どうぶつ病院診療日記

動物病院の診察風景や、獣医師が日頃思っていることなど

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「"努力"はするな」

僕が中学生の実習生とか、若い子がやって来るとよくしてあげる話があります。
それが、「”努力”はするな」、という話です。

僕のこれまでを振り返っても、僕はおおよそ、”努力”と言われるものをした覚えはありません。
大学に入ることができ、国家試験にも受かって獣医師になりました。
動物病院を開業しながら、一からプログラミングの勉強をして、20個以上の獣医療アプリを作ったりもしました。
今はマラソンの練習に、月200km以上走っています。

でも、それが”努力”をした結果かと言われれば、僕は「どれも努力などしていない」、と答えます。

例え話をしてみます。
テレビゲームが大好きで毎日何時間もゲームをしている人がいたとして、それに対して「努力をしているね」、と言う人はいません。

それはなぜでしょうか?

それは、本人が楽しくてやっていることだからです。
やりたくて、ただやっているだけのことを趣味とも言いますが、ゲームを楽しんでやっている人が、「すごいね、偉いね、努力をしているね」と言われても、「すごくもないし、偉くもないよ、これは楽しくてしているだけなんだ」と答えると思います。

僕の定義においては、”努力”と言うのは、「辛くても苦しくても、歯を食いしばって、それをやり続ける」という行為のことです。

世の中では、努力というのは、やりたいことを我慢し、自分の心に打ち勝つ強さを持った、偉い行為なのだと見なされています。

でも、本当に本人にとって身につくことというのは、楽しくってしょうがなくて、やりたくて仕方がないから、自分から喜んでやっているということなのだと思います。

努力をしなければいけないものというのは、義務として、やらなければいけないから、歯を食いしばってやるものです。

そうではなく、楽しくて、やりたくてしているということであれば、それは努力ですらありません。

勉強は楽しいものです。
スポーツも楽しいものです。
新しいものを知り、触れ、体験することは、自分の視野を広め、自分の可能性を広げてくれる、とても楽しいことです。

勉強でもスポーツでもそうですが、「やりたくてやっている」人間と、「やらないといけないからやっている」人間では、その学習効果には大きな差が生まれます。

天才というのは、「楽しいから自分からやっているうちに、勝手にどんどん上達してしまう」人間のことだと思います。
“努力”をしている人間が、天才と言われる人間に敵わないのは、「トレーニングを努力とも思わずに、楽しんでどんどんやっている」からなのだと思います。
彼らに「そんなに努力をして偉いですね!」と言ったとしたら、「いや、楽しいからやっているだけなんで、別に偉くはないです」という答えが返ってくると思います。

「努力をして偉い」と思っている人が、「やりたいことを我慢して、辛いことをし続けている人だ」と思い込んでいるだけで、当の本人は、楽しく、やりたいことをしているだけなのです。
やりたいことをしている人にとっては、「ストイック」という言葉は無縁のものなのだと思います。

“努力”をしないと何かをやり遂げられないというのは、結局、その楽しさに気がつかずに、「やりたくてやる」状態ではなく、「やらないといけないからやる」という状態にしかなっていないからだと思います。

「“努力”をするな」という言葉は、言い換えると、「やりたくないことを、歯を食いしばってやり続けるなんて面白くもなんともない。自分が心からやりたいと思えることを見つけて、「楽しくて仕方ないから、やりたくて仕方ないことだからそれをする」、そう言える人間になれ。」
ということです。

親の役目というのは、本人が楽しくないことを「歯を食いしばってやり続けろ」と言うことではなく、本人が心から楽しくて、自分から取り組めるようなものを見つけられるように(あるいは取り組むことの楽しさを分かるようにしてあげられるように)、協力してあげることだと思います。

努力をしないとできないようなことというのは、結局それなりの結果にしかなりません。
本当にものになり、人生を豊かにするのは、自分がやりたいと思い、取り組んでいけるものです。
そして、自分が心からやりたいと思えるものに出会えることは、本当に幸運で幸せなことなのだと思います。

