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ある日、診察時間が終わったあたりに、 一本の電話がかかって来ました。 「はい、動物病院ですけれども。」 電話に出てみると、 「診察時間終わっているのにすみません。 うちの猫なんですが、今散歩から帰って来たと思ったら、 しっぽのところが何か切れていて怪我しているみたいなんです。 これから連れて行っていいでしょうか。」 とのことですか。 怪我をして血が出ているという事ですので、 早く診せてもらった方が良さそうです。 ということで、急いで連れて来てもらう事にしました。 僕の晩ご飯もまだですが、 尻尾のケガくらいなら、それほど時間もかからずに終わる事でしょう。 とりあえず小腹を満たすために、 手術室に保管しているこんにゃくゼリーをひとつほおばると、 飼い主さんを待つ事にしました。 しばらく待っていると、飼い主さんが家族で車から降りて来ました。 猫はバスタオルに巻かれて抱っこされています。 診察室に入ってもらうと、さっそく傷の状態を診せてもらう事にしました。 猫のケガと言うと、だいたいはケンカのかみ傷ですので、 尻尾以外にもケガがないか注意してみる必要があります。 「尻尾の先なんですが」 ということですので、 尻尾の先を調べてみる事にしました。 バスタオルにもけっこう血がにじんでいるようですので、 それなりの大きさの傷のようです。 「えーと、どこですかね・・」 と良いながら尻尾を触ってみると、 猫がウニャッと鳴きながら、こちらを鬼の形相で睨みつけました。 ・・けっこう痛いのか・・ そーっと見ようとすると、猫がもがいたおりに、 僕の手に何か尖ったものがツンと当たったような感触がありました。 ・・ツン・・? 見てみると、尻尾の先から何やら白い尖ったものが突き出ています。 ・・尖ってる? しげしげと見てみると、どうやら尻尾の先の皮膚の切れ目から、 骨が1cmちょっと突き出てしまっているようです。 うーん、こりゃ痛そうだ・・。 尻尾を触られるとかなり痛いようで、 状態を見るのも一苦労ですが、 どうやらちょこっと傷があるような感じではなく、 皮膚の8割が切れてしまって、切れているところの先の皮膚は、 ぶらんとたれて繋がっているだけのようです。 まさに、皮一枚と言ったところです。 血はほとんど止まってはいるようですが、 猫がもがくと、にじんだ血が診察台の上を濡らします。 これは抗生物質を出して注射するくらいでは終わらなさそうな感じです。 突き出た骨を温存できるかと考えたのですが、 皮もほとんど切れている状態ですので、 もう一度かぶせて、"何もなかったように"縫ったとしても、 血行がダメージを受けていれば、 先っぽの皮膚は壊死して落ちてしまいます。 確率論的には、突き出た骨を切り詰めて、 しっかりした皮膚同士を縫い合わせた方が、 一発できれいに治ってくれそうです。 ただ、そのためには麻酔が必要ですので、 麻酔をかけられるか飼い主さんに、 大切な質問をひとつしなければいけません。 「ゴハン食べたのはいつですか?」 お腹に食べ物の入っている状態では、 誤嚥をして命に関わりますので、麻酔をかける際に一番大切な質問です。 「一時間ほど前に食べたところです。」 うーん、絶食とはほど遠いな・・。 となると、選択肢は三つ、 ・危険を承知してもらって麻酔をかける ・鎮静だけで処置をする ・今日は抗生物質だけ使って、また明日麻酔をかける というところです。 どれもそれぞれ難がありますが、 明日まで放置しておくと、その間に感染が起こる可能性がありますし、 何より尻尾がこの状態では本人も痛いので気の毒です。 さて、どうしましょう、 と飼い主さんに相談したところ、 「じゃ、鎮静をかけてやって下さい」 ということになりました。 鎮静ではとろんとはなりますが、完全に意識がなくなるわけではありませんので、 バスタオルに巻いて、飼い主さんにおさえてもらって、 尻尾の先を処置する事にします。 静脈注射で鎮静剤と鎮痛鎮静剤の2本を注射し、 尻尾の傷口にも局所麻酔をすると、 処置をするための準備を始めます。 