どうぶつ病院診療日記

動物病院の診察風景や、獣医師が日頃思っていることなど

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避妊手術後の再発情

ある日、猫のケージを手にした飼い主さんが病院にやって来ました。
2年ほど前に避妊手術をした猫の飼い主さんですが、
なにやら、入って来たときから、
とても不機嫌そうにしかめっ面をしています。

「今日はどうされましたか?」
尋ねると、さらに不機嫌そうな顔で、
「どうしたもこうしたもないですよ。」
という返事が返って来ました。

「避妊手術したはずなのに、去年も発情が来て、
 今年も、また発情が来ましたよ。
 避妊手術したら、発情こないはずじゃないんですか。」

そういえば、去年も電話で、発情が来た旨の連絡がありました。
未避妊の子よりも発情期間が短かったという事で、
去年はそのまま様子を見ていたようですが、
今年もまた発情が来たという事で、
たまりかねて病院にいらっしゃったようです。

避妊手術後は、特に猫で、
また発情が来てしまい、もめる事があります。
僕の病院では初めてのケースでしたが、
そういう、もめる事があるのは知っていましたので、
避妊手術をした後は、お迎えのとき、
必ず、摘出した卵巣子宮をお見せして、
卵巣を取りきっている事を確認してもらうようにしています。

「うちでは、一応、自信を持って手術をしていますので、
 必ず、卵巣と子宮をご覧いただくようにしているんですよ。」
と説明すると、
「でも、素人がそんなもの見たって、よく分かりませんよね。」
という返事が返って来ました。
・・それを言われるとどうしようもないですが・・。

相手がクレームを言って来ているとき、
それにムキになって反論するのは逆効果です。
そのため、まず相手の言う事に耳を傾け、
相手がすっきりしてから、こちらの話をする事にしました。
「こんなに猫が鳴いていたら、うるさくてたまらない。」
「発情がもうこないようにしてもらうために手術をしたのに、
 なんでまた、こんなに鳴いているのか。」
「去年電話したとき、手術はきちんとしたと言っていたのに、
 また発情しているじゃないか。」

まぁ、相手の言っている事は、すべてもっともな話です。
しかも、普通の発情であれば、しばらく鳴いた後、
いったん静かになるのですが、
今回は、1週間くらい鳴き通しで、ほとほと疲れたという様子でした。

僕が飼い主だったとしても、避妊手術した後にまた発情が来たとしたら、
避妊手術が失敗していたんじゃないかと疑うに違いありません。

でも、動物病院では、避妊手術後の再発情は、
長年やっている病院であれば、たいていどこでも(?)、
経験したり、話を聞いたりした事はある問題です。

避妊手術をした後に発情がくれば、
もめる事は分かっています。
そのため、こういうケースは、以前から、心構えをしていました。

クレームに相づちをうちながら、相手の話を注意深く聞いていきます。
"相手の目をしっかり見る"、"相手の話を否定しない"、
ということに注意しつつ、話を聞きます。
こちら側の真摯な態度を示す、というのが、ひとつのポイントです。

ひとしきり聞いていると、飼い主さんもすっきりしたのか、
少し落ち着いて来た様子でした。
飼い主さんが落ち着いてくれば、
こちらの話にも耳を傾ける段階になってくれるというものです。

「飼い主さんが、手術の失敗のせいだと思うのはもっともです。
 でも、避妊手術のあとで、たまに発情がまた始まる事があって、
 しばしばもめることがある、ということを知っているからこそ、
 僕としても、必ず手術後に卵巣を見ていただくようにしているんですよ。」
そう言うと、避妊手術があった後に、
発情が回帰する原因の説明をしていきました。

「今の時点で、発情がまた来てしまったことの原因としては、
 2つの可能性が考えられます。

 ひとつ目は、手術のときに、卵巣の一部を取り残してしまった、
 ということです。
 取り残しがあった場合、残っている組織はまた再生し、
 ホルモンを出し始めるので、発情行動が起きる事があります。

