どうぶつ病院診療日記

動物病院の診察風景や、獣医師が日頃思っていることなど

自分に思うこと

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自分自身について、思うこと。反省点などですね。
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先日、「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」の本を読みましたが、触発されて、僕も文章を書いてみました。
良かったら、皆さんの"なぜ〜"もお聞かせください。

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勉強には2種類あります。
それは、「したくてする勉強」と「しなくてはいけないからする勉強」です。

勉強は何も、机に座って学校の教科書を読むことだけではありません。
仕事に必要な知識を本を読んで調べたり、歴史に興味を持って調べたり、登山をするために山のことについて調べたり、速く走れるように筋肉の仕組みを調べたりするのも、すべて立派な勉強です。
小さなうちに、あるいは大きくなってからも、いろんな知識を身につけたり、視野を広げたりするすべてのことが、それぞれ自分にとって大切な勉強です。

知識を得れば世界が広がります。
世界が広がれば、自分の可能性が広がります。
自分の世界と可能性を広げてくれるすべてのことが、自分にとっての勉強です。

「したくてする勉強」というのは、本人の知的好奇心によって、見たい、知りたい、感じたいという思いを元にするものです。
したくてしているのであれば、"なぜしなければいけないのか"という問い自体が無意味です。
"なぜしなければいけないのか"という問いは、本人にとって、その勉強がしたいものではなく、なぜしなければいけないのか分からない、という時に出されるものです。

無理矢理させられているのなら、そんな状態で勉強してもあまり身に付きません。
本来は勉強を好きになって、したくてする状態になってくれることが一番です。
とは言っても、必ずしもしたい勉強ばかりではない訳で、だからこそ、"なぜしなければいけないのか"という問いに対しての"答え"が必要になってしまうのだと思います。

僕としては、「なんで勉強しなきゃいけないの」と言われたら、「そんな気持ちでしてても仕方ないよ」と言いたい所ですが、それでは話にならないので、僕なりに「勉強しなければいけない理由」を書いてみます。

僕としての、"勉強しなければいけない理由"というのは、一言で言えば「勉強しなければ、人は何者にもなれないから」です。
人はまっさらの状態で生まれて来ますが、その状態では何の役に立つ人間でもありません。
成長とともに、いろいろな知識や技術、経験を得て行き、自分だけが持つ特別な"何か(自分にとっての武器)"を身につけることで、誰かの役に立つ人間になっていきます。

人は一人で生きている訳ではなく、多くの人がつながりあった社会の中で生きています。
その中で、それぞれの人はそれぞれ得意なことを持ち、それを互いに持ち合うことで、社会が成り立っています。

職業につくということは、誰かの役に立つための力を身につけるということです。
米を作る人は、おいしい米を作ることで人の役に立ちます。
お医者さんは、病気の人を治すことで人の役に立ちます。
スポーツ選手は、がんばって活躍することで、他の人たちに元気と勇気を与えます。
すべての職業は、誰かの役に立ち、人を幸せにし、社会に貢献するためにあるものです。

でも、勉強して努力をしなければ、おいしい米は作れませんし、病気を治すことも、人を元気にすることもできません。
本当の勉強とは、自分が持つ"何か"を磨くために、知識や技術、経験を身につけていくことです。
そのためには一生が勉強であり、学校を出てからが本当の勉強の始まりです。
間違っても、学校を出れば、もう勉強しなくていいというようなことではありません。

小学生などが学校でする勉強は、まだ誰かの役に立つためのことを直接学ぶ訳ではなく、自分だけが持つ"何か"を磨くための勉強でもありません。
ただ、"何か"を身につけるための勉強をするためには、その受け皿となるものを身につけていなければできません。
文字が読めなければ本を読むこともできませんし、計算ができなければ困ります。
小さな時に学校で学ぶことは、社会に出てから直接役に立つことばかりではありませんが、自分が"何か"を身につけて、社会で役に立つ人間になって行くための、大切な土台作りになるものです。

なりたい職業によっては、大学に入らなくてはなれない仕事もあります。
そういう時に基礎の勉強ができていなければ、なりたい仕事ができたとしても、それを選ぶことはできません。
逆に言えば、基礎の勉強が身に付いていれば、将来なりたい職業ができた時に、それを選べる可能性は高くなります。

勉強と言うのは、とても楽しく、わくわくするものです。
勉強をすれば、昨日まで知らなかったことが自分の知識になり、世界が広がります。
世界が広がれば、知りたいこと、やりたいことが見えて来て、自分の可能性が広がります。
勉強をするということは、自分が成長して行く喜びを知るということでもあります。
勉強をしなければいけないものだと思ってすると言うのは、勉強の楽しさを知っていないということであり、とてももったいないことです。

