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フィラリアと言うのは、犬を飼っている以上、 絶対にしておいた方がいい予防ではあります。 ところで、病院に来ている飼い主さんの中には、 予防をしていない人も、たまにいたりします。 カルテは、なるだけ見直しては、 抜けていたり遅れている予防などがないか、 チェックするようにしています。 ところで、抜けているのを見かけて説明したものの、 みんながみんな、「じゃあ、お願いします」 と、それも依頼して来るわけでもありません。 中には、 「今日はいいです。」 と言う人もいれば、 「それは私は結構です。」 と言う人もいます。 そんな時、どこまで説明して勧めるかは、 なかなかに難しいところです。 予防できる病気を予防しておかないと、 それで病気になった時に飼い主さんが後悔したり、 不利益が及ぶ可能性がありますので、 病気の怖さを説明して勧めるのは基本なのですが、 それでも「いらない」と言われた時、 飼い主さんの意思を無視して無理強いをする事も出来ません。 「今日はいいです」 と言われたときは、とりあえずはパンフレットだけ渡しておき、 また考え直してもらうという事になります。 一方で、「私はそれはしません。」 ときっぱりと言われたときは、 雰囲気次第では「そうですか」と言うしかない場合もあります。 あくまで予防はすべきだと主張し、 飼い主さんとケンカをすると言う選択肢もないではないですが、 そうすると、飼い主さんはうちの病院にはきづらくなってしまいます。 説明したけれども予防を断られた場合などは、 カルテに、 「フィラリアの予防はしないとのこと」 などと、飼い主さんの意思で予防をしないことを選択した旨を記載しておきます。 ところで思うのは、フィラリアの予防をしなかったとして、 それでフィラリアにかかってしまい、 犬が病気になり、飼い主さんが大変な治療をしなくなったとしたら、 それは誰の責任になるのかという事です。 常識的に考えれば、推奨をされたにもかかわらず、 それを断り、予防をしないと言う選択肢をとった飼い主の責任、 という事になるのだと思いますが、 万一、まかり間違えてそれで訴えて来る人がいた場合、 "裁判所はどういった判断を下すのか"という事です。 以前も、人の医療で、腫瘍かなにかで主治医が治療を勧めたところ、 患者が治療を断り、悪化して取り返しがつかない状態になってしまった、 という症例があったそうです。 その患者さんは、自分が手遅れになったのは、 医師の説明不足があったからだと医師を訴え、 裁判所は、医師に責任があると判断を下したそうです。 医師は、きちんと説明したのに、 選択肢をとったのは患者さんだと主張したそうですが、 裁判所が言うには、 患者が選択肢を選ぼうとしたとしても、 それで悪くなりそうになる事が予測されたとしたら、 さらに粘り強く、治療をする事を勧め、 患者にとっての最善の結果につながるよう努力をする責任があった、 ということだそうです。 さらに深く話し合いをし、より強く治療を勧めたとして、 それでも断られ、その上で訴えられたとしたら、 医療者はどうすべきなのかと言うところですが、 裁判所曰く、それでも、さらにさらに粘り強く説明し、 より深く考え直すように、さらにさらに努力をする責任があるのだそうです。 それでは、さらにさらにさらに説明をし・・とした場合でも、 医師はさらにさらにさらにさらに努力をすべし、ということだそうで、 要は、訴えられたら医療者としてはもう"詰み"となってしまっている様な気配です。 インフォームドコンセントの考え方のもと、 説明をして選択をしてもらっても、それはパターナリズムが足りていないからアウトだ、 などというのであれば、 じゃあ、JBM(ジャッジメント・ベースド・メディスン)を満たすにはどうすればいいんですか、 という感じではあります。 お前らがどうしようが、お前らはアウトだ、 というのであれば、最終的には、 裁判官に診察をしてもらうしかない様な気もします。 後だしじゃんけんもここに極まれりという感じで、 そこまで行くとやってられないという感じになって来ますが、 これからの時代は、どう気をつけて仕事をしていても、 なんでそんな事でという事で訴えられて、 何を考えているんだという様な奇妙きてれつな思想の元で、 奇想天外な判決が出されるようになってもおかしく時代になって来ているのかもしれません。 フィラリアの予防も、しない人には、 「私は自分の意志で予防しない事を選択する事を選びました。 どう言う結果となり、不利益を被ったとしても、 獣医師を訴えたりはしません」 くらいの念書を取らないといけない時代も来るのかもしれません。 ただ、そんな念書は、裁判所曰く、 "何の意味もない" だそうですから、どうしようもないのかもしれないですね。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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医療訴訟について
