どうぶつ病院診療日記

動物病院の診察風景や、獣医師が日頃思っていることなど

診療日記〜犬編

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動物病院の診療風景を分かりやすく、楽しく、お伝えしていきます。
事実を元にしていますが、動物や飼い主さんの設定・描写などには修正を加えています。
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動物病院に、のそのそ歩く犬を連れ、
飼い主さんが入って来ました。

「どうされましたか。」

と尋ねてみると、

「皮膚病になったみたいなので診てもらえますか。」

とのことです。

さっそく診察室に入ってもらうと、
台に乗せて病変を見せてもらう事にしました。

それにしても、以前よりも体重がついたようで、
骨格が大柄ではない割には肉が詰まっていてずっしり重く、
台に持ち上げるのも大変です。

何とか腰に力を込めて持ち上げると、
台の上にでんとねっころがりました。

体重を量ると、一年前の診察よりも、
ずいぶんお肉がついているようです。

「さて、どこらへんですか。」

「ここが、半年くらい前からはげて来ました。
 痒くなさそうなので様子を見ていたのですが、
 もうつるつるになってしまいました。」

・・・こっ、これは・・。

診てみると、胸の真ん中のところに、
四角くバリカンで毛を刈ったように、
きれいに穴があいています。

まったく赤みはないようですが、
つるつるに毛が抜けてしまっています。

・・これは・・、皮膚病ではない気がする・・?

とりあえずは鑑別診断が重要ですので、
他の場所を観察しつつ、除外するための検査をしてみる事にしました。

特に他の場所には、脱毛や赤みはないようです。

皮膚に脱毛があるときは、アカラスなどの寄生虫がいないかがまず重要ですので、
まずは脱毛部位を引っ掻いて検査してみる事にしました。

スクラッチ検査(金属のへらで引っ掻く検査)をして、
顕微鏡で観察してみても、特に何も出て来ませんでした。

べたつき感があれば細胞診もして、細菌や酵母様真菌を調べておくところですが、
べたつき感はないので細胞検査は省略です。

内分泌的なものがないかどうかですが、
その前に、アトピーでないか、環境的な要因がないかが重要ですので、
もう一度問診をしっかりしておきます。

「かゆみはないんですよね。」

「痒がっている様子は全くないです。」

となると、アトピーや細菌性皮膚炎などの炎症性疾患の可能性は低そうです。

抜けているのは胸だけで、尻尾や背中はきれいな様子です。

「ところで、体重が増えているようですが・・。
 食餌は変わった事はないですか。」

「それが、うちのおじいちゃんが、勝手におやつをあげているみたいなんです。
 この子も、おじいちゃんのところに行けばおやつがもらえると分かっているみたいで、
 すぐにおじいちゃんのところに行くんです。」

鑑別疾患には甲状腺機能低下症などの内分泌的なものもあるのですが、
話を聞く限り怪しいのは、どちらかというと環境的なもののようです。

「今のところ、感染性の疑いは少なそうです。
 問題点としては、毛が抜けているのが胸のところだけで炎症もなく、
 体重が増えているという事を考えると、
 可能性としては、体重が増えてしまったために、
 そこの部分が下でこすれて、物理的に毛が抜けているのかもしれません。」

「薬で治らないんですか。」

「物理的なものであれば、薬で治るというものではないと思います。
 体重のせいでこすれているのであれば、
 痩せるのが一番の薬かもしれません。」

感染でなければ抗生剤が効くという事はないでしょうし、
かゆみがないのにステロイドや抗炎症薬を使ってもよくはならなそうです。

「まずすることは、カロリーを制限するために、
 おやつを止めて、ゴハンの量を決めてあげる事です。
 痩せるための療法食というのもあるのですが、
 まずはおじいちゃんによく説明して、おやつをあげるのをやめてもらうことが一番かも知れません。」

胸のハゲを気にする前に、体重の増加も気にしましょうよ、
と思わないでもないですが、
飼い主さんとしては、体重よりも脱毛の方が、
大きなプロブレムであるようです。

「でも、この子もすぐにおじいちゃんのところに行っちゃうんですよね。
 おじいちゃんもすぐあげちゃうんです。」

「じゃあ、一日のゴハンの量を決めておいて、
 その中からおやつをあげるか、
 おやつをあげるにしても、野菜とか、
 低カロリーのものにしておいてあげていただけませんか。」