本当に自分がやりたいことを見つけて、自分から取り組んでいける、そんな人間になって行って欲しい、と若い子供たちには願っています。

※転載、リンクはご自由にどうぞ

数年前からちらほら話を聞くようになってきて、
動物病院業界でも問題視されるようになっているのが、
「無麻酔下での歯石除去」というものです。

通常、動物病院における歯石除去術というのは、
動物に全身麻酔をかけて行います。

人間であれば、歯科医が「口を開けてくださいね」と言えば、
患者が自分の意思であーんと口を開けておいてくれるため、
よほどの事でなければ全身麻酔を用いる事はないと思うのですが、
動物ではそうもいかないため、全身麻酔下で行うのが主流になっています。

ところで、歯石がある程度ついてきた動物というのは、
ある程度の中高齢である場合が多いため、
「麻酔」というものに対しての危惧をされる場合も多く、
そのために、”無麻酔下”での歯石除去を売りにするペットサロンや動物病院というのがちらほら出てきています。

麻酔というのはもちろん獣医師免許を持っている獣医師でなければできないのですが、
”病気の治療を目的としない”歯石除去というのは、
「獣医療」とは認められないらしく(グレーゾーンみたいですが)、
ペットサロンなど、動物病院以外で行うところも出てきているようです。

ペットサロンが獣医療的なことをするというのも正直問題だと思うのですが、
患者を呼び込めるからということなのか、
逆に動物病院でも”無麻酔下の歯石除去”を行うところが出てきているようです。

今回は、無麻酔下での歯石除去の是非と問題点について、考えてみたいと思います。

まず歯周病の治療・予防という観点から見れば、間違いなく「非」です。
なぜなら、歯周病治療の目的とすることを、まるで果たすことができないからです。

歯石除去というのは確かに美容目的で行われる場合もあるのですが、
その一番の目的は、「歯周病の進行の防止」であり、治療のための処置です
(これを目的としないから、ペットサロンで行われているということでもあるのですが)。

よく勘違いされることですが、歯石自体は歯周病の原因ではありません。
歯周病というのは、細菌が歯の周囲で増殖し、
その毒素によって炎症が引き起こされて進行していく、
「細菌による感染症」です。

炎症が進むと、歯周ポケットが深くなって行き、
やがて歯を包んでいる骨が溶け、
歯周靭帯も切れてしまい、歯がぐらぐらになって脱落します。

歯周病はゆっくり進行する病気ですが、
一度骨や靭帯が失われると、その病変は不可逆的です。
その進行を食い止めるために行われるのが、歯石除去を始めとした口腔ケアです。

歯冠部分の歯垢の中や歯石の表面にも細菌は存在しますが
(歯石の内部には細菌がいるわけではないので、
 歯石の存在自体は歯周病の進行には無関係です)、
一番害となるのは、歯周ポケットの中にいる菌です。

歯周ポケットの中は酸素濃度の低い、嫌気的な環境となっています。
そのため、嫌気性菌という菌が増えるのですが、
この菌は歯垢や歯石表面にいる菌よりも強力な毒素を出すため、
重度に炎症を起こし、歯周病の進行を早めます。

イメージ 1


歯石取りなどの口腔ケアを行う際、動物病院では、
歯石を超音波スケーラーによって破壊し取り除き(スケーリング)、
歯の表面を研磨剤で磨くことによってつるつるにします(ポリッシング)。
それに加えて、歯周ポケットの中の汚れをかき出して綺麗にします(ルートプレーニング)。

特にルートプレーニングというのは、
歯周ポケットに溜まっている汚れと嫌気性菌を取り除くために、
とても大切な手技です。

イメージ 2


無麻酔下でどこまでやるのかは知りませんが、
超音波スケーラーはかなりの振動が加わるので、嫌がってできないでしょうし、
歯周ポケットの中に器具を差し込んで掃除をするというのも、
とても無理だと思います。

おそらく歯石を砕いて取り除いた後に、ハンドスケーラーでこするくらいだと思うのですが、
その状態では歯の表面には細かい歯石がたくさん付いていてざらざらなので、
その後歯石が再付着しやすい状態になっています(無麻酔下でポリッシングができれば別ですが)。

歯周病の進行の防止をするためには、
歯周ポケットの中の汚れや細菌を取り除く必要があるのですが、
そこに手をつけないのであれば、
歯周病の予防的に見れば全く意味がないことになります
(歯周病の治療や予防を謳ってしまうと獣医師法に引っかかってしまうのですが)。

また、無麻酔下での処置の売り文句は、
「麻酔をかけないので安全」ということだと思うのですが、
麻酔をかけないことが体にいいかというと、
必ずしもそうとは言えません。