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医療訴訟についてです
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医療と獣医療に共通した話ではありますが、
最近の医療の事を念頭に置いて書いています。 獣医療の話ではありませんので、その点ご了承ください。 最近は、人間でも動物医療でも、訴訟が増えて来ています。 僕自身は、幸いまだ訴えられた事はありませんが、 いつ訴えられるかなんて事は時の運ですので、人ごとではありません。 一口に医療訴訟とは言っても、原告側の訴えとその内容によって、 大きく3つに分かれると思います。 それは、 1.医療詐欺 2.医療ミス 3.詐欺でも過失でもないです。 医療詐欺というのは、きちんとした事をしていないのに、 したように見せかけて金銭を詐取したというものです。 はじめから悪意があって、患者側に意図的に損害を与えたことになります。 実際には、そんなことはほとんどないと思うのですが、 訴える人の中には、医療従事者が悪徳で詐欺的行為を働いた と訴える人もいますので、ひとつのカテゴリーとしておきます。 ただ、中には、実際悪徳な人もいるかもしれませんので、 そういう場合は、悪い行為はしっかり断罪されて、 悪徳な人間は、医療界から閉め出されて欲しいと思います。 もし本当に悪徳で、患者に損害を与えても平気な人間がいたとしたら、 僕だって、人間として許すことができません。 医療ミスというのは、過失によって、 するべきことをしなかった してはいけないことをしたために、患者に損害を与えてしまった、 というものです。 医療ミス自体はもちろん許されるものではないと思いますし、 医療者は、人為的なミスによって、患者に損害を与えたのであれば、 それが責められるのは当たり前であるとは思います。 問題は、3番目の詐欺でも過失でもない場合です。 患者の側は、病気に対して治療を受けたとき、 自分が期待していた結果と現実の結果が異なっていた場合、 その怒りを医療者側にぶつけ、 「だまされた」もしくは「ミスじゃないのか」と、 医療者を責めるようになる可能性があります。 ただ、医療において難しいのは、 するべきことをきちんとしたとしても、 それで確実に治療がうまく行くとは限らず、 いい結果に結びつくとも限らないということです。 医療者は神様ではありませんし、医療を受ける側も機械ではなく、 複雑な要因を持った命ある存在です。 医療行為というものは、本来、 最善の行為をすることは保証できたとしても、結果までは保証できないというものです。 手段の担保はできたとしても、結果の担保はできない、 という不確実性を持っている事が、他の職業との大きな違いです。 ところが、これほどまでに医療が進歩して、治らない病気が減って来ると、 患者側に病気と治療にはリスクが伴うものだという意識が低下し、 治って当然だという意識に変化して来ています。 そして、治らなかった場合に、 医療者側が責められる可能性が高くなって来ています。 昔であれば、 「治らなかったとしてもそれは仕方ない、 治ってくれたとしたら、それはお医者様のおかげ」 であったのが、医療が進歩した事によって、 「治って当たり前、治らなかったとしたら、それは医者のせい」 という意識に変化して来ているのだと思います。 その結果、治らなかった場合に、 医療者側に怒りが向かいやすくなってきています。 期待と結果との間に乖離があると、 それは医療過誤だったのではないかと医療者を責め、 たとえ医療者側に過失がなくとも、訴訟になってしまい、 そのまま医療者側が敗訴してしまう可能性もあります。 ハーバード大学の調査会がアメリカの訴訟を調査したレポートによると、 訴訟が起きた場合、その賠償金の金額の大きさを決めるのは、 主に患者の障害の重篤度だけであり、 医療側の過失の有無は、賠償金の金額に関係しなかったということです。 また、 過誤とされ、損害賠償が請求された症例の大半は、 後に調べた所、過失と見なされる行為は見られなかったということです。 