「分かりました。
 おじいちゃんに話してみます。」

そういうわけで、飼い主さんは帰って行きました。

それからしばらくして再診となり、
体重を量ってみると、それほどは変わっていませんでした。

「その後どうですか?」

「それがなかなかおやつを止めてくれないんです。
 この子も味をよく分かっているみたいで、
 おじいちゃんが美味しそうなものを食べている時に、
 そばに行くんです。」

おじいちゃんもどれだけおやつ好きなの、
という気もしましたが、皮膚の状態を診てみると、
皮膚のはげは良くもならず、悪くもならず、という感じのようです。

体重が原因であれば、二次感染さえ起こらなければ、
それほど変化する可能性は低そうです。

フードの方をカロリー制限食にする話もしましたが、
一番の原因と考えられるおじいちゃん次第かもしれません。

飼い主さんも、
「悪化する事もないのなら、胸のはげは様子を見ておこうと思います。」
と言い出す始末で、どうも皮膚の治療は諦められそうな気配です。

太っている犬で胸にはげ、というのは時折見かける病変(?)
ではありますが、痩せない限りは何とも治らないかもしれません
(ハーネスが当たっている場合は首輪に変更してみるかですが)。

肥満で関節や心臓に負担がかかるのも将来的には心配ですが、
飼い主さんとしては、「ころころしている方がかわいい」と思っている人もいるようで、
適正体重の大切さを説明して分かってもらうのが一苦労です。

体重管理は、飼い主さんがその気になって本腰を入れてもらわなければ仕方ないだけに、
また、じっくりと飼い主さんに話をして行こうと思います。

それにしても、おじいちゃんにおやつを止めてもらう、
というのがなかなかに難しそうです。
あげるならせめて野菜などにしておいてくれればいいのですが・・。

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パグの眼球突出

※ちょっと刺激の強い写真が出て来ますのでご注意ください。

ある日、病院の閉院間際になって、
なじみの飼い主さんがいつものパグを抱えて、
血行を変えて飛び込んできました。

「大変です!
診て下さい!!」

飼い主さんはよほど慌てているのか、
かなり動揺している模様です。

どうしたのかとパグさんの顔を覗き込んでみると、
いつものかわいらしい顔つきがえらい事になっていました。

イメージ 1


片方の目が飛び出て、ぎょろ目になり、
その周りは血で赤く濡れています。

「ありゃりゃ、どうされたんですか。」

「散歩中、近所の犬とじゃれていた時に頭をがぶりとされたと思ったら、
こんな事になっちゃったんです。」

飼い主さんもかなり気が動転している様子ですが、
当のパグも、何がどうなったのやら分からない様子で、
興奮してぶるぶる震えています。

「どうやら目が突出しちゃったようですね。
短頭種は、目のくぼみが浅くて目が飛び出ているんで、
パグとかシーズーとかは、割合なりやすいんですよ。」

「どうしたらいいんでしょうか。
なんとかしてやって下さい。」

「目が出ている状態が続くと、神経も伸ばされますし、
角膜も乾いて来て、眼球のダメージも大きくなって来ます。
一刻も早く整復してあげないと、
視力への後遺症状が残る可能性がありますので、
早く整復してあげましょう。」

短頭種は麻酔のリスクも他の犬種よりは高いのですが、
かなり本人も興奮しているようですので、
鎮静剤をかけた後、ガスで眠らせて、
急ぎ処置をする事にしました。

導入剤を注射し、気管チューブを入れた後、
うつぶせに寝かせると整復処置の開始です。

飛び出した眼球の根元を観察してみると、
根元の部分に眼瞼が挟まっており、皮膚を巻き込んでいるために、
目が戻れなくなってしまっているようです。

この状態では、いくら目を外から押しても戻りませんので、
整復のためのテクニックを使う事が必要です。

目の周りの毛を刈り、眼の周囲を洗浄すると、
いよいよ処置の開始です。
角膜は保護のために潤滑ゼリーで覆っておき、
手技の時にダメージを受けないように保護しておきます。