例えば心臓が悪い動物では、麻酔をかけるとなるとリスクがあるのはもちろん確かですが、
心臓が悪い動物にとって、むしろ何よりリスクなのは「血圧の変動」です。

嫌がるのを無理に抑えて処置を行おうとすれば、
血圧が上がることによって、余計に心臓に負担がかかり、
それは命を脅かすリスクとなります。
無麻酔で行うことが低リスクかといえば、”そうとも言えない”というのが答えになります。

また、歯周病の進行している動物においては、
「予想外のリスク」は常に付きまといます。

歯周病が進行している動物では、しばしば歯周病の進行によって骨が溶けています。
以前にも、スケーリングを希望ということで診察してみると、
すでに顎が折れていてびっくり仰天、ということもありました。

まだ骨折していなくとも、
歯槽骨がかなり溶けていて骨折寸前という場合もあるでしょうし、
そういう場合に嫌がって暴れたりすると、
止めの一撃となって顎の骨が折れる、という可能性だって十分にあります。

無麻酔での歯石除去についての結論を言えば、

・歯石を除去して口が綺麗に!
 →なりません。
  一番綺麗にしないといけないところ(歯周ポケット)は汚いままです

・安全です!
 →安全とは言えません。
  心臓の悪い動物で興奮すると余計危険ですし、
  骨が溶けてきている場合は、特に骨折のリスクがあります。

ということになります。

嫌がる動物を無理に抑えると、精神的な負担がかかるという可能性もありますが、
それは動物の性格や抑える人の技量次第の部分もあるとは思います。

ということで、うちの病院においては、
無麻酔下での歯石除去の相談をされた時には、
歯石除去が何を目的とするのか、というところから説明を始めて、
その返答は「完全否定」してしまう形になってしまいます。

実際、獣医師の歯科研究会の見解においても、
「無麻酔下での歯石除去は、”行うべきでない”」
とアナウンスされています。


少なくとも現段階においては、
獣医療における主流の見解は、
「百害あって一利なしなのでするべきではない」ということになっています。

獣医療的に否定されているにも関わらず、
やるところが無くならないのは(ペットサロンにしても動物病院にしても)、
麻酔というものへの不安感があるとともに、
歯周病についての動物病院側の周知の不足があるのだと思います。

歯周病の治療と予防のためには何が必要なのか、
またそのためにはなぜ麻酔が必要なのか、
ということをしっかりと伝え、さらに、
動物病院ではきちんと状態を把握してできる限りに安全に麻酔をかけるんですよ、
ということをきちんと飼い主さんにお伝えして行くことが必要だと思います。

確かに心臓が悪かったり、持病を持っていたりして、
麻酔をかけるのにリスクがある症例があるのは確かです。
かといって、そういう子を無麻酔下で処置を行うことが”安全”かと言えば、
けしてそうとは言えない、ということも確かだと思います。

実際、心臓が悪い動物に麻酔をかけるよりも、
心臓の悪い嫌がる動物を無理やり抑えつけて、嫌がることをする方が、
急性心不全の状態に陥らせてしまう可能性ははるかに高いです。

しっかりと意義を説明するということと、
しっかりと手技を行うということは、
飼い主さんに納得してもらうためにもっとも重要なことですので、
きちんとお伝えしていきたいなと思っています。

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先日、飼い主さんからびっくりするようなことを言われました。

なんでも、
「『フロントラインは農薬だから体に悪い』と言われたのですが、本当ですか?」
というのです。

どこからそういう話が出てきたのかは不明ですが、何やらそういう噂が一部で流れているようです。

さらに、
「使用を禁止している国もあるという話も聞きました」
ということです。

僕は、以前農薬の中毒についてのまとめを地域の勉強会で発表することがあったので、それを聞いてははーんと思いました。

フロントラインの成分はフィプロニルですが、確かに農薬としても使用されています(日本では製品目「プリンス」)。
そして、確かにヨーロッパなどでは農薬としての使用を規制されてもいますが、それは"体に悪いから"という理由ではありません。

規制に至った一番の理由は、「ネオニコチノイド系農薬が与える養蜂業への被害」というものです。
ちょっと前、ヨーロッパでのミツバチの大量死が問題になっている、というのをニュースで聞いたことがあると思いますが、ネオニコチノイド系農薬こそ、その原因ではないかと考えられているものです。
フィプロニルは厳密にはネオニコチノイドそのものではないそうですが、性質が似ているためその仲間に加えられています。