洗浄用のAP水と縫合のセットを持って診察室に戻って来ると、 猫は診察台の上で横倒しに寝そべっていました。 ・・お、これならできそうか・・? 僕は治療を行うために手が二本必要ですので、 保定をするのは飼い主さんの役目です (AHTさんはもう帰っています)。 お父さんが猫の体を抑え、お母さんが猫の尻尾を抑える役目です。 尻尾を持っておいてもらって、バリカンで傷口の周りの毛を刈り始めると、 猫が我に返ったように眼を剥いて、 突然もがき始めました。 お父さんの手の中からスポッと逃げて台の下に飛び降り、 ややふらふらしながらも、どこかに逃げて行こうとしています。 バスタオルでまた捕まえると、 台の上に乗せ、もう一度局所麻酔のスプレーを傷口に吹き付けました。 かなり痛そうな感じで触るのも気の毒ではありますが、 処置をしてあげないと、ずっと痛いままですし、 感染してしまうと、余計にひどい事になってしまいます。 そのままお父さんに抱っこしておいてもらうと、 もう一度傷口を消毒し直し、 むき出しの骨に医療用ニッパーをあてがって、 出来るだけ根元のあたりで、バツンと切りました。 案外痛くなさそうで、血も出ず切れました。 骨が出ているままだと縫合も出来ないのですが、 ようやくこれで縫えそうです。 続いて傷口を洗浄して消毒すると、続いて縫合です。 尻尾を持って先を縫おうとすると、 またもや猫が目を見開いてバスタオルを抜け出ようとしました。 「こら、逃げるな。」 お父さんがぎゅっと抱くも、猫はもごもごともがいています。 と、お父さんがぎゃっと声をあげました。 「あ、こら・・! いててて。 噛みやがった・・。」 何とかつかみ直すと、そのままぎゅっと持ってもらいました。 傷口はそんなに血は出ていませんが、 今逃げ回られると診察室の中もえらいことになりそうです。 お父さんには頑張ってそのまま持っておいてもらうしかありません。 徐々に先を縫合して行きますが、 定期的に猫がうごうごと顔を動かし、 足をばたばたともがかせており、そのたびにお父さんが、 ウッとか、オッとか声をあげながら、 苦悶の表情をあげています。 やがて縫合も終わり、開いていた尻尾の先の傷は、 きれいに閉じることが出来ました。 「はい、終わりました。 もう楽にさせてあげて良いですよ。」 と声をかけると、家族の人もホッとした様子で猫を離しました。 猫はと言えば、終わったことが分かったのか、 もう逃げ出そうとせず、そのまま猫座りの姿勢でじっとしています。 かなりガシガシされていた様子だったので、 心配なのはむしろお父さんの手の様子です。 「手は大丈夫ですか?」 とお父さんに声をかけると、 ホッとしたのと痛そうなのが入り交じったような表情で、 「けっこうやられました・・」 と手を抑えていました。 どうやらおおむねバスタオル越しの攻撃だったようで、 血は想像していたよりはそんなに出ていなかったですが、 噛まれた後がいっぱいあって、けっこう痛そうな様子ではありました。 処置がスムーズに終わったのはひとえにお父さんのがんばりのおかげですので、 よくがんばってくれましたと感謝するばかりです。 お父さんの手の消毒もすませると、 ご家族は帰って行きました。 絶食している状態であれば、そのまま麻酔をかけて処置をすることが出来たのですが、 今回は絶食でなかったために麻酔をかけられず、 やむなく鎮静剤のみで処置をすることになりました。 次の日まで待ってから麻酔をかけるという手もなくはないですが、 せっかく迅速に連れて来ていただいたので、 感染の可能性が低いうちに、すぱっと治したいということになり、 お父さんに痛い思いをさせることになってしまいました。 猫はその後定期的に診察をしにきていましたが、 その後は痛みも収まっているらしく、 診察台の上で大人しくネコマンジュウになっているだけでした。 もうひとつ心配だったお父さんの手の傷も、 「あのあと2-3日は腫れていた」 ということですが、もうだいぶ落ち着いていた様子でした。 幸い感染も炎症も起こさず、きれいに治ってくれました。 若干尻尾は短くなってしまいましたが、 1cmくらいのことなので、毛が生えてくれば、 ほとんど前と変わらない状態になってくれそうです。 きれいになってくれれば、痛みに耐えてお父さんが頑張ってくれた甲斐もあるというものです。 猫にしてみれば、痛い時に痛いところを触られるとたまらないわけで、 それはそれで必死でしょうからで嫌がるのも仕方ないですね。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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診療日記〜猫編
