|
「胸の深い犬に麻酔は危険だ」 というのは、その昔は常識でした。 僕も獣医師になった頃は、院長から気をつけなければいけないことのひとつとして、 じゅうじゅう注意(おどし?)されたものです。 ところで、今は昔ほど恐ろしいものでもありません。 なぜなら、昔と比べて、使う麻酔が変わって来ているからです。 胸の深い犬種で一番怖いのは、 「バルビツール系の麻酔の覚めが恐ろしく遅い」 ということです。 通常であれば、チオペンタールなどの麻酔は、 入れて手術が終わる頃には切れていますので、 手術が終わってガスを切ればじきに目が覚めて来るのですが、 胸の深い犬種の場合は、目が覚めて来るはずの頃になってもさっぱり覚めて来ません。 僕もその昔、サイトハウンドにバルビツールを使ってしまった症例を見たことがあるのですが、 さっぱり覚めず、やはり恐ろしいものだと思い知らされた経験があります。 今はバルビツール麻酔はまったく使っておらず、 もっぱらプロポフォールという長短時間麻酔をメインに使っているのですが、 プロポフォールの場合は、バルビツールのような、 「胸の深い犬種にやたら効きすぎる」 というような恐ろしい点はありません。 一応、胸の深い犬種の時には、 深い注意を払いながら麻酔をしていますが、 今のところはひやひやするような経験はさせられてはいません (バルビツールを使っていないからですが)。 プロポフォールを使えば、それほど恐ろしいこともないとは思うのですが、 獣医師の中には 「胸の深い犬種は麻酔を出来ない」 という認識の人もいるようで、 「他の動物病院で麻酔を出来ないからと避妊手術を断られた」 子の手術をしたこともありました(結局麻酔は問題ありませんでした)。 サイトハウンドは他の犬種と体の構造が違っていたり、 赤血球も少し低めだったりと、他の犬種と異なる特別な注意事項があるのだと思いますので、 麻酔に気をつけなければいけないのは間違いないとは思うのですが、 昔ほど恐ろしいものではなくなって来ているような気もします。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |
手術の話
[ リスト | 詳細 ]
|
男女差別がいけないことだと意識され始めて久しい世の中ではありますが、 獣医学の教科書には、この用語ってどうなんだという用語もあったりします。 そのひとつは、「男結び」と「女結び」というものです。 外科手術では、糸を使って血管や組織を縛ったりすることをしますが、 その時に用いる結び方の代表が男結びと言うものです。 手術したことのない人には、男結びと言われても何のことやら分からないと思いますが、 最初に結んだ結び目と次の結び目を逆にし、 さらに次の結び目はその逆と、 違う向きの結び目を交互に繰り返して行くものです。 結び目を交互にすることで、結び目は強固なものとなり、 ちょっとやそっとではほどけないものになります (靴ひももそう結んでいるはずです)。 では、女結びとは何かと言うと、 最初の結び目と次の結び目を同じにして、 同じ結び目を繰り返すものです (靴ひもがたてになったらこれです)。 この結び目はほどけやすいのが特徴で、 外科手術の成書においては、 「ほどけるので用いてはならない」 と書いてあります。 やったらダメなのなら、本で紹介なんかするなよ、 と思わないでもないですが、 通常この結びと言うのは、結んでいる間に間違えてそうなってしまうものなので、 「ダメな結び方」 の実例紹介として、必ず外科手術の本に載っています。 してはいけないダメな結び方を紹介するのは良いとして、 それが「女結び」という名前を使っていると言うのは、 ごく普通の男としてみてみても、 「こんな名前にしていいんかいな」という気持ちになったりします。 外科手術の糸の結びかたに関しては、 「男はいいです 女はダメです」 ということが語られているからです。 もしかしたら、 「男はきつくしばり、ほどけぬが良い 女はほどほどで、ほどきやすいが良い」 なんていう風流(?)な意味が込められているのかもしれませんが、 医学部に女性が増えてきたあたりで、 問題になったこともないのかな、というのは、 学生の頃にも思ったことです。 たかが糸の結びかたの名称なので目くじらを立てることもないようなことですが、 女性の医療者、獣医師の人たちはどう感じたものなのでしょうね。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |
|
手術をする時に必要になるのが、手術器具です。 手術器具は、オートクレーブと言う器具を用いて、 術前に滅菌をしておかなければいけません。 滅菌をしていない器具には、表面に雑菌がついていますので(目に見えなくとも)、 傷口に雑菌がつくと、感染が起きたりして、 体に害を及ぼしてしまいます。 ところで、手術の器具として何が必要かということは、 手術の種類によって異なっています。 去勢手術のように鉗子とメス柄、ピンセットがあれば行えるものもあれば、 もっと複雑な手術で、特別な器具を用いないとできないような手術もあったりします。 術者にとって手術器具と言うのは第三の手であり、 ある特定の手技のために特殊な役目を果たしてくれる魔法の手のようなものです。 子宮をお腹の中から吊り出して来る時には、 「子宮吊り出し鉤」という器具がないととても難しいですし (それ以外で吊り出した事がないです)、 目の手術をする時には、目を開いておいてくれる器具を取り付けておかないと、 手術どころではありません。 毎回器具の準備をするときは、手術をする時に、 次はこれを使って、その次これで、と、 手術の手技の順番を頭の中でシミュレートしながらそろえて行きます (うちは院長が滅菌の準備をしています)。 頭の中で手術が終わる頃には、手元に滅菌するべき器具もそろっていますので、 難しい手術のときには、それほど忘れ物と言うのはありません。 忘れ物をしてしまっていると、あわてて途中から滅菌したり、 「特別な手」を欠いたまま苦労して手術をする事になりますので、 忘れ物をしてしまわないように、気をつけなければいけません。 ところで、滅菌の忘れ物をしやすいのは、 難しい手術よりもむしろ簡単な手術の時だったりします。 ありふれた手術の時には、頭の中でシミュレートなどもしないまま、 ぱっぱかぱっぱか滅菌缶に器具を放り込んで行きますので、 さあ手術をするぞと始めてみると、 メス柄を忘れていたとか、ピンセットを忘れていたとか、 忘れ物をしてしまっている事もしばしばです。 ありふれた器具の場合は、"不測"の事態に備えて、 ガス滅菌をして用意をしていますので、 問題がないと言えば問題がないのですが、 AHTさんに、 「忘れちゃったから滅菌器具を出してくれない?」 というのも恥ずかしいものです。 手術の時に困らないようにするためにも、 「院長〜」 と言われないようにするためにも、 忘れ物には注意したいところですね。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |
|
目の大きな犬では、 角膜に傷がついて潰瘍が出来るという事がしばしばあります。 小さな潰瘍であれば、目薬だけでも良くなってくれる事もありますが、 大きな潰瘍だと、手術が必要になる事がしばしばです。 中でもよく行う手術が、 しゅん膜と言う目の真ん中の膜を上側に引っ張って来て、 眼瞼に縫合して目を閉じる、「しゅん膜フラップ」という手術です。 人間であれば、眼帯をして目を保護するところですが、 犬の場合は、眼帯をしてもあっという間にはずしてしまうでしょうし、 「眼帯をして安静にしてもらう」という選択肢がとれません。 そのため、目を強制的に閉じておいて、 角膜を保護しつつ潰瘍の治癒を促す方法として、 目を手術によって閉じてしまう方法をとります。 目を閉じた後は、毎日目薬をさしてもらいつつ、 治った時点で糸を取り、しゅん膜フラップを解除する事になります。 うまく治っていれば、角膜の傷も塞がっていて、 きれいな状態になってくれます(後遺症状が残る事も多いですが)。 ところで問題は、目を塞いでしまうと、 塞がった状態では、まったく目の状態を確認する事が出来なくなってしまうという事です。 どれくらい塞いでいるかと言うのは、その時によって異なって来ますが、 中くらいの潰瘍の場合で4週間、 大きな潰瘍の場合は6週間くらいです。 