手技において、必要なものは、3本のナイロン糸とメスの柄です。

まずはナイロン糸で下のまぶたにかけ、
続いて上のまぶたに糸をかけます。
この時、なるべく眼瞼の辺縁に近い部位に糸をかけるようにするのがポイントです。

縫合糸をかけた後、眼球の上と糸の間にメスの柄を入れられるよう、
糸はきつく引っ張らず、スペースを作っておくという事がもうひとつのポイントです。

糸を、内側、真ん中、外側と3つかけると、手技の下準備は完了です。
次に、角膜と糸の間に、メスの柄の先を慎重に挿入して行きます。

メスの柄が奥まで入り、角膜の上に装着されたら、
いよいよキモの部分の処置の開始です。
糸を3本手に持つと、それぞれに均等に力がかかるように引っ張りながら、
メスの柄に徐々に圧力をかけて行きます。

眼球が戻らなくなっている事の原因のひとつは、
眼瞼が眼球の目元に食い込んでいるからです。
糸を引っ張る事により、眼瞼が手前に引っ張られてきますので、
通り道が開き、戻るための障害がなくなります。

糸を引っ張りつつ、圧力をかけすぎないように注意しながら、
慎重に、ゆっくりと眼球を押して行きます。

引っ張りつつ押していると、すぽっという感触とともに、
眼球が眼窩に収まりました。
手を離してみると、眼球は元の位置に戻ったようで、
眼瞼が元通り手前に来て、眼球はその奥に位置しています。

これで処置のキモの部分は終了です。
あとは、もう一度眼球の表面をきれいに洗浄して、
再脱出防止および眼球保護のための眼瞼縫合を施すと、
麻酔を覚ましていきました。

短頭種は麻酔の覚醒まで気をつけなければいけないのですが、
幸い、無事に覚めて来てくれました。

来院時はかなりパニック状態だった飼い主さんも、
無事に処置が終わり、目が収まった顔を見ると、
少しホッとして、気持ちが落ち着いてくれた様子でした。

それから数日ごとに、様子を見せてもらっていましたが、
術後10日頃にはすっかり傷もきれいになり、
目の炎症も落ち着いて、見た目は正常になった様子でした。

一番心配していた視力の状態に関しては、
片目をおさえて綿花をひらひらと落としてみたところ、
後を追ってみてくれている様子でしたので、
何とか無事、視力も戻ってくれたようでした。

短頭種では、目が突出してしまうことはたまにあるのですが、
一番大切なのは、神経と眼球の受けたダメージの度合いと、経過時間です。

だいたいの場合、突出した目は、眼瞼を巻き込んでしまって戻らない状態になり、
角膜は空気にさらされ続いている状態になってしまいます。

その状態が続くと、視神経が伸ばされていてダメージを受け続けますし、
角膜が傷つくと潰瘍が出来たり、ひどい場合には、
穴があいてしまったりする可能性もあります。

最悪の場合は、眼が失明したり、
眼球摘出せざるを得なくなってしまう可能性もありますので、
なってしまったら、一刻も早く病院に連れて行って、
整復の処置を受ける必要があります。

また、乾燥は角膜に対して一番のダメージとなりますので、
角膜表面が乾かないように、生理食塩水などで湿らせて、
角膜を保護しておく必要があります。

受傷後の判断で、目の機能のその後が左右されますので、
「湿らせて早く連れて行く」
ということだけ覚えておいて下さい。

飼い主さんが犬の頭を後ろから叩いたところ、
目がボロンと出てしまった、なんて話も聞きますので、
短頭種の飼い主さんには、特にご注意いただきたいと思います。

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ある日、動物病院に、小さな犬を抱っこした飼い主さんがやって来ました。

「今日はどうされましたか」

と尋ねてみると、

「なんだかこの子、今日は朝からなんか私の顔を見て、
 何かを訴えかけて来るんです。」

とのことでした。

元気・食欲はどうかと聞くと、
元気でゴハンもよく食べていますという事で、
足を引きずったりしていませんかと尋ねても、
歩き方は普通で、特に気になるところはないという事でした。

では症状はと聞くと、

「朝から、いつもよりも私の顔をじっと見て、
 何かを訴えて来るような気がするんです。」

とのことです。

具体的な臨床症状というのが、
「何かを訴えかけて来る」
という事だけですので、それをどう考えて行けば良いのかという事ですが、
まずは診察室で、健康診断をしながら、
異常点がないか診てみる事にしました。

