どうぶつ病院診療日記

動物病院の診察風景や、獣医師が日頃思っていることなど

人間の医療に思う事

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えらそうな事を言うつもりはありませんが、思ったことを書いています。
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スイスとAO

外科手術の分野に、AOという研究所があります。
医療者なら誰でも知っている研究所で、
骨折をはじめとする整形手術のプレートや器具、
手技などの研究を行っているところです。

そこで研究、開発、提唱された手技は、
世界中の整形外科のみならず、獣医学へも大きな影響を持って、
現在も世界中の整形外科の手術方法をリードしています。

ところで、AOの本部がどこにあるかと言えば、
ヨーロッパはスイスの、ダボスというところです。

ダボスはスイスの東の当たりにある町で、
ダボス会議が行われる場所としても有名です。

中立国という事で、世界経済に関する会議が開かれると言うのは理解できるのですが、
なんでまた骨折を治療するための研究所がスイスのダボスにあるのかという事は、
ずっと前からちょっとした疑問ではありました。

ダボスは風光明媚で、景色のいい場所だそうですが、
人口は11000人ほどで、それほど大都市でもないからです。

骨折の治療の研究をするなら、それなりに人口の多い都市の方が、
症例も集まって研究も進むに違いないと思ってしまいます。

と、ずっと疑問に思っていたら、
先日学会でダボスについての説明を聞いて合点が行きました。

というのも、ダボスは昔からスキーのメッカで、
世界中から年間に多くの人が、
最高の雪を求めてスキーに訪れるのだそうです。

そうすると、けっこうな人が、スキーの途中に転んだり吹っ飛ばされたり、
果ては木に激突したりして骨折をするわけで、
骨折する人がいれば、治す人も必要となり、
世界中からスキーをする客が集まると同時に、
骨折を治療するための医者もまた世界中から集まって来ている、
ということだそうです。

数あるスキー場の中で、ダボスが選ばれたという事は、
研究に向いている土地柄であったのか、
よほど骨折の症例がたくさん出たのかよく分かりませんが、
それなりの理由があったという事のようです。

症例がたくさん出るという事に加え、
スイスは時計などの精密機械のノウハウが進んでいた土地でもありますので、
骨折治療のために必要なプレートやスクリューなどの、
医療器具を工作するための下地もあったという事のようです。

おまけに、最高の雪を求めてやって来る様な人たちは、
それなりに裕福でしょうから、自分がスキーで転んで骨折した時にも、
最高の治療を求め、治療にお金を使うのを惜しまない、
という、経済的な状況も有利に働いたのかもしれません。

スキーのオフシーズンは研究所で、
去年の反省をふまえて新しい手技や機械を開発し、
スキーのシーズンが始まったら、どんどんやって来る患者に、
新しく開発した骨折治療の方法を存分に試せるという事で、
研究開発のためにも、最高の環境であるとも言えるようです。

患者となる予定(?)のスキーヤーからしても、
「ダボスでスキーをすれば、いつ転んで骨を折ったとしても、
 世界最高の医者がこぞって、最新・最高の治療をしてくれる」
ということで、怪我をした後の心配をする事もなく、
安心してスキーに励めるのかもしれません。

それにしても、スキーシーズンが始まって、
客がたくさん押し寄せて来ると、
新しい治療を試すべく、医師達が手ぐすね引いてゲレンデの下で待機しているわけで、
派手な転び方をしたスキーヤーを見ると、
待ってましたとばかりに腕をふるわせているのかもしれないですね。

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 転載、リンクはフリーとさせていただきます。
去る8/20に、医療界からの大きな注目を集めていた裁判の判決が出ました。
人医療の話なので、僕自身は門外漢なのですが、
医療に関連する職業の人間として(獣医療ですが)、少なからず注目していました。

もうご存知の方は多いと思いますが、
この事件は、福島県立大野病院において、
帝王切開を行った患者が出血多量で死亡してしまったと言う事で、
その処置の過失性および異状死の届出義務違反を問われていたものです。

妊婦さんは前置胎盤に癒着胎盤を併発していたと言うもので、
獣医師の僕にはなじみのない用語なのですが、
レア中のレアのケースで、危険性が極度に高かった症例であるのは間違いなかったと言う事です。

かなりの危険性を伴うと言う事で、
大学病院に転院してそちらで処置を受けるよう再三促されていたものの、
妊婦さん側が大学に行く事を断り、
大野病院での出産となったと言う事です。