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動物病院の診療風景を分かりやすく、楽しく、お伝えしていきます。
事実を元にしていますが、動物や飼い主さんの設定・描写などには修正を加えています。
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ある日のこと、猫のワクチンをうちにやって来た飼い主さんがいました。 「はい、じゃうちますから持っておいてくださいね。」 と言って、針を皮膚に刺した瞬間、 猫がフシャーっと怖い顔をしました。 飼い主さんは、それを見て、 「キャッ!」 とかわいらしい声を上げながら手を離してしまいました。 猫は僕の手を見つけると、 "なにしてるニャ!" と言わんばかりに頚を後ろに振り向かせると、 そのまま僕の手にかぷっとかじりついてきました。 ・・うぁっ、かじられた・・ かじられている自分の手が目に入りましたが、 もう針が刺さっているもんだから、急にも抜けません。 それに、動物に噛まれたときには、急に後ろに手を引くと、 よけいに大きな傷になることがあります。 猫にかじりつかれてはいるものの、 それ以上の攻撃をしそうではなかったため、 そのまま手を動かさず、ワクチンを注射しました。 飼い主さんは、手で口を押さえ、 "あぁっ、噛まれてる〜" というような表情をしながら、注射の風景を眺めていました。 ワクチンは無事にすんだのですが、 問題はかじりつかれた僕の手でした。 ワクチンも終わったので、飼い主さんに待合室まで出てもらうと、 急いで手を消毒しに行きます。 傷もたいして大きくはなく、 幸い血はそんなに出ていないようなのですが、 猫の口の中は不潔なので、今後が心配です。 たいして深くもなさそうではありますが、 関節の近くだったため、細菌が入ったり、 関節に炎症が及ぶのはちょっと心配でした。 しばらく傷を洗っていたのですが、 それほどの傷でもなさそうでしたので、 抗生物質を飲んでおいて、ひとまず様子を見ることにします。 と、次の日・・。 う、なんだか腫れて来た・・。 折しも、ちょっと前にカプノサイトファーガ感染症のことをテレビでしていましたので、 そのことが頭をよぎります。 そしてさらに次の日。 炎症はマックス状態のようで、 横から見ても腫れているのが分かるくらい、 パンパンに腫れています。 関節周囲なので心配でしたが、 手は握ったり動かせるようで、普通に使う分には大丈夫のようです。 ただ、見た目がけっこう派手に腫れていますので、 診察毎に、 「あら、先生どうしたの?」 と聞かれてしまいます。 幸い、手術の予定は入っていなかったため助かりました。 これでは手術の手袋もはきにくそうです。 それから徐々に腫れは引いて来てくれて、 10日もすると、腫れはほぼ分からなくなって来てくれました。 ほっ、良かった。 関節包の中にまで感染が及ぶと、後遺症状も残るおそれがありますので、 そうなると一大事です。 ただ、慢性炎症は若干のこっているのか、 こぶしをがんとつぶけたりすると、じんわりとした、 地味な痛みを感じます。 作業には支障もなく(キーボードも大丈夫です)、 見た目も落ち着いているのですが、 ぶつけると地味に痛い、という感じです。 見た目はほぼ治っているので、 誰も気づいてくれませんし、心配もしてはくれません。 ・・自分にしか分からない痛みだな・・。 噛まれて痛みが続くと、つい「カプノサイトファーガ」というのが頭をよぎりますが、 持病もなく、体力もありますので、 それに関しては、まぁ大丈夫だとは思います。 ひっかかれ傷の方が見た目は痛々しいのですが、 切り傷は浅いことが多いので、比較的速く治ります。 それに対して、深く刺さった傷は、 細菌も深くまで入り込むのか、 すっきり治るには時間がかかるような気がします。 獣医師にとっては、噛まれる、ひっかかれるというのは、 避けて通れない職業病(?)なのですが、 できるならけがをせずに過ごしたいものです。 それにしても、「持っておいてね」