ネオニコチノイドは農薬として使用される時、種子を液剤に浸漬したり、有機リン剤などと混ぜて散布したりして使用されるそうです。
植物内の移行性と残留性が高いため、植物に染み込んだ成分は、花粉を採取しにやってきたミツバチによって巣に持ち帰られます。
そうして巣に持ち帰られた薬剤によってミツバチが死滅してしまうため、大量死を起こし、養蜂業に大きなダメージを与えてしまいます。

他の昆虫にも作用し、虫が減って鳥も食餌がなくなってという、食物連鎖への大きな影響を与えるという側面もあります。
養蜂業への影響が大きいため、ヨーロッパなどでは主なネオニコチノイド系農薬はその使用が禁止されています。

と、そこまできちんと理解した上で話が伝わるのであればいいのですが、どうやら飼い主さんから聞いた内容では、噂となって伝わっている話は、

1.フロントラインは農薬として使用されている
2.農薬は体に悪い
3.だからフロントラインは体に悪い

ということで理解されてしまっているようです。
情報の幾つかはあっているのですが、三段論法となってしまっていて、間違った結論になってしまっています。
どこから出てきたのかは分かりませんが、これは情報発信とは呼べず、ただのデマの流布に過ぎない内容です。

フィプロニルがヨーロッパで規制された原因は、"体に悪いから"ではなく、「ミツバチへのダメージが危惧されたから」です。
ネオニコチノイドで言うなら、同じく動物医療で使われているイミダクロプリドやニテンピラムなどもそうですが、イミダクロプリドはヨーロッパで使用が真っ先に禁止された薬剤の一つでもあります(禁止の理由は同上です)。

犬猫にフロントラインをつけていたら、そこにミツバチが寄ってきて、その毛や皮膚を巣に持ち帰るため養蜂業にダメージを与える可能性がある、というのなら話は分からないでもないですが、そんなことは現実的にもありえないと思います。

もしもそういう話を尋ねてくる時には、おそらく飼い主さんは、
「体に悪いので使用禁止になっている」
と思っていると思いますので、そうじゃないんですよと教えてあげるといいのではないかと思います。

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「太平洋戦争をどうすれば回避できたのか」ということは、歴史好きな人間の一人としてずっと考えていることですが、今のところの結論としては、「英米に敵として見なされてしまった時点で、何をしようが戦争は避けられなくなってしまった」というのが結論だと思っています。

歴史の流れでいうと、
1904-1905年、日露戦争
1914-1918年、第一次世界大戦
1923年、日英同盟失効
1929年、世界大恐慌
1931年、満州事変
1940年、日独伊三国同盟
1941年、太平洋戦争勃発
というのが大きな流れです。

太平洋戦争の種は、日露戦争の後にすでに蒔かれてしまっています。
この時の政策の間違いが、取り返しのつかない破滅へと、日本を追い込んでしまいました。
1930年代になって、どうアメリカと交渉しようが、その時点では、アメリカもイギリスも、日本のことを敵として認識しているので、どう立ち回ろうと努力をしてももはや手遅れです。
太平洋戦争は、日本を倒すべき敵と認識したアメリカによって、詰め将棋のように、"戦わざるを得ない"状況へと追いこまれ、起きてしまった戦争です。

日露戦争の勝利によって、日本は満州地方への進出を果たしましたが、この時にアメリカは「満州の共同運営」をしようと日本に持ちかけてきていました。
日本にとってかなり有利な条件だったということですが、アメリカの進出を警戒した日本はこの提案を断り、日本とロシアで満州を共同統治する道を選びました。
結果、アメリカは日本を、"国益を阻害する脅威"と認識しました。
結局これが歴史のターニングポイントになったと思います。

また日露戦争において、日本はイギリスの助力を得てロシアに勝ったのに、戦後はロシアと組んで満州を経営する形になりました。
日清・日露と、ずっと国是であり日英同盟の目的だった「ロシアとの対峙」は、少し路線変更ということになります。

日本がロシアと妥協せず、日・英・米の共同で満州を運営しながら、ロシアへの共同の防波堤とする、という道さえ取っていれば、その後の歴史はがらっと変わっていたと思います。
結局イギリスもアメリカも日本の野心を疑い、両国に「日本は味方ではないのではないか」という思いを抱かせることになりました。

