どうぶつ病院診療日記

動物病院の診察風景や、獣医師が日頃思っていることなど

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愛護が愛誤になるとき

今、世の中では、しばしば動物愛護の大切さが叫ばれるようになってきています。
でも、それが「愛護団体」についての話となると、しばしば、
"過激な団体"だとか、"愛誤団体"などと、
色眼鏡を通したような目で見られ、語られるようになります。

愛護団体についての話をするとき、彼らの主張を聞く前に、
その団体が、"まともな"団体か、それとも"まともでない"団体か、
ということが問われたりする事もしばしばあるようです。

愛護団体である限り、その目的が「愛護を名乗った募金詐欺」でないならば、
その活動は「動物を大切にしたい」という思いから始まっているはずです。
でも、しばしば、その主張が社会にとって
受け入れられないようなものとなっていたり、
そんな主張を繰り返すことによって、
愛護テロのような目で見られたりしていることもあります。

先の記事で、動物愛護はすなわち「人のために」行われるべきものだ、
と書きました。

「動物愛護は誰のために」
http://blogs.yahoo.co.jp/ponpoko6691535/9127535.html

「動物のために」活動をしようとする時、
そこでは必ず、人間社会の利害との間に対立が起き、
受け入れられない主張と見なされる可能性が出て来ます。
時に、人間社会と愛護とは、相容れない、
対立する概念である様なとらえられ方をする事もあります。

でも、そもそも動物愛護が誰のためのものかと考えるなら、
それは、人間自身のためのものです。
動物愛護とは、自分たちの人間性・良心を大切にするために、
動物を大切にしようとする行為です。

動物を大切にする事は、「動物を大切にしたい」と願う、
自分たちの願いを叶えるための行為です。
動物愛護問題は、実は人間自身の心の問題であり、
人間社会自身の問題です。
動物を対象にしてはいますが、大切にしようとするのは自分たちの内部にあるものです。

動物愛護団体と愛誤団体の決定的な違いは、

「何を一番大切にしようとしているか」

ということであると思います。

まともな動物愛護団体は、自分たちの活動を社会活動の一環として考え、
社会のための活動として、
焦点を「人間と人間社会」に当てて考えようとします。
自分たちの活動は、あくまでも、

自分たちの社会を良くしようとするための活動です。


でも、"愛誤を行っている"とされる団体は、

焦点をあくまでも動物の側に当て、

「動物のために」ということが、最優先になってしまっています。


そこでは、動物が大切にされる事こそがなによりも大切で、
社会に暮らす人の生命や財産は、
時にその目的のために迷惑を被ったとしても、それは致し方ない、
という主張が時にされることになります。

動物が大切に扱われる事こそが何よりも大切で、
それ以上に優先されるべき事はないという、
いわば、「愛護原理主義」に陥っています。
動物の側を向いてはいても、人間社会とそこに暮らす人たちの事は、
しばしばなおざりになってしまっています。

"動物のために"、社会の側は迷惑を甘んじて受け入れろ、
という主張は、しばしばはた迷惑で、受け入れがたいものと見なされます。
でも、社会に受け入れられ、社会を変えようとするならば、
それなりに、社会に暮らす人たちが、
納得して受け入れられる様な主張でなければいけません。

でも、社会の多くの人が受け入れられない様な主張をしていながら、
その主張がなぜ受け入れられないかを考えようともせず、
自分たちの主張が通る事こそが何より大切、
と考えてしまうからこそ、"おかしな団体"と見なされてしまうのです。

"動物のために"行動しているつもりでも、突き詰めて言えば、
それは、

「動物の事を大切に思っている、自分の心を大切にするため」

の行動に他なりません。

それなのに、視野を狭めたまま、
一方的に自分の言いたい事だけを主張し、
自分の要求を通し、欲求を満たそうとしているように見えるからこそ、
しばしば「自己満足だ」という批判を受けてしまうのです。

動物愛護が人間社会に取って受け入れられるものとなるには、

「動物を大切にしようとする事自体が、人間社会を良くする事につながる」

となっていなければだめだと思います。

焦点を合わせるべきは、常に人間と人間社会の方であると思います。
人間社会を、自分たちの理想を妨げる、敵の様な存在と思ってしまうのは、
それ自体に問題があると思います。
社会と対立する立場になってしまうとしたら、やはりその行動には、
おかしな、反省すべき点があるのだと思います。