要するに、 たとえ過失がなくとも、医療者は結果次第で訴訟を起こされ、 生じた障害の大きさによって、 多額の損害賠償を支払わなければならなかったということです。 これは医療者にとっては、言うなれば、 リスクの高いババ抜きゲームをしているようなものです。 どんなにまじめに仕事をしていても、 運悪く結果が好ましくない症例に出会ってしまえば、 それで医師としての人生は終わりとなってしまうということです。 するべきことをきちんとしていて、してはいけないことをしていなくても、 訴えられ、裁判で負け、職を追われる可能性がある、 これは医療者側にとっては、純粋な恐怖となります。 こんな状況のもとでは、 医療者側が「訴えられない」ことを最重要課題として、 防衛医療に走ったとしてもなんらおかしくないと思います。 もうすぐ弁護士の数が増やされる、と言う事ですが、 増えた弁護士たちが、自分たちの大きな収入源として考えるのが、 医療訴訟であるのは確実です。 実際、弁護士の間では、 「救急医療と産科は狙い目」とささやかれているという事です。 家族をそそのかし、訴訟を起こさせ、 多額の賠償金を病院に出させる、そういう行為を揶揄して、 「死体換金ビジネス」と呼んでいる人もいるようですが、 医療者からすると、不幸な事態をビジネスチャンスと 待ち構えている人間がいるとすれば、 さぞ腹立たしく感じられるのかもしれません。 自分の身を削って診療をしても、 その結果が訴訟として我が身にかかって来るのであれば、 やる気をなくし、現場を立ち去ってしまう医師が出るのは、 あまりに当たり前の話だと思います。 これから医療訴訟が増えたとしても、減る事はなさそうな気配です。 詐欺や過失があって、そのせいで責められるのならともかく、 どうしようもない事態で訴訟を起こされ、 不可思議な司法の見識によって断罪されてしまうとしたら、 医療者としてはたまったものではないと思います。 医療ミスがごまかされたり、 医療過誤の被害者が軽んじられたりするようなことは、 もちろん間違っていると思いますが、 かといって、医療訴訟の行き過ぎは、患者自身、 国民全体にとって、けして益とならないと思います。 ※獣医療について書いた記事ではなく、
門外漢が医療について感じた事を書いた記事です。 傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 この文章は、多くの人に読んでいただきたいですので、 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |
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この間の小動物獣医師会雑誌に、興味ある記事が載っていました。 それは、 「潜在睾丸の手術をした後で、お腹の中に精巣腫瘍ができ、 裁判で訴えられた獣医師が負けた事例について」 というものでした。 この事件自体は、けっこう前に起きていたもので、 mixiなどでも話題になっていたので、 中には知っている人もいるかもしれません。 事件と裁判への流れのあらましは、 ある動物病院で、片側潜在睾丸の手術をして(手術時の年齢は3才半)、 お腹の中の精巣と、もう片方の降りてきている精巣を切除してもらった。 その3年後、原因不明の体調不良となったため、 大学病院に紹介したところ、腹部に腫瘤が2個見つかったという事で、 そのまま大学病院にて腫瘤の摘出手術を受けた。 被告獣医師は、大学病院から「手術をした」とだけ聞いていたが、 その後、犬の状態が悪い事を聞き、 よくよく話を聞いてみると、 摘出した腫瘍の病理検査結果が「セルトリ細胞腫」であったということだ。 飼い主さんは、動物病院で昔受けた手術で、 潜在睾丸を取られていなかったということで、 詐欺にあったとかなり怒っている模様だった。 その後、治療の甲斐なく犬は死亡してしまい、 飼い主さんは動物病院を、摘出するべき潜在睾丸を取っていないのに、 手術をしたと詐欺的行為にあった、と訴えた。 飼い主さんにはいずれにしても非はないのは明らかなのですが、 本当に潜在睾丸を摘出していたのか、ということは、 結局の所は、本人以外誰にも分かりません (一応先に言っておきますが、 当該獣医師を弁護しようと言う意図はありません)。 3才半で陰睾の摘出手術をしたという事で、 手術の時期が遅かったのも問題のひとつではあるのですが (潜在睾丸は、月日とともに萎縮して探すのが困難になって行きます)、 摘出したのが本当かどうかは、本人以外には分かりません (萎縮して判別が難しくなっていると、 本人にもよく分からない可能性がありますが)。 