その後、第一次世界大戦で英米はドイツと戦いましたが、日本もその時、日英同盟に従って、青島、サイパンなどを攻めました。
イギリスからは欧州への戦艦・巡洋艦の派遣を要請されていたのですが、日本は艦船の損害を恐れて、戦艦・巡洋艦は派遣せず、駆逐艦の派遣にとどめました。

対照的にアメリカは友軍として艦船を多数出し、最大級の助力を行いました(ドイツに直接攻撃をされたからですが)。
これが、イギリスにとって、「日本は同盟国と呼ぶに値しないのではないか」という思いを抱かせたであろうとは思います。
結局、その後日英同盟は延長されず、失効してしまいました。

その後、1929年に世界大恐慌が起こり、世界は不況に襲われました。
日本、ドイツ、イタリアは"持たざる国"としてファシズムが台頭し、対外拡張を行っていくようになりました。
それも、日英同盟が生きていて、日本が「真に守るべき友好国」と認識されていれば、イギリスの経済圏に入れてもらえていた可能性は少なくないと思います。
そうすれば、大恐慌でも日本はそこまでの大きなダメージは受けず、戦争経済のために対外拡張をする動機というのは無くなっていたと思います。
満州が日・英・米による共同統治となっていれば、そもそも満州事変も起こるはずがありませんし、英米が中国を後押しして日中が泥沼の戦争、という流れも起きていません。

また、英米とともに、足並みをそろえた「反露・反共」という共同戦線を一貫して継続しておくべきでした。
第一次世界大戦の途中でロシアは倒れ、ソ連ができ、日欧米のすべての国にとって、共産主義は共通の脅威となっていました。

日本にとっては一番地域が近く、共産化の波がやってくるとそれこそ一大事なのでシベリア出兵(1918-1922年)にも力を入れたのですが、その後も共産主義の脅威は小さくなるどころか、ますます大きくなっていきました。
満州を共産化への防波堤として、そこで共産化の波を食い止め切れていれば、その後の中国、東南アジアの共産化も避けられていたのではないかと思うのです。

考えてみれば、アメリカだって中国市場の入手を目的に日本を叩いたはずなのに、その後中国が共産化してしまい、市場を手に入れることはできなくなってしまったばかりか、共産主義の拡大との戦いに20世紀後半をまるまる費やすことになってしまいました(戦争経済的な意味はあったのかもしれませんが)。
イギリスもその他の西欧諸国も真の敵を見誤り、世界の半分が真っ赤に染まることになりました。

結局、結果を見れば、戦争での被害は大きかったにしろ、第二次世界大戦で一番得をしたのは、ソ連と中国共産党です。
日本も欧米もすべて、戦略的にみれば大きな損失を来たしてしまったと言えると思います。
それもこれも、結局なぜそんなことになったかと言えば、「本当の脅威が何か」を見誤り、「本当に手を結ぶべき相手が誰か」を見誤ったからです。

日本が英米と協調して満州において共産化の南下を食い止めていれば、中国や北朝鮮、東南アジアの共産化も避けられたでしょうし、ベトナム戦争すら起こらなかったと思います。

アメリカが戦後日本の復興を助けたのは、アメリカがお人好しだったからではありません。
躍起になって日本を戦争に引きずり込んだものの、戦争途中で真の敵が誰なのかに気付き、戦争終了後に、アジアにおいて誰が真の味方になりえるのかを考えてみれば、日本以外にはあり得なかった、ということにようやく気がついたからです。
アメリカ自身も、真に手を結ぶべき相手を敵と見誤り、本当の脅威が何かを間違えていたのです。

結局日本と戦争をしても、アメリカもイギリスも得をしていないのですから、結果からみれば大失敗です。
それならば、日本と一緒に反共産で統一戦線を組んで、同盟国としての関係を続けていれば、共産主義の拡大を防ぐことができていました。
共に手を取り合って、真の脅威に対抗していくべきであった相手を、自分自身の手で完膚なきまでに叩きのめしてしまったのです。