抜糸をすると、糸がなくなってしまいますので、 目は開くようになり、潰瘍の状態が確認できるようになるのですが、 この時に、もしもまだ治っていなかったりすると、 もうしばらく目薬で治療して行くか、 もしくは手術してもう一度塞ぎ直すという事になります。 治ってしまえばフラップはいらなくなりますので、 早く取ってしまえば良いのですが、 かと言って早くとってまだ傷が治っていなかったりすると、 また手術が必要になってしまう可能性がある、 というのが、しゅん膜フラップの抜糸に関してのジレンマです。 早くとって再手術になるよりは、 長めに残していて、しっかり治ってくれる方がいいかなと思いますので、 焦って早く取るのはなるべく避けるようにしています。 人間だったら、手術して目を閉じる、 ということはあまりないのでしょうけれども、 いきなり片目が塞がって見えなくなってしまうわけで、 当の犬はどう思っているのだろうかと、いつも考えてはしまいます。 だいたいの子は、大人しくそのまま過ごしていますけれども、 今度は目が治って、急に両目が見えるようになったとしたら、 また今度は視界の広がりに驚くかもしれませんね。 パグやシーズーなど、目の大きな犬種の子では、 特に目を傷つける事故が多いですので、 くれぐれもご注意ください。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |
|
卵巣子宮摘出手術と言うのは、手術の中でもよくある手術ではありますが、 実はけっこう難易度の高い方の手術ではあります。 というのも、腎臓の後ろのところにある卵巣を取り出して来て、 そこをしっかり縛って切断しなければいけないという手技が必要な手術で (そこが一番の難所です)、 止血、結紮、分離、切断など、 手術の基本となる手技がひとつひとつきちんとできないと、 事故を引き起こしてしまう可能性がある手術だからです。 ところで、通常の場合は、それほど苦労もせずに手術を終える事が出来るので、 手術の難易度という事も意識しないのですが、 別格で難しいのは、「太った大型犬の子宮摘出術」の時です。 先日も太ったラブラドールが子宮蓄膿症になり、 緊急でお腹を開けて手術となったのですが、 途中で何度もうめき声を上げそうになるくらい(あげていましたが)、 苦労させられました。 太った大型犬が避妊手術を依頼して来たとしたら、 通常まずは「痩せさせましょうか」と言って、 ダイエットしてから避妊手術という事になるのですが、 子宮蓄膿症であれば、ダイエットしている間になくなってしまいますので、 やむなく緊急でお腹を開ける事になってしまいます。 太った大型犬の子宮摘出術ほど難しいものはないのですが、 なぜかと言えば、卵巣の根元の部分を、体外に出して来て固定する、 という手技が、とても大変だからです。 卵巣の根元の靭帯を、指で引っ張って伸ばす(もしくは切断)というテクニックによって、 ある程度卵巣が出て来るようになるのですが、 それでも太った大型犬だと、腹膜から体外までの距離も結構ありますので、 そうそうすんなりと出て来る事はありません。 やむなく、腹膜の上まで出て来たところで良しとしてそこで縛って切断、 となることが多いのですが、それにしても、 しっかりと縛らないと思わぬ出血をする事もありますし、 もしもお腹の中で出血となると、 また出血部位を探すのにヒーヒー言わさせる事になりますので、 手技のひとつひとつに、細心の注意と渾身の力が必要になって来ます。 大型犬で結紮となると、一番太い糸を使って、 力一杯締め付けないといけませんので、 終わった後は、中型犬以下の犬の場合の倍以上、 体力的に疲れてしまいます。 太って来てから子宮蓄膿症になると、 とても大変な事になりますので、 若いうちに手術をしておくか、 それともずっとスリムを保っておくかどちらかがベストだと思います。 レトリーバーなどだと、甲状腺の病気になっていて、 それが原因で太って来ている事もありますので、 それも要注意ではありますけれども。 ※動物と飼い主さんの設定と描写には、修正を加えています。
傑作、ランキングをクリックしていただけますと、うれしい限りです。 転載、リンクはフリーとさせていただきます。 |