診察室に入ってもらって、まずは台の上に乗ってもらって体重を量ります。
どうやら体重は変わらないようです。

続いて体温を測りながら、いくつかお話を聞きます。

「便とかはどうですか。
 下痢とかしてませんか。」

「普通の便をしています。
 特に柔らかかったりはしなかったです。」

「特に変なもの食べたりとか、変わった事があったりしませんか。」

「ゴハンはいつも通りで、変わったものはあげてないですね。
 特に変わった事もなかったと思いますけれども。」

体温計をみると、正常体温のようです。

訴えかけて来るという事は、
どこかに痛みとかがあるのかもしれません。

体中を触って傷やしこりがないか確認し、
体中の関節や筋肉、骨も触ってみました。

とても大人しい子で、体中を触られていても、
特に嫌がるでもなく、怒るでもなく、
じっとしてくれています。

足を持ち上げて、肩を曲げ、足を伸ばしてみたりしても、
特に気にする様子もありません。

骨格系も異常なし・・、
神経系も異常なし・・。

これと言って気になるところは・・・、
特になし・・。

飼い主さんに"訴えかけていた"状況をもう一度尋ねてみると、
朝起きたら、いつもよりも私の事をじっと見ていた、
ということで、特に怪しい状況とか、
きっかけのようなものも分かりませんでした。

結局、何を訴えていたのかという事は、さっぱり分かりませんでした。
血液検査など、踏み込んだ検査もしてみようかどうか話をしたのですが、
特に全身状態は悪くないとの事で、
また症状(?)が続くなら検査も考えてみようと言う事になりました。

「全身を診てみましたが、気になるところとか、
 明らかな異常点は見当たりませんでした。
 もしかしたら、何か痛みとかあったりするかもしれませんので、
 また気になる点があるようでしたら、またお診せください。」

と伝えて、診察料だけいただいてお帰りいただきました。

もしかしたら、
「獣医師なのに何を訴えているのか分からないんですか」
とか思われていたかもしれませんが、病気の診察と治療は出来ても、
動物と会話が出来る専門家ではありませんので、
何を訴えていたのかは何とも分からないところです。

もしかしたら、何か訴えたい事があって、
飼い主さんの顔を覗き込んでいたのかもしれませんし、
たまたま見ていたのに目が合って、気になったのかもしれません。

会話をする事が出来たなら、
何を訴えていたのか、尋ねてみる事も出来るのでしょうけれども、
大多数の獣医師はおそらくそういう能力は持っていませんので、
獣医師としては、診察をしながら異状点を探して行くしかありません。

後日気になって電話をしてみたところ、
特に何もなく元気そうにしているという事で、
その時のものだけだったのか、それともたまたまだったのか、
ということで終わりましたが、
「やっぱり何か訴えているような気がするんです。」
とまた連れてこられたとしたら、どうすればいいのでしょうね。

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かかとの皮膚欠損

動物病院に、足をひょこひょこ引きずっている犬を連れた飼い主さんがやって来ました。

「あれ、足どうしたんですか。」

「足をけがしたみたいで、皮膚がなくなっちゃったんです。」

見てみると、けっこう大きな傷のようで、
けっこう痛そうな様子です。

早速診察室に入ってもらって、創傷部位を見てみると、
かかとの部分の皮膚が完全になくなっていて、
靭帯の部分までむき出しになっていました。

「どうやら、皮膚が欠損してしまっているようですね。」

「このままじゃ痛そうなので、治してやっていただけますか。」

う〜ん、どうしたものか。

僕は頭をひねりました。
と言うのは、足の皮膚の欠損は、けっこう厄介だからです。

背中やお腹などであれば、皮膚が多少なくなっても、
周りの皮膚を縫い寄せてくれば、何とか縫合できる事が多いのですが、
四肢の場合、皮膚がなくなったとして、
周りから寄せて来るというのが難しいからです。

左右から無理に引っ張ってくれば、
血行不良になって、周りの皮膚まで壊死してしまう可能性があります。

周りの皮膚に小さな切開を多数作り、
皮膚をアミアミ状にして引っ張って来るというのもひとつの手ですが、
かかとと言うのは、足を曲げた時に、大きなテンションが縫合部位にかかりますので、
何とか寄せられたとしても、十中八九、縫合部位が避けて、また穴があいてしまいます。

今回の傷もかなり大きなものですので、
縫合して閉じると言うのはちょっと無理そうです。

そのため、飼い主さんと相談した結果、
一旦湿潤包帯を施した後、きれいな肉を盛らせてから、
皮膚移植をするか、そのまま皮膚の再生でいけるか、
状態を見て考える事にしましょう、という事になりました。