 もうひとつの可能性として考えられるのは、「副卵巣」の存在です。
 正常な個体でも、まれに、卵巣細胞が、
 卵巣以外の場所に存在していることがあります。
 それが、「副卵巣」と呼ばれるものです。

 この場合、避妊手術の時に、卵巣をしっかり取っていたとしても、
 残った副卵巣が活発にホルモンを出すようになると、
 発情するようになります。

 副卵巣自体は、目に見えないほど小さな組織ですので、
 避妊手術の時に、存在を確認する事は不可能です。」

いきなり副卵巣の話をすると、
いいかげんな言い訳をしているように取られかねませんが、
飼い主さんはだいぶ冷静になって来ている様子でしたので、
話を何とか聞いてもらう事ができました。

「じゃ、今、取り残しか、副卵巣か、どっちなんですか?」

「それは、分かりません。
 血液検査しても、ホルモンの数値が高いという事しか分かりませんし、
 直接組織を見てみても、取り残した組織も、副卵巣も、
 再生して大きくなっていれば、肉眼的には一緒に見えるかも知れません。

 どちらにせよ、ホルモンを出している組織があるのなら、
 それを取ってしまわないと、発情が繰り返される可能性があります。」

飼い主さんも、だいぶ理解してくれた様子でした。
「じゃ、お腹空けてみるしかないんですね?」

「そうですね。
 今、発情中で、卵巣組織が活発になっていれば、
 肉眼的に分かりやすいと思います。」

飼い主さんも、とりあえず、室内で鳴かれる事に心底困っている、
という様子でしたので、
そのままお預かりさせていただいて、手術をする事になりました。
朝ご飯は食べて来ていましたので、夜まで預かり、
夕方の診察時間が終わってから手術する事にしました。

そして、診察時間が終わり、手術開始です。
お腹の毛を刈り、消毒をして手術の準備を始めます。
外から眺めてみても、もちろんさっぱり分かりませんので、
お腹をあけてみて、判断する事になります。

残っている組織がどの部位にあるかは、
お腹を開けてみないと分かりませんので、
通常の避妊手術よりも、傷口は大きめになるとだけ先に伝えておきました。

そして、お腹をあけ、中を見ると・・・、ありました。
探すまでもなく、開けた瞬間に見つかりました。
卵胞液でぽんぽこぽんにふくれた卵巣らしき組織が、
でーんと、左の腎臓の後ろあたりに存在していました。

卵巣(?)を引っかけ、外に出してくると、
周りの血管をしばり、切除しました。
これで、今回の手術の"キモ"の部分は終わりです。
今度は取り残しが絶対起こらないように、
かなり余裕を持って取っておきました。

後は、腹膜を縫合し、皮膚を閉じると、手術は終わりです。
普通の避妊手術よりも、かなり早く手術が終わりました。

結局、取ったものを見てみても、
取り残しなのか、副卵巣なのかは分かりませんでした。
通常、卵巣は、小豆くらいの大きさですが、
今回は、液体で膨らんでいるだけで、通常の卵巣組織らしい塊は見られませんでした。
ただ、通常ではあり得ないほど卵胞液がたまっていましたので、
過剰な卵巣活動など、なにかしらのホルモン異常はあったのかもしれません。
発情中でなく、卵胞液の貯留がなければ、発見は難しかったかもしれません。

飼い主さんが迎えにくると、さきほどとはうってかわって、
ニコニコした様子でした。
どうやら、こちらに怒りを持っていたというよりは、
鳴くのに困り果て、心底鳴かないようにして欲しいと言う思いで
病院にいらしていた模様です。

"これで、ようやく鳴き声から解放される・・"、
多分、その思いで、ほっとなさっていたのだと思います。

何にせよ、避妊手術して、また発情が来たのに、
他の病院に行かず、うちにまた来てくれたという事は、
僕にとっても幸運で、ありがたい事です。

「こちらとしても、またうちに来ていただいた事に、
 感謝しているんですよ。
 また手術させてもらえたという事は、
 僕をまた信頼してもらえたという事ですから。」

飼い主さんの表情に、もう怒りの様子はありませんでした。
逆に思いがけずそんな事言われて、照れてしまった様なそぶりでした。

実際問題、再発情が来た時に、
他の病院に行かれたらと思うとぞっとします。
他の病院に行かれて、
「あ〜、あそこの病院はねぇ〜」
なんて話になったら、こちらとしてはあまりにもよろしくない話です。