日・英・米が同盟関係にあったとしても、大恐慌は起こったでしょうし、結果ドイツ、イタリアはファシズムに走っていたでしょうから、第二次世界大戦は起こっていたと思います。
でもその時には、日本は日・英・米の同盟の元にドイツとの戦争に参加していたでしょうから、現在とはまったく違う姿になっていたと思います。
少なくとも、破滅には追いやられておらず、日本人としての誇りを失わないままの姿で、戦後の世界構築に参画していたというのは確かだと思います。

日本が「アジアの植民地支配からの独立」を掲げて、派手にアメリカ、イギリスとやりあったことは、戦後のアジア・アフリカの独立を少なからず刺激し、植民地支配の終焉ということに結びついたという意味では、日本の戦いには意味がなかったとは言えないと思いますが、だとしても、日本国民が悲惨な破滅へと追いやられるような戦いは避けなければいけなかったと思うのです。

結論としては、「本当の脅威をしっかりと見定める」「手を結ぶ相手を間違えない」ということが出来ていれば、太平洋戦争は避けることができていて、より良い現在へと繋がっていたと思います。
アジア・アフリカの独立は遅れたかもしれませんが、日本がアジアの誇りとしての姿を保ち続けていれば、ゆっくりであったとしても、いずれは植民地主義は解消される方向へと進んでいたと思います。

現在もまったく同じことが言えると思います。
反戦思想というのは、何が真の脅威なのか、ということから目をそらし、ファンタジーの世界に心を沈めてしまう、一種の麻薬のようなものです。
世界のすべての国がラブ&ピースな心を持っているのなら、たしかにそれが一番ハッピーだと思いますが、実際にはそれはあり得ません。
敵が野心を持っていて、今にもこちらをブン殴ろうとしている場合、反戦思想は敵を利するだけの有害なものでしかありません。

唯一反戦思想が真価を発揮するとすれば、ガンジーのやった無抵抗・不服従運動のような、「相手が批判によってがんじがらめに動けなくなるような行動」のみです。
国内の批判によって動けなくなるほどの意識の高い国であればそれは有効ですが、批判などものともしないような無法者の国であれば、非暴力の方針は相手の好き放題の行為を促進させることに繋がりかねません。

今でこそ、ソ連にはさすがに「世界を真っ赤に染める」という野心はないと思いますが、中国は明らかに「地域における覇権を唱える」という野心を持っています。
また、人間の頭の中は、2000年前とそう変わってはいませんし、これからも野心を持ってはを唱えようとしてくる人物や国は、必ず出てきます。
そういう時に、最低限の対抗する力をみんなで持っておき、脅威に対して対抗できるための枠組みを作っておくことは、平和な世界を"作り出していく"ために必要だと思うのです。

今の日本において考えれば、一番最悪のシナリオというのは、アメリカがすべてを投げ出して、あとは勝手にやってくれとアジアから一切手を引いてしまうことだと思います(ないと思いますが)。
そうすれば、野心を持った国が、今とばかりに「力による現状変更」をしようとしてくる可能性は十分にあります。

今の日本が仮に正式の軍隊を持ったからといって、日本がこれから戦前のような軍国主義に戻って自分から海外の国に戦争を仕掛けて行くということは、ありえないことだと思います。

「本当の脅威を見定めること」「真に頼れる相手であることを示すこと」は、平和を唱えて武器を捨てよう、という意見よりも、はるかに大切なことだと思います。
無邪気な平和主義によって一番利益を受けるのは、真の脅威をもたらしている相手そのものです。
脅威をもたらしている国にとって、相手の国に平和主義が台頭して、「武器を捨てよう」と言っているのは、侵攻を容易にさせる内部分裂以外のなにものでもないからです。

僕だって、アメリカと言えば、いつも独善的で、自分の価値観を押し付け、世界の紛争にしょっちゅう顔を突っ込んできて、自分たちの利益を最優先に考えていて、自分たちがひどいことをしていたとしてもそれを謝ることもしない国であり、好きかといえば正直好きではないです。
それでも、現状でアメリカと手を切り、真の脅威に単独でさらされるという選択肢に比べれば、アメリカと同盟国の関係でいる方が、まだましだと思います。

真の脅威が何かを見定め、脅威をもたらしている国に利することをしないこと、そして信頼できる同盟の相手を見定め、相手からも信頼出来ると思ってもらうこと、は大切なことだと思います。
そして、そのためには、それなりの力と覚悟を持たなければ、自分たちの国の平和と国益を守ることはできない、というのが今思っていることです。