前置胎盤というのは産道の入り口を胎盤が塞いでしまっているために、
通常の分娩ができず、帝王切開となるそうです。

そして、手術となり、胎児を取り出した後で癒着胎盤である事が分かり、
癒着する胎盤をはがしたものの、その後の出血で死に至ったと言う事です。

術式の正しさなどについては、僕がどうのこうの言う立場でもないのですが、
ネットで多数の医師のブログの意見を見るとおおむね、
「この症例はレア中のレアのケースで、処置や判断はまっとうなもので、
 間違った事はしておらず、誰がしても同じ結果になった可能性が高いと考えられる」
という事のようです。

処置においての問題よりも、一番の問題はその後の、
警察が乗り出して来て医師を逮捕してしまった、
ということのほうにあるようです。

これにより、医師側の意識は萎縮し、リスクを避けようと、
産科医療からの撤退が加速される結果となりました。

医療崩壊への流れをさらに決定づける可能性があると言う事で、
医療界全体からの大きな注目を集めていた裁判ですが、
今回の判決の内容は、

「医師の判断と選択は妥当なもので過失は無い」

というものでした。

もしこれで有罪となると、いっそうリスクを取った医療を避ける流れが加速されていたであろうだけに、
僕ももうすぐ子どもが産まれる人間としても、純粋に良かったなと思いました。

医療というのは、本質的に、

「きちんとしたことをしたとしても、悪い結果につながる可能性がある」

と面を含んでいます。

もしこの症例で医師が有罪となっていたならば、
それは司法が、医療界全体に対して、
「きちんとした行為を行っていたとしても、
 その結果と遺族の処罰感情次第で逮捕され、犯罪者とされる可能性がある」
というメッセージを伝える事になります。

今回の裁判は、むしろ、
「きちんとした事をしていれば、結果がどうあれ罪に問われる事はありませんので、
 医師の方々は安心して職を全うして下さい」
とメッセージを送ったと言う事だと思います。

医師と職業リスク、免責などの話になると、
「医師だからといって、何をしても許されると言うわけではない」
という意見が出て来るのですが、
それよりも何よりも、医療というのは過失が無かったとしても
結果が最良のものとなるは限らないという不確実性を持っているわけで、
だからこそ、

結果や処罰感情だけで医師を裁こうとしてはならない

と言う事なのだと思います。

医療ミスであるかどうかは、
やるべきことをやったか
してはいけないことをしていないか
ということが最低限のラインです。

やるべきことをやり、してはいけないことをしていなくても、
結果次第で裁かれる、というのは明らかに間違っています。

もし、過失なくとも結果次第、処罰感情次第で裁かれうる、
となるのであれば、医療者の側は必ず、
裁かれることになる可能性のある症例、
訴える可能性のある患者を避けようとするようになります。

過失なくとも裁かれるのであれば、それはいかに正当な事をするか、
ということではなく、「地雷を踏むかどうか」という、
運だけの問題となります。

運悪く地雷を踏んでしまえば逮捕され、医師としての職も失い、
社会からは抹殺されてしまう、というのであれば、
誰もリスクのある患者の治療などしようとはしなくなります。

すると、リスクのある分野には誰も就こうとはしないようになり、
リスクのある症例はよそに回すか、たらい回しにしあうようになります。

リスクが予想される患者を受け入れて、リスクを抱え込んでしまうよりは、
極論を言えば、"たらい回しにしている間に死んでくれ"と言う事になり得ます。

自分の人生を台無しにするリスクを冒してまで、
飛び込みの患者を助けてあげようとする医師はおそらくいなくなると思います
(いたとしても、訴訟にあうことによって現場から排除されます)。

結果次第で医師を刑事罰に問うことで一番不利益を受けるようになるのは、

言うまでもなく患者の側です。


想像してみればすぐ分かりますが、
自分がどこかに遊びに行って交通事故にあった時に、
医者にかかろうとしてもどこも「うちでは受け入れられない」
といって拒絶されるようになったとしたら、恐ろしい以外の何者でもありません。

また、ずっと健康でいられれば良いものの、
リスクの高い病気になるととたんにすぐに見捨てられる、というような社会では、
とても安心して暮らして行く事などできません。

医師にとっても患者にとっても、一番望ましい状態というのは、
医師が患者の事を助けてあげたい、なんとかしてあげたいと願い、
心と心を寄せあって、互いにより良い医療を形成するために協力しあう事だと思います。

もちろん、過失や違法行為があったなら、
それはそれできちんと裁かれなくてはいけないと思いますが、
行き過ぎた訴訟の増加というのは、真実を明らかにし、
医療をよくして行くと言う事よりも、
医療者の思いや願いを砕き、
意欲を低下させるという効果の方がはるかに大きいと思います。

今回の判決を聞いて、ほっとした人も多いと思いますが、
医療崩壊へのタイムリミットが少しばかり伸びただけだと言う見方もあるようです。

今回の事例で、警察、検察が医療崩壊の加速に向けて果たした役割は甚大なようです。

僕としては、医師を逮捕して裁判にかけた警察、検察に、
国民と加藤医師に対してまずきちんと謝罪をするべきだと思います。

医療が萎縮したせいできちんと医療を受けられなくなり、
そのせいで命の危険にさらされたお母さんと子どもは、
実はけっこういるのではないかと思います。
今回は、まず問題です。

江戸時代、士農工商に分かれていた時代、
医療者の身分はどの区分けに属していたでしょうか?