それを考えると、
「今まで、取り残しでもめた経験なんてうちはないよ」
と言っている病院でも、
知らないうちによそにいかれて、
悪口を言われている可能性も無くは無いわけです。

前に他の先生と話していたところ、
知りあいの先生も、
「だいたい5年に一度くらいは、どこの病院でもあるんじゃない?」
とおっしゃっていました。

技術不足で、取り残してしまい、文句を言われるのならともかく、
副卵巣だと、気をつけようもないのが困ったところです。
取り残しがあって、再発情が来るともめるのは分かっているので、
かなりしっかり引っぱり出して、余裕を持って摘出するという事と、
摘出したものは、証拠として飼い主さんに見せる、ということにしています。
それでも、やっぱり、再発情が来て、もめるということはあるわけです。

とりあえずは、クレームをもらったときは、
相手を不愉快にさせないよう気をつけつつ、誠意を持ってお話しする、
というしかないと思います。

ミスかどうかは結局分からないところなので、
いきなり謝ったりする必要はないと思いますが、
飼い主さんがクレームを言ってくる事に対して、
それを頭から否定しようとする態度、というのは取りたくは無いところです。

今回の飼い主さんは、最初は怒っていましたが、
幸い理解はしてもらえる人でしたので、
何とか穏便に済ます事ができました。

何年もやっていると、たまにはもめる事もありますので、
そういうときは、
"怒って来た人が、笑って帰ってくれる"ように、
なんとか、あわてず、怒らず、あせらずに、
冷静に対処して行きたいと思っています。
なんでも、ものは経験、というところですね。

※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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 転載、リンクはフリーとさせていただきます。

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そうですね。どういう事にも言えますが、問題提起してもらえなければ改善の余地もないと言うことですね。隠れたクレームよりも今回のように表に出たクレームの方が対処もできるという訳ですね。この飼い主さん、きっとぽこ先生の病院から離れられませんよ^^

2007/3/15(木) 午前 11:23 youka(^^) 返信する

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いつも拝見させて頂いております。私が飼っている犬(6歳)は4歳半で避妊手術をしました。手術前からマウンティングをすることが多かったのですが手術後も相変わらずマウンティングをします。今回の内容を読んで、もしかしたらウチの子も副卵巣等が残っている可能性があるのではないかと心配になりました。確かに生理もなく、犬ですので発情時に鳴き声を出す事もありませんが、マウンティングだけは少し気になります。如何なものでしょうか? 削除

2007/3/15(木) 午後 0:31 [ ラムーチョ ] 返信する

うちの猫3匹とも去勢・避妊したのですっかり安心していました。来年又発情したら、残っている可能性があるわけですね。勉強になりました。

2007/3/15(木) 午後 10:28 CHACO-NYANCO 返信する

オスでは取り残す可能性はないですが、メスでは、再発情の話はよく聞きます。気持ちよく働きたいですし、トラブルはいやですね〜。気をつけていても、たまにトラブルは起きてしまうのが困ったところですが。

2007/3/16(金) 午前 0:51 ぽこ 返信する

あほな飼い主と格闘ですねw。思い込みの強い人が多いのかな〜? 毎日見てれば、分る筈なのに…

2007/3/16(金) 午前 2:19 osa**ymsk 返信する

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うちも雄猫飼ってるから気になったっすけど、雌猫の場合だったんすね。アパートで鳴かれたら困るっすから。安心しました。

2007/3/16(金) 午前 9:16 [ - ] 返信する

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今月うちの子も避妊するのですが手術すれば2度と発情は来ないと思ってました。子宮を取り除くわけではないんですね。