勉強をして行けば、これってどうなんだろうと、より知りたい欲求が出て来ます。
社会で歴史を習って、もっと知りたいと思い、本などを読んで調べるのも勉強です。
理科で自然のことを習い、山について興味が出て山に行ってみるというのも立派な勉強です。
自分の中に"もっと知りたい"という気持ちがわき起こったとしたら、それは「しなければいけない勉強」から「したくてする勉強」にステップアップしたということです。
自分の知識を増やし、新しい世界を知ることは、すべて人生の役に立つ、とても大切な勉強です。
新しいことを知り、見て、感じることは、すべて自分の可能性を大きくしてくれることであり、無駄にはなることはひとつもありません。

しなければいけない理由を人から聞いて勉強するのではなく、自分がしたい理由を人に教えてあげて、他の人に面白さを教えてあげる、というくらいの人間になってください。
知ることの楽しさを知り、やりたいことを見つけ、楽しんでそれに取り組んで行く人間になっていけば、きっと誰かを幸せにして、自分自身も幸せである人間になっていけるのだと思います。

※転載、リンクはご自由にどうぞ。

やりたいことがあったとして、それをやりたいと願ったとしても、
時にそれをすることができないということは、人の世の常です。

車に乗りたいと思っても免許がないと運転はできません。
医療で人を助けたいと思っても医師にならなければそれはできません。
本を出したいと思っても、ある程度の人物になっていなければ本を出させてはもらえません。

自分の歩きたい道を歩くことは、
その前に立ちはだかる扉を開けた人にしか許されてはいません。
その扉を開けるのは自分自身です。

扉を開けるのに必要なものは、
努力だったり、運だったり、誰かの手助けだったりといろいろですが、
何かをしたいと思った時に、
何の努力もなしにそれをやりたいことができるほどは、
この世は甘くはありません。

扉を開けた後、その道を歩き続けて行けば、
やがてまた新しい扉(もしくは壁)が現れて来ますが、
それを乗り越えれば、また新しい道が自分の前に現れて来ます。

困難の度合いはそれぞれですが、
努力をしないものに、自分から扉が開いてくれることはありません
(運が手伝えばその限りではないですが)。

一度で扉が開くことはまれですし、
何としても開いてみせる、かじりついてでも開いてみせると言う、
めげない思いを持つものにのみ、その扉は開かれ、
その先に待つ道を歩く権利が手渡されます。

一度挑戦してダメだったくらいでめげるのであれば、
その先の道を歩く資格はなかったということなのかもしれません
(努力をしていても、運次第でもうちょっと、ということも中にはあるかと思います)。

人生で初めてで一番の大きな扉(壁)というと、
何より大学受験になるのだと思いますが、
「なぜ子供の頃に勉強しないといけないのか」というのは、
ぶっちゃけて言えば、
「大学進学という扉を開くためには、勉強が必要だから」
ということがその答えなのだと思います。

獣医師もそうですが、特殊職に進むための道を歩もうと思うなら、
その手前にある大きな扉を開かないことには、
その先の道を歩くことはけっして許されません。

大学を卒業した後も、歩きたいと願う道ができたなら、
その手前にある扉を自分の力でこじ開けながら進んで行かなければいけません。

目の前にある道をただ漠然と歩き、
扉を避けながら歩ける道を歩いて行くだけであれば、
そう苦労もすることはないのかもしれません。

でも自分が歩いている道が、本当に自分の歩きたいと願っていた道なのかと考えれば、
苦労をし、扉を開けながら、新しい道を切り開いて行くと言う生き方の方が、
より充実したものであるような気はします。

その手前に困難な扉が立ちふさがっていても、
かじりついてでもこじ開ける覚悟はあるか、
それこそが、自分の歩きたい道を歩いて行くために、
最初に必要とされるものだと思います。
僕の武器のひとつは、面白いアイデアが結構出て来る、
という事であるとは思いますが、
ひとつ残念な事は、しばしば(ほとんど?)本業からそれた方向に、
それが向かって行ってしまうという事です。

去年から、iPhoneアプリの製作、獣医療メモ帳VetNoteとやってきましたが、
今度は、iPadを使った、獣医療をちょっと楽しくするシステムというのを開発しています。

自分の病院のマネジメントよりも、
獣医療を面白くするアイデアの方にばかり力を入れすぎているような気もしますが、
「面白いと思った事に精一杯取り組む」
がモットーですので、それはそれでまぁいいかと思ったりもしています。

この間ホーキング博士の記事で、
「自分の行動の価値を最大化するように生きなさい」
という文章を見て、多いに共感したところですが、
獣医療を面白くする事に力を注ぐ事は、
僕にとって、行動の価値を最大化することにつながっていると思いますので、
迷わずこのまま突き進んで行こうと思っています(病院が傾かない程度に)。