正解は、

 ・
 ・
 ・

"これ以外"です。

江戸時代は、身分制度がしっかり分かれていて、
おいそれと自分の立場が変わる事はありませんでした。

士農工商という言葉から、ぱっと考えると、
日本の社会の人間は、すべて、
このよっつの職業のいずれかに属すると思われがちですが、
実は、この職業以外に属している人間というのも、
数多く存在していました(公家・僧侶・神主・役者など)。

士農工商と言うのは、人間社会に属している人間の職業のことです。
医療者と言うのは、"人ならざるものと向き合う仕事"であり、
人間社会と社会外との狭間に位置するものでした。

士農工商は、人間社会の内部のものですが、
医療と言うのは、人間社会の境界線であったのです。

生や死と向き合う職業と言うのは、尋常ならざる、
この世の外側のものと触れる仕事であり、
社会の中に属する人間にとっては、畏れ多い職業として、
畏怖と尊敬の念を持ってみられていたのです。

医療者は、死というものと密接に関係を持つ職業であり、
人間社会の外側に、一歩足を踏み込んだところで仕事をする存在です。

そのため、一般の人間からは、尋常ならざる業をなし、
自分たちが踏み込む事のできない領域に踏み込む存在として、
畏怖と尊敬の念を持って見られていました。

しかし、明治維新の後、科学と言う概念が日本に入ってくると、
医療は「医学」として、
科学のカテゴリーの中に入るようになりました。

それまでは"術"として、人ならざる行為であったものが、
"科学"として、人の行為であるものになったのです。

その後も、通常の職業とは一線を画す、
特殊な知識を持った、特殊な仕事として見なされ、
独特の感情を持ってみられていたのですが、
最近では、テレビのバラエティー番組でも扱われるほどに、
医学知識というものが、誰でも触れ、知り得る知識のひとつになってしまいました。

それまでは特殊で、自分たちの触れる事のできない物であった事が、
ここに来て、自分たちも触れる事ができる、
同じ平面上の存在になったのです。

かつては別の世界の、触れ得ぬものであったことが、
同じ世界、同じ立場のものになりました。
同じ世界のものという事は、
例えば自分が勉強して知識を得れば、自分にもできるものとなったということです。

現在、医療に対して、たとえ"尊敬"の念を抱く事はあっても、
"畏怖"の念を抱く事はあまりありません。

それは医療者の社会においての位置、
患者の医療者に対しての認識が変わったからです。

もちろん、それは良いとか悪いとか言うものではなく、
時代の流れの中での必然の移り変わりではありますけれども。

※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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テレビドラマでは、医療ものが人気のようで、
時折医療をテーマにしたドラマが放送されています。
僕も、医療もののドラマは好きなので、時折見ています。

最近は医龍が面白いので、毎回見ているのですが、
時折医療ドラマを見ていて思うのは、
「人間の手術は、何とも多くの人間でしているなぁ」
ということです。

僕も、人間の手術の現場に立ち会った事はなく、
ドラマでしか見た事ないのですが、
どこまであんな感じなのかと気になるところです。

ドラマを見ていると、麻酔医がいて、麻酔助手がいて、
器械助手がいて、手術助手がいて、執刀医が2人ついていて、
その他、サポートをする人が5~6人いて・・、
と、ドラマを見ながら、
「どんだけいるの?」
と驚いてしまいます。

動物病院では、たいていの手術は、獣医師がひとりと、
助手がつくかつかないか、という感じで、
人数的には、かなりこじんまりとしています。

手術のシーンなんかだと、よく、執刀医が「メス!」と言うと、
器械助手が、「はい!」と言って、ばしっと手に渡してくれますが、
動物病院で、器械助手の人が器具を
手渡すところというのは見た事がありません
(僕の大学の動物病院ではしてましたが)。

僕の病院で、「メス!」と言って手を差し出しても、
「自分で取って下さい」と言われてしまいそうです。

ドラマと現実は違うものですね・・。

※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
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命のリスクと踏み倒しのリスクに加え、訴訟のリスクまで高いとなれば、
一般の町の産科医が、敬遠するのは当たり前の事です。
体力や時間の問題だけではなく、設備やスタッフの面にしても、
何の問題があるか分からない人の飛び込みまで、
完璧に責任を持てと言ったとしても、それは無理です。