2007/3/16(金) 午後 8:23 asio 返信する

避妊手術のとき、通常は卵巣・子宮全摘出術をしますが、中には卵巣だけを取るところもあります。発情が来るのは、卵巣との関連です。子宮自体は、発情には関係ありません。

2007/3/16(金) 午後 9:36 ぽこ 返信する

今回の飼い主さん自身に、非はありません。手術したら、普通、発情は来ないと考えるからです。

2007/3/16(金) 午後 9:38 ぽこ 返信する

うちのオス猫のキュウ&コウメも発情があるみたいなんです^^;独特な鳴き方はしないのですが、メス猫に覆い被さって、後ろ足を足踏みしています☆この場合もまた手術しないといけないのでしょうか?

2007/3/17(土) 午前 0:47 たね 返信する

副卵巣ってあるんですね^^;どの職業もそうですよね?!クレームしてくる方は興奮していますから逆にコッチが冷静になって対処する事が出来ますね!納得出来る説明が出来るかもセンスと技術だと思います。

2007/3/17(土) 午後 3:45 [ - ] 返信する

クレームの対応は仰るとおり、『理由も聞かずにこちらから謝らない』『相手の言い分をしっかり聞く』だと思います。分かっているんだけど…頭ごなしに怒鳴りつけられると、スイッチが入りそうになりがちです^_^; それにしてもこの飼い主さん…ネコの鳴き声がうるさくて避妊手術…て、ちょっと考え方がずれてますよね。確かに発情期の鳴き声はうるさいかもしれませんけど…。

2007/3/17(土) 午後 10:35 とうしろう 返信する

副卵巣って言うのがあることを初めて知りました!クレームの対応は本当に難しいものですね…。

2007/4/11(水) 午後 1:39 [ まぁ ] 返信する

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お疲れ様です、ぼち!

2010/2/25(木) 午後 4:07 [ Hi*yori*tu ] 返信する

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はじめまして。猫の再発情で困り果ててこちらのブログにたどり着きました。こういうことがあるんですね・・・これから主治医さんに連絡をして、相談をしようと思っていたところです。私も3年前に手術をしたのに、去年おととしと、再発情で気が狂いそうになり、また今年も始まってしまったので、さすがになんとかしないと、、と思ってます。うちの子の場合は他の人には大丈夫なのに、私を見ると、盛ります。うれしいんですが、本当におかしくなりそうです。事例として参考になりました。ありがとうございます。

2013/2/26(火) 午後 1:25 [ air*e*ty ] 返信する

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初めまして
猫が二年半前に手術したのに、発情期の声を出すようになりどうしてよいか悩んでました。マンションなので夜中に響いて…
参考になりました。 削除

2016/4/29(金) 午前 10:09 [ とも ] 返信する

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ホルモン数値の検査はされなかったのでしょうか?

2016/5/25(水) 午後 5:19 [ animaldoctor123 ] 返信する

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> animaldoctor123さん
今回はしてないです。
怪しい感じの時には、また検討させてもらおうと思います。

2016/7/11(月) 午後 7:00 ぽこ 返信する

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飼っているメス猫が1ヶ月ほど前(生後6ヶ月くらいの時)に不妊手術をしました!最近よく床に体をこすりつけたり、いつもと違う鳴き声(うぉ〜〜〜ん)って感じでよく鳴きます!夜もよく鳴くので、寝かしてから自分も寝ます!オス猫も一緒に飼っていますが、いつも通りじゃれ合っています!飼っている犬とも仲良く遊んでいますし、鳴き声と床にこすりつけること以外は今のところ問題ありません。もしこれが取り残しとか、副卵巣でもいいです。とりあえずこれがなんなのか教えてください。 削除

2017/1/4(水) 午前 0:55 [ misaki ] 返信する

きょう、約6ヶ月になる女の子の避妊手術をしてきました。
帰宅から2時間くらい経ってから、
「にゃーごにゃーご」の鳴き喚きます。ご飯も食べて、オシッコもできました。傷口が痛いのかな?

2017/4/23(日) 午後 11:24 [ tea***** ] 返信する

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