と言っておいた後で、いきなり手を離すのだけは勘弁してほしいものですね。 |
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「熱中症なので診て下さい!」 という声とともに、飼い主さんが病院に入って来ました。 連れてこられた猫は、箱の中にうずくまっているようです。 熱中症は、体に熱がこもって体中がダメージを受ける病気ですが、 どれくらい高熱になったかということと、 どれくらいの時間続いていたか、 ということが、予後に大切な病気です。 熱が高いのであれば、まずは熱を調べて状態を確認しなければいけません。 「ではまず、体温を測りますね。」 と言って、体温計を肛門に差し入れようとして、 なんか違和感を感じました。 ・・うわっ、冷たい・・ 箱の中を見てみると、冷凍庫によく入っているような、 アイスパックがたくさん入っています。 どうやら、アイスパックに埋もれた状態で連れてこられていたようです。 「えーと、熱中症に気づいたのいつでしたか。」 「ちょっと、暑い部屋に閉じ込めたのに忘れていまして、 ふらふらしていたので、あわてて氷で冷やしていたんです。 車が家に帰って来るまで冷やしていたんで、 えーと、二時間くらい前でしょうか。」 熱中症患者が急患で運ばれて来るときは、 通常高熱でやって来る事が多いのですが、 この患者は、すでに冷たくなっています。 うーん、これ、冷やし過ぎでは・・。 体温を計り終わって確認してみると・・、 ・・どれどれ、 ・・36℃。 げげっ、低体温症になっています。 診断名は、どうやら「低体温」のようです。 「ふらふらしていた時は高体温症だったのかもしれませんが、 今は冷やしすぎて、低体温症になっています。 熱中症の時には、体温の調節能力が低下するため、 冷やしすぎると低体温になりがちです。 通常、僕たちも39℃台になったら冷やすのを止めるのですが、 今回は冷やし過ぎです。」 「でも先生、36℃だったら、そんなもんじゃないんですか。」 「いやいや、人間は36℃台が平熱ですが、 動物では平熱は38.5℃くらいです。 この子は、人間で言えば34℃くらいだと言う事です。」 「えぇぇっ、じゃ、かなり低いですね。」 ・・だから、低体温なんですってば。 もう体温を下げる処置は終わっていましたので、 今は全身状態を落ち着かせる事が第一です。 急いで血管を確保し、点滴を始めると、 保温器の準備をし、そこで体温を上げて行くようにします。 そして、それから1日ほどすると、 何とか元気になって来てくれました。 熱中症になったときは、一刻も早く体温を下げて、 脳や臓器へのダメージを取り除く事が大切ですが、 一方で、冷やし過ぎも良くないのは言うまでもありません。 今年は暑い日が続きますが、思っていたほど、 熱中症の動物は来ませんでした。 もしかしたら、暑いのはみんな分かっているので、 その分気を付けて、クーラーを入れているのかもしれませんね。 とはいえ、怖いのは油断をしたときです。 まだしばらく暑い日が続くようですので、 ついうっかり閉じ込めたり、クーラーを切ったまま置いて来てしまった、 ということのないように、ご注意ください。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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ある日、動物病院に一頭の猫を連れた飼い主さんがやって来ました。 どうしましたかと聞いてみると、 「体に毛玉がついて来たのでなんとかしてもらえませんか」 ということでした。 