悪い戦争をしました!
今後は戦争をしないように、武器を捨ててしまいましょう!
というのは、「歴史から学ぶ」ことからはかけ離れていますし、冷静な思考だとはとても思えないのです(ただの思考の放棄です)。
歴史というのは、今の自分たちがどう選択をしていけばいいのかを考えるための教材であり、財産なのです。

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突然ですが、僕は「血液型診断」なるものが大嫌いです。
根拠のないもので人にレッテルを貼り、色眼鏡で見るという行為そのものが、そもそも大嫌いです。

僕はB型ですが、「血液型何?」と聞いてくる人に血液型を言うと、
そう言ってくる人のほとんどの人が、
「B型ってマイペースなんだよね」とか、「自分勝手なんだよね」とか言って来ます(聞いてくる時点で血液型診断を信じているということを意味しているのですが)。

日本人はA型が多いので、「几帳面で神経質だ」みたいな、"日本人の気質"が多くの人に当てはまるので(B型の僕だってそういう部分はあります)、さも血液型による分類が当たっているかのように見えてしまうだけです。
そもそも世界において、血液型診断というものを信じているのは日本人と、その影響を受けた韓国の一部くらいのものだそうです。

血液型診断というのは、信仰心を持って受け入れている人もいますが、科学的な研究をもとに発展したというようなものではなく、訳のわからん記者が自分で勝手に言い始めたものを、テレビとか雑誌とかが面白がって取り上げて、日本人に流行り出したのが始まりです。
根拠はまったくありませんし、科学的にも何度も否定されている、オカルトと同じたぐいのものです。

僕はといえば、信じているかどうかというよりは、すでに激しい嫌悪感を感じるにいたっている側の人間です。
なぜ大嫌いかといえば、B型とAB型の人間というのは、"血液型診断"を信仰している人間にかかると、間違いなく「あ〜、だからB型、AB型の人間は」と、偏見を持たれ、差別される対象になるからです。

A型の人間は、数が多いので多くの場合は、"変わっていない側"の人間として差別する側の人間になります。
B型、AB型の人間は、数が少ないので、多くの場合差別される側の人間になります。
しかも、貼られるレッテルが、「マイペース」だの「自分勝手」だの、「変人だ」だのと、ろくでもない内容ばかりです。

「日本人の中ではAB型の人間は比較的数が少ない」というのは紛れもない"事実"ですが、「数が少ない」ことを持って、「変わっている」と言っても良いのかというと、それは間違っていると思うのです。
相手がAB型と聞いて、「あ〜、だから変わっているんだね」とレッテルを貼ったことはありませんか?
これは偏見を持って一方的に相手を差別する、ものすごく失礼な行為だと思うのです。

まったく根拠のない非科学的なものをもとに、相手を差別し、レッテルを貼り、色眼鏡で相手を見る行為、それが血液型診断というものです。

血液型は、赤血球の膜の型によって、輸血時に凝固が起こるかどうかを示すための分類です。
身分証に血液型を書いたりするのは、不慮の事故で輸血が必要になった時に、誤った輸血によって命が危険にさらされないようにするためです。
輸血時に赤血球が固まるかどうかで、人間の個性やパーソナリティが変わったりすることはありません(おそらく)。

人間のパーソナリティが、たった4種類に区分されるなんてことがあるはずがありません。
血液型で性格が変わってしまうというのであれば、マラリアによる選択淘汰でO型の血液型が多くなっているアフリカや南米では、多くの人が同じ性格であるということになってしまいます(グアテマラでは95%の人がO型です)。

血液型を持って相手を判断して、相手を不愉快にさせる行為は、「ブラッドタイプ・ハラスメント」と言われる行為と名前が付けられています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88

血液型で相手を判断して、「君は〜型だから〜なんだね」などという行為は大っ嫌いです。
おそらく、この非科学的な迷信をもとに、結婚が破談になったり、好きな人に振られてしまった人という人も、少なからずいるのだと思います。

無邪気に血液型の話をしている人もいるのでしょうけれども、血液型で相手を判断するような行為というのは、"してはいけない"行為なのだと思います。
血液型診断で分かるのは、「それを信じて人を判断しているような人が、"その程度"だ」ということくらいなのだと思います。

「止めよう!血液型診断」なのですが、
血液型が性格に関わっているのが正しいかのように取り上げるテレビや雑誌の罪は、
とても重いのだと思います。

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