そして、それからしばらく包帯交換に通ってもらっていましたが、
それなりにきれいな肉芽が持って来たものの、
皮膚の再生は遅く、そのまま防ぐのを待っていると、
いつまでかかるか分からない様な気配でした。

「このまま皮膚がよって来るのを待つのはちょっと難しそうです。
 幸い、ずいぶんきれいな肉が持って来ましたので、
 そろそろ皮膚移植を考えた方が良いかもしれません。」

飼い主さんも、なかなか皮膚がよってこない状況にずいぶんやきもきし、
なんとか早く治して欲しいと考えていたようで、
一も二もなく同意してくれました。

あとは細かい説明です。

「あんまり分厚い皮膚をもって来ると、
 下の組織に養ってもらえませんので、
 脇腹あたりの皮膚を移植してこようと思います。
 移植しても、移植した部分の皮膚は脇腹の皮膚のままですので、
 毛の色や毛並みは元の場所のままです。
 移植が成功しても、そこの部分だけ色違いになってしまいますので、
 その点だけご了承ください。」

「いや、もう皮膚のけがが治るのであれば、
 それくらい構わないです。」

そして手術日になりました。
麻酔をかけて台に乗せると、手術の準備を整えます。
あらためてよく見ると、肉はきれいに盛って来ているので、
移植床の状態としては、まずまずだと思います。

移植に大切なのは、移植を受ける傷(移植床)の状態と、
移植する皮膚組織の準備です。

移植をすると言っても、欠損した直後の、靭帯むき出しの状態では、
移して来ても、絶対に皮膚は生きて行けません。

移植された皮膚は、下の組織から血流を受けながら生きなければいけないのですが、
それには、健康な肉芽の状態である事が必須です。

イメージ 1


手術をするのは、傷口と脇腹の二カ所ですので、
そこを消毒すると、ドレープをかけ、手術の準備をします。
移植床はあまり消毒液で痛めつけないよう、
肉芽の上はAP水でやさしく消毒です。

二カ所の消毒が終わると、まずは脇腹の方にアプローチです。
あらかじめ計測しておいた大きさに皮膚を切ると、
出血をコントロールしながら皮膚を切除します。
ここで手荒に扱ったりして組織を傷つけたりすると、
くっ付きが悪くなりますので、細心の注意を払いながら、
やさしく組織を扱います。

取って来たら、移植片を移植できる状態にトリミングです。
切除した直後の状態では、皮下織に脂肪組織がたくさんついているのですが、
そのまま移してしまうと、肝心の上皮細胞が血液供給を受ける事が出来ず、
壊死してしまいます。

そのため、脂肪などの皮下組織をしっかり取って、
上皮細胞がむき出しの状態にしなければいけません。

ここで役に立つのが、滅菌しておいた段ボール紙と針です。
段ボール紙に上皮を裏返しにしておくと、
その端を針でぷすぷすと刺して固定します。
そして、そのままメスの刃で、取りきれる限りの脂肪組織を取り去ります。

あらかた取り終わったら、そのままスリット状に、
メスで縦向きの穴を格子状に開けて行きます。

穴を開け終わったら、手に取り、もう一度メッツェンバーム鋏で、
念入りに脂肪を取っておきます。

さて、これで移植片の用意はできました。
次は、移植床の準備です。

移植床にはきれいな肉芽が盛っていますが、
不必要な部分もあるのと、そのままでは血管が表面に見えていないため、
そこに縫い付けても、移植した上皮に血液供給がなされにくいです。

そのため、盛りすぎた肉芽を取るのと、
血管をむき出しにするために、ガーゼで肉芽の上をごしごしとこすります。
しばらくこすっていると、肉芽からは血がにじんできました。
さて、これで移植床も準備okです。

いよいよ、移植片を肉芽の上において、
端から縫合して行きます。

やや皮膚縁はでこぼこしているため、サイズ合わせが難しいのですが、
そこは穴の大きさを調節したり、
縫い方を調節したりして、うまくフィットするように気をつけます。

全周を縫い終わった時点で皮膚を確認すると、
中心部以外はしっかりとぴっちり密着しているのですが、
中心部の、靭帯があった部分だけ、肉の盛り上がりが弱かったのか、
ややくぼんだ状態になって、皮膚が浮いたようになっています。