動物を大切にする事は、人間のためであり、人間社会のためそのものです。
そう考えて行き、受け入れられる様な主張をして行かなければ、
世の多数の人に受け入れられる事は難しいと思います。

※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
 傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。
 この文章は、多くの人に読んでいただきたいですので、
 転載、リンクはフリーとさせていただきます。

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閉じる コメント(37)

「お利口な生徒だけではダメなんです」は、「常識とされていることも、ちょっとは疑え」という意味かと思いました。まぁ、ネットではいろんな意見が集まってきますので、そう大きく反応することもないだろうと思っています。アニマルポリスにしろ、オーナーライセンスにしろ、一朝一夕で動くものではないですので、腰を据えていかないといけないと思います。

2007/4/14(土) 午後 2:53 ぽこ 返信する

ふむふむ。なるほど…。流石ぽこセンセイ!!「常識を疑え」…かぁ。フッw。でも、「常識を知れ」…が先でしょう笑!ね♪

2007/4/14(土) 午後 4:00 稀咲 妃 返信する

一応断っておきますが、僕は、"すばらしい人間"でもなければ、"すばらしい名医"でもありません。日々、自分なりに思い考えながら暮らしているだけの、ごく普通の町の獣医さんです。モットーは、「すごい獣医さんにはなれなくてもいい。良い獣医さんになれるようがんばろう」です。あまり持ち上げすぎないでくださいね。

2007/4/14(土) 午後 11:44 ぽこ 返信する

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もう一度だけお邪魔します。 真理哉さま、貴女はこのブログで自分が物知りだという事を言いたいの? 誰でも知っているような質問はしない様にね。 人間社会において、動物達が犠牲になっていないと思うほうの根拠を逆に知りたい。あまり自惚れたコメントは自重なさった方が宜しいかと。 あっ、それからセンセイは死活問題なんかじゃないと思いますよ。 人間できてますから、背伸びしてる誰かさんと違って。 では、失礼しました。 削除

2007/4/16(月) 午後 11:22 [ DD ] 返信する

この手の記事は、どうしても荒れる原因になるようです。世の中には、こういう問題にはあまり意識していない人が多い中で、関心があり、自分なりの意見を持っている人は、それぞれ、自分の意見が正しいと信じているからだろうと思います。違う意見を持つ人がいることは当たり前の事なので、あまりかっかしないようにすることが大切だと思います。まぁ、ブログのコメント欄でケンカしないでください・・。

2007/4/17(火) 午前 0:00 ぽこ 返信する

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ぽこ先生ごめんなさい。 私も反省しています。お邪魔しました。 削除

2007/4/17(火) 午前 1:09 [ DD ] 返信する

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はじめまして。 私は【動物のための動物愛護を】ということばを胸に、個人で野良猫の保護をしております。こちらさまのご意見、非常に興味深く読ませていただきました。基本的なところでの意見の相違はありますが、過去記事これから少しづつ読ませていただきます。 削除

2007/4/17(火) 午後 6:22 [ noraみゃん ] 返信する

「動物の事を思う」というのは、とても良い事だと思います。でも、動物だけを向いてしまい、他の人の迷惑になってしまうのは良く無い事だと思います。「私がこんなに良い事をしているのだから、それに反対するのはひどい人だ」と思うのはよくありません。地域にとって、どう思われているか、というのも、活動を持続させる上ではとても大切な事だと思います。

2007/4/17(火) 午後 11:47 ぽこ 返信する

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おはようございます。お忙しいところ、ご返信をありがとうございます。 良いことをしているという驕りは私にはありません。人間にとってはむしろ悪いことなのだとわかっている部分もあります。ただ、地域からのご意見には敏感に対応させていただいております。一度、猫嫌いの方ともめ、攻撃が猫に向かってしまった苦い経験があります(猫は無惨に殺されました)まだ半分も読んでおりません。これから過去記事を読みつつ勝手なコメントを残すことをお許しくださいませ。よろしくお願い致します。 削除