今度日経新聞で15日あたりに記事が出るという事ですので、
また興味のある人はごらん下さい。
今はまだ開発途中ですが、正式リリースされれば、
ブログでもちょこっと紹介させてもらおうと思っています。
夢を否定しているような書き方のタイトルですが、
夢と言うのは大切なものだと思います。

夢と言うのは、自分自身の将来への願いであり、
人生においての心の支えであり、
毎日を有意義に過ごして行くために大切なものです。

ただ実際には、夢というものの8割は、果たされることもなく、
いずれ忘れ去られて終わってしまうということです。

なぜ果たせないかと言えば、漠然としていて、
目指しようもなく、努力もしようがないことであったりするからです。

夢と言うのは、いずれそこへたどり着きたいという目標地点ではありますが、
目標地点があいまいだったり、ましてそれがどこにあるのかさえ分からなかったりすると、
どこを目指して歩いて行けば良いのかも分かりませんし、
何をすべきか、何を努力したらいいのかということすら分かりません。

漠然とした夢は、よほどの幸運がない限り、
果たされることもなく、やがて心の片隅に忘れ去られ、終わってしまいます。

それに対して、目標と言うのは、
たどり着くべきゴールもはっきりしていて、
今の自分がたどって行くべき道筋も明確で、
そこにたどり着くためには何が必要で、
何を努力すべきかも明確です。

何を努力すべきか明確であれば、努力も出来るというものですが、
何をして良いのかさえ分かっていないのであれば、努力しようもありません。

将来、こんな状態になったらいいなぁ、と思っていても、
努力もしていないのであれば、よほどの幸運がなければそうはなりません。

「こうなったら良いなぁ」
というのではなく、
「こうしてみせる」
そう思って取り組んで行かないといけないのだと思います。

漠然とした夢ではなく、明確な目標を持ち、
そのために努力を積み重ねて行く、
それを繰り返して行けば、
やがて、自分がもっとも果たしたかった夢も、
いつのまにか自分の手に届くところにやって来ているのだと思います。
療法食の記事を通じて、お読みいただいた方の中には、
もしかしたら僕の事を、利益を求める事を優先している人間、
という風に捉えられた方もいらっしゃるのかもしれません。

そんな折、獣医学雑誌を読んでいたところ、
顧客満足度についてのなかなかに良い記事を見つけたため、
スタッフにも読んでもらって、顧客満足についてちょっと話をしていました。

雑誌の記事では、
「動物病院としての目標をスタッフ間で共有する」
とあったため、ちょうど良い機会と、
僕の考えている動物病院としての目標をについて話をしました。

ちょうどブログでもそのことが絡んでいましたので、
一旦クールダウンをかねて、今回の記事では、
僕が思っている、僕の獣医師としての目標地点について書いてみたいと思います。

僕の病院は、ブログを読んでいただいている人は、
何となく知ってはいると思いますが、
特に、大きな病院というわけでもありません。

さして人口の多くもない地方の町で、
スタッフ2名(春から増えました)と嫁さんと、
獣医師は僕だけで開業している、日本のどこにでもあるような、
小さな町の、ごく普通の動物病院です。

大きな町で、大きな動物病院を構え、
高価な機器を揃えて最先端の医療を行っている病院と比べると、
動物病院としては、来院数でも医療のレベルでも、
はるかに太刀打ちできません。

もしも獣医師としての目標地点が、
「立派な病院への成長」という一本道だけだとすると、
地方の小さな町で開業している動物病院は、
そこにはおそらくたどり着けません。

ただ、大きな動物病院になり、
高価な機器を揃えて行かなければ、
獣医師として、動物病院としてだめなのかと言うと、
僕はけしてそうではないと思います。

獣医師として生きて行く上で、
それぞれの獣医師が目指すべき道は、一本道ではないです。
都会で開業している大きな病院の獣医師と、
病院の規模で競おうとしても仕方ありません。

僕は、僕なりに、自分の出来る事を考えて、
そこを目指して努力するのみです。

僕が、獣医師として診療をする上で、
目標地点と考えていることは、けっこうシンプルです。

それは、
動物が亡くなった時に、飼い主さんに、
「この子と一緒にいて良かった」
「先生に診てもらえて良かった」
と言ってもらうことです。

すべての病気を治すと言うのは不可能ですし、
すべての患者を永遠に死なないようにするというのも無理です。

死を獣医師の負けと設定してしまうなら、
獣医師にとって、勝敗の確率は、
必ず敗北率が100%となって獣医師の負けとなってしまいます。

すべての命あるものは、いずれ死ぬのであり、
命の摂理を曲げる事は出来ません。

病気を治し、命を助けるという行為は、
獣医師にとって、直接行う仕事ではありますが、
本当に大切にするべきで、目を向けなければならないことは、
病気を治療すると言う事の向こう側にあるのだと思っています。

