。
ただし銘柄は限定されていて、この年代にはMR470とか4R105は導入しなかったようで残念。
 
 
 
 

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すべてのネガスキャンが終わりました。バスの写真は1422枚ありました。デジカメ時代の今ならなんのこっちゃない枚数ですが、銀塩時代によくがんばったものです。
 
そのなかで、どういうわけかネガの劣化がほとんど見られなかったのが、平成元年の5月5日に宇都宮で撮影したシリーズ。ほとんどが関東自動車で、あとはJRと東野がお気持ち程度に写っていました。まずは序章と言うことで、関東自動車では少数派だった北村いすゞをご紹介します。
 
 
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きれいな車体からもお分かりのとおり、これは古参車ではなく、どちらかと言えば新しい部類でした。
記憶が曖昧なのですが、CJMではなくCLMの音がしていたような。ご存知の方、ご教示ください。
 
 
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少数派とは言え、なにしろ発着本数の多い宇都宮駅です。北村も、次から次へやってきました。
同年代の川重も多かったのですが、撮っていません。
でも、いずれにせよ「古バス」が来るのを待つ間の余興なのでした。
 
 
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川重BUの48年車と並んで。北村のBUは1台もいませんでした。
ナンバーが1700〜1800番台のいすゞだけが北村で、昭和55〜56年車あたりでしょうか。
 
 
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バス乗り場ではなく駅前通りでカメラを構えていたほうが面白いので、
少し移動して撮っていました。なかなかの撮影スポットでした。
 
 
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おまけ。当時の最新型車です。まだ生き残っているかな?ギリギリアウトか?
もう「栃」ではなく「栃木」ナンバーに変わっています。
 
 

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銀河鉄道バスにRC701が

これはもうニュース」と言っても良いでしょう。
日野の置場で見たとか、どこかのマニアが買ったとか、さまざまな情報が流れていましたが、バス好きのバス会社が購入して車検をパスしてしまったようです・・・
 
http://www.gintetsu.co.jp/category/blog/showabus/ (敬意を表して、勝手に紹介させていただきます)
「東京を走れるように触媒を」と書いてありますが、多摩ナンバー付けていますから条例どころかNOX・PM法もクリアしていますね。
 
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(北軽井沢営業所・昭和63年11月撮影 今回の主役は右側)
 

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