2007/4/18(水) 午前 5:56 [ noraみゃん ] 返信する

DDさん、先生が「ここでケンカしないで」と言ってるから、私のブログに来てコメントして下さい。DDさん、私は自惚れてるんじゃなくて、自分主義者なの♪「世界の中心は私」とも思ってるし。そして他の人も「世界の中心はみんな自分」で良いのだと思ってる。でもそれは、社会通念上の常識があってこそ、なのね。私は、誰でも知ってることを「知ってるか?」と聞いてるじゃなくて、その誰でも知ってることを「社会通念上の常識が無い・ように見える貴方はどう思うのか?」ってことが聞きたいのよ。分からなかったの?トホホ…。

2007/4/18(水) 午前 9:57 稀咲 妃 返信する

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大変参考になりました。
これからも、ちょくちょく読ませていただきます。 削除

2008/1/18(金) 午前 7:41 [ はなみずき ] 返信する

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記事を読ませて頂きました。
>焦点を合わせるべきは、常に人間と人間社会の方であると思います。
と書かれていますが、ペットショップの生体販売などに関してどのようにお考えでしょうか。 削除

2009/12/30(水) 午前 2:50 [ ココ ] 返信する

ココさん、おはようございます。
僕自身は、ペットショップで売るのではなく、ブリーダーなどのところに直接購入しに行く形態がベストだと思っています。
大量仕入れ、大量販売、「安さへの挑戦!」などといったものは、パピーミルの温床ですね。

2010/1/4(月) 午前 9:54 ぽこ 返信する

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その通りですね、賛同です。

改めてファン登録させてください。

2010/3/2(火) 午後 0:51 たんぽぽ別館 返信する

たんぽぽ別館さん、おはようございます。
登録ありがとうございます。

2010/3/3(水) 午前 9:07 ぽこ 返信する

読んでいてなるほどと思いました。
愛護(愛誤)の人たちが
「こんなの迷惑のうちに入らない」とか
「これが迷惑だなんて人間が小さい」とか

「住民はこういう努力をすべきだ」
という主張をよく見かけますが、こう言った主張は100パーセント通らないでしょうね。
本人たちは社会を変えていきたいそうですが。

そして、受け入れてくれない「人間が悪い」「自分達は正しいんだ」と軋轢を産む。

「他人に迷惑かけてでも」はお断りです。

2010/6/1(火) 午前 10:52 [ gagagaga555 ] 返信する

gagagaga555さん、おはようございます。
自分が正しくて、周りが間違っていると思っている人は、時に大変ですね。
周りがどう思っているかというのも考えないと、余計こじれていきますから。

2010/6/4(金) 午前 9:45 ぽこ 返信する

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はじめまして^^ 動物愛護(野良猫を助けたりしている程度ですが・・)考えています。
動物愛護って様々な側面があります。
身近な地域猫、殺処分、虐待などは人間の社会をよくするためという先生のテーマでぴったりくると思います。
もうひとつ、動物実験、イルカやクジラの殺生、肉を食べること、ペット業界の問題、毛皮などを語る時どうしても人間のために!と言えなくなってしまう時があるのです。大雑把に申し上げてしまいますが、毛皮の問題はやはり残酷さだけをアピールせざるを得なくなってしまいますよね。これは、前記の問題と完全に分けて考えるべきものと思います。この点を混同して、特別視してしまうような風潮もあります。あえて言うなればペット愛護と動物愛護というものの違いのように考えます。
恐らく先生のおっしゃっていることはペット愛護ということではないかと・・・・(批判ではありません^^)
この点をどうお考えでしょうか?

ちなみに私は、動物たちの苦痛を考えることを一番のテーマにするべきと思っています。
一概には論じることが不可能ですが、ぜひお考えを拝受いたしたくコメントを残させていただきました

2012/4/25(水) 午前 0:43 [ hihi ] 返信する

難しい部分もあるけど、地域の理解を得ながら、野良猫を地域ネコとしてお世話している私も最近、愛護の本来の意味がわからなくなってきてました。でも野良猫にも生まれてきたからには、うまく生き抜いてほしくて頑張ってきました。これからもTNRした子については終生お世話はしていくつもりです。周りの方の迷惑にならないように。

2014/4/17(木) 午後 5:43 クララレイ 返信する

補足です。私も上のhihiさんのコメントには、すごく共感する部分がありました。

2014/4/17(木) 午後 9:04 クララレイ 返信する

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