長毛の猫は、毛が長くもつれやすく、 気性が荒かったりすると、ブラッシングを嫌がりますので、 しばしば毛玉で体が覆われてしまいます。 一度つき始めた毛玉は、放っておいても小さくなる事はなく、 徐々に成長して、どんどんがちがちになって行ってしまいます。 気性の激しい猫だと、触ろうとするとそれだけで攻撃して来ますので、 毛玉をとるためには、麻酔をかけて眠らせた後でバリカンをかけるしかありません。 僕の病院でも、時折猫の毛玉とり処置は行っており、 だいたいは小型バリカンなどで簡単に取れるのですが、 激しい性格の場合には、やはり麻酔をかけないとできません。 ともかく、どんな状態なのかを見て見ないといけませんので、 まずは診察室で診せてもらう事にしました。 診察室に飼い主さんが入って来るなり、 「暴れるかもしれませんのでご注意ください。」 とのことです。 どんな凶暴なのかと冷や冷やしながらケージを覗き込むと、 案外とろんとした目をしている猫のようです。 怒る猫だと、いかにも不機嫌そうな表情だったり、 中には親の敵にあったかのように、 目が合うなりこちらを威嚇して来ることもあるですが、 今回はそういう気配が感じられません。 飼い主さんがケージを縦向きにすると、 するするとチンチラさんは診察台に落ちて来てくれました。 台の上に降りた状態でもう一度僕と目が合いましたが、 やはりそれほど興奮状態ではないようです。 「あれ、前の病院ではもっと興奮してたけど、 今日はずいぶんおとなしいねぇ。」 年齢を確認すると、もう10才過ぎの高齢のようです。 毛玉がごっそり出来る子だと、何度も繰り返している事も多いので、 今までどうだったのかと尋ねてみると、 毛玉がたまり始めたのはつい最近の話のようです。 それまでは定期的にブラッシングをさせてくれていたのだけれど、 最近は高いところでじっとしている事が多く、 ブラッシングをしようとすると逃げるようになった、 ということだそうです。 どうやら、昔から凶暴で毛玉ができてどうしようもなかった、 ということではなさそうです。 とりあえず毛玉がどんなものかと確認してみる事にしました。 興奮してはいないようですが、一応、 手を触れると豹変、という可能性もありますので、 触る時には注意しなければいけません。 おりこうさんだねぇと、猫をあやしながら背中を触ってみると、 特に怒る様子もなく、じっとしてくれています。 「あれ、今日はやけにおとなしいね。 先生のことが気に入ってるのかな。」 飼い主さんがポジティブなことを言ってくれていますが、 獣医師としては、自分の事を気に入ってくれているからだ、 などと楽天的に考えるわけにはいきません。 触ってみると、たしかに背中一体が毛玉で覆われていますが、 体がもこもこして見える割には、体自体はかなり痩せているようです。 体重を量ってみると、飼い主さん曰く、 元の体重よりも1割ほど減っているということです。 飼い主さんは、麻酔をかけて毛刈りをしてもらう事を希望して病院に来ていたようですが、 このまますぐに麻酔をかけるかという事に関しては、 僕の中のセンサーが危険反応を示しています。 あまりに凶暴で血液検査も出来ないような場合は、 麻酔前検査も出来ませんので、 そのまま箱に放り込んでガス麻酔をかける可能性もあるのですが、 そういう感じではなさそうなので、まずは血液検査をして、 全身状態を調べた方が良さそうです。 看護婦さんに手伝ってもらいながら採血しても、 特に怒るでもなく、抵抗もしない様子です。 すんなりさせてくれたので、ありがとうねと頭をなでてみても、 怒らないと言うよりは、あまり無関心という様子でした。 そして血液検査で出て来たのは、 比較的重度の「腎不全」という結果でした。 振り切るまでは至っていませんでしたが、 かなり高く、脱水と貧血を同時に起こしているようです。 最近あまり元気がなく、毛並みも悪い状態だったのは、 どうやら腎不全のせいだったようです。 腎不全で毛玉が出来るかというと、直接的な関係はないのでしょうけれども、 ブラッシングをさせなくなって毛玉に繋がった事の要因としては、 十分に考えられます。 