もうひとつの可能性は、大学が腫瘍の病理検査結果を、 "誤診"した可能性です。 典型的な臨床症状(骨髄抑制による重度の非再生性貧血)と 病理の結果が出ていますので、誤診の可能性は低そうですが、 結局のところはよく分かりません。 というのも、裁判所が大学側に対して、 出廷と証言を求めたところ、 なんと、大学側は、その出廷要請を"拒否"してしまったからです。 大学は、当の訴えられた獣医師から、 裁判前に詳細についての説明を求める問い合わせがあった時にも、 獣医師からの説明依頼に対して、"説明拒否"と回答をしたそうです。 獣医師に対しての説明義務を果たさず、 自分の所の検査結果にも責任を持とうとしないと言う大学側の対応にも、 少なからず問題があるような気がします (裁判に備えて、お話しできないと言ったそうですが、 症例を紹介されておいて、紹介先に詳細を説明しない、 というのは、おかしいと思います)。 結局、 1.取っていないのに取ったと言った詐欺事件なのか、 2.取ったつもりが取れていなかった医療ミスなのか、 3.腹腔内の別の部位に精巣の組織が飛んでいた、 非常にレアな症例なのか、もしくは、 4.大学側の誤診なのか、というところです。 取っていないのに、取ったとだました詐欺事件であったり、 技術的な問題による医療ミスであれば、 それはもちろん、責められてしかるべきであると思います。 一方、3番目の、精巣細胞が腹腔内の別の場所に飛んでいる、 という症例は、まれではありますが、あるそうです。 僕の病院でも、以前2才の犬の潜在睾丸の手術をしたことがありますが、 その時、潜在睾丸は、周りの組織とかなり癒着していました。 http://blogs.yahoo.co.jp/ponpoko6691535/20817690.html (写真の症例2のように、周りと癒着して境界が曖昧になっていると、 細胞レベルでの取り残しがないか、なんて事までは自信を持っては言えません。) 陰睾のときには、細胞レベルで細胞が飛んでいるということはあり得るそうで、 その場合は、目で見て確認できるものではありませんので、 取り残しがあったとしても、それは医療ミスではなく、 回避しようのない併発症、ということになります。 細胞レベルの組織であれば、手術した時にはまるきり分かりません。 確認できるようになって来るのは、何年もして腫瘍化した時です。 4番目の大学側の誤診、というのは、何とも言えない所です。 鑑定結果に自信を持っているのであれば、 裁判所で証言すれば良いと思うのですが、 鑑定書を書いた先生は、なぜか出廷を拒み、証言をしませんでした。 3番目と4番目の結果であれば、獣医師は責められる必要はなく、 "えん罪"であることになります。 最大の問題は、本当に手術をして腹腔内精巣を取ったかどうか、 ということですが、手術をしたかどうかなど裁判所に分かるはずもないわけで、 しかも、病理判定に対しての証言は証人が出廷を拒否してしまっており、 裁判所も判決を出すのに苦慮したであろうということが推察されます。 そして、よほど困ったのか、 裁判官は、誰もが驚く様な判決を出しました。 その判決とは、 1.獣医師が潜在睾丸を摘出した事は認める。 2.一方で、病理検査通り、腫瘍はセルトリ細胞腫だったと考える。 3.ということは、獣医師が潜在睾丸を摘出したとき、 お腹の中には、摘出したもの以外に、 まだ睾丸が存在していたという事で、 それを見落として摘出しなかった事は過失である。という、それまでの生物学的、医学的な常識を根底から覆す、 画期的(もしくは非常に馬鹿げた)な判決でした。 生物学的、医学的、獣医学的な常識で考えれば、 人間も犬も、通常は精巣は2つです。 精巣が4つあるかもしれないと考えているのは、 世界広しといえども、この裁判官くらいだと思います (地方裁判所でこの結論が出た後、 高等裁判所の裁判官も、地裁での判決結果をそのまま踏襲しましたが)。 もし、腫瘍化した組織が、 摘出した睾丸以外の部位に飛んでいた精巣細胞由来のもので、 細胞レベルでの取り残しがあったためであったのなら、 医療ミスとは呼べず、慰謝料などは発生しないはずです。 ところが、裁判所の見解は、 「睾丸が4つあったのであり、それを2つしか取らなかった。 2つしか取らなかったのはミスであり、したがって慰謝料を支払え」 というものでした。 生物学的な常識をまるきり無視した、 非常におかしな見識をもとに判決を出した、と言わざるを得ません。 少なくとも、知りあいの先生たちはみんな、 「本気で言っているの?」 と首を傾げていました。 