動物の命の向こう側にあるものは、
飼い主さんが心に抱いている、
動物に対しての思いであり、
命に対しての願いです。

飼い主さんは、動物を飼い、
動物と一緒に暮らしていますが、何も、
「難しい病気を、ものすごい治療で治してもらう」
ために、動物を飼っているわけではありません。

ただ、動物を飼う事で、
大切な家族とかけがえのない時間を過ごし、
幸せな気持ちを感じたいという、
ただそういう思いで動物を飼っているのだと思います。

そうであるなら、僕としては、
「飼い主さんが動物と幸せに暮らしてあげられるためのお手伝いをする」
ということが、獣医療を通じて目指す事であり、
それができれば良いと思っています。

動物に対しての思い、命に対しての願いを、
医療という事を通して動物に届け、飼い主さんの願いを叶える事が、
獣医師としてしてあげられる事なのだと思っています。

そのことは、大きな病院を持ち、
高価な医療機器がそろってなければ出来ない、
というものではありません。

極端な話、フィラリアやワクチンなどで生計を立てながら、
普段は飼い主さんと健康相談や世間話をしているだけでも、
飼い主さんに幸せと感じてもらい、
動物が亡くなった時に、
「先生、ありがとね」
と言ってもらえたとしたら、獣医師としての仕事は、
それで成功だったのだと思います。

動物と飼い主さんの幸せな生活のお手伝い、
ということであれば、ごく普通の町の獣医師でも、
いつでも目指す事が出来ます。

もちろん、獣医師の役目の最大のものは、
「病気になった時に、健康な状態にしてあげて、
 また幸せに暮らせるようにしてあげる」
ということですので、そのために必要な、
獣医師としての知識、技術、病院の施設などは、
ずっと向上させ続けなくてはいけません。

僕は、ごく普通の、町の獣医師です。
町の獣医師として願う事は、
飼い主さんと動物に、幸せに暮らしてもらう事です。

願いに願いで答えながら、飼い主さんと、
喜びや苦しみ、悲しみを、ともに分かち合っていけたなら、
町の獣医師として、それ以上に幸せを感じられる事はないと思います。

そのためには、10年以上の単位で、
信頼関係を築き、その関係を維持して行かなければいけません。

僕は心で動く獣医師でありたいと願っています。
心で動くという事は、
「なんとかして欲しいという願いに、なんとかしてあげたいという願いで答える」
という獣医師でありたいという事です。

そのために、飼い主さんと信頼関係を築き、
心を開きあって向き合いたいと願っています。

でも、かといって、相手を選ばず信頼したり、
心を開く事は、時に危険です。

こちらが精一杯心と体を砕き、心を開いたとしても、
踏み倒しなどの裏切りを受けたり、
謂れのない理不尽なクレームを受けたり、
逆恨みされて斬りつけられたりということを繰り返し受ければ、
獣医師も人としての心を持つ限り、
いつか必ず、心が折れ、砕けてしまう日が来ます。

心で動く獣医師と言うのは、医療者としてひとつの理想ではありますが、
相手を見極めて、信頼しても良いか、心を開いても良いかという事をよく考えないと、
いずれ心が燃え尽きてしまいかねない危険性をはらんでいます。

心を注ぎ、心をオープンにしても良い相手かどうかを、
しっかりと見極めることは、自分の心を守りながら仕事を続けて行くためにも、
とても大切な事です。

ただ、そこで信頼関係が築けたと感じ、
なんとかしてあげたいと僕が願うなら、
僕は、僕の中の、心の願いを大切にするために、
飼い主さんに対して、精一杯の事をしてあげたいと願います。

誰に対しても信頼し、心を開いても問題がないならば、
それが一番幸せなのだと思いますが、
今は、それが徐々にしにくくなりつつある時代のような気がします。

信頼してはいけなさそうな人が来たとしても、
だからといって診察を断ったりする事はもちろんありませんが、
信頼できると確信できるまでは、
自分の心をいきなりむき出しにしたりはできません。

飼い主さんと信頼関係を築きあい、
相談や診療を通じて喜んでもらって、
「ありがとね」
と言ってもらえたなら、それが、
僕にとっては、獣医師冥利に尽きる瞬間です。

心が本当に通じ合っていたか、喜んでもらい、幸せを感じてもらっていたか、
それが分かるのは、何年、十何年経って、動物が亡くなった時です。

そのために必要なのは、小手先、口先のテクニック等ではなく、
本当の信頼関係、心と心のつながり合いなのだと思います。

「この子と一緒にいられて良かった」
「先生に診てもらえて良かった」

そう言ってもらえるよう、仕事を頑張るのだと思っています。

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