医師という聖職の建前だけを振りかざして、
重大なリスクを引き受ける事を強要するとしたら、
それは普通に頑張って働いている産科医に対して酷というものです。

産科医が増え、安心して子どもを生める状況を作り出すためには、
なにより、産科医に大きなリスクを強要せずにすむ状況を
作り出す事が先決であると思います。

今のまま、報道が恣意的に情報をねじ曲げ、
悪意を持って医療バッシングを行おうとしているだけでは、
何も状況は変わりません。

今の医療バッシングの行く先にあるものは、
リスクを回避しようとする意識によって、
さらに産科医療が敬遠され、産科と産科医が減少して行く、
惨憺たる状況だけだと思います。

今回の件を見ていて思ったのは、いかに報道が、
事件の本質をねじ曲げて伝えようとしているか、ということです。
今回の報道では、病院と医者が悪い、という結果にされ、
その奥にある、本質の問題には一切触れていません。

今回の本質は、産科ネットワークの不備とか、
そういう問題ではありません。

今回の件で言えば、僕は、産科ネットワーク自体の問題ではなく、

「妊娠してはいけない人が妊娠してしまった」

ということが、最大の問題点であると思います。

今回の妊婦さんは、国民健康保険にも入らず、
産科も未受診で、母子手帳すら作っていません。
そこからは、「赤ちゃんができたことを喜び、出産を楽しみにしている」
という姿は、とうてい見えて来ません。

そもそも、自分の健康保険すら払わない人間が、子どもを出産した後、
どうやって子どもを育て、学校に行かせるつもりだったのかと、
大いに疑問に思います。
あえてきつく言うならば、今回の妊婦は、
そもそも母親になる資格のない人間だったのだと思います。

「かかりつけ医を持たない人を、
 産科ネットワークにいかに組み込んで行くかがこれからの課題です。」

と、奈良県は言っていたようですが
(そう言わなければマスコミにバッシングされます)、
本当は、母親になる資格のない人が、いかに妊娠しないようにしていくか、
ということの方が問題なのだと思います。

助成金をいくら増やし、ネットワークを充実させようとしたところで、
ネットワークに入る事を拒絶("入れない"ではなく)する人がいる限り
(国民健康保険に入らないという事はそういう事です)、
こういう人間が出る事は防ぎようがないと思います。

今回の件で、誰に責任があるかと言えば、その9割以上は、
母親としての責任を果たしていない、当の妊婦にあるのだと思います。
今回の妊婦は、"被害者"ではなく、
自分の子を自分の責任感のなさによって死に至らしめた、"加害者"です。

今回の事件で逮捕・起訴される人がいるとすれば、
それは救急隊員でもなく、医療者でもなく、
「そんなことをしていれば、胎児の命が危険にさらされる」
というような行動をとり続け、その結果、
「未必の故意」によって胎児を死に至らしめた、妊婦自身です。

僕自身、一児の父親であり、そろそろ次の出産を考えています。
この記事は、獣医師としてではなく、
一人の人間、一人の父親として書いているものですが、
それでも、誰に対して腹が立つかと言えば、
今回の件では妊婦の方に腹が立ちます。

子どもは、社会の財産です。
そんな社会にとってのかけがいのない宝物を産み出してくれる女性を、
僕たちは社会全体で支えて行く必要があります。

でも、本当に応援されるべきなのは、
まじめに赤ちゃんが欲しいと願い、
母親としての責任を果たせるだけのモラル(能力ではない)を持っている
お母さんに対してだと思います。

そうでない人に対しては、むしろ、そういう人が妊娠したりしないように、
啓蒙し、指導して行かないといけないのだと思います。
母親としてのモラルの低い人が子どもを作るという事は、
子どもに対しても、社会に対しても、大きな迷惑をかける行為です。

子どもは、親を選べません。
子どもが馬鹿になるも、不幸になるも、その半分以上は親の責任です。
子供を作り、育てるという事は、それだけ責任の重い、
人生のうちでも、もっとも大切な事です。

社会にとっての宝物を作り出すということに責任を持てないのなら、
そんな人は、子どもを作ってはいけないのだと思います。

逆に、まじめな親こそ、お金の事を気にせずに、
ぽこぽこ子どもを産めるような社会であるべきでないかと思います。

今回の事件を、医療ネットワークの問題だと、
本質をねじ曲げて報道しようとしたマスコミのあり方にも、
大いに疑問を感じました。
長くなったので、また練る事が出来たら、書こうと思います。

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