ただ、一番困ってしまうのは、裁判所が、 「体には精巣が4つある可能性がある」 と認めてしまうと、それが判例として残ってしまうという事です。 裁判所は、一般的常識よりも過去の判例を参考にして判決を出しますので、 今後もこういう症例が出たときは、 この症例を参考に、またおかしな判決が出されてしまう可能性があります。 僕の病院でも時折陰睾の手術はあるのですが、 お腹の中の精巣を取ったかどうかの証拠を残すために、 術中の写真を経過的に撮っておき、摘出した精巣も、 飼い主さんに直接見せて説明します。 当然、手術のときは、お腹の中の潜在睾丸を 1個(片側の場合)ないし2個(両側の場合)摘出した時点で、 摘出の手技は終了したと考えます。 それが、 「4つあるかもしれないので、1つ摘出した後も、 残る2個を探さなければいけない」 と言われてしまうと、非常に困ります。 そんなものを探せと言われても、あるわけがないからです。 精巣は2つある、というのは、 生物学的な知識云々以前の、あまりに当たり前な常識だと思うのですが、 常識的にあり得ない様なおかしな事であったとしても、 裁判官がそう考えればそれが判決理由になってしまうということに、 とても空恐ろしく感じてしまいました。 こんなおかしな判決がまかり通るのなら、 どれだけきっちりとした事をして、その証拠を残しておいたとしても、 裁判官のおかしな見解によってそれが全て覆されてしまいます。 潜在睾丸を摘出している写真を証拠として撮っておいても、 「もっとあるかもしれないでしょ」 と言われれば、それで何も言えなくなってしまいます。 もうすぐ一般の人たちが裁判に参加する、「裁判員制度」が始まります (最初は重大な刑事事件だけですが)。 以前は、裁判に法の素人が参加するのは怖いなと思っていましたが、 こんな裁判を目の当たりにすると、 一般の人の持つ常識を活用するというのも、 意味のある事なのかなと考えさせられました。 ※この文章は、多くの人に読んでいただきたいですので、
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医療訴訟に関しての慰謝料が高額になって来た、 という内容の記事らしいですが、気になる点がふたつほどありました。 ひとつ目は記事の内容自体です。 中でも一番気になったのは、医療訴訟の訴訟金が高くなって来た、 という説明のために、例の多摩の病院の裁判を例に出していたことです。 記事の流れとしては、 「これだけ医療訴訟の慰謝料が高額になってくると、 医療者側にとっても脅威となり、医療崩壊につながりかねない。」という内容にしようとしているようですが、 であるなら、多摩の病院を裁判の例に持って来るのは、 ひどく不適当であると思います。 記事の想定しているケースは、 医療ミスと、そこから来る医療訴訟のものだと思います。 通常の医療訴訟は、医療ミスや怠慢医療など、 通常の医療行為が行われている中で、意図せぬミスがおこり、 それが動物と飼い主さんに不利益を与えることによって訴訟となります。 でも、多摩の事例は、そもそも、通常の医療を行っていて、 ミスがあったり、怠慢があったから、 それを訴えている、というものではありません。 この間の裁判でも、裁判所は、 「動物に対する傷害行為」と、「詐欺的行為」を認め、断罪しています。 おそらく、原告の人たちにも、医療ミスに憤りを感じているのではなく、 被告の、獣医師にあるまじき"詐欺的行為"に対して怒りを抱いているのだと思います。 医療ミスと医療訴訟の話をするのであれば、 多摩の件は、例として持って来るには、 はなはだふさわしくなかったのではないかと思います。 この件は、少なくとも、医療ミスなどとは、まるで次元の違う話です。 J-CASTの記事さんが、この記事に、 なんでまた多摩の件を例として持って来てしまったのか、 という理由は分かりませんが、 考えられるとすれば、よほど認識が足りなかったか、もしくは意図的に、 金額的な大きさだけで持って来たか、というあたりです (なかなかセンセーショナルで、有名な事例ですし)。 いずれにせよ、この記事の流れに、この件を持って来ているという時点で、 すでに記事の信憑性を下げてしまっています。 医療訴訟が増えるから、医療崩壊につながるというのも言い過ぎだと思います。 今までは、きちんと説明せずに、 いい加減な治療をしても、その責任の所在があいまいなまま、 それですんでしまっていました。 これからは、いい加減な説明をすると、 起こった結果が飼い主さんの期待と異なった場合、 訴訟される可能性があります。 