どうしようかと考えたところ、
近くの窓から靭帯の白い組織が見えていましたので、
そこに上皮を縫い付けておいて、なるべく密着するようにしておきました。

さて、これで移植手術は終わりです。
移植手術をした後は、移植したばかりの皮膚はとてもきれいなのですが、
問題は、下の組織から血液供給を受けながら、
生着してくれるかどうかです。

湿潤包帯とバンテージを施すと、麻酔を覚ましていきます。
犬は幸い、無事に覚めてくれました。
術後は、移植片のずれは絶対に避けなければいけませんので、
しばらく入院して預かる事にしました。

トイレ以外は、しっかりと犬舍の中で寝ていてもらうのが吉です。
夕方にやって来た飼い主さんにも、手術の無事終了を報告しましたが、
問題はこれからですので、その旨をお伝えしておきました。

そして3日目、どきどきしながらの包帯交換です。
皮膚が生着しているか、それともくっ付かなかったかは、
もうそろそろ分かる頃ですが、開けてみてうれしいか、
開けてがっくりかは、開けてみないと分かりません。

ドキドキしながら包帯を開けると、
周辺部は思っていた以上にきれいな皮膚の色をしていました。

ピンク色だと、血液供給を受けて生きているのですが、
白いと酸欠で壊死している状態です。

移植片はおおむねきれいな色をしていましたが、
中心部の靭帯の周りだけは、くぼんでいたせいか、
血液供給が悪かったようで、ちょっと白っぽい感じでした。

もうこの時点でも帰れなくはなさそうですが、
飼い主さんと相談した結果、もうしばらく入院して、
安静にしておいてもらう事にしました。
くっついてくれるか、くっ付かずに落ちてしまうかは今が分かれ目ですので、
念を入れてみておくに越した事はありません。

そして術後1週間、さらに移植片はきれいになって来ました。
中心部はある程度脱落しましたが、
8割以上はくっ付いているので、まずまずの状態のようです。

生着はしっかりなされているようでしたので、
家で安静を保つように指示して、一旦お家に帰ってもらう事にしました。
後は定期的に包帯交換をしてもらいに来てもらいながら、
皮膚の状態を確認して行きます。

それからほぼ1週間ごとに見せてもらっていましたが、
見るたびに皮膚が盛って来て、皮膚にあけていた穴も、
皮膚が落ちて出来た穴も、めきめきと塞がって来ました。

みるみる悪くなって行くのを見なければいけないのは、
獣医師としても非常に滅入るものなのですが、
見るたびに良くなって行くのを目にするのは、
とてもうれしいものです。

そして術後4週間で、すべての穴は塞がり、
包帯も抗生剤もいらなくなりました。
これで創傷治療の治療は終了です。

ただ、移植した皮膚は、元の皮膚よりも薄く、耐久性に劣りますので、
大きなダメージが加わるのを防ぐため、
しばらくはテーピングだけして、皮膚を保護しておいてもらう事にしました。

皮膚移植は、切って来て縫合するのは簡単なのですが、
肝心なのは移植した皮膚がしっかりと生着して治ってくれることですので、
しっかりとした前準備と、術後のケアが必要です。

移植した皮膚が落ちるか、くっつくか、
明暗のくっきり分かれやすい治療ではあるのですが、
その分、しっかりくっついて治ってくれた場合は、
治療をした獣医師としても、とてもうれしく、やりがいの大きな治療ではあります。

犬が楽そうに歩けるようになって、飼い主さんも喜んでくれると、
獣医師冥利に尽きるところです。

とは言っても、いつもすっきり治ってくれるわけでもなく、
中には苦労する事もありますので、
その点は、事前にしっかりと説明しておかなければいけません。

皮膚の欠損も、簡単なようでけっこう難しいので、
手術に至る準備段階と、手術の際の手技、
そして術後のケアには細心の注意を払います。
やるだけやったら、後は祈るばかりです。

包帯をしている時には、中の様子は見えないので、
包帯交換をするために開けるときは、
いつもどきどきします。

皮膚は外から見てすぐに分かりますし、
欠損していると痛いですので、
本人のためにも飼い主さんのためにも、
早く、きれいにすっきり治してあげたいですね。

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 この文章は、多くの人に読んでいただきたいですので、
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ある日、動物病院に、

