どうぶつ病院診療日記

動物病院の診察風景や、獣医師が日頃思っていることなど

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動物愛護は誰のために

今、世間では、「動物愛護団体」と聞くと、
いぶかしいものを見るかのように反応してしまう人も、
少なからずいると思います。

動物愛護と言うと、それはもちろん大切にしないといけないことですが、
時に、愛護精神が行き過ぎてしまったり、変な方向に向かってしまうと、
世間の人の多数の理解を得られない状態になり、
時に不信の目で見られる事になってしまいます。

愛護が行き過ぎて、愛誤となってしまうのはどうしてなのか、
というテーマは次回にまわすとして、
ここでは、動物愛護というのは、
何のために行うのか、ということを考えてみたいと思います。

動物愛護というのは、読んで字のごとく、
「動物を愛護する」ということです。
広辞苑によれば、"愛護"とは、「かわいがり保護すること」とあります。

動物愛護活動、という言葉に持って行くとき、
これでは分かりにくいので、僕の言葉で言い直せば、「動物愛護」とは、

動物を大切に感じ、大切に扱う

事だと思います。

動物飼育において言うなら、愛護精神を持った飼育とは、
動物に不要な苦痛を与えず、幸せに暮らせるように配慮する、
ということです。

動物愛護というものについて考えるとき、
つい忘れそうで、でも忘れてはならないのは、

「なぜ、動物を大切に扱わなければいけないのか」

ということです。

こう書くと、たぶん、「そんなこと当たり前の事じゃないか」
という人がいると思います。
でも、その、"当たり前"と思ってしまいそうな事をどうとらえているかによって、
それがまともな活動と思われるか、それとも"愛誤"だと見なされるか、
ということが分かれてくると思います。

ある人にとっては、その行為がが当たり前でも、
違う人にとっては、その行為は当たり前ではないかもしれません。
正しい事だと思ってその行為に従うよう主張したとしても、
誰もが納得して従えるものでなければ、
社会に暮らす誰しもに、すんなりと受け入れられるわけではありません。

賛同を得られず、むしろ反発を招く様な主張であったりすれば、
本来まっとうな事を言っていたとしても、いつの間にか、
怪しい目で見られるようになってしまいかねません。

動物愛護という行為においてもその通りです。
活動をしている人が、当たり前の事だと思い、確信を持っていたとしても、
「動物のために」大切にしましょう、というだけでは、
全ての人にすんなりとは受け入れられるとは限りません。

僕としては、社会の中で、多くの人の賛同を得ていき、
反発を招かないようにするには、「動物のため」としてではなく、
「人間のため」として、愛護活動を説いて行った方が良いと思います。

動物を大切にする行為そのものが、人間のためであり、
人間社会を良くする事につながる
そう言って行かないと、
社会の中でのルールとして行くためには受けいられがたいと思います。

「なぜ動物を大切にしないといけないのですか?」
と聞かれ、「動物の命は大切だからです」と答えたとしても、
もちろん、それが間違いとは言いません。
でも、その主張が、全ての人に、すんなりとルールとして、
心から受け入れられるとは限りません。

動物愛護をして行くにあたっては、人間の利益と相反する事もしばしばです。
そんなとき、「動物のため」として強制すると、
必ずそれに反発する動きが出て来ます。

動物を大切にする事の意味は、それすなわち人間自身のためであると思います。
「なぜ動物を大切にするの?」と聞かれたなら、僕の今の答えとしては、
1.自分たちの、命を大切に思う気持ち、すなわち良心と人間性を大切にする
2.それにより、社会のモラルが引き上げられる事は、社会の安定に役立つ
ということになります。

間接的ではありますが、それによって、
社会に暮らす人たちの生命や財産が守られるための、
基礎の部分を形成するのに役立つ、ということです。

個々人の高い倫理観、モラルは、自由社会において、
社会の根底を支える基盤となるものです。

今ほど、「命の大切さ」や生命倫理について見直されている時代はありません。
動物の存在を通じて、自分たちの命への向き合い方を考え直す事は、
自分たちの生き方と自分たちの社会のあり方を、
そのまま問い直す事につながると思います。

動物のことを大切に考え、扱う事は、
動物にとっての問題ではなく、人間自身にとっての問題です。

「大切にしないといけないから大切にする」のではなく、
「大切にしたいと思い、大切にする」
という姿勢でなければいけないと思います。
そう思い、大切にすることができる人こそが、
「命の大切さ」を心に持っている人なのだと思います。

※傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。
 この文章は、多くの人に読んでいただきたいですので、
 転載、リンクはフリーとさせていただきます。

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もともと「命の大切さ」ということについての小難しい本を出したいと思って四苦八苦していたのですが、実績がない、ということで出版に至らなかった経緯があります。こういうことを述べたいから、文章を書き続けているわけです。実績と知名度がないのでだめだと言われるのは、何とも辛いものですが、へこたれずがんばってます。

2007/4/10(火) 午前 0:23 ぽこ 返信する

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初めまして。突然ですがこの記事を読んでいて感じた事があったのでコメントさせて下さい。『愛犬ロシナンテの災難』というドラマをご存知ですか?このドラマは現実的な展開が原因で、動物愛護団体からDVD化・ドラマの再放送を禁止されました。しかし、あくまで非情なのはストーリー上の事で、撮影において動物虐待に類する事は行われていなかったそうです。これも仕方の無い事なんでしょうか?『動物愛護』というモノは難しいんですね。。。乱文失礼しました。不適切でしたら削除お願いします。