したがって、きちんと説明し、理解してもらい、納得してもらった上で、 起こりえる結果を飼い主さんの責任として引き受けてもらい、 治療を進めていくという、 当たり前と言えば当たり前のことになっていくだけだと思います。 訴訟されるかもしれないことに踏み込むことは避ける、 という風潮が出てくるかもしれませんが、 それは専門医に任せるという、二次診療への紹介につながっていくと思います。 そして、最後に、二つ目に気になったこととしては、 記事に僕のブログの文章が引用されていたわけですが、 結局、僕が引用されていたことを知ったのは、 記事になって、アップされた後のことでした。 法的な問題では、転載ではなく、引用ですので、 特に問題はないのでしょうけれど、 引用するなら、引用するで、 一声かけてくれても良かったのではないかとは思います。 記事の内容が、つっこみどころが多かっただけに、 そう思ってしまいました。 事前に連絡を受けていれば、 多摩の話を例に持って来るのは止めるよう伝えることも出来ましたし、 医療崩壊という程でもないですよとは伝えられたと思います。 こういう引用って、本人には特に断りとか入れなくてもいいんでしょうかね。 ※傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |
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何とも、考えさせられる記事をネットで見かけました。 『飼い猫の治療ミスで22万賠償命令』 飼っていたペルシャネコを治療ミスで死なせたなどとして、飼い主3人が動物病院の獣医師に約492万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は26日、獣医師に計約22万円の支払いを命じた。 村田渉裁判長は治療時の過失を認定。慰謝料について原告側が計420万円を求めたのに対し、「精神的苦痛は大きいが、獣医師の過失がなくてもネコは病気のため数日か数カ月後に死んだ可能性が高い」などとして、原告1人当たり6万円で計18万円が相当と判断。治療費なども加え賠償額を算定した。 判決によると、原告の飼っていたペルシャネコ「ジャン」は2006年8月、致死性の高い「猫伝染症腹膜炎」と診断され、東京都豊島区の動物病院で胸にたまった水の抜き取りなどの処置を受けた直後に死んだ。 詳細が分からないので、コメントもしづらいのですが、そもそも本当に、 医療ミスがあったのかどうかも、気になるところではあります。 こういった判決は、僕たちの様な、一般の開業医にとっても他人事ではありません。 このご時世、地方都市でのどかに診療している僕ですら、 いつ、どんなことで訴訟に巻き込まれるか分からないからです。 今回の症例の詳細は分かりませんので、 一般的な話として、 FIPで、胸水が溜まっている症例が来た時の事を考えてみます。 FIPというのは、ウイルスに関係した免疫反応で、 体のあちこちの血管が傷つき、腹腔や胸腔に液体が溜まる病気です。 根本的な治療法はなく、ステロイドで延命できる事もありますが、 基本的に不治の病です。 胸水が溜まるまでになっている時は、かなり状態が悪い事が予想されます。 胸水が溜まっている場合、苦しそうに呼吸困難を起こしているなら、 胸水を抜いて、肺の圧迫を楽にしてあげる事が、 治療方法としては、スタンダードな方法です。 ただ、胸水が溜まり、呼吸困難になっている時は、 その状態にあるだけで、すでに危険な状態です。 大人しくて、処置に嫌がらない猫であれば、 胸水を抜くために針を刺しても嫌がらずに処置をさせてくれる事もありますが、 触られたり処置される事を嫌がる猫であれば、 興奮して、もがいたりするかもしれません。 興奮すると、体の酸素需要量が増えますが、 ただでさえ呼吸状態が悪く、生きているだけであっぷあっぷの状態だと、 酸素需要量の増加をカバーする事が出来ず、 興奮したことが命取りとなってしまう可能性があります。 また、興奮するからといって鎮静や麻酔をかけようにも、 すでに予備能力がない状態だと、その事自体が、やはり命取りになる可能性があります。 すると、FIPで胸水が溜まり、それを抜こうとするということは、 それ自体が、命取りになる可能性のある、 リスクを伴った行為であるという事です。 医療ミスがあるか否かでなく、処置をしようとする事によって、 命を落としてしまう可能性がある、ということです。 それを、 処置しても、無事に終わって当然、 それによって死んだりしたら、それは医療ミスと考えたとしたら、その考えを持つ事自体が間違いです。 処置によって、命を落とした、という事だけを持って、 医療ミスと断定するのなら、その認識には、著しい違和感を感じます。 