飼い主さんに結果を伝えると、 思ってもいない結果にかなり衝撃を受けたようで、 今まで気づかなかった事に後悔、という様子でした。 とはいえ、腎不全はかなり腎臓の機能低下が起こらないと症状が出てこないものなので、 気づかなかったこと自体は仕方のない事ではあります。 今のところは、尿毒症で倒れているという状態でもありませんので、 飼い主さんとの話し合いの結果、しばらく皮下注射を続けながら、 様子を見て行く事にしました。 とここで、最初の依頼が背中の毛玉であった事に気づきました。 皮下注射は通常背中に行いますが、 毛玉のせいで皮膚が見えなければ皮下注射も出来ません。 触ってみると、背中は一面毛玉で覆われていて、 皮下注射を行うのも難しそうです。 「皮下注射をするために背中の毛を刈らせてもらいましょうか。」 と尋ねてみると、 「全身刈ってもらおうと思っていましたので、ばっさりやっちゃって下さい。」 とのことです。 バリカンを嫌がらないか心配ではありましたが、 小型バリカンを背中に入れて行くも、案外怒りもせずに受け入れてくれました。 振動が嫌な様子で、少し迷惑そうな表情をしながら腰をくねらせるくらいでしたが、 なんとか背中の皮下注射をする範囲を、長方形にカットする事が出来ました。 背中だけ長方形にはげが出来たのもなんとも変なカットではありますが、 知らない獣医師が見たら、椎間板の手術でもしたのかと言われそうな具合ではあります。 あまり長くカットしているとストレスもかかりそうだったので、 今日はこれで止めておき、また続きは少しずつする事にしました。 注射も通ってもらう事になりましたが、 ちょっとずつカットして行けば、麻酔もせずに出来そうな気配です。 「おこりんぼな長毛種の猫は、毛玉が出来やすい」というのは、 よく知られている事であり、 今回も飼い主さんに、最初から麻酔とバリカン処置を指定で依頼されたのですが、 かといって、何も疑わずに依頼された通りにしていると、 えらいことになる可能性があったりもします。 臨床で大切なことのひとつは、何かがおかしい時に、 それを感じ取る能力だと思います。 今回は、何も考えずに麻酔をかけるということを回避する事ができ、 調子の悪い猫によけいな負担をかけずにすみました。 医療と言うのは、注意していないと、 怖い事になる可能性のあるものですので、 いつも、何かあるかもしれない、と心に留めながら、 注意して仕事をして行きたいと思います。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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ある日、動物病院に、ケージを持った飼い主さんがやって来ました。 以前からたまに来ている猫の飼い主さんのようです。 元気な猫なので、ワクチンやノミ予防でしか来た事がなかったのですが、 今日はどうしたのでしょうか。 「今日は診察ですか?」 聞いてみると、 「猫が急に色が黒くなってきたので診てもらえますか。」 とのことです。 色が変わって来る病気となると、皮膚炎や内分泌疾患が考えられます。 カルテを見て年齢を確認すると、まだ若い様なので、 内分泌疾患よりも、感染やノミ感染などが疑わしくなって来ます。 ともかく、診てみないと何とも言えませんので、 まずは診察室で診てみる事にしました。 ケージの中にいる状態では猫が見えませんので、 まずは診察台の上に猫を移してもらうことにしました。 「では、診察台の上に乗せてもらえますか」 そう伝えると、飼い主さんは床にケージを置き、 ケージの上蓋をぱかっと開けました。 猫を見てみると、たしかに以前はきれいな白い猫だったのが、 全体的に黒っぽいと言うか、なんだかグレーのような色に変わっています。 飼い主さんが台の上に猫を乗せてくれたところで、 空っぽになったケージの床部分を見てみると、 緊張したのか汗をかいていたようですが、 汗の跡がやたら真っ黒色です。 「いつから色が変わって来ましたか?」 