2007/4/10(火) 午前 0:38 みぃ 返信する

愛護団体は全てとは思っていないし、一部の方だけかも知れませんが、人間社会の常識がありません。或る市で動物愛護活動をしていた人が動物飼育禁止の貸しマンションで26匹もの猫を保護飼育していた為、回りの住人から苦情が出てマンションを追い出されるので緊急里親募集していました。この方は私が里親を申し出たときに断ってきた方です。(先住犬・猫がいるから)でも、うちは私所有の一戸建てで大きい方です。ご自分は動物禁止マンションで26匹も飼っていたなんて…どうかしてます。今日、ネットで知りました。

2007/4/10(火) 午前 2:01 稀咲 妃 返信する

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『動物愛護活動』、人の欲が絡んで本来の目的が見失われている昨今、良い印象を持たれない言葉ですね。。私は『動物愛護』は、『動物という一つの命を愛し、護りたいと願う心』から生まれるものだと思っています。『愛護活動』はその想いに付随して個々でなされるものであり、動物(犬猫)のレスキューなどを行っている団体の活動は『保護』にあたると思っています。欲深い団体への不信はありますが、愛護団体に苦言するよりも『保護』をしなくても良い世の中にしていきたいです。

2007/4/10(火) 午前 2:22 さぁや 返信する

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『大切にしたいと思い、大切にする』当たり前のことだけど、とても心に響く言葉だと思いました。例え動物が嫌いでも、命を命として大切に敬う心を育てることは先生がおっしゃるように人間社会にとっても有意義ですよね。ただ、希望としては、そんな交換条件のようなことを提示しなくても『命を敬うことの大切さ』に気付けるような世の中であって欲しいと思います。。それが難しいから差別や戦争がなくならない世の中なんだとも思いますけどね。。話題が少し記事からはずれてしまいすみません。。

2007/4/10(火) 午前 2:22 さぁや 返信する

早く続きの「何故、愛護が愛誤になってしまうのか…」が読みたい。結局私はアメショーをブリーダーさんから買ったのですが、やっぱりどうしても、ピッかな漆黒の黒猫が欲しい。純血だとボンベイ。でもほとんど販売してないから雑種を手にいれるしか無く困ってる。そんなこんなで…何で彼女(彼)らは、メールに個人情報書かせておいて返事もしないなんて当たり前な程、非常識になってしまうのか知りたい。某堅い企業に勤めてる顔も持つ私としては理解し難い。そして対策を練り再チャレンジする。

2007/4/10(火) 午前 2:24 稀咲 妃 返信する

すごく良い意見だと思いました。転載させてください。

2007/4/10(火) 午前 3:26 [ chi*a*ri ] 返信する

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自分では動物に対して色々と考えて行動していると思っています。その私も動物保護の名の下に行き過ぎた行動をする人たちは何故こんな行動を取るのかと頭をひねります。動物の事を考えるのはあたりまえですが、「人間のための動物愛護」であるという事が抜けてしまっているのでしょうね。 何かのテレビで見たのですが、心の病気である場合もあるようですし。

2007/4/10(火) 午前 7:28 [ - ] 返信する

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「動物のことを大切に考え、扱う事は、動物にとっての問題ではなく、人間自身にとっての問題です。」←同感です。昨日もこの件に関連する記事をUPしたところです。「大切にしないといけないから大切にするのではなく、大切にしたいと思い、大切にする」←だと思います。本当に動物を可愛がっている方なら、「理屈」ではなく、心で(自然に)感じる感情だとおもいますもん。さすが、先生ならではの、素晴らしいまとめだと思いました。。早速転載させていただきますね。。(*^^*)

2007/4/10(火) 午前 9:00 ハルるん 返信する

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へこたれずがんばってます。←お忙しい日々の中で、本当にお疲れ様です。遠からぬ未来に、実現する日が、来るような気がしますよ。。

2007/4/10(火) 午前 9:01 ハルるん 返信する

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「愛護」という言葉は少々語弊がありますね。本来は情緒的な「愛する」個人的感情以前に「生命を尊重して護る、保護する」理念が重要なのだと思います。「愛護」と聞いてちょっと退きたくなるのは、しばしば情緒的な感情が過ぎて偏見的な愛護に走る人も少なくないからです。血統種にこだわったり人間の子供感覚で扱い本来の「動物」としての生態を無視したり。動物愛護(私としては「保護」としたい)啓発も、根幹は「情けは人の為ならず」(他の生命を慈しむことは自らのためになる)ですね。

2007/4/10(火) 午前 11:56 heartail 返信する

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「人間のため」として、愛護活動を…それが、動物愛護管理法の主旨ですよね。で、それが「動物の権利」という面においての限界です。ま、私もよくわかんないですが(笑

2007/4/10(火) 午後 9:27 タロ 返信する

動物愛護、というものに対しての捉え方も、人によって少しずつ違っているんだと思います。行き過ぎている活動が目立つ事によって、そういう団体は怪しい団体、というイメージができているのが残念なところです。

2007/4/10(火) 午後 11:32 ぽこ 返信する

愛護、という言葉は、上から見ている様な気がして、どうも引っかかるところがあります。かといって、「大切に思い、大切にする」と考えた場合、うまい言葉が見つかりませんね。

2007/4/10(火) 午後 11:34 ぽこ 返信する

僕の言っている「人間のため」というのは、自分たちの人間性を大切にするため、という意味です。今までの概念で「人間のため」というとき、それは、人間の"利益"のため、ということを意味しています。そこらへんが、微妙に違います。

2007/4/10(火) 午後 11:36 ぽこ 返信する

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