「犬の顔を拭いたら腫れて来たのですが、
 診てもらえますでしょうか。」

という電話がかかって来ました。

拭いたら腫れた、というのがよく分からないのですが、
何か変なもので拭いたのでしょうか。

「何でお拭きになったのですか?」

と訊ねると、

「おじいちゃんが拭いたのでよく分からないのですが、
 拭いたものもいっしょに持って行きます。」

との答えでした。

しばらくすると、飼い主さんが犬を抱えてやって来ました。
どこが腫れているのかな、と思って見てみると、
犬の顔は、ドアを入って来た瞬間に分かるほど、
顔が赤く腫れてしまっていました。
まぶたも口回りも腫れ上がり、かなり痒そうな気配です。

早速診察室に入ってもらって診て見ると、
アレルギーと言うか、炎症と言うか、
何かにかぶれた様な印象です。

「これは辛そうですね。
 いったい、何でお拭きになったのですか?」

「それが、おじいちゃんが散歩を終えた後に、
 ウェットティッシュと間違えて、
 これで拭いたらしいんです・・・。」

どれどれ、一体・・。

なにやらウェットティッシュのパッケージのようにも見えますが・・。

えーと・・、床用・・ワックス・・・。

こ、これで拭いたの?

「おじいちゃんが体拭き用のと間違えて、
 それで顔と全身を拭いちゃったらしいんです。」

間違えて拭いているのに気づいたお母さんが、
あわててシャンプーで洗ったという事だそうですが、
その後、あれよあれよという間に顔が腫れて来て、
赤くなってしまったという事です。

なんてもので拭くの、と言いたいところですが、
パッケージもたしかにちょっと似てはいないでもありませんので、
間違えてしまったようです。

拭いてしまったのはもうどうしようもないのですが、
とりあえずは成分を調べて見なければいけません。
これだけかぶれているという事は、
中に含まれている何かに反応していると考えられます。

えーと、成分は・・、
エタノールに塩化ベンザルコニウムに、パラベン・・。

エタノールはアルコールだし、ベンザルコニウムは消毒成分です。
怪しいのはパラベンか・・。

さっそくネットで調べてみると、パラベンは、
防腐剤として用いられるパラオキシ安息香酸エステルの総称で、
かぶれやじんましんなどの原因になる
とのことでした。

床に塗る様なもので顔を拭けば、
それは高濃度で皮膚に暴露される事になるわけで、
どうやらこれが今回のかぶれの原因ではあるようです。

「どうやら、防腐剤の成分でかぶれたようですね。」

「かなり辛そうなので、なんとかしてやって下さい。」

もう急いでシャンプーをしたということですので、
皮膚の上にはそれほど成分は残っていないようです。

となると、成分と反応してかぶれた皮膚をどうしてあげるかですが、
かぶれて炎症を起こしていることの処置ですので、
結局はじんましんと同じ治療になりそうです。

抗生剤とステロイドを注射すると、
数日分の飲み薬を出しておきました。

会計をすますと、飼い主さんはそのまま一旦お帰りになりました。
調べるのと、お話に時間がかかりましたが、
治療自体は割合短時間でした。
あとはこれで次の日、どうなっているかです。

次の日になって、どうなったかなと電話をしてみました。

「その後どうですか?」

「あ、先生、それがあの後、すっと良くなりました。
 もう腫れも引いて、かゆみもなさそうです。」

「そうですか。
 落ち着いて良かったです。」

「はい、もう今後はないように、置く場所を注意しておきます。」

一番怖いのは、おじいちゃんがまた間違えて拭かないかではあるのですが、
それはお母さんに注意しておいてもらうしかありません。

それにしても、床拭きワックスで犬を拭いた、
という症例は、かなりの想定外ではありましたが、
直接拭くとこうなるのか、と驚かされた症例ではありました。

防腐剤が入っている成分が人間の肌についても、
同じようにかぶれてしまう可能性があるというわけで、
僕と家族が床拭きワックスを使う時にも、
人間に対しての毒性も気をつけておかなければいけないな、
とも感じさせられました。

それにしても、当の犬自身も、拭かれている時に、
「拭いてくれるのは良いけれど、
 なんか、このウェットティッシュ、
 べたべたして変な臭いがするなぁ・・」
と思っていたかもしれません。

間違ったもので拭くと、
時としてえらい事になるかもしれないということですので、
動物をついうっかりで思わぬ事故に遭わせてしまわないよう、
皆様、ご注意ください。

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