尋ねてみると、 「昨日の朝までは白かったんですが、 今日気づくと黒くなっていました。」 「他に特に変わった事はなかったですか?」 「今日もしっかりご飯は食べていたようですし、 元気はあるようです。」 話を聞きながら、まずは猫を触診です。 全身が灰色になっていますが、皮膚炎がないかということと、 どこかに怪我がないかという事は確認しておかなければいけません。 全身をくまなく見てみると、全体がグレーになっていますが、 特に血がにじんでいるとか、傷があるとかといった様子は感じられません。 足の裏をひっくり返して見てみても、黒っぽく湿っていて、 なんだかべたべたしている以外は気になるところはありません。 「特に、皮膚炎とか怪我とかは見当たらないようですね。」 と良いつつ、自分の手を見てみると、 なんだか僕の手も黒っぽくなって来ました。 ・・なんだろな?・・ 試しにティッシュを湿らせて体を拭いてみると、 体を拭いたティッシュが、うっすらグレーになりました。 ティッシュと手の臭いを嗅いでみると、 土の臭いと言うか泥の臭いと言うか、 なんだか変な臭いがしています。 「これ、土かなにかの汚れのようですね。 病気で色が変わったというよりは、 どこかで汚れて帰って来たような雰囲気です。」 「えっ、汚れですか。 一体うちの猫、どこで汚れたんですか。」 ・・いや、それは・・。 いくら獣医師でも、猫がどこに行って何をしていたかという事は、 ドクタードリトルでもない限り分かりません。 「どこで汚れてきたかは分かりませんが、外に行っていたのなら、 その時にどこか汚れる様なところに潜り込んでいたのかもしれませんね。 何か心当たりはありませんか。」 「そういえば、排水溝に忍び込んでなにやらごそごそしていたようです。」 ・・なんだ、原因分かってるんじゃないの・・。 「そうなんですか。 じゃ、もしかしたらそれが原因かもしれませんね。」 「でも、なんで排水溝なんかにいたんですか?」 僕の心の声が、全力で"しらんがな"と叫びましたが、 飼い主さんにつっこみを入れるのはぐっと我慢して、つとめて冷静に、 「もしかしたら、そこに隠れて獲物を狙っていたのかもしれませんし、 もしかしたら近所の猫に追いかけられてそこに逃げ込んでいたのかもしれませんね。 実のところは猫に聞いてみないと分からないですけど。」 と答えておきました。 飼い主さんは中腰になって、猫の顔をしげしげと覗き込むと、 「あんた、そこで何してたの? 教えてちょうだい。」 と、まじめな顔で問いかけていました。 猫は、飼い主さんが声をかけても、 猫まんじゅうの姿勢のまま、なんやねんと言わんばかりに、 飼い主さんの顔をじっと見やるばかりでした。 「他には特に怪我とかもないようなので、 特に治療対象にはならないようですね。 今してあげられる事と言えば、お風呂で洗ってあげる事くらいですけど、 お家で洗ってあげる事はできますか?」 「はい、たまにいれてるけど、おとなしくしてくれています。」 そうですか・・。 「では、家に帰ったらお風呂に入れてあげて下さい。」 「はい、分かりました。 どうもありがとうございました。」 特に渡す薬もありませんので、 そのまま飼い主さんは帰って行きました。 終わってみると、何のこっちゃというような症例でしたが、 まぁ、平和に終わってくれて、 それはそれでよかったのかなという結末でした。 問題は、せっかく洗ったと思ったら、 また同じところに行ってどろんこになって帰って来たりしないか、 という事ですが、それは猫によくよく言い聞かせるか、 猫を外に出さないようにするかしかありません。 排水溝にしゃがみ込んで、一体何をしていたのかと言うのは、 僕も気になるところではありますが、 猫がその理由を言ってくれる事はなさそうですので、 ずっと分からないかもしれません。 理由を知ろうと思ったら、猫の後をついて行って、 見張っておくしかないですね。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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