ただ、医療に関してのリスクゼロの意識は幻想に過ぎないとしても、 処置をする際に、処置に関してのリスクの存在を、 しっかりと伝えておかなかったとしたら、そのことは、 やはり、医療を行う側の過失です。 もし、リスクが伴う処置なのであれば、 それを伝えられていれば、飼い主さんの側には、 「リスクのある処置をしない」 という選択肢を選ぶこともできたからです。 きちんと、情報を与えず、 それによって、選択肢を選ぶ機会を奪うならば、 それこそが、期待権の侵害です。 リスクのある処置を行うにあたっては、 獣医師としては、 「胸水が溜まっていて、それが呼吸困難の原因になっています。 胸水を抜けば、呼吸を楽にしてあげられることが期待できますが、 処置を行う際に興奮したりすると、命に関わる可能性があります。 鎮静剤や、麻酔をかけてするのも、リスクがかかる可能性はあります。 また、そのまま胸水には手をつけず、 ステロイドや利尿薬の内服でコントロールして行くという選択肢もありますが、 呼吸困難が強いので、そのまま亡くなってしまう可能性があります。 抜くか、抜かないか、どうしますか。」 と、考えられる選択肢とそれぞれのリスクの説明をして、 飼い主さんに選択をしてもらわなければいけません。 そして、最初にリスクがある事を説明しておいて、 処置の結果、動物に良くない結果が起こったとしても、 それは、その選択肢を選んだ飼い主さんの責任です。 リスクを説明されておいて、選択を行い、 獣医師の処置に過失がなくも、 その結果、その説明された結果になった場合は、 その責任は、飼い主さんが引き受けないといけません。 その場合、責任を獣医師に問うということは、間違っています。 もし、インフォームドコンセントの時点で、 処置に対してリスクがある事を説明し、 それに対して飼い主さんが、 「そんなリスクのある処置は嫌だ」 と言うのであれば、獣医師としては、その処置を行う事はできません。 飼い主さんの意向を無視して、どんな処置もする事は出来ません。 全ての選択肢にそれぞれリスクがあった時に、 どの選択肢も選ぶ事をせず、リスクを承諾してもらえないのなら、 これからは、獣医師として、治療を行う事はできない時代になってくると思います。 飼い主さんの選択の問題として以外にも、 獣医師側のリスク管理の問題としても無視できません。 飼い主さんが自分の責任として、 選択をすることをしないなら、なにか良くない結果が起こった時は、 それが全て、獣医師の責任として、訴訟を起こされかねません。 どんなに過失なく処置を行ったとしても、 その結果次第で訴訟を起こされかねないというのであれば、 獣医師は、リスクを冒すことはできません。 嫌な時代ですが、もうすでに、訴訟リスクを考えずに、 診療を行える時代ではなくなって来ています。 もし、リスクと選択肢を説明せず、 「よっしゃ、まかしとき。」 と、自分の責任で行う診療をするならば、 うまく行っている時は良いですが、 何か問題があった時に、高額の訴訟を起こされて、 身を滅ぼすことになってしまう可能性があります。 僕自身、とある筋からの医療訴訟のアドバイザーをしているのですが、 依頼の相談を見ていて、その折にしばしば思う事は、 トラブルになったとき、その前に、トラブルの元となる芽をあらかじめ摘んでおらず、 その結果としてトラブルになってしまった症例がとても多い、 ということです。 処置によっておこる可能性をあらかじめ伝え、 他に取り得る選択肢を提示し、 考えられる副作用をあらかじめ伝えていたならば、 そもそもトラブルにならなかったであろう・・、 ということは、驚くほどに多いです。 訴訟となり、裁判所に判断されるまでになると、 そもそも医療ミスですらないのに、結果だけをとらえて、 「ミス」と断罪されてしまう、ということも多いようです。 せち辛い世の中ですが、逃げず、腐らず、 自分にしたいこと、するべき事を見失わないようにしながら、 かつ、自分自身のリスク管理もして行かないといけない、 実に大変な時代であると思います。 誠意が誠意として、つねに通じるわけではない、 ホントにせち辛い世の中になったものだと思います・・。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。 傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 この文章は、多くの人に読んでいただきたいですので、 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |





